SGRAメールマガジン バックナンバー

  • Gloria Yu Yang “CHICKEN FEET & trump”

    ************************************************* SGRAかわらばん651号(2016年12月15日) ************************************************* SGRAエッセイ#514 ◆グロリア・ユー・ヤン「トランプのアメリカ:鶏足を持ち込んだ華人」 12月1日、朝5時。眠れなかった。書かなきゃと思った。 「鶏足とトランプ」 どこから始めよう。「アジア人はアメリカに入国する場合、MSP(ミネアポリス・セントルイス)空港を避けてください。人種差別を経験してみたいと云うなら別ですが」にしよう。 アメリカ入国審査は、決して愉快な経験ではないけど、ものすごく悪いわけでもない。審査官はコンピューター上に記録を引っ張り出し、それに目を通し、データにタイプし、旅行の目的など短い質問をする。もし審査官の機嫌が悪い時には、殆んど無言で待てば良い。普通は「アメリカへようこそ」で終わる。この10年間、一貫して学生ビザだったので、質問も段々減ってきた。10月にニューヨークに戻った時もそうだった。 今回のMSPは全く違った。乗客が少ないのに手続きが遅かった。白人の審査官が、ビザ免除の日本人にも大きな、かつ乱暴な口調と手振りで質問していた。彼らは、アメリカ人であろうと無かろうと白人は直ぐに通した。アジア人ばかりが残った。 この中年で禿げ始まった白人の審査官は、私が今まで受けた事の無い、意味不明な質問をした。私の答えを遮ったり、他の質問に飛んだり、又、同じ質問に戻ったりした。終わりが無く、脈絡も無く、かつ乱暴な口調での質問に私は我慢しながら、目的は何だろう、もしかして、「審査室」に連れ行きたいのかと考え始めた。 たくさんの質問の後、彼はやっと口を閉じ、今度は私のパスポートを見始めた。世界各国のスタンプをパラパラとめぐりながら「何でこんなに多くのアメリカビザがあるんだ?」と聞いた。 「最近まで、アメリカは中国人に毎年ビザを更新する様に要求していたから。」(その都度、200ドル取られました。) 私は非常に慎重だった。仕方がない。彼は随意に私の入国を拒否出来る。彼自身もその権力をよく知っている。 彼はボールペンを取り出し、入国スタンプに、ひとつずつ線を引きはじめた。何でずっと残しておいたのかと文句を言いながら。 アメリカ入国スタンプで一杯のパスポートを2冊持っていた。いままでの入国審査官は誰も何も言わなかった。私は、彼が私の唯一のリーガル・ドキュメントに線を引くのを見ていたが、現在有効なビザにも線を引こうとしたので、声を出し止めさせた。 他の審査官が3人か4人を通過させた時、彼は質問を聞き尽し、これ以上は諦めた、と思ったのは私の思い違い、これからがスタートだった。 「ところで、どこの国から来たの?中国?」(最初から私のパスポートを見ていたはずです) 「はい。」 「荷物はいくつ?」(この質問は国籍の質問の前に聞かれたばかり) 「ひとつです。」 「ひとつ…食べ物は持っている?」(これは普通、税関での質問ですが) 「いいえ。」 「持ってない?」 「持っていません。時間がなかったので。」 彼は目を細めた。「月餅も持っていない?」 月餅。 中秋でもないのに月餅。私が中国人だから?このくだらない会話の行方が段々分かってきた。 「月餅? なぜですか。持っていません。」 「本当に?」 「持っていません。今回は日本から来たので。」 「持ってない?月餅も鶏足も持ってない?」 鶏足。 鶏足。 中国人だったら、必ずこの異国情緒たっぷりで未開地の気持ち悪い食べ物を食べる。そして、この偉大なアメリカにこっそり持ち込む。 ただし、私は彼の間違った知識と非道徳性を正す権利を持っていない。彼は権力者であり、私は外人として、鶏足に答えなければならない。 「私は鶏足を持ち込んでいません。」 「本当かい?鶏足のようなものも持ち込んでいない?」 「ここに10年近く住んでいますが…」 彼は私の言葉を遮って「10年だろうがそれ以上だろうが、<彼ら>は鶏足を持ち込んでいる。」 「私はしません。」 「私は嘘を言ってないよ。」彼は呟いて、「<彼ら>はここに持ち込んでいる。我々はそれを見たんだ。<彼ら>は持ち込んでいるんだ。」 「彼ら」という言葉が私の体と頭の中に響いた。彼のつぶやきも聞こえなくなった。 ある不法移民のメキシコ人がいる故に、どのメキシコ人も不法移民ではないかと疑う。なぜかというと、「彼ら」は不法移民だから。 ある犯罪者の黒人がいる故に、どの黒人も犯罪者ではないかと疑う。なぜかというと、「彼ら」は犯罪者だから。 今回の選挙で、なぜアメリカの人々がトランプを選んだのか、やっとわかり始めた。 「私ではない。」もうそのまま引き揚げようかと考え始めた。 「…オーケー。書類と荷物を持ってあそこに行って検査を受けて。」 いつもの「アメリカへようこそ」の挨拶は、プロトコールなのか優しさなのかわからないが、もうどうでもいい。 彼がテーブルに投げて寄こしたファイルを持って税関に向かった。 税関の官吏に「食べ物は?」「ありません。」「無い?野菜は?」「無い。」「リンゴは?」「無い。」「肉は?」「無い。」「生魚?」「無い。」「XXXXは?」「無い。」 「オーケー、青い線のところでバッグの検査を受けて。農産物のXXX」 私の言葉が信じられないのなら、何故聞くの? バラバラにされた荷物の現場。一人の若い女性が日本語の説明がついている使い捨てカイロについて怒っているような検査官に必死に説明していた。その後彼女はリパックし、「ありがとうございます。」という挨拶をしに来た。検査官はそれに応えず、こちらに向かって「あんたは感謝するべきだ。」と独り言を呟いた。そして私の書類をとり「バッグを載せて、黄色の線に沿って行きなさい」と。バッグを通し、食べ物がなかったことでちょっとびっくりした検査官は私に書類を渡した。「良い一日を。」 次の国際到着便は白人が多く、誰もが大きなバッグを持っていたが、X線検査に向かうことなくパスしていた。 もう限界を超えた。信じられない。ただの官僚的な無礼では済まない。そうではないからだ。私には反論する選択肢さえ与えられなかった。お互いに平等でない限り、グッド・ハートなど有りえない。 これを過剰反応とは思わない。一人のアメリカ人が日本人か中国人の入国審査官から、「カウボーイハットを持っているか?冷凍の七面鳥は?臭いチーズは?」と聞かれ、アメリカ人がなんと答えるか想像してみよう。そしてアメリカ人は「いいえ」と答える時を。「本当に?全てのアメリカ人は常に気味の悪い、胸の悪くなる様な食べ物を持っている。常にですから、あなたもね。」 もし私がまだ20代だったら、入国審査官に言い返しただろう。「今、鶏足やあひる足、また七面鳥の足でもニューヨークのスーパーで買えるよ。いろんな味で、オーガニックも、全てアメリカ製」と。 しかし、今回の選挙でわかったことは、皮肉は人種差別との戦いに勝てない。 20代で初めてアメリカに来た時、こんな質問には会わなかった。人々は強い偏見を持っていたかも知れないが、素直に会話を交わし、そして、考え方を変え、お互いの違いを受け入れた時期だった。過去10年、私は外国でも中国でも、人種、性別、そして、国籍に対する様々な差別と一生懸命闘ってきた。どこでも、アジアの文化、社会、政治について話すことによって、文化の多様性と社会の寛容性の尊さを知ってもらうために努力してきた。 20代に聞かれなかった鶏足の質問。2016年に来た。 アメリカ人は様々だ、その通り。良い人も沢山いる、本当に。しかし、本当の多様性というのは一方的なものではない。中国人、日本人、そして他の民族もアメリカ人と同じように、様々であるということを認めなければならない。そうでなければ、アメリカの多様性とは、1930年代に「五族協和」を宣伝した日本の植民地「満州国」と同じように偽善的なものではないだろうか。一言でいうと、アメリカは、白人をトップとし、中国人は中華街のキッチンに、メキシコ人はデリバリーの自転車にと、階級社会を前提とした複数の人種が共存する社会なのだ。 セキュリティゾーンを出る前に、もう一度振りかえってみた。彼らは正義の味方のように行動していた。お国の為だから。彼らの人種差別的な行動は愛国主義の名のもとに正当化される。それに私はぞっとする。今回の選挙結果は、外国人には乱暴な言葉や行為を振る舞えることを正当化した。新しい「偉大な」大統領と同じく、外国人を違法移民か、アメリカの「偉さ」を奪う盗人として見ても良いという結果になった。 「偉大な」アメリカは心底嫌いだ。 ニューヨークへの乗り換え便の中で、私は沈黙していた。隣の席に座った男性が荷物をキャビネットに入れ、軽く挨拶した。「こんにちは。」 その瞬間、ずっと我慢していた涙が落ちた。 2006年、私が初めてアメリカに来たとき、ピッツバーグ行きの乗り換え便で、まさしく同じ言葉を投げかけられた。今でも覚えている。その後、父にこう言った。「アメリカ人は優しいね」と。 選挙の後、何日も泣いた。英語、中国語、日本語で書かれた記事を読んで、悩んで考えた結論は、私はアメリカの大学で東アジア美術史を教える。たとえ、そこが中西部であろうと田舎であろうと。誰かが闘わなければならないからだ。しかも一生懸命に。教育に恵まれてきた私は、教育の力で偏見や差別を消すことができると信じていた。 が、今日は完敗だ。もう、これ以上無理だ。 アジア人のみなさん、アメリカへの入国にあたってはミネアポリス・セントルイス空港を使ってはいけません。私達は戦いに敗れたのです。 追伸。2日後 つらかった。あれ以来2日間、私はアメリカ合衆国国土安全保障省税関・国境取締局、MSP空港に事実抗議書を出し、大学の学長と国際センターに手紙を送った。何もならないとわかっても、やるべきだと思った。 しかし、これでも私の気持ちは晴れなかった。逆に、怒り、落胆した後、深く落ち込んだ。 フェイスブックやメッセンジャーのコメントに返事をする気にもならなかった。 「白人である私にとっても国境を越える時の対応は悪かったよ。」 「鶏足はただあなたの国の代表的な食べ物の例としての質問ですよ。」 「なんなのこの悪い男!」 「アメリカ人の偽善さが今更わかったのかい、大げさだね。」 また、これがきっかけとなり、選挙後、アメリカ国境でアジア人に対する様々なひどい話を聞いても言葉が出なかった。 人々がなぜ、またどうやって自分の見方や経験から偏見や認識を抱くのか、私は良くわかっている。これは偶然ではない。アメリカ国境管理官の労働組合「国境巡回委員会」は公にトランプを支持していた。そして、私は、今まで差別に遭った瞬間に、自分自身に「これは私の感情的な過剰反応ではないか。」と毎回チェックしている。そして、今回を含む事件の答えはノーだった。 ニューヨークへの乗り換え便に乗った時、目の前のたくさんの白人たちが一瞬、全てトランプ支持の人種差別主義者に見えた。非合理だが強い感情に動揺し、背筋に悪寒が走った。このような負の感情に押しつぶされ、絶望的な不信感によって心にブラックホールができた。感情は実に重要なものだ。そもそも、今回の選挙では、知恵の欠如ではなく、恐怖と不安の気持ちに巻き込まれ、判断力を失った多くのアメリカ人がトランプに投票した。 1週間後、私は国際センターのディレクターにこの事件について話した。MSP国境管理官に問合せてくれることになった。 そのあと、彼は聞いた。 「今から、あなたのことについてちょっと話しましょう。あれからどうですか。気分は。」 聞かれた瞬間、私は鬱になった理由がわかった。戦うことは、傷を癒すこととは別だから。 事件が解決に至るかどうか別として、私は傷ついた。その傷は深い。「私たちはあなたが癒されることを願っています。」 不思議に、その時からだんだん「私は大丈夫だ」と感じるようになった。傷は痛くてもきっといつかは治る。1週間の間に色々な人からもらった励ましも聞こえるようになった。 「選挙後の現実に、どう対応すればよいか。」戦う。そして自分を癒す。極めて難しい、そして苦しいことだ。ただ、そうしなければ、今後の厳しい現実を乗り越えられないだろう。 原文(英語)は下記リンクよりお読みいただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/12/GloriaYY-Trump-Chicken-Feet.pdf <Gloria Yu Yang(グロリア・ユー・ヤン)楊昱> 2015年度渥美奨学生。2006年北京大学卒業。2008年からコロンビア大学大学院美術史博士課程に在籍。近現代日本建築史を専攻。2013年から2015年まで京都工芸繊維大学工芸資料館で客員研究員、2015年から東京大学大学院建築学伊藤研究室に特別研究生として、植民地満洲の建築と都市空間について博士論文を執筆。2017年5月卒業予定。 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Emanuele Giglio “Aiming for the Good Composite of Italy and Japan”

    ****************************************************************************** SGRAかわらばん650号(2016年12月8日) 【1】エッセイ:ジッリォ「イタリアと日本との『良き合成体』を目指して」 【2】第21回日比持続可能な共有型成長セミナーへのお誘い(1月6日、フィリピン)    「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」 ****************************************************************************** 【1】SGRAエッセイ#513 ◆ジッリォ エマヌエーレ・ダヴィデ「イタリアと日本との『良き合成体』を目指して:日本に来て8年目に思いついた、ちょっとした雑感」 小さい時から日本に憧れていた。日本に初めて来るとき、「日本文化こそ人類文明の最高頂点であり、私も人間として進化するためにぜひ日本の文化を吸収したい」という心構えでやってきた。今年で東京にきて8年目になる。この8年間にはもちろん、「日本文化の『闇』の部分」と思われるところにも直面した。しかし、それで「もう日本なんて嫌いだ」とか、「もう帰りたい」とかは、少しも思わない。今思っているのは、「日本は非常に民度が高い;非常に民度が高いからこそ、その分「『悪』の部分がより特定し辛く、しかも鋭い」ということだ。そこで、私がずっと目指しているあり方はだいたい次のようなものである。 まずイタリア人として、イタリア人にしかできない観点から、イタリア文化の悪いところに気づき、乗り越え、いいところだけを残す。そして、日本の文化を少しずつ吸収することで、今度は日本人に限りなく近いあり方にもなり、日本人と同じような観点から、日本文化の「悪い」と思われるところを理解し、乗り越え、いいところだけを身につけていく、というような、イタリア人と日本人との「良き合成体」と呼ぶべきあり方だ。 なぜ「日本人に限りなく近いあり方にもなり、日本人と同じような観点から」と言うか。「そこまでする必要があるのかな」と考える人もいるかもしれないが、私の場合は「西洋人だから日本なんて簡単に吸収し、超えられるんだ」と最初から思っていたからではない。日本のことを「下手に」馬鹿にしている外国人とか、もしくは―8年前の私にはそういうところもあったかもしれないが―日本に「下手に」憧れているような外国人もまだいるだろうが、「いや、私はできれば、そうなりたくはない」と心から願っているからなのだ。 「でも私はあくまでも『なになに人』だよ」とか「私はまず『なになに人』だよ」と言う人がいる。例えば『イタリア人』『フランス人』『アメリカ人』『韓国人』『日本人』とか。それでもいいと思う。ただ、私個人は、実験的に「私はまず人間だよ」という立場に立ってみたい。この実験は、今この世界に存在している色々なアイデンティティを危険にさらしてしまうかもしれない。しかし、「でも私はあくまでもイタリア人だよ」とか、「私はまずイタリア人だよ」というあり方は、私個人には、本質であるはずの部分(=人間)と、属性であるはずの部分(=『なになに人』)とを逆転させてしまう危うさを持っているとしか思えない。 よく考えれば、属性を本質と間違えてしまうというのも、危ないのではないか。ならば、どちらにしろ危ないのなら、私は自分の一番好きなあり方を選んでみたい。つまり、心さえ広げれば、誰だってどの文化も理解し、いつだって何人にでもなれるではないかという、良き地球市民のようなあり方だ。決して楽な道ではないと思う。しかし、異文化をどれだけ受け入れ吸収できるのか、というようなことを日々問われるという、「考え方のグローバル化」がこれから始まろうとしていると考えると、なおさら今言ったようなあり方を選択してみたい。 <エマヌエーレ・ダヴィデ・ジッリォ☆Giglio,_Emanuele_Davide> 渥美国際交流財団2015年度奨学生。トリノ大学外国語学部・東洋言語学科を経て、2008年4月から東京大学大学院インド哲学仏教学研究室に在籍。2012年3月に修士号を取得。現在は博士後期課程に在籍中。身延山大学・東洋文化研究所研究員。 ------------------------------------------------------------- 【2】第21回日比持続可能な共有型成長セミナーへのお誘い 台風のために延期になっていた第21回日比共有型成長セミナーを、下記のとおりフィリピンのベンゲット州で開催します。参加ご希望の方は、SGRAフィリピンに英語でご連絡ください。 ◆第21回日比持続可能な共有型成長セミナー テーマ:「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」 “Sustaining_the_Growth_and_Gains_of_Development_Research_and_Extension” 日時:2017年1月6日(金)~7日(土) 場所:ベンゲット州コルディリェラ行政地域     1日目:ベンゲット国立大学農業研修所にて円卓会議     2日目:農場の現場視察 言語:英語 申込み・問合せ:SGRAフィリピン_([email protected]_) 〇セミナーの概要 SGRAフィリピンが開催する21回目の持続可能な共有型成長セミナー。今回は、アジア未来会議から習った新しい形式で開催する。SGRAフィリピンの運営委員でもある、フィリピン政府農業省のJane_Toribio博士の研究調査の現場である、ベンゲット州(マニラ市から北へ車で約6時間の山岳地帯)を会場とし、1日目は関係者の円卓会議を、2日目は現場視察を予定している。 これからのマニラ・セミナーは、今まで続けてきた「持続可能な共有型成長」というテーマにさらに集中し、効率・公平・環境の3側面(3K)を重視している委員たちの研究・アドボカシーのみを扱いたい。従来は絨毯爆撃(carpet_bombing)方式の「なんでもあり」というやり方で、課題に命中しないことが多かったが、今後は精密打撃(surgical_strike)方式で展開する。今回は、持続可能な農業という3Kの研究・アドボカシーである。お時間のある方、ぜひご参加ください。 〇プログラム 1日目:1月6日(金) 発表1(09:45~10:15)「ベンゲット州における有機農業の実践と経験」 発表者:Jeffrey_Sotero 発表2(10:15~10:45)「ベンゲット州における苺農業」 発表者:Felicitas_Dosdos 発表3(10:45~11:15)「ベンゲット州における被災のリスク低減や管理」 発表者:Atty._Roberto_Canuto、Winston_Palaez、Erick_Abangley 発表4(11:15~11:45)未定 質疑応答 円卓会議(13:30~17:00) モデレーター:Dr. Max Maquito 討論者:午前の発表者 2日目:1月7日(土) 08:00:バギオ市のR. Salda市長へ挨拶 08:30:Bahongの花畑と農園の視察 10:00:苺農園の視察 12:00:有機農業の食事 13:30: マニラへ向かいながら観光 英文の案内は下記リンクよりご覧ください。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/12/KKK21InviteJan2017.pdf ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Xie_Zhihai “Young People Have Left Away From XXX”

    ****************************************************************************** SGRAかわらばん69号(2016年12月2日) 【1】エッセイ:謝志海「インターネットと若者の◯◯離れ」 【2】寄贈本紹介:フスレ編「国際的視野のなかのハルハ河・ノモンハン戦争」 【3】寄贈本紹介:フスレ編「日モ関係の歴史、現状と展望」 ****************************************************************************** 【1】SGRAエッセイ#512 ◆謝志海「インターネットと若者の◯◯離れ」 最近よく耳にするフレーズ「若者の◯◯離れ」。◯◯の中には酒、車、タバコなどが入るそうだが、私がこの事についてかわらばんに書こうと決めた後にも、若者が離れていったというものに続々と出会う。テレビ離れ、本と本屋離れになんとガム離れまで。 先日の週末は映画館に新作のハリウッド映画を観に行った。この映画はシリーズ作の第4弾。8月には俳優陣もプロモーションで来日していて、私は期待して観に行った。内容は、現代の世相が反映されていて最初から最後まで退屈なシーンなどなかった。高揚した気分のまま映画が終わり、劇場内にライトがついた。観客がゾロゾロ出口に向かう。そこで私は驚愕した。「若者がいない」。探したが、大学生らしき人はいなかった。中高生は無論いない。来館者の全てが40~50代もしくはシニア層。若者の◯◯離れを肌で体感した瞬間だった。しかし冷静に考えれば、私が通うこの映画館ではこれまでどの曜日、時間帯に行っても若者が少なかった。大学生が一番映画館に足を運ぶ時間があると思い込んでいたが、現実は大きく違うようだ。 では色々な物から離れた若者はどこにいるのだろうか。酒造、自動車、出版、製菓メーカー等、若者に去ってゆかれた業界は彼等をもう一度振り返らせることに必死だろう。そして、若者はスマートフォンを通じインターネット上にいるのだろうと薄々察しがつく。 ヤフージャパンのニュース記事によると、若者のガム離れの原因もスマートフォンの普及だそうで、電車に乗っている退屈な時間に噛まれていたガムがスマートフォンのおかげで売れなくなったそうだ。本屋離れにしたって、スマートフォンで説明がついてしまう。インターネット上にあふれる無数の情報や読み物。わざわざ本を購入しなくとも、単純に読むもの(情報)は簡単に手に入る。どうしても本として読みたければ、オンラインショッピングでポチっとすれば、家に届く。本の中でも特に雑誌が売れないとテレビニュースが取り上げていたが、確かに電車の中で雑誌を読んでいる人は本当に少ないというか、久しく見かけていない。今はアプリをダウンロードして、月に数百円の定期購読代を払えば、そのアプリ上の様々なジャンルの雑誌がいつでも読み放題の時代。広告だらけの重い雑誌を持ち歩かずにすむ。 「若者の◯◯離れ」の大方はスマートフォンの普及ということで説明がついてしまうのではないか。スマートフォンの製造メーカー、アプリ、ソーシャルネットワーク、通信メーカーといったインターネットで商売する業界は、集まって来る若者を逃すまいとこちらも必死だろう。日々様々なアプリが誕生し、ソーシャルゲームは次々と更新され、ソーシャルネットワークには色んな機能が追加される。私には到底ついていけないのだが、若者はこういった新情報にも敏感である。 所変わって、中国の事情。特に若者が離れていくという現象は見られないものの、日本で起きている状況とおおむね代わりはない。中国はもう世代を問わずスマートフォンに夢中という感じだ。中国本土では未だにYouTube、Facebook、Gmailはアクセス出来ないが、そんなことどこ吹く風。スマートフォンの用途は日本より多岐に渡っていると言っても過言ではない。代表的なのはモバイル決済。最近よく耳にするフィンテック(Fintech)。例えば、中国ではアリババのアリペイ(Alipay)等のモバイルオンライン決済。これに関しては、日本はアメリカや中国に大きく遅れを取っている。そしてこのモバイル決済が発達しているがゆえに日本よりも早く普及しているビジネスが配車サービスである。代表的なメーカー、ウーバー(Uber)はタクシーの捕まりにくい北京や上海ではすでに人気のサービスである。中国の若者にとってもスマートフォンは生活に欠かせない存在となっている。 すでに若者離れを痛感している企業にとっては、自社の製品とインターネットをどう融合させるかがキーポイントとなるだろう。すでに様々なメーカーがテレビコマーシャルだけでなく、動画配信サイト上にもコマーシャルを流している。また、製品専用のアプリを作り、消費者同士がそのアプリ上で交流出来る仕組みを作ったり、ポイントを貯めて使えるシステムを構築したり、企業のウェブサイトやアプリ上で消費者が何かとお得に感じられるように企業側も必死だ。こうしてインターネットの世界は無限に広がっていく。 <謝志海(しゃ・しかい)Xie_Zhihai> 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。 ------------------------------------------------------------- 【2】寄贈本紹介 SGRA会員のフスレさんより編書を2冊ご寄贈いただきましたのでご紹介します。 ◆ボルジギン・フスレ編「国際的視野のなかのハルハ河・ノモンハン戦争」 北東アジア地域をめぐる諸国の力関係、軍事秩序、地政学的特徴、開戦及び停戦にいたるまでのプロセス、ハルハ河・フルンボイル地域における民族などに焦点をあて、最新の研究成果をもとに、各国の研究者がお互いの間を隔てている壁を乗りこえて、共有しうる史料に基づいて歴史の真相を検証。 発行所:三元社 発行日:2016年3月25日 A5判上製/340頁 ISBN978-4-88303-401-7 定価=本体 3,800円+税 詳細は下記リンクからご覧ください。 http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/401.htm 【3】寄贈本紹介 ◆ボルジギン・フスレ編「日モ関係の歴史、現状と展望:21世紀東アジア新秩序の構築にむけて」 戦後、日本と東アジア諸国との関係史の研究は、東アジア関係を、日中、日韓、ないし日台関係の枠組みでのみとらえてきた。日本とモンゴルは、どのように歴史的対立を乗り越えて、友好関係を築くことができたかという視点が欠落したままで今日に至っている。国際関係の歴史的連続性から多角的に日モ関係を把握することは、まさに注目すべき課題として残されている。 発行所:国際シンポジウム「日モ関係の歴史、現状と展望」実行委員会 発行日:2016年2月28日 製作所:風響社 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Sun Junyue “SGRA China Forum#10@AFC Report”

    ******************************************************************************* SGRAかわらばん648号(2016年11月24日) 【1】孫軍悦「第10回チャイナ・フォーラム『東アジア広域文化史の試み』報告」 【2】今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」 【3】寄贈本紹介「万博と沖縄返還-1970年前後(ひとびとの精神史第5巻)」 ******************************************************************************* 【1】第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#7 ◆孫軍悦「第10回チャイナ・フォーラム『東アジア広域文化史の試み』@アジア未来会議報告」 公益財団法人渥美国際交流財団関口グローバル研究会は、2014年と2015年に清華東亜文化講座の協力を得て、中国在住の日本文学や文化の研究者を対象に、2回のSGRAチャイナ・フォーラムを開催した。2014年の会議では、東京藝術大学の佐藤道信教授が、19世紀以降の華夷秩序の崩壊と東アジア世界の分裂という歴史的背景の下で創られた東アジアの美術史は、美術の歴史的な交流と発展の実態を反映しない一国美術史にすぎないという問題を提起し、一国史観を脱却した真の「東アジア美術史」の構築こそ、東アジアが近代を超克できるか否かの重要な試金石であると指摘した。一方、2015年のフォーラムでは、国際日本文化研究センターの劉建輝教授が、古代の交流史と対比して「抗争史」の側面が強調されがちな近代においても、日中韓三国の間に多彩多様な文化的交流が展開されており、古来の文化圏と違う形で西洋受容を中心とする一つの近代文化圏を形成していたことを明らかにした。 今回は、過去2回のフォーラムの報告者とコメンテーターを討論者として招き、塚本麿充氏(東京大学)と孫建軍氏(北京大学)による二本の報告を基に、今後、東アジアにおける広域文化史の試みをいかに推進していくべきかについて活発な議論を繰り広げた。 まず、塚本氏の報告「境界と国籍―“美術”作品をめぐる社会との対話―」は、日本に伝来した中国・朝鮮絵画や福建、広東など中国の地方様式や琉球絵画といったマージナルな地域で生み出された作品を取り上げ、「国家」という大きな物語に到底収斂され得ない、まさに交流を通して境界で育まれた豊饒な「モノ」の世界を開示してくれた。 孫建軍氏の報告「日中外交文書に見られる漢字語彙の近代」は、1871年に日中間で調印された最初の外交条約「日清修好条規」から1972年の「日中共同声明」までの100年間の外交文書を対象に、日中語彙交流の見地から漢字語彙の使用状況、とりわけ同形語の変遷を考察し、日本語から新漢字を輸入することによって、古い漢字語彙から近代語へと変わっていく現代中国語の形成過程の一端を浮き彫りにした。 前者は、国家の物語に回収され得ない大量な歴史的事象の存在を突きつけることによって、後者は、この国ならではの均質、単一な価値を付与されたものの起源の雑種性を証明することによって、それぞれ、外側と内側から国民国家の文化的同一性の虚構を突き破る報告となった。 討論では、佐藤道信氏はまず、中国大陸や台湾、アメリカ、また関西と関東の様々な「中国絵画」コレクションに接していた塚本氏の多文化体験に言及し、一国美術史に位置付けられない「モノ」の価値を見出す彼ならではの「鑑賞眼」の養われた背景を説明してくれた。その上、国家の呪縛から解き放たれた後の膨大な「モノ」の世界をいかに整理し、その歴史をどのように語り得るか、という新たな困難な課題を提示し、一国美術史に慣れ親しんだ我々自身の感受性の変革と歴史叙述の創造力が問われていることを示唆してくれた。 稲賀繁美氏(国際日本文化研究センター)は、交易のプロセスに組み込まれた美術品の制作が、最初から享受する者の美意識や趣味、要求を取り入れている事実に注目し、一つの価値体系もしくは「本質」が備わっているとする「一国美術史」の想定自体が単純すぎるのではないかという疑問を呈した。同じ歴史観を共有することは困難だが、異なる歴史観があるという意識の共有は可能だという言葉が、とりわけ印象的であった。 木田拓也氏(国立近代美術館)は、日本で親しまれ、楽しまれている茶碗が中国に持っていくと、その美が全く認識されないという例をあげながら、他国、他地域の人々と共有しない美意識、価値観の存在もまた厳然たる事実であることを指摘した。「一国美術史」は単に国民国家歴史観の反映ではなく、むしろ国民国家の文化的同一性を創出する装置として、このような均一の価値観や美意識乃至身体性を常に作り続けていることを、木田氏の発言によって改めて意識させられるのである。 趙京華氏と董炳月氏(社会科学院文学研究所)は、魯迅による浮世絵のコレクションを整理し書籍化する過程において、そのコレクションが、「浮世絵」ではないという錯覚すら与えるほど、「浮世絵」に対する我々の常識を揺るがす特異性を持っていることを紹介した。このような書籍の出版自体が、すでに広域文化史の構築へ向けての一つの実践だと言えよう。 林少陽氏(東京大学)も、「中間地域」で育まれた豊饒な「モノ」の世界に注目する塚本氏と同じ関心を共有し、「中間地域」の発見が、日本の一国美術史を相対化することができるだけでなく、中国美術史の一国中心主義的歴史叙述への再検討にもつながると述べた。 一方、孫建軍氏の報告に対し、外交文書を単に言語のデーターベースとして取り扱う方法の妥当性が問われ、具体的な歴史的背景や使用者の現実的状況、外交文書の特殊的性格などを考慮に入れると、言語使用のより豊かで複雑な相貌が浮かび上がってくるのではないかというコメントが多く寄せられた。 様々な専門分野の研究者による多岐にわたるコメントの焦点を明確に示してくれたのはむしろフロアとの短い対話であった。明石康氏(元国際連合事務次長)は、国境を前提とする外交や国際政治の領域と異なり、文化領域こそ「国境」の人為性を相対化することができ、今回のフォーラムに大いに啓発されたと述べた。そして、葛兆光氏(復旦大学)は、国民国家がその成立した瞬間から、つねに自らの文化的同一性を作り続けていて、その文化的アイデンティティの形成の歴史と、その結果としての均質的、同一的文化、価値の存在を決して無視できないことを指摘した。これに対し、劉建輝氏(国際日本文化研究センター)は、このような文化的同一性は決して古くから自然に形成されたものでなく、人為的作為の産物にほかならないこともまた忘れてはならないと敷衍した。古代と近代の東アジア文化交渉史に関する実証的研究を積み重ねてきたお二人の発言から、歴史的に構築された一国文化史の重みと、多彩な交流を包括する広域文化史への確信がひしひしと感じられた。 今回のフォーラムを通して、多様性と雑種性をも巧みに「国民性」や「国民文化の伝統」に回収する「一国文化史」が今日もなお国民国家の文化的同一性を創出する装置として機能し続けている状況において、「一国文化史」に強く規定され続けてきた我々自身の感受性や価値観、思考様式乃至歴史叙述の言語そのものに抗しながら、新たな広域文化史を紡ぎ出すことの可能性と課題の双方が鮮明に浮かび上がってきたと言えよう。 当日の写真は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/ChinaForum10_photos.pdf <孫_軍悦(そん・ぐんえつ)Sun_Junyue> 2007年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。学術博士。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部専任講師。専門分野は日本近現代文学、日中比較文学、翻訳論。 ------------------------------------------------------------- 【2】第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#8 ◆今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」 2016年9月30日(金)午前9時から12時30分まで、北九州国際会議場の国際会議室で、円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」が開催され、日本、中国、韓国から歴史研究者が集まり活発な議論が交わされた。88人が定員の会場は満席で、人々の関心の高さが示された。 最初に早稲田大学の劉傑(Liu_Jie)教授が、問題提起の中で「なぜ『国史たち』の対話なのか」「『国史』から『歴史』へ」「対話できる『国史』研究者を育成すること」と題して、最近の10数年間の日本・中国・韓国の「歴史認識問題」をめぐる対話の成果、また留学生の増加と大学の国際化に伴う「国史」から「歴史」への変化を認めながらも、「国史たち」の対話をより実質的なものにするために、現在の研究者同士の交流をさらに進めると同時に、10年後、或いは20年後に本格的な国史対話が行えるような環境を整備することが重要であると指摘した。 次に、高麗大学の趙珖(Cho_Kwang)名誉教授は、東北アジアの歴史問題は自民族中心主義と国家主義的な傾向に由来するとし、韓国で近来編集された学校教科書、学会の日本関係史、中国関係史の叙述について分析した。(1)「前近代中国に対する叙述」では、高句麗史をめぐる混乱を通じて「華夷意識」に言及、また、(2)「前近代日本に対する叙述」の結論においては「全体的に(韓国の)教科書でみる前近代日本は、文化後進国として(朝鮮の)先進文化の受益者、そして侵略者としての姿である。これは一面的には妥当だが、正確ではない。日本を一つのまともな関係主体として見做さない国史教科書の認識は、韓国をめぐる現在の様々な難題を解決し、正しい韓日関係を作るのに役立つとは思えない」と主張した。 そして、(3)「近代東アジアに対する叙述」では、19世紀以後の東アジアは、一国の状況のみで自国史を述べること自体が不可能であるほどに三国の歴史が絡み合っているのに、韓国近現代史の教科書に中国と日本の近現代史に関する内容が殆ど出てこないこと、朝鮮戦争の場合でさえ、内部政治や経済や社会に関する説明が溢れ、参戦した各国の論理が紹介されていないことを指摘、近現代史の場合、中国史のみならず、日本史と連結して説明することによって脈絡を理解できるようになる、自分を読むことも重要な仕事であるが、如何に他人を読めばよいかという問題も重要である、と結んだ。 復旦大学の葛兆光(Ge_Zhaoguang)教授は、蒙古襲来(1274、1281)、応永の役(1419)、壬申丁酉の役(1592、1597)を例にして、国別史と東アジア史の差異を論じた。 一国史の視点から見ると、ひとつの円心の中心部は明晰でありながらも、周辺部はぼやけてしまう。もしいくつかの円心があれば、幾つかの歴史圏が形成され、それが重なる部分がでてくる。東アジア史を語る場合、この歴史圏の重なる部分を浮き彫りにする必要がある。たとえば蒙古襲来によって、日本が初めて「神国」と思われるようになり、日本文化の独立の端緒が開かれ、中国の「華夷秩序」から離脱したと日本史には記述される。ところが高麗は蒙古化され、蒙古人が日本に侵略する際、その前線基地になった。一方、中国では蒙古/元朝は「自国史」と見なされ、蒙古襲来は、蒙古と日本と高麗という中国の外で起こったこととされる。東アジア全体の視野で見れば、蒙元の日本侵略(または高麗を従属国にすること)は、東アジアの政治局面のみならず文化的にも各国の自我意識を喚起し、東アジアの「中国中心」の風潮が次第に変わっていくきっかけとなったと解釈できる。 同様に、応永の役の発生及び解決は、その後数百年の東アジア国際関係を安定へと導いた。壬辰の役は、それまでの安定した東アジア国際関係を大きく揺らし、その後の東アジアが共有していたアイデンティティの崩壊の伏線を引いたが、当時はこの事件も速やかに収まり、東アジアのバランスのとれた局面は、19世紀に西洋諸国が武力を背景に東洋に進出するまで続いた。しかし、中国の歴史では、蒙元の日本侵略と高麗支配は、ただ蒙古人の世界支配の野心の現れに過ぎず、朝鮮の対馬への侵攻も隣国同士の紛争、壬辰の役に到ると、日本は侵略者であり、中国は朝鮮の国際的な友人として、両国が手を携えて日本侵略軍を打ち負かしたと明言する。もし歴史学者が東アジア史の視野をもって見直したら、新しい認識がでてくるのではないかと論じた。 東京大学の三谷博名誉教授は、国史たちの対話を促進するために、(1)日本における高校歴史教育課程の改訂について報告し、(2)日本史教科書の中の世界・東アジア記述の問題点を指摘した。 日本の高校では「歴史総合」が必修教科となる予定である。「歴史総合」は、(a)世界史と日本史を融合させ、(b)近代史に絞り、(c)アクティブ・ラーニングを推奨する点に特徴がある。しかしながら、このような動向に、学会や教育会が協力するかどうかは未だ明らかではない。日本史の研究と教育において、つい最近生じた隣国との関係悪化は、東アジアの中に日本を位置づけるという研究動向に冷水を注いだ。内外から押し寄せる政治圧力を超えて、長期的に有意味な展開ができるか予断を許さないと述べた。また、長期的には(3)互いに隣国の国内史を学ぶ必要を強調した。日中韓3国の知識人たちの欧米への関心の高さと、隣国への無関心との対照に深い懸念を抱き、国際関係だけでなく、まず相手の国がどんな文脈を持っているかを知らなくてはいけない、隣国の歴史をわかったつもりにならず、互いに虚心に学び合う、それが「国史たちの対話」の究極の課題であると結んだ。 韓国、中国、日本の歴史の大家の大局的な講演に続いて、6名の中堅若手の研究者からコメントがあった。 北九州市立大学の八百啓介教授は、先ず近代史における対欧米関係と東アジアの視点との比重についての中韓日の相違点を指摘して論点整理を試みるとともに、東アジアの国民国家としての日中韓の立場の相違、前近代東アジア史を国民国家の視点を離れて見直すことによって近代東アジアの国民国家を検証する可能性と必要性を指摘した。 北海道大学の橋本雄准教授は、1402年に執り行われた足利義満による明使接見儀礼を復元し、いかに義満が、明使への配慮や敬意を表しながら、自尊意識を満足させる儀礼に換骨奪胎していたかを詳しく説明した。日本史を描く場合に対外関係史の成果を衍用することは不可欠だが、ただ単に外国史の文脈をナイーヴに読み込めばよいというものではない。双方の文脈に注意しながら各国史料を実証的に突き合わせ、冷静な判断をしていかないと「国史」が偏ったものになってしまうだろう、と指摘した。 早稲田大学の松田麻美子氏は、「中国の教科書に描かれた日本:教育の『革命史観』から『文明史観』への転換」というタイトルで、中国の歴史教科書の変化について報告したが、習近平政権成立後は揺り戻しもおきていると指摘した。 復旦大学の徐静波教授は、東アジアの歴史を正しく認識する際、自国の立場に拘泥せずに、もっと広い視野で見る必要があり、または自国の資料だけでなく、出来るだけ各国の歴史資料や考古学の成果を利用して客観的に考察する必要があると指摘した。 高麗大学の鄭淳一氏は、「国史たちの対話」の進展のためには、これまで行われてきた官民レベルの歴史対話の事例をちゃんと調べ、「国史たちの対話」プロジェクトとの共通点、相違点を分析し、生産的な課題を引き出していくことが大事であると指摘。また、高校生・大学生レベルでの「対話」あるいは学術交流も視野に入れた若手研究者同士の交流を促進する方法、韓国の高校『東アジア史』の経験を参考にして東アジアにおける「国史」の叙述方式を皆で考える必要があると提案した。 高麗大学の金キョンテ氏は、共通の歴史的事件に関する用語をどう決めるのかという問題をとりあげ、「壬辰倭乱」ではなく「壬辰戦争」という用語がいいと思うが、「韓国の情緒にはまだ早い」という反論があると紹介した。また、「国史教科書」と「国史研究」が持つべき目標は「自信」と「誇り」であったが、それはもう有効な目標ではなく、各国の政治的、歴史的な特徴が反映されなければならないと指摘した。 円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が、2013年3月にバンコクで開催した第1回アジア未来会議中の円卓会議「グローバル時代の日本研究の現状と課題」をかわきりに検討を重ね、2015年7月に東京で開催したフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」で、早稲田大学の劉傑教授によって提案された「アジアの公共知としての日本研究」を創設するための提案を受けて発展させたものである。本会議は、これから5回は続けるプロジェクトの初回として、第3回アジア未来会議の中で開催された。今後は、テーマを絞りながら、日本人の日本史研究者、中国人の中国史研究者、韓国人の韓国史研究者の対話と交流の場を提供していく予定である。 本プロジェクトのひとつの特徴は言葉の問題である。本会議では、下記6名によって同時通訳が行われた。【日本語⇔中国語】丁莉(北京大学)、宋剛(北京外国語大学)【日本語⇔韓国語】金範洙(東京学芸大学)、李へり(韓国外国語大学)【中国語⇔韓国語】李麗秋(北京外国語大学)、孫興起(北京外国語大学)。今後もできるだけ同じメンバーで続けていきたい。 本会議の講演録は、SGRAレポートに纏め、日本語版、中国語版、韓国語版を発行する予定である。 当日の写真は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/Kokushi_roundtable_photos.pdf <今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko_Imanishi> 学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(公財)渥美国際交流財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立し代表を務める。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織CISVの運営に加わり、現在(公社)CISV日本協会常務理事。 ------------------------------------------------------------- 【3】寄贈本紹介 SGRA会員の南衣映さんより共著書をご寄贈いただきましたのでご紹介します。 ◆吉見俊哉編「万博と沖縄返還-1970年前後(ひとびとの精神史第5巻)」 戦後復興と高度経済成長のピークを象徴した大阪万博.一方,本土に返還された沖縄では,米軍基地の固定化が決定づけられ,本土とは別の「戦後」を歩むこととなった.矛盾と差別が周縁に押し付けられる中,それに抗う声が立ち上がる.山本義隆,岡本太郎,三島由紀夫,比嘉康雄と東松照明,川本輝夫,田中美津ほかを取り上げる. 岩波書店 体裁=四六判・並製・336頁 定価(本体 2,500円 + 税) 2015年11月25日 ISBN978-4-00-028805-7 C0336 詳細は下記リンクをご覧ください。 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/9/0288050.html ************************************************** ★☆★SGRAカレンダー ◇第16回日韓アジア未来フォーラム@EACJS国際学術大会(12月1日仁川)   「日中韓の国際開発協力:新たなアジア型モデルの模索」<参加者募集中>    http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/asia/2016/7672/ ◇第55回SGRAフォーラム@EACJS国際学術大会(12月1日仁川)   「戦後日本の平和論:戦後日本の平和テキストを読む」<参加者募集中>    http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/2016/7679/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Invitation to SGRA Forums at the First EACJS Meeting

    **************************************************************************** SGRAかわらばん647号(2016年11月17日) 【1】第16回日韓アジア未来フォーラム@EACJS国際学術大会へのお誘い   「日中韓の国際開発協力:新たなアジア型モデルの模索」(12月1日仁川) 【2】第55回SGRAフォーラム@EACJS国際学術大会へのお誘い   「戦後日本の平和論:戦後日本の平和テキストを読む」(12月1日仁川) 【3】SGRAレポート第77号紹介   「これからの日韓の国際開発協力:共進化アーキテクチャの模索」 **************************************************************************** 2015年7月に東京で開催した第49回SGRAフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」で、ソウル大学日本研究所の朴喆熙教授が提唱された東アジア日本研究者協議会(EACJS)がいよいよ発足し、第一回国際学術大会が11月30日~12月2日に韓国仁川市ソンドで開催されます。この大会においてSGRAが開催する2つのセッションをご案内します。参加ご希望の方は、SGRA事務局へご連絡ください。 東アジア日本研究者協議会についての詳細は下記リンクをご覧ください。 http://www.eacjs.org/ ------------------------------------------ 【1】第16回日韓アジア未来フォーラム@EACJS国際学術大会へのお誘い テーマ:「日中韓の国際開発協力:新たなアジア型モデルの模索」 日 時: 2016年12月1日(木)午前10時50分~午後12時20分 会 場:韓国仁川松島コンベンシア(Songdo_Convensia) 主 催:(財)未来人力研究院(韓国) 共 催:(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA) 申込み・問合せ:SGRA事務局 電話:03-3943-7612 Email:[email protected] ◇フォーラムの趣旨 日本には、経済発展と省エネルギー・環境の両立、防災、高齢化社会対応など課題先進国ならではの技術と知識、それに経験がある。圧縮成長を成し遂げ、さらに経済危機を乗り越えてきた韓国の経験もアジア地域における将来の発展に貴重な手掛かりを提供すると期待されている。近年は中国も、急速に援助量を増加させており、国際世論を意識しながら対外援助をさらに充実させようとしている。今後日中韓は、これらの知的資産を活用しながら、三ヶ国の切磋琢磨を通じて、質量ともに開発援助の向上を図るべきであろう。 本フォーラムでは、日中韓が協力し、競争し合いながら、ともに進化し、開発協力の「アジアモデル」とでもいえるようなアーキテクチャを創り上げる可能性も視野に入れながら、議論を展開したい。今回は、2016年2月に東京で開催された第15回日韓アジア未来フォーラム「これからの日韓の国際開発協力:共進化アーキテクチャの模索」、2016年10月1日に北九州で開催された第3回アジア未来会議の自主セッション「アジア型開発協力の在り方を探る」における議論を受け、日韓に中国を含めて東アジアの開発援助のあり方を考える。日韓同時通訳付き。 ◇プログラム 司会:金 雄煕(キム・ウンヒ、仁荷大学国際通商学科教授) 開会の辞:今西淳子(いまにし・じゅんこ、渥美国際交流財団常務理事・SGRA代表) 【報告1】「中国的ODAの展開:レシピエントの視点」      李 恩民(リ・エンミン、桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群教授) 【報告2】「開発協力に対するアジア的モデルの可能性の模索:北東アジア供与国間の収斂と分化」      孫 赫相(ソン・ヒョクサン、慶熙大学公共大学院院長・韓国国際開発協力学会会長) 【ミニ報告及び討論1】「日中両国の対外開発協力に関する比較研究」(仮題)      李 鋼哲(り・こうてつ、北陸大学未来創造学部教授) 【討論2】金 泰均(キム・テギュン、ソウル大学国際大学院教授) 【自由討論】渥美財団SGRA及び未来人力研究院の関連研究者 【閉会の辞】徐 載鎭(ソ・ゼジン、未来人力研究院院長) ◇プログラムは下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/nikkan16programJ.pdf ------------------------------------------ 【2】第55回SGRAフォーラム@EACJS国際学術大会へのお誘い テーマ:「戦後日本の平和論:戦後日本の平和テキストを読む」 日 時: 2016年12月1日(木)午後1時30分~午後3時 会 場:韓国仁川松島コンベンシア(Songdo Convensia) 主 催:(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA) 言 語:日本語 申込み・問合せ:SGRA事務局 電話:03-3943-7612 Email:[email protected] ◇フォーラムの趣旨 本セミナーは、先夏の7月16日(土)、東京国際フォーラムで開催された「今、再び平和について:平和のための東アジア知識人連帯を考える」と題する第51回SGRAフォーラムの後続プログラムとして企画された。同フォーラムの総合討論を通じて参加者たちは、東アジアの各地域にはそれぞれ異なる特殊な政治状況に置かれながらも、理念の違いや国の境を超えて訴えることのある「平和テキスト」があることを再発見し、これをこの地域の知識人が共同で読むことにより、平和の理想を現実政治の指針として蘇らせることができるとの認識を共有するに至った。その議論を受け、本フォーラムが生まれたのである。 平和でない現実の中で平和を想像することを止めないこと。そのため、東アジアの平和テキストを一緒に読んでいくこと。これが、この地域の研究者たちが「知識人」としての役割を自認し「平和」のため連帯をするため、今求められていることである。 その折に、韓国仁川の松島(ソンド)で、東アジア日本研究者協議会が発足し、その第一回目の国際学術大会が開かれることになった。上記フォーラムを開催したSGRA「安全保障と世界平和」チームは、この学術大会に参加し、東アジアの日本研究者たちが集まり、冷戦期、脱冷戦期、3.11後の日本において鋭く「平和」を説いた三つのテキストを読むことにした。 ◇プログラム 司会:李 来賛(リ・ネチャン、韓国・漢城大学) 【報告1】都築 勉(つづき・つとむ、日本・信州大学)      「鶴見俊輔の戦争と平和−−『転向研究』を読む」 【報告2】朴 榮濬(パク・ヨンジュン、韓国・国防大学校)      「脱冷戦期、現実主義者の平和構想−−田中明彦の『新しい中世』を読む」 【報告3】霍 士富(かく・しふ、中国・西安交通大学)      「歴史叙述と現実記述とのジレンマ−−大江健三郎『晩年様式集』を読む」 ◇討論者 趙 寛子(チョウ・クァンジャ、韓国・ソウル大学) 南 基正(ナム・キジョン、韓国・ソウル大学) 徐 東周(ソ・トンジュ、韓国・ソウル大学) ◇プログラムは下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA_Forum_55_Program.pdf ------------------------------------------ 【3】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第77号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。冊子本は今月中にSGRA賛助会員と特別会員の皆様にお送りいたします。 ◆SGRAレポート第77号「これからの日韓の国際開発協力:共進化アーキテクチャの模索」   (第15回日韓アジア未来フォーラム講演録)   2016年11月10日発行 SGRAレポート77号(本文) http://www.aisf.or.jp/sgrareport/Report77light2.pdf SGRAレポート77号(表紙) http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no77cover.pdf ◇もくじ はじめに:金 雄煕(キム・ウンヒ、仁荷大学国際通商学部教授) 【講演1】「韓国の学者たちがみた日本のODA」 孫 赫相(ソン・ヒョクサン:慶熙大学公共大学院教授・韓国国際開発協力学会会長) 【講演2】「韓国の開発経験とODA戦略」 深川由起子(早稲田大学政治経済学術院教授) 【ミニ報告1】「日本のODAを振り返る-韓国のODAを念頭においた日本のODAの概括-」 平川 均(国士舘大学教授・名古屋大学名誉教授) 【ミニ報告2】「日本の共有型成長DNAの追跡-開発資金の観点から-」 フェルディナンド・C・マキト(テンプル大学ジャパン講師) 【自由討論】 モデレーター:金 雄煕 パネリスト:上記講演者、報告者及び下記の専門家  園部哲史(政策研究大学院教授)  広田幸紀(JICAチーフエコノミスト)  張ヒョンシク(チャン・ヒョンシク:ソウル大学行政大学院招聘教授・前KOICA企画戦略理事)  その他 渥美財団SGRA及び未来人力研究院の関連研究者 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • NUMATA Sadaaki ”Fresh Air Breathed into the Asia Future Conference”

    ************************************************************************************* SGRAかわらばん645号(2016年11月10日) 【1】SGRAエッセイ:沼田貞昭「アジア未来会議-新しい息吹き」 【2】寄贈本紹介:羅仁淑編「陶工 李参平 日本陶磁器の神」(韓国語) 【3】SGRAレポート紹介:「青空、水、くらし-環境と女性と未来に向けて-」(デジタル版) ************************************************************************************* 【1】SGRAエッセイ#511(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#6) ◆沼田貞昭「アジア未来会議-新しい息吹き」 筆者は、北九州市で9月30日−10月1日に開催された公益財団法人渥美国際交流財団主催第3回アジア未来会議に参加した。2013年3月にバンコックで開かれた第1回会議、2014年8月バリ島で開かれた第2回会議にも参加した。400名の参加者が熱心に議論を交わし合う姿を目の当たりにして、渥美奨学金により日本で博士号を取得した人々を中核とするアジアおよび他の地域の知的ネットワークが、今やインドネシアなどの若い学生・研究者の新しい息吹もあって着実に拡大していることを心強く思った。以下、筆者の参加したセッションについての感想を記す。 ◇9月30日午前 AFC_Forum_#2「東南アジアの変わりつつある社会環境に対する宗教の反応」 (1)筆者は、1976−78年スハルト「新秩序」の軍の二重機能の下で政治勢力としてのイスラームの影響力は限られていたインドネシアに在勤し、2000年−2002年には駐パキスタン大使として、近代的穏健イスラーム国家を標榜しながらも急進イスラームの勢力伸張に伴う深刻な不安定要因を抱えた9.11事件前後のパキスタンの姿に接していた。このような経験に鑑み、「1998年後のインドネシアにおける民主主義のデイレンマ:一層の自由は宗教間の対立が深まることを意味するのか、対話が進むことを意味するのか?」とのガジャマダ大学ムンジッド・アハマッド氏の発表は極めて興味深いものだった。 今日のインドネシアは、スハルト・ファミリー及び軍部の強権的支配の崩壊後、政治の民主化、地方分権化が進みつつあること、また、経済成長が進み「イスラーム大国」に変貌しつつあること、民主主義の進展と自由の拡大が異宗教間の対話を進める契機となり得ることなど、筆者にとって学ぶことは多かった。なかんずく、アハマッド氏他インドネシアからの参加者が、自国の抱える問題を闊達に議論していたことが印象的だった。と同時に、インドネシアと比較すると、ムシャラフ政権の崩壊により軍部支配は一応終わったとは言っても、民主化の進展にはまだまだ障壁が残り、多種多様な人種・地域からなる国家を統一するシンボルとしてのイスラームのあり方が急進派と穏健派の間で激しい対立抗争を呼んでいるパキスタンは、何時イスラーム国家として安定するのだろうかとの疑問を禁じ得なかった。 (2)続いて「フィリピンにおける気候変動とカトリックの反応」(アテネオ・デ・マニラ大学ジャイール・セラノ・コルネリオ氏発表)をめぐる討論で、気候変動のもたらす環境破壊、災害の被害者である貧者に対するカトリック教会の取り組みに見られる社会的宗教的正義の問題が取り上げられた。タイの教育関係NGO代表ヴィチャク・パニク氏は、「人道に反する仏教:愛とか親切心ではないもの」と題する発表で、仏教がナショナリズムの一部ないしは支配階級の政治的道具として使われる場合には、人命をも脅かす強圧的なものになりうる危険を指摘した。フランスの現代東南アジア研究所カリヌ・ジャケ氏は、「宗教と救援活動:ミャンマーにおける宗教関係団体と社会的貢献の役割」と題する発表において、ミャンマーの辺境地域などの自然災害被害者に対する仏教団体、キリスト教団体の救援活動を通じて、国家が十分に果たし得ない救援などの社会貢献活動ネットワークが広がって行く可能性を指摘した。 (3)セッションを総括したエリック・クリストファー・シッケタンツ氏(東京大学)は、宗教が民族ないし国家のアイデンティティを誇示する手段として使われる時に政治的対立がしばしば生じるが、宗教が政治的対立に巻き込まれないようにして行くにはどうしたら良いか、また、地域ないし国家のアイデンティティを超えて宗教が果たし得る役割にはどのようなものがあるかを考える必要があると指摘した。 (4)以上の討論を聞いていて、筆者は、アジア各国における多様な宗教状況についてこのような議論を聞く機会は日本国内では極めて少なく、インドネシアにおけるイスラーム、フィリピンにおけるカトリック、タイ及びミャンマーにおける仏教がそれぞれ果たしている役割及び抱えている問題についての日本の一般国民の理解は皮相なものにとどまっており、この日の討論のような内容を日本国内で広めていくことが必要であると感じた。 ◇10月1日午前「平和」分科会(2) 筆者がミラ・ゾンターク立教大学教授とともに共同議長を務めた本分科会では、多民族・多文化社会であるインドネシアと平和国家を目指す日本の直面する問題に関してそれぞれ2つの発表が行われた。 (1)インドネシア 〇「宗教的シンボルの無い教会」(バンジャルマシン宗教・社会研究所シリ・タラウィヤ氏) 南カリマンタン州首都バンジャルマシンのイスラーム社会の中に存在する少数のキリスト教ベテル派信者と周辺住民との間に、信者の集まりに伴うゴスペル等の騒音、駐車問題等を巡り摩擦が生じ、ベテル派追放の動きもあったが、イスラーム系住民の中にも共存しようと努める向きもある。他方、地方政府当局の硬直的介入がかえって事態を混乱させている。 〇「モルッカ諸島におけるサニリ(伝統的合議体)を通じる紛争解決及び環境保存」(ジョグジャカルタ大学スハルノ講師) 中央政府がインドネシア全土にわたって「村」という同一の行政単位を広めようとして来たのに対し、モルッカ諸島では、伝統的な合議体であるサニリが例えば漁業資源の有効利用、保存といった問題について調整機能を発揮している。1999年のアンボンにおけるイスラーム系住民とクリスチャンの流血の対立への政府・公的機関の無為な対応ぶりは、サニリという「土地の知恵(local_wisdom)」への住民の志向を高めた。 〇この2つの発表は、インドネシアのような多文化社会では、異宗教・異民族間の様々な問題が地域レベルで生じるところ、これに対する中央ないし地方政府の画一的な対応には限界があることを指摘する点で共通していた。 (2)日本 〇「至上の法としての憲法遵守:憲法9条と日本の平和主義」(デリー大学准教授ランジャナ・ムコパディヤーヤ博士) 1947年5月5日に日本の仏教、キリスト教等宗教関係者からなる全日本宗教平和会議は、先の戦争を阻止できなかったことについての「懺悔の表明」を行った。仏教界は「聖戦」の名の下に戦争と植民地拡大を支持したことを反省し、憲法9条の戦争放棄条項を仏教の非暴力の教えを具現するものと考えた。キリスト教徒も同条項を「汝殺すなかれ」の教えを反映するものと捉えた。このようにして、日本の宗教界は憲法9条改正に反対する平和運動の主要な勢力となって来た。 〇「地球温暖化、戦争、原子力の三角関係」(木村建一早稲田大学名誉教授) 地球温暖化防止のための炭酸ガス排出制限を定めた京都議定書の下でも軍事目的のためのエネルギー使用についての抜け道がある。米国、中国等の武器生産・使用等の軍事支出のうちかなりの部分が炭酸ガス排出につながるという意味で、地球温暖化は戦争にも関連している。原子力発電は温暖化防止に役立つとして推進されてきたが、日本においては2011年の福島の原発事故以来多くの原発が閉鎖を余儀なくされている。また、原発に蓄積されるプルトニウムは、核兵器生産に使用され得るものとして、非核3原則との関連で深刻な問題を提起している。地球温暖化、エネルギーの問題を考えるにあたりこのような相関関係を考慮する必要がある。 〇この2つの発表は、憲法改正、原子力発電という現下の懸案を考えるに当たり興味深い視点を提供するものだった。 ◇10月1日午後「教育」分科会(3) 筆者が傍聴したこの分科会では、いずれもインドネシアからの4人の学生・若手研究者が、英語教育に関わる発音訓練、YouTubeの利用、グローバル言語とローカル言語、外国人とのコミュニケーション成立過程についてそれぞれ発表を行った。筆者がジャカルタに在勤していた30年前に比べて、インドネシアの学生とか若手研究者の英語習熟度及び発表意欲が著しく高まったことに印象付けられた。 「環境と共生」という今回会議のテーマのうち筆者が参加したセッションは、平和と宗教、多文化社会の問題、環境等に関するものだったが、これらの問題を世界レベル、国家レベル、地域社会レベルで複眼的に把握する必要があること、さらにそれぞれのレベルでのガバナンスの問題に取り組む必要があること、また、インドネシアのような多民族・多文化国家は、日本国内には見られないような様々な課題を抱えていることを明らかにするものだった。また、筆者は英語で行われたセッションに参加したので特に感じたのかもしれないが、今回会議に国外から78名と最も多く参加していたインドネシアの若手研究者とか学生の強い意欲と熱気に感銘を受けた。 <沼田 貞昭(ぬまた さだあき)☆NUMATA Sadaaki> 東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)。 1966年外務省入省。1978-82年在米大使館。1984-85年北米局安全保障課長。1994−1998年、在英国日本大使館特命全権公使。1998−2000年外務報道官。2000−2002年パキスタン大使。2005−2007年カナダ大使。2007−2009年国際交流基金日米センター所長。鹿島建設株式会社顧問。日本英語交流連盟会長。 -------------------------------------------------------- 【2】寄贈本紹介 SGRA会員の羅仁淑さんよりご寄贈いただきました編書をご紹介します。 ◆羅仁淑編「陶工 李参平 日本陶磁器の神」(韓国語) (黒髪酒呑童著「陶工 李参平の生涯 日本磁器発祥」の翻訳書) 有田焼は豊臣秀吉の朝鮮侵略の際、鍋島藩に連行された李参平という朝鮮陶工たちが1616年に有田で白磁鉱脈を見つけて磁器を焼き始めたことに始まります。本書は有田焼創業期に朝鮮陶工たちが作った窯など史跡がある有田に住んでいる著者が、2016年「有田焼創業400周年」に際し、李参平公の功績に感謝する意図で書いたものです。本書は2点しかない資料、李参平が亡くなる2年前に多久家に送った手紙と龍泉寺の過去帳、そして当時の歴史的事実を基に作られたものです。しかし、“できるだけ現実に符合したい”をモットーに書かれたため、フィックションでありながら歴史的資料としての価値が高く、大変貴重な歴史的資料も満載しています。 韓国では有田焼は李三平が作り上げたものであると考える傾向がありますが、本書によると、鍋島藩の積極的な陶業育成政策、明の技術、そして李参平の資質と努力の産物であることが分かります。編者は史実を直視し、建設的な未来志向の日韓関係を構築する契機になることを願って翻訳版を出版しました。 本書は韓国政府の80名で構成した厳格な審査を経て“2015年世宗図書(優秀図書)”(2015世宗図書教養部門文学のリストの78番)に選定されました。また、韓国政府は本書を購入し、財政状況の脆弱な全国の小・中学校の図書館や福祉施設などに配布してくれました。偏見のない審査に感謝しています。 編者:羅仁淑(NPO法人日韓親善交流協会暖流代表) 訳者:金昌福、盧美愛、洪性淑、洪南姫 発行:知性と感性 ISBN:979-11-5528-362-2(03800) 初版:2015年4月30日 増版:2015年9月 定価:16,000ウォン -------------------------------------------------------- 【3】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第75号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。冊子本は本年6月に発行し、SGRA賛助会員と特別会員の皆様にお送りいたしましたが、どなたでも冊子本の送付をご希望の場合は事務局までご連絡ください。 ◆SGRAレポート75号「青空、水、くらし-環境と女性と未来に向けて-」   (第50回SGRAフォーラムin北九州講演録)   2016年6月27日発行 <ダウンロード> 本文1 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no75_1.pdf 本文2 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no75_2.pdf 表紙 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no75cover.pdf <目次> 事例発表1.(日本)「『青空がほしい』運動に学ぶ-現在に問いかけるもの-」 神﨑智子(アジア女性交流・研究フォーラム主席研究員) 事例発表2.(中国)「変わるのか、人々の意識-中国の母親の環境意識の変化と活動-」 斎藤淳子(フリージャーナリスト/北京在住) 事例発表3.(韓国)「絶え間ない歩み-韓国YWCAの環境活動と女性の社会参加:環境活動家から脱核運動へ-」 李 允淑(イ・ユンスク)(韓国YWCA運動局部長) オープンフォーラム モデレーター:田村慶子(北九州市立大学法学部教授・大学院社会システム研究科長) ミニ報告:「里山を考える会の活動について」 小林直子(NPO法人里山を考える会) ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Burensain “Asia Future Conference Session Report”

    ************************************************************************ SGRAかわらばん645号(2016年11月4日) 【1】SGRAエッセイ:ブレンサイン「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」 【2】SGRAレポート紹介:「日本研究の新しいパラダイムを求めて」(デジタル版) ************************************************************************ 【1】SGRAエッセイ#510(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#5) ◆ブレンサイン「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」 ここ十数年の急激な経済発展を経て、中国は世界第2の経済大国に成長した。このプロセスを1970から80年代にかけて急成長した日本に例えて「中国版バブル経済」という人もいる。しかし、勢いよく続いてきた中国の経済発展にもここに来て陰りが見え始め、中国経済のバブル的な発展はもう終焉を迎えているのではないかと囁かれている。いずれにせよ、21世紀に入ってから現在に至るまでの中国は、経済発展による激動の時代であり、13億の人口を抱える大国の国内の状況は目まぐるしく変化した。 そもそも中国は漢族以外に55もの少数民族を抱える多民族国家であり、文化と歴史の異なるこれらの少数民族の人々は広範囲に「自治区」を形成して居住している。急激な経済発展のなかで、これらの少数民族の人々が等しくその恩恵にあずかり、各少数民族自治区の経済状況も共に発展したかどうかについては、必ずしもその状況がよく伝わっているとはいえない。これらの少数民族の多くは人口が比較的少ない辺境地域に居住しているが、これらの地域には各種の資源が豊富で、特に地下資源は以前から中国全体の経済発展を支えてきた。 中国は1990年代後半から資源輸入国に転じ、「世界の工場」に変身した今日、原材料の供給地は全世界の隅々にまで及んでいる。急激な経済発展下における原材料調達と製品輸出によるグローバル化のなかで、国内少数民族地域の状況が見えなくなり、以前にも増して風通しが悪くなっていることも事実である。私たちは、急激な経済発展期における少数民族地域の変化、そして伝統的な資源供給地であった少数民族地域、少数民族の人々が如何にバブル的な経済発展の洗礼を受け、いかなる遺産を引き受けたのかを知る必要がある。色々な意味において、上海や北京だけではなく、内陸部で起きたリアルな変化を把握することによって、はじめて中国の立体的な姿を捉えることができる。第3回アジア未来会議では、このような問題意識をもって自主セッション「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」を組織した。 本セッションでは、まず内モンゴル大学のネメフジャルガルさん(2008年度渥美奨学生)が「内モンゴル自治区とモンゴル国の草原牧畜業の比較研究」というテーマで報告した。遊牧と牧畜の伝統を共有するモンゴル国と内モンゴル自治区は今こそ異なる国家に分断されているが、1911年までは共に清朝に属し、20世紀の半ばからそれぞれソ連と中国の2大社会主義国家の枠組みのなかで社会主義の洗礼を受けてきた。中国の改革開放に伴って、内モンゴルは1980年代初期から限定的な市場経済へ移行し、その後中国の社会主義市場経済の荒波にさらされてきた。一方、モンゴル国は1990年に社会主義体制が崩壊して、一気に市場経済の土俵に押し出され、社会主義的な牧畜から市場経済的な牧畜への移行に伴う混乱は現在まで続いている。 内モンゴルでは、牧草地の使用権の個人分配が行われ、家畜頭数の増加と調整不能な牧草地利用の間に生じた矛盾が急激な沙漠化を引き起こした。市場経済に移行したモンゴル国でも都市部において土地の私有化がすすめられ、将来的に牧草地の私有化が行われるのではないかと危惧されている。つまり、遊牧に頼ってきたモンゴル国と内モンゴルは、両者ともそれぞれ微妙に異なる市場経済による環境の変化に晒されている一方で、ここ十数年の急激な経済発展のなかで、両者とも中国経済の原材料供給地となり、地下資源開発ブームに沸いている。 ネメフジャルガルさんの報告で特に注目すべき点は、資源開発によって内モンゴル各地で起きている工業汚染、デベロッパーと地方政府の利権絡みで強引にすすめられる開発プロジェクトとそれに対するモンゴル人の抗議活動など、現地で起きている最新情報であった。本セッションの直前に、内モンゴル自治区共産党委員会書記(自治区のトップ)が交替し、前書記の王君氏が力を注いていた「十個全覆蓋」(十大インフラ整備)という内モンゴル全体を巻き込んだインフラ整備運動が中断されたというホットなニュースが報告された。内モンゴル史上最大の「面子工程」といわれるこの強引なインフラ整備運動を、人々は色とりどりに化粧された羊に例えて風刺したり、宴席の笑いのネタにしたりしていた。このプロジェクトによって、内モンゴル各地の地方財政は大きな負債を抱えたといわれている。情報化、グローバル化の時代と裏腹に、中国の少数民族居住地域で起きているこうした情報は国際社会に伝わり難いので、本セッションの趣旨に沿った大変有意義な報告であった。 2番目の報告者は内モンゴル大学のナヒヤさん(2007年度渥美奨学生)で、テーマは「内モンゴルにおける小学校の統廃合問題:フルンボイル市新バルガ左旗を事例に」であった。中国では、2001年ころから「撤点并校」と呼ばれる農村の末端地域にある小中学校の統廃合政策がすすめられ、農村の子供たちは県(内モンゴルでは旗・県)政府所在地などその地域の中心都市に就学することになった。それにより、村から学校までの距離は遠くなり、子供が下宿するため親が都市部にアパートを借りて子供の世話にあたり、村の生活がおろそかになることや就学バスの事故が多発して大きな社会問題となっている。問題の重大さに気づいた中国政府は2012年に見直し、統廃合にブレーキをかけたが、それまですすめられた政策の影響は全国的で深刻なものである。 末端小中学校の統廃合運動は分散居住する少数民族地域ではさらに大きな混乱をもたらし、その影響は人口の密集する地域よりもさらに深刻である。モンゴル族が分散居住するフルンボイル市新バルガ左旗の場合は、強引な統廃合や都市化による人口流出で自然廃校してしまい、人々は教育の質を求めてより大きな町の学校へ進学するという状況が生じた。現在、内モンゴルの牧畜地域では、ほとんどの末端小中学校が廃止され、旗政府所在地に旗内のすべての子供たちが修学するために集まるという状況になっている。それは結果的に、モンゴル族の文化と社会の将来を担う次世代の子供たちを、生の民族の生活から強引に引き離し、同化に拍車をかけることになっている。 3番目の報告者は新疆ウィグル自治区出身のイミテ・アブリズさん(2002年度渥美奨学生)であった。化学を専門とするアブリズさんは現在新疆大学で教鞭をとっている。周知の通り、現在の新疆ウィグル自治区は中国の少数民族自治区のなかでも最も情報の閉鎖された地域の一つであり、そうした政治的な閉塞の陰で、経済や社会的な変化に関する情報も見えにくくなっている。本セッションを企画するなかで、専門の異なるアブリズさんに経済や社会に関する報告を準備していただきとても感謝している。 新疆ウィグル自治区は中国屈指の石油、天然ガスと石炭の埋蔵庫であり、中国全体のエネルギー資源埋蔵量の1/3を占めるともいわれている。また温暖な気候をもつ新疆では近年、綿花やトマトの生産が盛んに行われ、農業でもその重要性が増している。急激に成長する中国経済にとって新疆がもつ豊かな資源は益々重要な存在となっており、ウィグル族をめぐる政治的問題と並んで新疆がもつ経済的な意義も軽視できない。しかし、2015年の新疆のGDPは中国31の省・市・自治区のなかで、後ろから6番目に留まっている。豊富な資源があるにもかかわらず経済発展に恵まれないこのような現象をアブリズさんは「資源の呪い」に例えた。新疆は旧ソ連圏の中央アジア諸国やアフガニスタン、パキスタンなど西アジア諸国への玄関口であり、その地政学的重要性は新疆のインパクトを一層強めることとなっている。 2014年の統計によると、新疆ウィグル自治区の総人口は2322万人に達し、そのうちウィグル族の人口は自治区総人口の48.53%を占める1127万人、漢族は859万人(37.01%)、カザフ族は159万人(6.88%)であり、チベット自治区を除けば、漢族の人口が半分に満たない唯一の自治区となっている。また、ウィグル族とカザフ族を合わせると全自治区総人口の55%がトルコ系のイスラム教徒によって占められるという点も注目に値する。この2つの特徴が今日新疆を取り巻く複雑な状況の背景にあることは間違いない。ちなみに、同じイスラム教徒である回族も百万人(5%弱)居住している。 各民族の規模や力関係をめぐるこうした状況は民族教育にも色濃く反映されている。新疆では、ウィグル族を対象に「双語教育」(バイリンガル教育)という政策が厳しく実施されている。バイリンガル教育とは本来、2つの言語を均等に操ることのできる状態を指すのが一般的で、ウィグル族も含めてモンゴル族やチベット族、朝鮮族といった独自の言語と文字をもつ少数民族は、小学校3年まで自民族の言語や文字で勉強し、小学校3~4年生のころから中国語を学び始めるのが従来のやり方であった。しかし、現在新疆で実施されているのは、ウィグル語を母語として生まれた子供たちに小学校1年生から中国語で教育を受けさせ、母語のウィグル語はいわばひとつの言語として学ぶというものであり、何よりも中国語によるコミュニケーション能力と知識習得を重視している。これも新疆における民族対立の根底にある要因の1つだと囁かれている。 最後の報告は奇錦峰さん(2001年度渥美奨学生)による「ゴースト・タウン(鬼城)『康巴什』」であった。中国の広州中医薬大学教授の奇さんは内モンゴル自治区オルドス(鄂爾多斯)出身のモンゴル族であり、彼の故郷のオルドスは「鬼城/ゴースト・タウン=康巴什(ヒヤバグシ)」が位置する地域として世界的に有名である。夏休みに広州から遥々内モンゴルに行って現地調査をし、報告を準備してくださったことを大変感謝している。 内モンゴル自治区西部の沙漠のど真ん中にあるヒヤバグシは「中国のドバイ」或は「中国のラスベガス」ともいわれている資源バブルで急成長した幻の都市である。黄河と沙漠に囲まれたオルドスはもともと牧畜業を中心としてきた内モンゴル自治区の盟(市)レベルの地域の一つで、モンゴル族の生活舞台であったが、改革開放後の1980年代からカシミア山羊の飼育に成功し、有名な「鄂爾多斯カシミア」ブランドで世界中にその名が知られるようになった。 そのオルドス沙漠の地下には豊富な石炭が埋蔵していることが発見されて、1990年代から採掘が始まった。ちょうど中国が経済発展期を迎える時期であり、オルドス南隣に位置する中国最大の石炭採掘地域である山西、陝西両省の石炭資源が限界を迎えていた時期とも重なったのである。この2つの偶然がオルドスの運命を変え、2000年にわずか15億元しかなかったGDPは、2009年には2000億元にまで膨れ上がり、わずか9年で香港を超えて「オルドスの奇跡」と呼ばれた。まさに中国の急激な経済発展が少数民族地域にもたらした典型的な資源バブルである。経済規模の膨張に伴ってオルドス市は沙漠のなかに百万人が居住できる新都市の建設に乗り出し、世界的に有名な建築家たちを集めてインパクトの強い建物と大勢の市民が居住する高層住宅を建設した。 それと同時に、加熱する不動産業への投資として金融活動も活発になり、シャド―・バンキングとも呼ばれる民間の金融業者が横行し、オルドスは浙江省の温州とともに中国の金融バブルを代表する闇金融の代名詞ともなった。しかし、バブルの饗宴は長つづきせず、リーマンショックによる世界的な需要の低下によって石炭の需要も減り、2010年ころからオルドスの経済は失速した。現在百万人を収容できる都市に5万人前後しか人が住んでおらず、ヒヤバグシは中国に数多くある「ゴースト・タウン」の代表格として定着した。草原と沙漠と遊牧でしか知られていなかった内モンゴルの奥地に何故世界的なゴースト・タウンができたのか。わずか十数年の間に、蜃気楼のように現れた「オルドスの奇跡」は一体何を物語っているのか。奇さんの報告は、聴講者に深く問いかけるものであった。 自主セッション「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」では、中国の少数民族出身の4名の元渥美奨学生にそれぞれの故郷で起きているホットな出来事を報告していただいた。現代中国を内陸部から理解するためのとても重要な情報発信であり、これは渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)がもつソフトパワーの1つであると思う。 当日の発表資料(抜粋)および発表風景は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/essay510photosA.pdf 当日の発表資料のオルドスの写真(抜粋)は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/essay510photosB2.pdf <ボルジギン・ブレンサイン Burensain_Borjigin> 渥美国際交流財団2001年度奨学生。1984年に内モンゴル大学を卒業後内モンゴル自治区ラジオ放送局に勤務。1992年に来日し、2001年に早稲田大学で博士学位取得。現在は滋賀県立大学人間文化学部准教授。 ------------------------------------------------------------------- 【2】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第74号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。冊子本は本年6月に発行し、SGRA賛助会員と特別会員の皆様にお送りいたしましたが、その他の方で冊子本の送付をご希望の場合は事務局までご連絡ください。 ◆SGRAレポート第74号「日本研究の新しいパラダイムを求めて」   (第49回SGRAフォーラム講演録)   2016年6月20日発行 <ダウンロード> 本文1 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA_No74_1.pdf 本文2 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA_No74_2.pdf 表紙 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA-No74Cover.pdf <目次> 第一部 【問題提起】「『日本研究』をアジアの『公共知』に育成するために」 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) 【基調講演・報告】「新しい、アジアの日本研究に求めるもの」 平野健一郎(早稲田大学名誉教授、東洋文庫常務理事) 【報告1】「中国の日本研究の現状と未来」 楊 伯江(中国社会科学院日本研究所副所長) 【報告2】「台湾の日本研究の現状と未来」 徐 興慶(台湾大学日本研究センター所長) 【報告3】「東アジア日本研究者協議会への呼びかけ」 朴 喆熙(ソウル大学日本研究所所長) 【報告4】「日本研究支援の現状と展望-国際ネットワークの形成に向けて-」 茶野純一(国際交流基金日本研究・知的交流部長) 第二部 【円卓会議】 モデレーター:南 基正(ソウル大学日本研究所研究部長) 「円卓会議に向けた論点整理」 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) パネリスト: 梁 雲祥(北京大学国際関係学院教授) 白 智立(北京大学日本研究センター副所長) 帰 泳濤(北京大学国際関係学院副教授) 李 元徳(国民大学日本学研究所長) 劉 建輝(国際日本文化研究センター教授) 稲賀茂美(国際日本文化研究センター教授) 須藤明和(長崎大学多文化社会学部教授) 森川祐二(長崎大学多文化社会学部准教授) 林 泉忠(台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学歴史学科兼任教授) 及び講演者、発表者 【総括と今後の展開】 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) 特別寄稿1:「方法としての東アジアの日本研究」 白智立(北京大学日本研究センター副所長) 特別寄稿2:「アジア新時代における韓国の日本研究-ソウル大学日本研究所の試みを中心に」 南基正(ソウル大学日本研究所研究部長) ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 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  • Bikash “What I learned from the Roundtable Discussion ‘Humans and Robots’ in AFC”

    ************************************************* SGRAかわらばん644号(2016年10月27日) ************************************************* SGRAエッセイ#509(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#4) ◆ラムサル・ビカス「AFC円卓会議『人とロボットの共生社会をめざして』で学んだこと」 2016年9月29日から10月3日まで北九州市で開催された第3回アジア未来会議は、私にとってとても楽しく、またたくさんのことを学んだ貴重な機会でした。総合テーマは「環境と共生」で、20ヵ国から約400人が参加し、多分野に亘る国際的かつ学際的なセッションがたくさんありました。ここでは、9月30日の午前中に北九州国際会議場で行われた4つの円卓会議の一つである「人とロボットの共生社会をめざして」について報告します。 この円卓会議の発表者は、東京大学名誉教授の井上博允先生、立命館大学教授の李周浩(Lee_Joo-Ho)先生、ロシア・カザン連邦大学教授のイヴゲニ・マギッド(Evgeni_Magid)先生、九州産業大学教授の李湧権(Lee_Yong-Kwun)先生、韓国ROBOTIS社のピョ・ユンソク(Pyo_Yoon-Seok)先生、ミュンヘン工科大学教授のディルク・ウォルヘル(Dirk_Wollherr)先生、上海交通大学の李紅兵(Li_Hongbing)先生の7名で、討論者は東京大学の文景楠(Moon_Kyungnam)さんとAtelier_OPA代表取締役の杉原有紀さんでした。座長は李周浩先生とイヴゲニ・マギッド先生が務め、使用言語は英語でした。 会議は井上先生の基調講演から始まりました。新しい技術に取り組んでいらっしゃる先生は、「コボット:私たちと協働するロボット」というテーマで、iPhoneからプロジェクターに出力して発表をされました。50年以上のロボット研究の経験をお持ちの先生は、ロボットに新しい名前を付けてコボットと呼んでいます。共同作業ロボット(Collaborative_roBOT)という意味で、ロボットは人間と共同作業をしているという意味を深めるためです。将来、会社などでロボットは労働者として使われるようになり、人口減少の影響により起こる深刻な問題を解決するロボット・ソリューションについての興味深いお話でした。 李周浩先生は「漫画アニメーションにおけるロボットの社会や人間の共存」というテーマで発表されました。日本には多くの漫画やアニメーションがあり、そのいくつかはロボットと人間の共存を扱っている事を知りました。1951年に発表された「鉄腕アトム(Astro_Boy)」という漫画が、ロボットに関する10の法則を伝えおり、それを参考にして現在のロボットができたという話は、真実であろうと感じました。1969年に発表された「ドラえもん」は、人間とは違う姿をしていますが、人間と同じように考え、人間のために働いてくれるロボットです。言うまでもなく、ロボットはあくまでも人間のために働いてくれる存在なのです。他にもロボットと人間の共存を示す漫画アニメーションが流行っていますが、結論を言うと漫画アニメーションで見られるものは現実の技術レベル以上です。しかし、いつか必ず私たちの日常生活の中に取り入れられてゆくのだろうと感じました。 イヴゲニ・マギッド先生は「都市捜索救助シナリオにおけるモバイルロボットアシスタント」というテーマで発表されました。人間が行くことができない環境と危険な場所に、人間の代わりに行ってくれるモバイルロボットの活用についての発表でした。この発表では起伏の多い地形や瓦礫などで救助が困難なときに、安全でより良い経路を見つけるロボットが、被災地でとても役に立つ事が示唆されています。 李湧権先生は「九州産業大学のヒューマンロボティクス研究センター(HRRC)における研究活動」というテーマで発表されました。リハビリや介護の現場は人手不足が問題になっているため、それを解決するリハビリロボットの開発についての発表でした。現在では、高齢者や脊損患者のリハビリ支援に役立つロボット、全身性麻痺患者用移動支援ロボットや、ベッドの上での生活を介助するロボット開発が進んでいる事がわかりました。 ピョ・ユンソク先生は「なぜ『ヒューマノイド』が必要とされるのか?」というテーマで発表されました。人間との共生の視点から人間型ロボットの利点、人間型ロボットの外見から機能までの開発条件、人間と人間型ロボットの間の望ましい共存のための予見などについての発表でした。 ディルク・ウォルヘル先生は「人間環境におけるロボットアクションの相互作用の意識」というテーマで発表されました。自然で直感的なロボットアクションは、人間の環境で採用される将来のロボットの受け入れ先を増やすための鍵だということを教えて頂きました。人間は新しい状況に適応する能力を持っている。この人間との対話を目指すロボットは直感的なインターフェイスを持つことが、特に重要になると力説されました。 李紅兵先生は「手術用ロボットの力感知および制御」というテーマで発表されました。現在多くの低侵襲性外科手術の手順は、遠隔操作ロボットシステムを用いて行われていますが、このような一般的なシステムでは外科医の「微妙な力加減」のコントロールシステム(フィードバックシステム)が内蔵されていません。特に、人の持つ組織は繊細なため、外科医に与える触覚的なフィードバックの欠落は、安全で複雑かつ繊細な手術においてボトルネックになっています。そのため手術ロボットの失敗操作が多いという事を知りました。このような失敗をなくすために、力のフィードバックシステムを内蔵した施術ロボットの開発に取り組んでいるそうです。 以上がロボット技術者からの発表でした。最後に、招待討論者の杉原さんは、噴水指輪のデザインと開発を紹介し、ロボット開発にもデザインが大事だということを発表されました。 同じく招待討論者の哲学者である、文景楠さんがいくつかの大事な点をコメントされました。多方面におけるコメントでしたが、一番話題になったのは「ロボットが失敗したら、だれの責任か?」という質問でした。その答えは、開発者の責任になるとも言えますが、私は技術者としてロボットを制御する人の責任でもある、と発言しました。 本会議で色々な種類のロボットについて学ぶ事ができました。ロボットと人間がどのように共存する社会を目指していくか、様々な事を考えました。問題点は多くありますが、技術者は問題解決に向け日々研究を行っている事を知ると共に、ロボット技術の研究開発には、ただ技術者だけではなく哲学者やデザイナーなど理系、文系の枠を超えた学際的なアプローチが必要だという事がよくわかりました。 当日の写真は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/10/Picture-pdf-compress3.pdf <ラムサル・ビカス Lamsal_Bikash> 渥美国際交流財団2016年度奨学生。トリブバン大学科学技術学部。物理学科を終えて、2010年1月に日本語学生をとして日本へ来日。2014年3月に足利工業大学大学院修士課程を取得。2014年4月から足利工業大学大学院博士課程情報・生産工学専攻に入学。現在は顔検出技術について研究中。 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Maquito “Manila Report 2016@Asia Future Conference”

    ************************************************************************** SGRAかわらばん643号(2016年10月20日) 【1】エッセイ:マキト「マニラ・レポート2016@アジア未来会議」 【2】耳よりな情報:JASSO「帰国外国人留学生短期研究制度」「帰国外国人留学生研究指導事業」募集開始 【3】催事案内:「WISE_FORUM_2016_にっぽんの未来を考える3日間」 ************************************************************************** 【1】SGRAエッセイ#508(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#3) ◆マックス・マキト「マニラ・レポート2016@アジア未来会議」 当初、日本の風景をゆっくり楽しもうと考えて、東京から鈍行列車で北九州まで行きたいと思っていたのだが、結局、仕事の関係で1日遅れて第3回アジア未来会議(AFC)に参加した。今回、フィリピンからの参加者は30人で、その4割ぐらいは何等かの参加補助をいただき、残りは自費でやってきた。意外にも、毎回自費参加者の割合が増しているようで嬉しく思っている。フィリピン人の中でAFCの評判が高まっている証拠といえよう。 僕は、10月1日(土)に発表者、座長、討論者として参加した。と同時に、できるだけフィリピンからの参加者の世話をした。このエッセイでは、討論者としての役目を中心に話したい。 それは、国士舘大学の平川均教授と北陸大学の李鋼哲教授が座長を務める自主セッション「アジア型開発協力」で、「東アジアを中心にして過去半世紀以上にわたって経済成長を実現してきたこの地域は、欧米とは異なる形の開発協力や地域協力の枠組みを創り上げてきたように思われる。しかし、そうした地域における協力や開発の在り方が欧米とはどう異なるのか、また独自の協力の在り方をどのように整理し、ひとつの理念あるいは哲学に育て上げるかは依然として課題である」という問題意識に基づくものであった。 午後の2セッションを使う長丁場であったが、僕は、午後2時から他のセッションで座長の仕事があったので、後半しか出られなかった。参加者の積極的な議論が続き、セッションが終わろうとしていた時、わざわざ会場まできた今西SGRA代表からフィリピンの参加者に関する事務的手続きについて連絡があったので、部屋から静かに出ようとしたところ、座長の平川先生から討論のご指名をいただき、逃げ道は塞がれてしまった。普段の研究や授業では日本語をあまり使わないので、学会などではできるだけ発言を控えているのだが、しかたなく、一生懸命書いておいた日本語のメモを思い出しながら、以下のような感想を述べた。 後半の最初の上海財経大学の範建亭先生の発表では、中国の国際政治関係が経済関係に影響を与える因果関係を特定する試みを興味深く拝聴した。因果関係をもっと突き止めるために、範先生は別の経済学モデルを取り入れると言われたが、今の方法論でもう十分ではないかとコメントした。ただ、心配な点もある。それは、範先生の分析にはさまざまな国が入っているのに、僕の母国のフィリピンが入っていないことである。単にデータがないのか、それともフィリピンと中国の外交関係が問題なのか。 残念ながら、時間切れで回答を聞けなかったが、その時に思い浮かんだのは、最近、領土問題でフィリピンと中国の外交関係が膠着状態に陥っていることである。仮に政治関係が経済関係に影響するという分析が正しいとしても、その背後にある考え方は危険ではないだろうか。つまり、国際政治関係が悪化したら、経済関係も悪化するという状況は好ましくない。両国の関係が悪くなった時にこそ、なんらかの形で両国の繋がりを保つのが賢明な方策であろう。 後半の最後の報告は、李鋼哲先生のアジア的モデルの提唱だった。欧米の援助や開発の考え方とアジア的なものとの区別を明確にするということは、大変意義があると最初にコメントした。援助理念を明確化するのは重要な作業だ。李先生の発表にも取り上げられた、世界銀行が1993年に発行した「東アジアの奇跡」報告は、実は、被援助国の自助努力を尊重する日本が欧米の援助や経済開発に対抗した結果であると指摘した。 僕の目から見ると、当時の日本は輝いていたのだが、その後の受身姿勢に対してはがっかりしている。最近のDAC(開発援助委員会:OECDの委員会のひとつ)の査読(ピア・レビュー)を読むと、日本が提唱してきた「被援助国の自助努力を支援する」という理念が、欧米でも認められるようになっていることがわかるのだが、その合理性がまだ十分に説明されていないという課題が、20年以上経っても残っている。日本人は曖昧さを好んでいるが、やはり国際的な場では、もっと明確に説明しないといけない。それは他国と違ったやり方をしている時にこそますます重要であるといえよう。 以上のように「政治外交関係が経済関係に影響を与えること」と「開発援助理念の曖昧さ」の2点を指摘したが、実は、これが今の南シナ海の緊張に不安材料を与えている。本来、被援助国の経済発展のために使うべきODAが別な目的のために使われかねないからである。具体的な例として、日本のODAがフィリピンの軍備に使われていることを取り上げた。すぐに会場から「まさか!」という反論を浴びた。「日本のODAにはそれを防ぐための装置があるはずだ」と。僕は一歩も譲らずに、平和憲法があっても武器輸出が始まっていると反論した。最後に座長の平川先生の「鶴の一声」によって、どちらかというと、僕の側が優勢で議論が終わった。 その夜、ホテルに戻ってオンラインで調べたら、下記の記事を見つけたので、「会場から『信じられない』という反応があんなにあって驚いた」と書き添えて、その記事のリンクを平川先生にメールした。   http://www.thephilippinepride.com/japan-to-start-delivery-of-10-brand-new-patrol-vessels-next-year/ 2015年6月5日のフィリピンの新聞の記事で、「日本は来年から新哨戒船10隻をフィリピンに引き渡す」という題名である。駐日フィリピン大使が、「これらの船はODAの一貫として引き渡される。今までのインフラ整備中心の方針と違う」と語っている。領土問題になっている西フィリピン海(南シナ海)で活動させるという。2020年まで、日本、韓国、米国、イスラエルからの武器輸入でフィリピンは自国の防衛体制を充実させる構えである。 翌日の打ち上げ夕食会でも議論が続いた。同じような意見を述べ、同じような結論に辿り着いた。僕の主張は正しかったわけだが、全然嬉しくない。むしろ、これからどうなるか非常に心配である。 酒の勢いで陽気になったあらゆる国から来た狸たち(註:元渥美奨学生)は、僕の心配を少し晴らしてくれた。「あなたの国の大統領が大好きだ!」と、ミャンマー、内モンゴル、韓国の狸たちからエールが送られた。僕も暴れん坊の大統領を支持しているが、最近の行動は心配の種になっている。これからの難しいかじ取りを上手くしてくれるよう祈っている。 <マックス・マキト ☆ Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。 ------------------------------------------------------------------- 【2】耳よりな情報:JASSO「帰国外国人留学生短期研究制度」募集開始 参加申込み、お問い合わせは主催者へ直接連絡してください。 (1)(12/9締切・必着)「平成29年度帰国外国人留学生短期研究制度」募集開始 日本での留学を終え、現在、自国において教育、学術研究又は行政の分野で活躍している元留学生に、日本の大学で短期研究を行う機会を提供する制度です。 ■元留学生を招へいしたいと考えておられる先生及び日本で学んだ元留学生の皆さんにご案内ください。 【支援内容】 外国人研究者:往復渡航旅費、滞在費 (日額11,000円) 受入研究者:受入協力費(定額50,000円) 【募集要項】※募集を開始しております。 詳細はこちらをご覧ください。 http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/tanken/boshu.html ○帰国外国人留学生短期研究制度を活用した研究者の声○ http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/tanken/report/tanken_r_h27.html (2)(12/9締切・必着)「平成29年度帰国外国人留学生研究指導事業」募集開始 日本の大学の教員を現地に派遣し、日本留学を終えて自国の大学等で教育、研究活動を行う元留学生の研究を指導する場を提供する制度です。 ■元留学生を訪問したいと考えておられる先生及び日本で学んだ元留学生の皆さんにご案内ください。 【支援内容】 往復渡航旅費 滞在費(現地滞在日額16,000円) 研究指導経費(上限100,000円) 【募集要項】※募集を開始しております。 詳細はこちらをご覧ください。 http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/shidou/boshu.html ○帰国外国人留学生研究指導事業を活用した研究者の声○ http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/shidou/report/shidou_r_h27.html ------------------------------------------------------------------- 【3】催事案内:「WISE_FORUM_2016_にっぽんの未来を考える3日間」 SGRA会員で埼玉大学名誉教授の外岡豊先生より下記フォーラムをご案内いただきましたのでご紹介します。参加申込み、お問い合わせは主催者へ直接連絡してください。 ◆「WISE_FORUM_2016_にっぽんの未来を考える3日間」 日程:2016年10月26日(水)・27日(木)・28日(金)の3日間、15:00~19:00 (懇親会19:00~21:00) 場所:日本看護協会ビル (表参道ヒルズ向かい) 参加費:各日/シンポジウム3000円、懇親会1000円 ▼WISE_FORUM_2016_特設ページ http://wisewise.com/event/wise-forum/wiseforum2016_annai/ ▼アクセスマップ https://goo.gl/maps/2xUZY8mDkqH2 【第一日10月26日(水)】 テーマ:「環境・フェアウッド」 多様な生物の命を育む森林、人と自然が織り成す美しい里山、先祖代々の技と知恵を受け継ぐ木の文化。この豊かな森林木文化を次世代に継ぐために、分野や立場の違いを超え、皆で考え、語り合います。 基調講演:■沖 修司(林野庁次長) 講演:●大場隆博(株式会社くりこまくんえん、NPO法人_日本の森バイオマスネットワーク_副理事長、NPO法人_しんりん理事長) ●今村篤(岩手県岩泉町林業水産室室長) ●宮原元美(株式会社ミヤケン取締役、宅地建物取引士、ミドリムシ不動産ディレクター) ファシリテーター:●坂本有希(フェアウッド・パートナーズ、一般財団法人地球・人間環境フォーラム企画調査部長・理事) 【第二日10月27日(木)】 テーマ:「生活・教育」 子どもたちが夢と希望を持って成長していける教育、そして地域社会とは。教育現場で、そして地域社会で日々奮闘する各界のリーダーにその取り組みと思いを披露頂きながら、皆さんと広くディスカッションしたいと思います。 基調講演:■柳沢幸雄(開成高等学校・中学校校長、東京大学名誉教授、工学博士) 講演:●油井元太郎(公益社団法人MORIUMIUS理事/フィールドディレクター) ●和田賢治(岐阜県立森林文化アカデミー講師) ●田中寿幸(諸塚村立荒谷小学校教諭) ファシリテーター:●渡邊智惠子(株式会社アバンティ代表取締役社長、NPO法人オーガニックコットン協会(JOCA)副理事長、一般財団法人森から海へ代表理事) 【第三日10月28日(金)】 テーマ:「社会・経済」 経済的な豊かさだけでは人は決して幸せになることは出来ない。ともに生きる社会、結び合いや関係性の中に、本当の幸せがあるのではないか。この考えを考察し、行動を起こす人々の事例を参考に皆さんと一緒に日本の未来について考えてみたいと思います。 基調講演:■内山節(哲学者、元立教大学大学院教授) 講演:●野老真理子(大里総合管理株式会社代表取締役) ●山口美知子(東近江市市民環境部森と水政策課課長補佐) ファシリテーター:●吉澤保幸(一般社団法人場所文化フォーラム名誉理事、LLC場所文化機構副代表、ローカルサミット事務総長) 【お申込み】 ▼WISE_FORUM_2016_お申込みフォームより https://wisewise.com/contact/wise-forum-2016/ 【お問合わせ】 株式会社ワイス・ワイス 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-12-7 メール:[email protected] お電話:03-5467-7003(担当/広報 野村) ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Kawasaki “Name of That War, and Possibility of Dialogue among National Histories”

    *********************************************** SGRAかわらばん642号(2016年10月13日) *********************************************** SGRAエッセイ#507(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#2) ◆川崎剛「あの戦争の名前、そして『国史たちの対話の可能性』」 あの戦争が終わったのは、1945年8月15日だったとみんなが思っている。昭和天皇がラジオで「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」と、連合国のポツダム宣言を受け入れ無条件降伏すると発表したからである。朝鮮などの植民地ではこの日、日本の敗北を知った人たちが歓呼したという。 しかし、正式に日本がポツダム宣言の受け入れを連合国に伝えたのは、前日の8月14日だった。そして中立国のスイスとスウェーデン駐在の日本公使を通じて受諾の意思が伝わったのは、それより4日前の8月10日。 米国の対日戦勝記念日は9月2日だ。米戦艦ミズーリ号上で日本の全権重光葵外相が降伏文書に調印した日である。相手はダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官。ニューヨーク・タイムズが一面に3本の大見出しで伝えている。(The_New_York_Times,_September_2,_1945) 「JAPAN_SURRENDERS_TO_ALLIES,   SIGNS_RIGID_TERMS_ON_WARSHIP;    TRUMAN_SETS_TODAY_AS_V-J_DAY」 中国では、日本軍が南京で降伏文書に調印したのは9月9日だったが、中国の対日戦勝記念日はミズーリでの連合国軍への降伏文書調印翌日の9月3日になっている。ソ連もそれにならったかのように、9月3日。戦争が終わった日を8月15日とする国は日本だけである。 ヨーロッパの戦勝記念日は5月8日で、ヒトラーが自殺した8日後だった。あの戦争を戦った各国は、それぞれの「終戦記念日」を持っている。 戦争の名前も、それぞれ異なっている。「第二次世界大戦(Second_World_War,_World_War_II,_Seconde_Guerre_mondiale,_Zweiter_Weltkrieg)」という認識は同じようだけれど、人口に膾炙した名前は米国では「Pacific_War(対日)」「European_War(対独伊)」だった。ソ連では「大祖国戦争(Great_Patriotic_War)」と呼ばれたが、それはナポレオンとの戦争(1812)が「祖国戦争(Patriotic_War)」だったので、それより激しかった今回は、「大(Great)」が加えられたかららしい。中国では「抗日革命・世界反ファシズム戦争(抗日革命世界反法斯思戦争)」である。それぞれの国と人民の意識の中で、あの戦争は同じではない。 日本では、米英に宣戦布告した東条英機内閣が決めた正式名称は「大東亜戦争」だったが、これも含めいろいろな名前にはそれぞれの感傷が張り付いている。それは、「太平洋戦争(米国とは戦ったけれど、中国戦線は無視したい)」「15年戦争(1931年の満州事変から本格化したあの戦争の長さとしては的確だ)」「日中戦争」「アジア太平洋戦争」など。(註) 素人であることは十分自覚しながら、ながながとあの戦争の名前や終わった日に思いをめぐらせているのは、9月30日に北九州市で開かれた第3回アジア未来会議のフォーラム「日中韓における国史たちの対話の可能性」を後列で聞いていたからだ。専門家・知識人レベルで、そして出来ることなら普通の人たちの間でも、歴史を語ることができるようになるためには、私たちはどのような作業を行っていかなければならないか。日本、中国、韓国の専門家たちが、この地域における「知の共同体」の現状とどこに向かうべきかを探るラウンドテーブルだった。 早稲田大学の劉傑教授が問題を提起した。劉さんは今が「歴史対話の低迷期である」と言い、相手の国の研究状況をお互いに学んだ上で、対話後の構想を練る必要性を訴えた。「東アジアの知の共同体はこの地域の最後の砦。知識人の対話が崩れたらとても心配だ」とも。だから東アジアで共有できる国史をどう作り上げていくか、知をぶつけあうために集まった。そしてこの場は、相手の国の資料がわかる留学生という特別な人材を将来に向けて育成する重要な場にもなるだろう。 韓国・高麗大学の趙珖名誉教授は、植民地体験もそれぞれの国史を規定するものであるとして、「右寄りの歴史観では国際平和を論じることはできない」と釘を刺した。日本だけの話ではないのだろうと私は思った。「高句麗は韓国史で大きな位置を占めるが、中国の地方史でもある。属地主義的な見方か属人主義的な見方かで事象は違って見える。日中韓の国史が交錯する明や朝鮮通信使などの複眼的な見方と資料を整理した関係史事典づくりが、それぞれの認識の違いを克服する作業かもしれない」。 また、中国・復旦大学の葛兆光教授は、「蒙古襲来(1274、1281)」、「応永の役(1419)」「壬申丁酉の役(1592):日本では『文禄の役』」を事例に、日中韓の外交的な歴史叙述の可能性を構想した。 三谷博・東大名誉教授は、新課目となる「歴史総合」が導入される日本の高校歴史過程の見直しについて、日本近代史についての文部科学省の枠組みが①近代化②大衆化③グローバル化、となっていることについて、「順番が違う。グローバル化が日本の近代化の発端だった」と批判した。そして若い世代にとって一番大事なのは、「自分の国を外から眺め、隣の国の国内史について学び合うこと。これがないと東アジア史に無知のまま終わる」と提言し、フォーラムのあり方について「対話だけではもう進まない。共同作業をやりましょう。自国で読める隣国の資料を編集した資料集を作りましょう」と呼びかけた。 このような形でのフォーラムはこれから少なくとも5回は続くのだという。これをきっかけにした実務作業も若い研究者を交えれば活発になるだろう。それぞれの国の政治経済や安全保障関係の影響を受けながらでも。 素人であることをもう一度強調した上で希望を述べておきたい。日中韓の「国史たち」とともに、私はこの3カ国にとどまらない関係史を知りたい。アジア地域が日本(とタイ)を除いて植民地だったという近過去を知っておきたいのだ。例えばベトナム戦争は米国と北ベトナムが戦った戦争だが、ベトナムはその前にはフランスと独立戦争を戦っていた。フランスの前にベトナムを支配していたのは、日本軍だ。 自国の歴史を美しく書き直したいという歴史修正主義が、一時的とは思えない気分とエネルギーを醸し出している今の日本である。「国史たちの対話フォーラム」とそれを支える日中韓の「知の共同体」の発展は、重要で緊急であると考える。 <川崎剛(かわさき・たけし)Kawasaki Takeshi>  津田塾大学非常勤講師、元朝日新聞アジアネットワーク(AAN)事務局長 (註) Karoline_PostelVinay,_“The_70th_anniversary_of_1945:_Trouble_ahead,”_presentation_at_Temple_University_Japan_Campus_on_Feb.27,_2015▼佐藤卓己「増補 八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学」(2014年、筑摩書房)▼小森陽一「天皇の玉音放送」(2003年、五月書房)▼半藤一利「十二月八日と八月十五日」(2015年、文春文庫)▼山田侑平監修「『ポツダム宣言』を読んだことがありますか?」(2015年、共同通信社)、などを参考にしました。 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************