SGRAメールマガジン バックナンバー

  • NUMATA Sadaaki ”Fresh Air Breathed into the Asia Future Conference”

    ************************************************************************************* SGRAかわらばん645号(2016年11月10日) 【1】SGRAエッセイ:沼田貞昭「アジア未来会議-新しい息吹き」 【2】寄贈本紹介:羅仁淑編「陶工 李参平 日本陶磁器の神」(韓国語) 【3】SGRAレポート紹介:「青空、水、くらし-環境と女性と未来に向けて-」(デジタル版) ************************************************************************************* 【1】SGRAエッセイ#511(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#6) ◆沼田貞昭「アジア未来会議-新しい息吹き」 筆者は、北九州市で9月30日−10月1日に開催された公益財団法人渥美国際交流財団主催第3回アジア未来会議に参加した。2013年3月にバンコックで開かれた第1回会議、2014年8月バリ島で開かれた第2回会議にも参加した。400名の参加者が熱心に議論を交わし合う姿を目の当たりにして、渥美奨学金により日本で博士号を取得した人々を中核とするアジアおよび他の地域の知的ネットワークが、今やインドネシアなどの若い学生・研究者の新しい息吹もあって着実に拡大していることを心強く思った。以下、筆者の参加したセッションについての感想を記す。 ◇9月30日午前 AFC_Forum_#2「東南アジアの変わりつつある社会環境に対する宗教の反応」 (1)筆者は、1976−78年スハルト「新秩序」の軍の二重機能の下で政治勢力としてのイスラームの影響力は限られていたインドネシアに在勤し、2000年−2002年には駐パキスタン大使として、近代的穏健イスラーム国家を標榜しながらも急進イスラームの勢力伸張に伴う深刻な不安定要因を抱えた9.11事件前後のパキスタンの姿に接していた。このような経験に鑑み、「1998年後のインドネシアにおける民主主義のデイレンマ:一層の自由は宗教間の対立が深まることを意味するのか、対話が進むことを意味するのか?」とのガジャマダ大学ムンジッド・アハマッド氏の発表は極めて興味深いものだった。 今日のインドネシアは、スハルト・ファミリー及び軍部の強権的支配の崩壊後、政治の民主化、地方分権化が進みつつあること、また、経済成長が進み「イスラーム大国」に変貌しつつあること、民主主義の進展と自由の拡大が異宗教間の対話を進める契機となり得ることなど、筆者にとって学ぶことは多かった。なかんずく、アハマッド氏他インドネシアからの参加者が、自国の抱える問題を闊達に議論していたことが印象的だった。と同時に、インドネシアと比較すると、ムシャラフ政権の崩壊により軍部支配は一応終わったとは言っても、民主化の進展にはまだまだ障壁が残り、多種多様な人種・地域からなる国家を統一するシンボルとしてのイスラームのあり方が急進派と穏健派の間で激しい対立抗争を呼んでいるパキスタンは、何時イスラーム国家として安定するのだろうかとの疑問を禁じ得なかった。 (2)続いて「フィリピンにおける気候変動とカトリックの反応」(アテネオ・デ・マニラ大学ジャイール・セラノ・コルネリオ氏発表)をめぐる討論で、気候変動のもたらす環境破壊、災害の被害者である貧者に対するカトリック教会の取り組みに見られる社会的宗教的正義の問題が取り上げられた。タイの教育関係NGO代表ヴィチャク・パニク氏は、「人道に反する仏教:愛とか親切心ではないもの」と題する発表で、仏教がナショナリズムの一部ないしは支配階級の政治的道具として使われる場合には、人命をも脅かす強圧的なものになりうる危険を指摘した。フランスの現代東南アジア研究所カリヌ・ジャケ氏は、「宗教と救援活動:ミャンマーにおける宗教関係団体と社会的貢献の役割」と題する発表において、ミャンマーの辺境地域などの自然災害被害者に対する仏教団体、キリスト教団体の救援活動を通じて、国家が十分に果たし得ない救援などの社会貢献活動ネットワークが広がって行く可能性を指摘した。 (3)セッションを総括したエリック・クリストファー・シッケタンツ氏(東京大学)は、宗教が民族ないし国家のアイデンティティを誇示する手段として使われる時に政治的対立がしばしば生じるが、宗教が政治的対立に巻き込まれないようにして行くにはどうしたら良いか、また、地域ないし国家のアイデンティティを超えて宗教が果たし得る役割にはどのようなものがあるかを考える必要があると指摘した。 (4)以上の討論を聞いていて、筆者は、アジア各国における多様な宗教状況についてこのような議論を聞く機会は日本国内では極めて少なく、インドネシアにおけるイスラーム、フィリピンにおけるカトリック、タイ及びミャンマーにおける仏教がそれぞれ果たしている役割及び抱えている問題についての日本の一般国民の理解は皮相なものにとどまっており、この日の討論のような内容を日本国内で広めていくことが必要であると感じた。 ◇10月1日午前「平和」分科会(2) 筆者がミラ・ゾンターク立教大学教授とともに共同議長を務めた本分科会では、多民族・多文化社会であるインドネシアと平和国家を目指す日本の直面する問題に関してそれぞれ2つの発表が行われた。 (1)インドネシア 〇「宗教的シンボルの無い教会」(バンジャルマシン宗教・社会研究所シリ・タラウィヤ氏) 南カリマンタン州首都バンジャルマシンのイスラーム社会の中に存在する少数のキリスト教ベテル派信者と周辺住民との間に、信者の集まりに伴うゴスペル等の騒音、駐車問題等を巡り摩擦が生じ、ベテル派追放の動きもあったが、イスラーム系住民の中にも共存しようと努める向きもある。他方、地方政府当局の硬直的介入がかえって事態を混乱させている。 〇「モルッカ諸島におけるサニリ(伝統的合議体)を通じる紛争解決及び環境保存」(ジョグジャカルタ大学スハルノ講師) 中央政府がインドネシア全土にわたって「村」という同一の行政単位を広めようとして来たのに対し、モルッカ諸島では、伝統的な合議体であるサニリが例えば漁業資源の有効利用、保存といった問題について調整機能を発揮している。1999年のアンボンにおけるイスラーム系住民とクリスチャンの流血の対立への政府・公的機関の無為な対応ぶりは、サニリという「土地の知恵(local_wisdom)」への住民の志向を高めた。 〇この2つの発表は、インドネシアのような多文化社会では、異宗教・異民族間の様々な問題が地域レベルで生じるところ、これに対する中央ないし地方政府の画一的な対応には限界があることを指摘する点で共通していた。 (2)日本 〇「至上の法としての憲法遵守:憲法9条と日本の平和主義」(デリー大学准教授ランジャナ・ムコパディヤーヤ博士) 1947年5月5日に日本の仏教、キリスト教等宗教関係者からなる全日本宗教平和会議は、先の戦争を阻止できなかったことについての「懺悔の表明」を行った。仏教界は「聖戦」の名の下に戦争と植民地拡大を支持したことを反省し、憲法9条の戦争放棄条項を仏教の非暴力の教えを具現するものと考えた。キリスト教徒も同条項を「汝殺すなかれ」の教えを反映するものと捉えた。このようにして、日本の宗教界は憲法9条改正に反対する平和運動の主要な勢力となって来た。 〇「地球温暖化、戦争、原子力の三角関係」(木村建一早稲田大学名誉教授) 地球温暖化防止のための炭酸ガス排出制限を定めた京都議定書の下でも軍事目的のためのエネルギー使用についての抜け道がある。米国、中国等の武器生産・使用等の軍事支出のうちかなりの部分が炭酸ガス排出につながるという意味で、地球温暖化は戦争にも関連している。原子力発電は温暖化防止に役立つとして推進されてきたが、日本においては2011年の福島の原発事故以来多くの原発が閉鎖を余儀なくされている。また、原発に蓄積されるプルトニウムは、核兵器生産に使用され得るものとして、非核3原則との関連で深刻な問題を提起している。地球温暖化、エネルギーの問題を考えるにあたりこのような相関関係を考慮する必要がある。 〇この2つの発表は、憲法改正、原子力発電という現下の懸案を考えるに当たり興味深い視点を提供するものだった。 ◇10月1日午後「教育」分科会(3) 筆者が傍聴したこの分科会では、いずれもインドネシアからの4人の学生・若手研究者が、英語教育に関わる発音訓練、YouTubeの利用、グローバル言語とローカル言語、外国人とのコミュニケーション成立過程についてそれぞれ発表を行った。筆者がジャカルタに在勤していた30年前に比べて、インドネシアの学生とか若手研究者の英語習熟度及び発表意欲が著しく高まったことに印象付けられた。 「環境と共生」という今回会議のテーマのうち筆者が参加したセッションは、平和と宗教、多文化社会の問題、環境等に関するものだったが、これらの問題を世界レベル、国家レベル、地域社会レベルで複眼的に把握する必要があること、さらにそれぞれのレベルでのガバナンスの問題に取り組む必要があること、また、インドネシアのような多民族・多文化国家は、日本国内には見られないような様々な課題を抱えていることを明らかにするものだった。また、筆者は英語で行われたセッションに参加したので特に感じたのかもしれないが、今回会議に国外から78名と最も多く参加していたインドネシアの若手研究者とか学生の強い意欲と熱気に感銘を受けた。 <沼田 貞昭(ぬまた さだあき)☆NUMATA Sadaaki> 東京大学法学部卒業。オックスフォード大学修士(哲学・政治・経済)。 1966年外務省入省。1978-82年在米大使館。1984-85年北米局安全保障課長。1994−1998年、在英国日本大使館特命全権公使。1998−2000年外務報道官。2000−2002年パキスタン大使。2005−2007年カナダ大使。2007−2009年国際交流基金日米センター所長。鹿島建設株式会社顧問。日本英語交流連盟会長。 -------------------------------------------------------- 【2】寄贈本紹介 SGRA会員の羅仁淑さんよりご寄贈いただきました編書をご紹介します。 ◆羅仁淑編「陶工 李参平 日本陶磁器の神」(韓国語) (黒髪酒呑童著「陶工 李参平の生涯 日本磁器発祥」の翻訳書) 有田焼は豊臣秀吉の朝鮮侵略の際、鍋島藩に連行された李参平という朝鮮陶工たちが1616年に有田で白磁鉱脈を見つけて磁器を焼き始めたことに始まります。本書は有田焼創業期に朝鮮陶工たちが作った窯など史跡がある有田に住んでいる著者が、2016年「有田焼創業400周年」に際し、李参平公の功績に感謝する意図で書いたものです。本書は2点しかない資料、李参平が亡くなる2年前に多久家に送った手紙と龍泉寺の過去帳、そして当時の歴史的事実を基に作られたものです。しかし、“できるだけ現実に符合したい”をモットーに書かれたため、フィックションでありながら歴史的資料としての価値が高く、大変貴重な歴史的資料も満載しています。 韓国では有田焼は李三平が作り上げたものであると考える傾向がありますが、本書によると、鍋島藩の積極的な陶業育成政策、明の技術、そして李参平の資質と努力の産物であることが分かります。編者は史実を直視し、建設的な未来志向の日韓関係を構築する契機になることを願って翻訳版を出版しました。 本書は韓国政府の80名で構成した厳格な審査を経て“2015年世宗図書(優秀図書)”(2015世宗図書教養部門文学のリストの78番)に選定されました。また、韓国政府は本書を購入し、財政状況の脆弱な全国の小・中学校の図書館や福祉施設などに配布してくれました。偏見のない審査に感謝しています。 編者:羅仁淑(NPO法人日韓親善交流協会暖流代表) 訳者:金昌福、盧美愛、洪性淑、洪南姫 発行:知性と感性 ISBN:979-11-5528-362-2(03800) 初版:2015年4月30日 増版:2015年9月 定価:16,000ウォン -------------------------------------------------------- 【3】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第75号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。冊子本は本年6月に発行し、SGRA賛助会員と特別会員の皆様にお送りいたしましたが、どなたでも冊子本の送付をご希望の場合は事務局までご連絡ください。 ◆SGRAレポート75号「青空、水、くらし-環境と女性と未来に向けて-」   (第50回SGRAフォーラムin北九州講演録)   2016年6月27日発行 <ダウンロード> 本文1 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no75_1.pdf 本文2 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no75_2.pdf 表紙 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/sgra_no75cover.pdf <目次> 事例発表1.(日本)「『青空がほしい』運動に学ぶ-現在に問いかけるもの-」 神﨑智子(アジア女性交流・研究フォーラム主席研究員) 事例発表2.(中国)「変わるのか、人々の意識-中国の母親の環境意識の変化と活動-」 斎藤淳子(フリージャーナリスト/北京在住) 事例発表3.(韓国)「絶え間ない歩み-韓国YWCAの環境活動と女性の社会参加:環境活動家から脱核運動へ-」 李 允淑(イ・ユンスク)(韓国YWCA運動局部長) オープンフォーラム モデレーター:田村慶子(北九州市立大学法学部教授・大学院社会システム研究科長) ミニ報告:「里山を考える会の活動について」 小林直子(NPO法人里山を考える会) ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Burensain “Asia Future Conference Session Report”

    ************************************************************************ SGRAかわらばん645号(2016年11月4日) 【1】SGRAエッセイ:ブレンサイン「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」 【2】SGRAレポート紹介:「日本研究の新しいパラダイムを求めて」(デジタル版) ************************************************************************ 【1】SGRAエッセイ#510(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#5) ◆ブレンサイン「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」 ここ十数年の急激な経済発展を経て、中国は世界第2の経済大国に成長した。このプロセスを1970から80年代にかけて急成長した日本に例えて「中国版バブル経済」という人もいる。しかし、勢いよく続いてきた中国の経済発展にもここに来て陰りが見え始め、中国経済のバブル的な発展はもう終焉を迎えているのではないかと囁かれている。いずれにせよ、21世紀に入ってから現在に至るまでの中国は、経済発展による激動の時代であり、13億の人口を抱える大国の国内の状況は目まぐるしく変化した。 そもそも中国は漢族以外に55もの少数民族を抱える多民族国家であり、文化と歴史の異なるこれらの少数民族の人々は広範囲に「自治区」を形成して居住している。急激な経済発展のなかで、これらの少数民族の人々が等しくその恩恵にあずかり、各少数民族自治区の経済状況も共に発展したかどうかについては、必ずしもその状況がよく伝わっているとはいえない。これらの少数民族の多くは人口が比較的少ない辺境地域に居住しているが、これらの地域には各種の資源が豊富で、特に地下資源は以前から中国全体の経済発展を支えてきた。 中国は1990年代後半から資源輸入国に転じ、「世界の工場」に変身した今日、原材料の供給地は全世界の隅々にまで及んでいる。急激な経済発展下における原材料調達と製品輸出によるグローバル化のなかで、国内少数民族地域の状況が見えなくなり、以前にも増して風通しが悪くなっていることも事実である。私たちは、急激な経済発展期における少数民族地域の変化、そして伝統的な資源供給地であった少数民族地域、少数民族の人々が如何にバブル的な経済発展の洗礼を受け、いかなる遺産を引き受けたのかを知る必要がある。色々な意味において、上海や北京だけではなく、内陸部で起きたリアルな変化を把握することによって、はじめて中国の立体的な姿を捉えることができる。第3回アジア未来会議では、このような問題意識をもって自主セッション「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」を組織した。 本セッションでは、まず内モンゴル大学のネメフジャルガルさん(2008年度渥美奨学生)が「内モンゴル自治区とモンゴル国の草原牧畜業の比較研究」というテーマで報告した。遊牧と牧畜の伝統を共有するモンゴル国と内モンゴル自治区は今こそ異なる国家に分断されているが、1911年までは共に清朝に属し、20世紀の半ばからそれぞれソ連と中国の2大社会主義国家の枠組みのなかで社会主義の洗礼を受けてきた。中国の改革開放に伴って、内モンゴルは1980年代初期から限定的な市場経済へ移行し、その後中国の社会主義市場経済の荒波にさらされてきた。一方、モンゴル国は1990年に社会主義体制が崩壊して、一気に市場経済の土俵に押し出され、社会主義的な牧畜から市場経済的な牧畜への移行に伴う混乱は現在まで続いている。 内モンゴルでは、牧草地の使用権の個人分配が行われ、家畜頭数の増加と調整不能な牧草地利用の間に生じた矛盾が急激な沙漠化を引き起こした。市場経済に移行したモンゴル国でも都市部において土地の私有化がすすめられ、将来的に牧草地の私有化が行われるのではないかと危惧されている。つまり、遊牧に頼ってきたモンゴル国と内モンゴルは、両者ともそれぞれ微妙に異なる市場経済による環境の変化に晒されている一方で、ここ十数年の急激な経済発展のなかで、両者とも中国経済の原材料供給地となり、地下資源開発ブームに沸いている。 ネメフジャルガルさんの報告で特に注目すべき点は、資源開発によって内モンゴル各地で起きている工業汚染、デベロッパーと地方政府の利権絡みで強引にすすめられる開発プロジェクトとそれに対するモンゴル人の抗議活動など、現地で起きている最新情報であった。本セッションの直前に、内モンゴル自治区共産党委員会書記(自治区のトップ)が交替し、前書記の王君氏が力を注いていた「十個全覆蓋」(十大インフラ整備)という内モンゴル全体を巻き込んだインフラ整備運動が中断されたというホットなニュースが報告された。内モンゴル史上最大の「面子工程」といわれるこの強引なインフラ整備運動を、人々は色とりどりに化粧された羊に例えて風刺したり、宴席の笑いのネタにしたりしていた。このプロジェクトによって、内モンゴル各地の地方財政は大きな負債を抱えたといわれている。情報化、グローバル化の時代と裏腹に、中国の少数民族居住地域で起きているこうした情報は国際社会に伝わり難いので、本セッションの趣旨に沿った大変有意義な報告であった。 2番目の報告者は内モンゴル大学のナヒヤさん(2007年度渥美奨学生)で、テーマは「内モンゴルにおける小学校の統廃合問題:フルンボイル市新バルガ左旗を事例に」であった。中国では、2001年ころから「撤点并校」と呼ばれる農村の末端地域にある小中学校の統廃合政策がすすめられ、農村の子供たちは県(内モンゴルでは旗・県)政府所在地などその地域の中心都市に就学することになった。それにより、村から学校までの距離は遠くなり、子供が下宿するため親が都市部にアパートを借りて子供の世話にあたり、村の生活がおろそかになることや就学バスの事故が多発して大きな社会問題となっている。問題の重大さに気づいた中国政府は2012年に見直し、統廃合にブレーキをかけたが、それまですすめられた政策の影響は全国的で深刻なものである。 末端小中学校の統廃合運動は分散居住する少数民族地域ではさらに大きな混乱をもたらし、その影響は人口の密集する地域よりもさらに深刻である。モンゴル族が分散居住するフルンボイル市新バルガ左旗の場合は、強引な統廃合や都市化による人口流出で自然廃校してしまい、人々は教育の質を求めてより大きな町の学校へ進学するという状況が生じた。現在、内モンゴルの牧畜地域では、ほとんどの末端小中学校が廃止され、旗政府所在地に旗内のすべての子供たちが修学するために集まるという状況になっている。それは結果的に、モンゴル族の文化と社会の将来を担う次世代の子供たちを、生の民族の生活から強引に引き離し、同化に拍車をかけることになっている。 3番目の報告者は新疆ウィグル自治区出身のイミテ・アブリズさん(2002年度渥美奨学生)であった。化学を専門とするアブリズさんは現在新疆大学で教鞭をとっている。周知の通り、現在の新疆ウィグル自治区は中国の少数民族自治区のなかでも最も情報の閉鎖された地域の一つであり、そうした政治的な閉塞の陰で、経済や社会的な変化に関する情報も見えにくくなっている。本セッションを企画するなかで、専門の異なるアブリズさんに経済や社会に関する報告を準備していただきとても感謝している。 新疆ウィグル自治区は中国屈指の石油、天然ガスと石炭の埋蔵庫であり、中国全体のエネルギー資源埋蔵量の1/3を占めるともいわれている。また温暖な気候をもつ新疆では近年、綿花やトマトの生産が盛んに行われ、農業でもその重要性が増している。急激に成長する中国経済にとって新疆がもつ豊かな資源は益々重要な存在となっており、ウィグル族をめぐる政治的問題と並んで新疆がもつ経済的な意義も軽視できない。しかし、2015年の新疆のGDPは中国31の省・市・自治区のなかで、後ろから6番目に留まっている。豊富な資源があるにもかかわらず経済発展に恵まれないこのような現象をアブリズさんは「資源の呪い」に例えた。新疆は旧ソ連圏の中央アジア諸国やアフガニスタン、パキスタンなど西アジア諸国への玄関口であり、その地政学的重要性は新疆のインパクトを一層強めることとなっている。 2014年の統計によると、新疆ウィグル自治区の総人口は2322万人に達し、そのうちウィグル族の人口は自治区総人口の48.53%を占める1127万人、漢族は859万人(37.01%)、カザフ族は159万人(6.88%)であり、チベット自治区を除けば、漢族の人口が半分に満たない唯一の自治区となっている。また、ウィグル族とカザフ族を合わせると全自治区総人口の55%がトルコ系のイスラム教徒によって占められるという点も注目に値する。この2つの特徴が今日新疆を取り巻く複雑な状況の背景にあることは間違いない。ちなみに、同じイスラム教徒である回族も百万人(5%弱)居住している。 各民族の規模や力関係をめぐるこうした状況は民族教育にも色濃く反映されている。新疆では、ウィグル族を対象に「双語教育」(バイリンガル教育)という政策が厳しく実施されている。バイリンガル教育とは本来、2つの言語を均等に操ることのできる状態を指すのが一般的で、ウィグル族も含めてモンゴル族やチベット族、朝鮮族といった独自の言語と文字をもつ少数民族は、小学校3年まで自民族の言語や文字で勉強し、小学校3~4年生のころから中国語を学び始めるのが従来のやり方であった。しかし、現在新疆で実施されているのは、ウィグル語を母語として生まれた子供たちに小学校1年生から中国語で教育を受けさせ、母語のウィグル語はいわばひとつの言語として学ぶというものであり、何よりも中国語によるコミュニケーション能力と知識習得を重視している。これも新疆における民族対立の根底にある要因の1つだと囁かれている。 最後の報告は奇錦峰さん(2001年度渥美奨学生)による「ゴースト・タウン(鬼城)『康巴什』」であった。中国の広州中医薬大学教授の奇さんは内モンゴル自治区オルドス(鄂爾多斯)出身のモンゴル族であり、彼の故郷のオルドスは「鬼城/ゴースト・タウン=康巴什(ヒヤバグシ)」が位置する地域として世界的に有名である。夏休みに広州から遥々内モンゴルに行って現地調査をし、報告を準備してくださったことを大変感謝している。 内モンゴル自治区西部の沙漠のど真ん中にあるヒヤバグシは「中国のドバイ」或は「中国のラスベガス」ともいわれている資源バブルで急成長した幻の都市である。黄河と沙漠に囲まれたオルドスはもともと牧畜業を中心としてきた内モンゴル自治区の盟(市)レベルの地域の一つで、モンゴル族の生活舞台であったが、改革開放後の1980年代からカシミア山羊の飼育に成功し、有名な「鄂爾多斯カシミア」ブランドで世界中にその名が知られるようになった。 そのオルドス沙漠の地下には豊富な石炭が埋蔵していることが発見されて、1990年代から採掘が始まった。ちょうど中国が経済発展期を迎える時期であり、オルドス南隣に位置する中国最大の石炭採掘地域である山西、陝西両省の石炭資源が限界を迎えていた時期とも重なったのである。この2つの偶然がオルドスの運命を変え、2000年にわずか15億元しかなかったGDPは、2009年には2000億元にまで膨れ上がり、わずか9年で香港を超えて「オルドスの奇跡」と呼ばれた。まさに中国の急激な経済発展が少数民族地域にもたらした典型的な資源バブルである。経済規模の膨張に伴ってオルドス市は沙漠のなかに百万人が居住できる新都市の建設に乗り出し、世界的に有名な建築家たちを集めてインパクトの強い建物と大勢の市民が居住する高層住宅を建設した。 それと同時に、加熱する不動産業への投資として金融活動も活発になり、シャド―・バンキングとも呼ばれる民間の金融業者が横行し、オルドスは浙江省の温州とともに中国の金融バブルを代表する闇金融の代名詞ともなった。しかし、バブルの饗宴は長つづきせず、リーマンショックによる世界的な需要の低下によって石炭の需要も減り、2010年ころからオルドスの経済は失速した。現在百万人を収容できる都市に5万人前後しか人が住んでおらず、ヒヤバグシは中国に数多くある「ゴースト・タウン」の代表格として定着した。草原と沙漠と遊牧でしか知られていなかった内モンゴルの奥地に何故世界的なゴースト・タウンができたのか。わずか十数年の間に、蜃気楼のように現れた「オルドスの奇跡」は一体何を物語っているのか。奇さんの報告は、聴講者に深く問いかけるものであった。 自主セッション「中国の少数民族地域におけるバブルとその遺産」では、中国の少数民族出身の4名の元渥美奨学生にそれぞれの故郷で起きているホットな出来事を報告していただいた。現代中国を内陸部から理解するためのとても重要な情報発信であり、これは渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)がもつソフトパワーの1つであると思う。 当日の発表資料(抜粋)および発表風景は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/essay510photosA.pdf 当日の発表資料のオルドスの写真(抜粋)は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/essay510photosB2.pdf <ボルジギン・ブレンサイン Burensain_Borjigin> 渥美国際交流財団2001年度奨学生。1984年に内モンゴル大学を卒業後内モンゴル自治区ラジオ放送局に勤務。1992年に来日し、2001年に早稲田大学で博士学位取得。現在は滋賀県立大学人間文化学部准教授。 ------------------------------------------------------------------- 【2】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第74号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。冊子本は本年6月に発行し、SGRA賛助会員と特別会員の皆様にお送りいたしましたが、その他の方で冊子本の送付をご希望の場合は事務局までご連絡ください。 ◆SGRAレポート第74号「日本研究の新しいパラダイムを求めて」   (第49回SGRAフォーラム講演録)   2016年6月20日発行 <ダウンロード> 本文1 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA_No74_1.pdf 本文2 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA_No74_2.pdf 表紙 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/11/SGRA-No74Cover.pdf <目次> 第一部 【問題提起】「『日本研究』をアジアの『公共知』に育成するために」 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) 【基調講演・報告】「新しい、アジアの日本研究に求めるもの」 平野健一郎(早稲田大学名誉教授、東洋文庫常務理事) 【報告1】「中国の日本研究の現状と未来」 楊 伯江(中国社会科学院日本研究所副所長) 【報告2】「台湾の日本研究の現状と未来」 徐 興慶(台湾大学日本研究センター所長) 【報告3】「東アジア日本研究者協議会への呼びかけ」 朴 喆熙(ソウル大学日本研究所所長) 【報告4】「日本研究支援の現状と展望-国際ネットワークの形成に向けて-」 茶野純一(国際交流基金日本研究・知的交流部長) 第二部 【円卓会議】 モデレーター:南 基正(ソウル大学日本研究所研究部長) 「円卓会議に向けた論点整理」 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) パネリスト: 梁 雲祥(北京大学国際関係学院教授) 白 智立(北京大学日本研究センター副所長) 帰 泳濤(北京大学国際関係学院副教授) 李 元徳(国民大学日本学研究所長) 劉 建輝(国際日本文化研究センター教授) 稲賀茂美(国際日本文化研究センター教授) 須藤明和(長崎大学多文化社会学部教授) 森川祐二(長崎大学多文化社会学部准教授) 林 泉忠(台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学歴史学科兼任教授) 及び講演者、発表者 【総括と今後の展開】 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) 特別寄稿1:「方法としての東アジアの日本研究」 白智立(北京大学日本研究センター副所長) 特別寄稿2:「アジア新時代における韓国の日本研究-ソウル大学日本研究所の試みを中心に」 南基正(ソウル大学日本研究所研究部長) ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 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  • Bikash “What I learned from the Roundtable Discussion ‘Humans and Robots’ in AFC”

    ************************************************* SGRAかわらばん644号(2016年10月27日) ************************************************* SGRAエッセイ#509(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#4) ◆ラムサル・ビカス「AFC円卓会議『人とロボットの共生社会をめざして』で学んだこと」 2016年9月29日から10月3日まで北九州市で開催された第3回アジア未来会議は、私にとってとても楽しく、またたくさんのことを学んだ貴重な機会でした。総合テーマは「環境と共生」で、20ヵ国から約400人が参加し、多分野に亘る国際的かつ学際的なセッションがたくさんありました。ここでは、9月30日の午前中に北九州国際会議場で行われた4つの円卓会議の一つである「人とロボットの共生社会をめざして」について報告します。 この円卓会議の発表者は、東京大学名誉教授の井上博允先生、立命館大学教授の李周浩(Lee_Joo-Ho)先生、ロシア・カザン連邦大学教授のイヴゲニ・マギッド(Evgeni_Magid)先生、九州産業大学教授の李湧権(Lee_Yong-Kwun)先生、韓国ROBOTIS社のピョ・ユンソク(Pyo_Yoon-Seok)先生、ミュンヘン工科大学教授のディルク・ウォルヘル(Dirk_Wollherr)先生、上海交通大学の李紅兵(Li_Hongbing)先生の7名で、討論者は東京大学の文景楠(Moon_Kyungnam)さんとAtelier_OPA代表取締役の杉原有紀さんでした。座長は李周浩先生とイヴゲニ・マギッド先生が務め、使用言語は英語でした。 会議は井上先生の基調講演から始まりました。新しい技術に取り組んでいらっしゃる先生は、「コボット:私たちと協働するロボット」というテーマで、iPhoneからプロジェクターに出力して発表をされました。50年以上のロボット研究の経験をお持ちの先生は、ロボットに新しい名前を付けてコボットと呼んでいます。共同作業ロボット(Collaborative_roBOT)という意味で、ロボットは人間と共同作業をしているという意味を深めるためです。将来、会社などでロボットは労働者として使われるようになり、人口減少の影響により起こる深刻な問題を解決するロボット・ソリューションについての興味深いお話でした。 李周浩先生は「漫画アニメーションにおけるロボットの社会や人間の共存」というテーマで発表されました。日本には多くの漫画やアニメーションがあり、そのいくつかはロボットと人間の共存を扱っている事を知りました。1951年に発表された「鉄腕アトム(Astro_Boy)」という漫画が、ロボットに関する10の法則を伝えおり、それを参考にして現在のロボットができたという話は、真実であろうと感じました。1969年に発表された「ドラえもん」は、人間とは違う姿をしていますが、人間と同じように考え、人間のために働いてくれるロボットです。言うまでもなく、ロボットはあくまでも人間のために働いてくれる存在なのです。他にもロボットと人間の共存を示す漫画アニメーションが流行っていますが、結論を言うと漫画アニメーションで見られるものは現実の技術レベル以上です。しかし、いつか必ず私たちの日常生活の中に取り入れられてゆくのだろうと感じました。 イヴゲニ・マギッド先生は「都市捜索救助シナリオにおけるモバイルロボットアシスタント」というテーマで発表されました。人間が行くことができない環境と危険な場所に、人間の代わりに行ってくれるモバイルロボットの活用についての発表でした。この発表では起伏の多い地形や瓦礫などで救助が困難なときに、安全でより良い経路を見つけるロボットが、被災地でとても役に立つ事が示唆されています。 李湧権先生は「九州産業大学のヒューマンロボティクス研究センター(HRRC)における研究活動」というテーマで発表されました。リハビリや介護の現場は人手不足が問題になっているため、それを解決するリハビリロボットの開発についての発表でした。現在では、高齢者や脊損患者のリハビリ支援に役立つロボット、全身性麻痺患者用移動支援ロボットや、ベッドの上での生活を介助するロボット開発が進んでいる事がわかりました。 ピョ・ユンソク先生は「なぜ『ヒューマノイド』が必要とされるのか?」というテーマで発表されました。人間との共生の視点から人間型ロボットの利点、人間型ロボットの外見から機能までの開発条件、人間と人間型ロボットの間の望ましい共存のための予見などについての発表でした。 ディルク・ウォルヘル先生は「人間環境におけるロボットアクションの相互作用の意識」というテーマで発表されました。自然で直感的なロボットアクションは、人間の環境で採用される将来のロボットの受け入れ先を増やすための鍵だということを教えて頂きました。人間は新しい状況に適応する能力を持っている。この人間との対話を目指すロボットは直感的なインターフェイスを持つことが、特に重要になると力説されました。 李紅兵先生は「手術用ロボットの力感知および制御」というテーマで発表されました。現在多くの低侵襲性外科手術の手順は、遠隔操作ロボットシステムを用いて行われていますが、このような一般的なシステムでは外科医の「微妙な力加減」のコントロールシステム(フィードバックシステム)が内蔵されていません。特に、人の持つ組織は繊細なため、外科医に与える触覚的なフィードバックの欠落は、安全で複雑かつ繊細な手術においてボトルネックになっています。そのため手術ロボットの失敗操作が多いという事を知りました。このような失敗をなくすために、力のフィードバックシステムを内蔵した施術ロボットの開発に取り組んでいるそうです。 以上がロボット技術者からの発表でした。最後に、招待討論者の杉原さんは、噴水指輪のデザインと開発を紹介し、ロボット開発にもデザインが大事だということを発表されました。 同じく招待討論者の哲学者である、文景楠さんがいくつかの大事な点をコメントされました。多方面におけるコメントでしたが、一番話題になったのは「ロボットが失敗したら、だれの責任か?」という質問でした。その答えは、開発者の責任になるとも言えますが、私は技術者としてロボットを制御する人の責任でもある、と発言しました。 本会議で色々な種類のロボットについて学ぶ事ができました。ロボットと人間がどのように共存する社会を目指していくか、様々な事を考えました。問題点は多くありますが、技術者は問題解決に向け日々研究を行っている事を知ると共に、ロボット技術の研究開発には、ただ技術者だけではなく哲学者やデザイナーなど理系、文系の枠を超えた学際的なアプローチが必要だという事がよくわかりました。 当日の写真は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/10/Picture-pdf-compress3.pdf <ラムサル・ビカス Lamsal_Bikash> 渥美国際交流財団2016年度奨学生。トリブバン大学科学技術学部。物理学科を終えて、2010年1月に日本語学生をとして日本へ来日。2014年3月に足利工業大学大学院修士課程を取得。2014年4月から足利工業大学大学院博士課程情報・生産工学専攻に入学。現在は顔検出技術について研究中。 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Maquito “Manila Report 2016@Asia Future Conference”

    ************************************************************************** SGRAかわらばん643号(2016年10月20日) 【1】エッセイ:マキト「マニラ・レポート2016@アジア未来会議」 【2】耳よりな情報:JASSO「帰国外国人留学生短期研究制度」「帰国外国人留学生研究指導事業」募集開始 【3】催事案内:「WISE_FORUM_2016_にっぽんの未来を考える3日間」 ************************************************************************** 【1】SGRAエッセイ#508(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#3) ◆マックス・マキト「マニラ・レポート2016@アジア未来会議」 当初、日本の風景をゆっくり楽しもうと考えて、東京から鈍行列車で北九州まで行きたいと思っていたのだが、結局、仕事の関係で1日遅れて第3回アジア未来会議(AFC)に参加した。今回、フィリピンからの参加者は30人で、その4割ぐらいは何等かの参加補助をいただき、残りは自費でやってきた。意外にも、毎回自費参加者の割合が増しているようで嬉しく思っている。フィリピン人の中でAFCの評判が高まっている証拠といえよう。 僕は、10月1日(土)に発表者、座長、討論者として参加した。と同時に、できるだけフィリピンからの参加者の世話をした。このエッセイでは、討論者としての役目を中心に話したい。 それは、国士舘大学の平川均教授と北陸大学の李鋼哲教授が座長を務める自主セッション「アジア型開発協力」で、「東アジアを中心にして過去半世紀以上にわたって経済成長を実現してきたこの地域は、欧米とは異なる形の開発協力や地域協力の枠組みを創り上げてきたように思われる。しかし、そうした地域における協力や開発の在り方が欧米とはどう異なるのか、また独自の協力の在り方をどのように整理し、ひとつの理念あるいは哲学に育て上げるかは依然として課題である」という問題意識に基づくものであった。 午後の2セッションを使う長丁場であったが、僕は、午後2時から他のセッションで座長の仕事があったので、後半しか出られなかった。参加者の積極的な議論が続き、セッションが終わろうとしていた時、わざわざ会場まできた今西SGRA代表からフィリピンの参加者に関する事務的手続きについて連絡があったので、部屋から静かに出ようとしたところ、座長の平川先生から討論のご指名をいただき、逃げ道は塞がれてしまった。普段の研究や授業では日本語をあまり使わないので、学会などではできるだけ発言を控えているのだが、しかたなく、一生懸命書いておいた日本語のメモを思い出しながら、以下のような感想を述べた。 後半の最初の上海財経大学の範建亭先生の発表では、中国の国際政治関係が経済関係に影響を与える因果関係を特定する試みを興味深く拝聴した。因果関係をもっと突き止めるために、範先生は別の経済学モデルを取り入れると言われたが、今の方法論でもう十分ではないかとコメントした。ただ、心配な点もある。それは、範先生の分析にはさまざまな国が入っているのに、僕の母国のフィリピンが入っていないことである。単にデータがないのか、それともフィリピンと中国の外交関係が問題なのか。 残念ながら、時間切れで回答を聞けなかったが、その時に思い浮かんだのは、最近、領土問題でフィリピンと中国の外交関係が膠着状態に陥っていることである。仮に政治関係が経済関係に影響するという分析が正しいとしても、その背後にある考え方は危険ではないだろうか。つまり、国際政治関係が悪化したら、経済関係も悪化するという状況は好ましくない。両国の関係が悪くなった時にこそ、なんらかの形で両国の繋がりを保つのが賢明な方策であろう。 後半の最後の報告は、李鋼哲先生のアジア的モデルの提唱だった。欧米の援助や開発の考え方とアジア的なものとの区別を明確にするということは、大変意義があると最初にコメントした。援助理念を明確化するのは重要な作業だ。李先生の発表にも取り上げられた、世界銀行が1993年に発行した「東アジアの奇跡」報告は、実は、被援助国の自助努力を尊重する日本が欧米の援助や経済開発に対抗した結果であると指摘した。 僕の目から見ると、当時の日本は輝いていたのだが、その後の受身姿勢に対してはがっかりしている。最近のDAC(開発援助委員会:OECDの委員会のひとつ)の査読(ピア・レビュー)を読むと、日本が提唱してきた「被援助国の自助努力を支援する」という理念が、欧米でも認められるようになっていることがわかるのだが、その合理性がまだ十分に説明されていないという課題が、20年以上経っても残っている。日本人は曖昧さを好んでいるが、やはり国際的な場では、もっと明確に説明しないといけない。それは他国と違ったやり方をしている時にこそますます重要であるといえよう。 以上のように「政治外交関係が経済関係に影響を与えること」と「開発援助理念の曖昧さ」の2点を指摘したが、実は、これが今の南シナ海の緊張に不安材料を与えている。本来、被援助国の経済発展のために使うべきODAが別な目的のために使われかねないからである。具体的な例として、日本のODAがフィリピンの軍備に使われていることを取り上げた。すぐに会場から「まさか!」という反論を浴びた。「日本のODAにはそれを防ぐための装置があるはずだ」と。僕は一歩も譲らずに、平和憲法があっても武器輸出が始まっていると反論した。最後に座長の平川先生の「鶴の一声」によって、どちらかというと、僕の側が優勢で議論が終わった。 その夜、ホテルに戻ってオンラインで調べたら、下記の記事を見つけたので、「会場から『信じられない』という反応があんなにあって驚いた」と書き添えて、その記事のリンクを平川先生にメールした。   http://www.thephilippinepride.com/japan-to-start-delivery-of-10-brand-new-patrol-vessels-next-year/ 2015年6月5日のフィリピンの新聞の記事で、「日本は来年から新哨戒船10隻をフィリピンに引き渡す」という題名である。駐日フィリピン大使が、「これらの船はODAの一貫として引き渡される。今までのインフラ整備中心の方針と違う」と語っている。領土問題になっている西フィリピン海(南シナ海)で活動させるという。2020年まで、日本、韓国、米国、イスラエルからの武器輸入でフィリピンは自国の防衛体制を充実させる構えである。 翌日の打ち上げ夕食会でも議論が続いた。同じような意見を述べ、同じような結論に辿り着いた。僕の主張は正しかったわけだが、全然嬉しくない。むしろ、これからどうなるか非常に心配である。 酒の勢いで陽気になったあらゆる国から来た狸たち(註:元渥美奨学生)は、僕の心配を少し晴らしてくれた。「あなたの国の大統領が大好きだ!」と、ミャンマー、内モンゴル、韓国の狸たちからエールが送られた。僕も暴れん坊の大統領を支持しているが、最近の行動は心配の種になっている。これからの難しいかじ取りを上手くしてくれるよう祈っている。 <マックス・マキト ☆ Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。 ------------------------------------------------------------------- 【2】耳よりな情報:JASSO「帰国外国人留学生短期研究制度」募集開始 参加申込み、お問い合わせは主催者へ直接連絡してください。 (1)(12/9締切・必着)「平成29年度帰国外国人留学生短期研究制度」募集開始 日本での留学を終え、現在、自国において教育、学術研究又は行政の分野で活躍している元留学生に、日本の大学で短期研究を行う機会を提供する制度です。 ■元留学生を招へいしたいと考えておられる先生及び日本で学んだ元留学生の皆さんにご案内ください。 【支援内容】 外国人研究者:往復渡航旅費、滞在費 (日額11,000円) 受入研究者:受入協力費(定額50,000円) 【募集要項】※募集を開始しております。 詳細はこちらをご覧ください。 http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/tanken/boshu.html ○帰国外国人留学生短期研究制度を活用した研究者の声○ http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/tanken/report/tanken_r_h27.html (2)(12/9締切・必着)「平成29年度帰国外国人留学生研究指導事業」募集開始 日本の大学の教員を現地に派遣し、日本留学を終えて自国の大学等で教育、研究活動を行う元留学生の研究を指導する場を提供する制度です。 ■元留学生を訪問したいと考えておられる先生及び日本で学んだ元留学生の皆さんにご案内ください。 【支援内容】 往復渡航旅費 滞在費(現地滞在日額16,000円) 研究指導経費(上限100,000円) 【募集要項】※募集を開始しております。 詳細はこちらをご覧ください。 http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/shidou/boshu.html ○帰国外国人留学生研究指導事業を活用した研究者の声○ http://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/exchange/shidou/report/shidou_r_h27.html ------------------------------------------------------------------- 【3】催事案内:「WISE_FORUM_2016_にっぽんの未来を考える3日間」 SGRA会員で埼玉大学名誉教授の外岡豊先生より下記フォーラムをご案内いただきましたのでご紹介します。参加申込み、お問い合わせは主催者へ直接連絡してください。 ◆「WISE_FORUM_2016_にっぽんの未来を考える3日間」 日程:2016年10月26日(水)・27日(木)・28日(金)の3日間、15:00~19:00 (懇親会19:00~21:00) 場所:日本看護協会ビル (表参道ヒルズ向かい) 参加費:各日/シンポジウム3000円、懇親会1000円 ▼WISE_FORUM_2016_特設ページ http://wisewise.com/event/wise-forum/wiseforum2016_annai/ ▼アクセスマップ https://goo.gl/maps/2xUZY8mDkqH2 【第一日10月26日(水)】 テーマ:「環境・フェアウッド」 多様な生物の命を育む森林、人と自然が織り成す美しい里山、先祖代々の技と知恵を受け継ぐ木の文化。この豊かな森林木文化を次世代に継ぐために、分野や立場の違いを超え、皆で考え、語り合います。 基調講演:■沖 修司(林野庁次長) 講演:●大場隆博(株式会社くりこまくんえん、NPO法人_日本の森バイオマスネットワーク_副理事長、NPO法人_しんりん理事長) ●今村篤(岩手県岩泉町林業水産室室長) ●宮原元美(株式会社ミヤケン取締役、宅地建物取引士、ミドリムシ不動産ディレクター) ファシリテーター:●坂本有希(フェアウッド・パートナーズ、一般財団法人地球・人間環境フォーラム企画調査部長・理事) 【第二日10月27日(木)】 テーマ:「生活・教育」 子どもたちが夢と希望を持って成長していける教育、そして地域社会とは。教育現場で、そして地域社会で日々奮闘する各界のリーダーにその取り組みと思いを披露頂きながら、皆さんと広くディスカッションしたいと思います。 基調講演:■柳沢幸雄(開成高等学校・中学校校長、東京大学名誉教授、工学博士) 講演:●油井元太郎(公益社団法人MORIUMIUS理事/フィールドディレクター) ●和田賢治(岐阜県立森林文化アカデミー講師) ●田中寿幸(諸塚村立荒谷小学校教諭) ファシリテーター:●渡邊智惠子(株式会社アバンティ代表取締役社長、NPO法人オーガニックコットン協会(JOCA)副理事長、一般財団法人森から海へ代表理事) 【第三日10月28日(金)】 テーマ:「社会・経済」 経済的な豊かさだけでは人は決して幸せになることは出来ない。ともに生きる社会、結び合いや関係性の中に、本当の幸せがあるのではないか。この考えを考察し、行動を起こす人々の事例を参考に皆さんと一緒に日本の未来について考えてみたいと思います。 基調講演:■内山節(哲学者、元立教大学大学院教授) 講演:●野老真理子(大里総合管理株式会社代表取締役) ●山口美知子(東近江市市民環境部森と水政策課課長補佐) ファシリテーター:●吉澤保幸(一般社団法人場所文化フォーラム名誉理事、LLC場所文化機構副代表、ローカルサミット事務総長) 【お申込み】 ▼WISE_FORUM_2016_お申込みフォームより https://wisewise.com/contact/wise-forum-2016/ 【お問合わせ】 株式会社ワイス・ワイス 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-12-7 メール:press@wisewise.com お電話:03-5467-7003(担当/広報 野村) 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  • Kawasaki “Name of That War, and Possibility of Dialogue among National Histories”

    *********************************************** SGRAかわらばん642号(2016年10月13日) *********************************************** SGRAエッセイ#507(第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#2) ◆川崎剛「あの戦争の名前、そして『国史たちの対話の可能性』」 あの戦争が終わったのは、1945年8月15日だったとみんなが思っている。昭和天皇がラジオで「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」と、連合国のポツダム宣言を受け入れ無条件降伏すると発表したからである。朝鮮などの植民地ではこの日、日本の敗北を知った人たちが歓呼したという。 しかし、正式に日本がポツダム宣言の受け入れを連合国に伝えたのは、前日の8月14日だった。そして中立国のスイスとスウェーデン駐在の日本公使を通じて受諾の意思が伝わったのは、それより4日前の8月10日。 米国の対日戦勝記念日は9月2日だ。米戦艦ミズーリ号上で日本の全権重光葵外相が降伏文書に調印した日である。相手はダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官。ニューヨーク・タイムズが一面に3本の大見出しで伝えている。(The_New_York_Times,_September_2,_1945) 「JAPAN_SURRENDERS_TO_ALLIES,   SIGNS_RIGID_TERMS_ON_WARSHIP;    TRUMAN_SETS_TODAY_AS_V-J_DAY」 中国では、日本軍が南京で降伏文書に調印したのは9月9日だったが、中国の対日戦勝記念日はミズーリでの連合国軍への降伏文書調印翌日の9月3日になっている。ソ連もそれにならったかのように、9月3日。戦争が終わった日を8月15日とする国は日本だけである。 ヨーロッパの戦勝記念日は5月8日で、ヒトラーが自殺した8日後だった。あの戦争を戦った各国は、それぞれの「終戦記念日」を持っている。 戦争の名前も、それぞれ異なっている。「第二次世界大戦(Second_World_War,_World_War_II,_Seconde_Guerre_mondiale,_Zweiter_Weltkrieg)」という認識は同じようだけれど、人口に膾炙した名前は米国では「Pacific_War(対日)」「European_War(対独伊)」だった。ソ連では「大祖国戦争(Great_Patriotic_War)」と呼ばれたが、それはナポレオンとの戦争(1812)が「祖国戦争(Patriotic_War)」だったので、それより激しかった今回は、「大(Great)」が加えられたかららしい。中国では「抗日革命・世界反ファシズム戦争(抗日革命世界反法斯思戦争)」である。それぞれの国と人民の意識の中で、あの戦争は同じではない。 日本では、米英に宣戦布告した東条英機内閣が決めた正式名称は「大東亜戦争」だったが、これも含めいろいろな名前にはそれぞれの感傷が張り付いている。それは、「太平洋戦争(米国とは戦ったけれど、中国戦線は無視したい)」「15年戦争(1931年の満州事変から本格化したあの戦争の長さとしては的確だ)」「日中戦争」「アジア太平洋戦争」など。(註) 素人であることは十分自覚しながら、ながながとあの戦争の名前や終わった日に思いをめぐらせているのは、9月30日に北九州市で開かれた第3回アジア未来会議のフォーラム「日中韓における国史たちの対話の可能性」を後列で聞いていたからだ。専門家・知識人レベルで、そして出来ることなら普通の人たちの間でも、歴史を語ることができるようになるためには、私たちはどのような作業を行っていかなければならないか。日本、中国、韓国の専門家たちが、この地域における「知の共同体」の現状とどこに向かうべきかを探るラウンドテーブルだった。 早稲田大学の劉傑教授が問題を提起した。劉さんは今が「歴史対話の低迷期である」と言い、相手の国の研究状況をお互いに学んだ上で、対話後の構想を練る必要性を訴えた。「東アジアの知の共同体はこの地域の最後の砦。知識人の対話が崩れたらとても心配だ」とも。だから東アジアで共有できる国史をどう作り上げていくか、知をぶつけあうために集まった。そしてこの場は、相手の国の資料がわかる留学生という特別な人材を将来に向けて育成する重要な場にもなるだろう。 韓国・高麗大学の趙珖名誉教授は、植民地体験もそれぞれの国史を規定するものであるとして、「右寄りの歴史観では国際平和を論じることはできない」と釘を刺した。日本だけの話ではないのだろうと私は思った。「高句麗は韓国史で大きな位置を占めるが、中国の地方史でもある。属地主義的な見方か属人主義的な見方かで事象は違って見える。日中韓の国史が交錯する明や朝鮮通信使などの複眼的な見方と資料を整理した関係史事典づくりが、それぞれの認識の違いを克服する作業かもしれない」。 また、中国・復旦大学の葛兆光教授は、「蒙古襲来(1274、1281)」、「応永の役(1419)」「壬申丁酉の役(1592):日本では『文禄の役』」を事例に、日中韓の外交的な歴史叙述の可能性を構想した。 三谷博・東大名誉教授は、新課目となる「歴史総合」が導入される日本の高校歴史過程の見直しについて、日本近代史についての文部科学省の枠組みが①近代化②大衆化③グローバル化、となっていることについて、「順番が違う。グローバル化が日本の近代化の発端だった」と批判した。そして若い世代にとって一番大事なのは、「自分の国を外から眺め、隣の国の国内史について学び合うこと。これがないと東アジア史に無知のまま終わる」と提言し、フォーラムのあり方について「対話だけではもう進まない。共同作業をやりましょう。自国で読める隣国の資料を編集した資料集を作りましょう」と呼びかけた。 このような形でのフォーラムはこれから少なくとも5回は続くのだという。これをきっかけにした実務作業も若い研究者を交えれば活発になるだろう。それぞれの国の政治経済や安全保障関係の影響を受けながらでも。 素人であることをもう一度強調した上で希望を述べておきたい。日中韓の「国史たち」とともに、私はこの3カ国にとどまらない関係史を知りたい。アジア地域が日本(とタイ)を除いて植民地だったという近過去を知っておきたいのだ。例えばベトナム戦争は米国と北ベトナムが戦った戦争だが、ベトナムはその前にはフランスと独立戦争を戦っていた。フランスの前にベトナムを支配していたのは、日本軍だ。 自国の歴史を美しく書き直したいという歴史修正主義が、一時的とは思えない気分とエネルギーを醸し出している今の日本である。「国史たちの対話フォーラム」とそれを支える日中韓の「知の共同体」の発展は、重要で緊急であると考える。 <川崎剛(かわさき・たけし)Kawasaki Takeshi>  津田塾大学非常勤講師、元朝日新聞アジアネットワーク(AAN)事務局長 (註) Karoline_PostelVinay,_“The_70th_anniversary_of_1945:_Trouble_ahead,”_presentation_at_Temple_University_Japan_Campus_on_Feb.27,_2015▼佐藤卓己「増補 八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学」(2014年、筑摩書房)▼小森陽一「天皇の玉音放送」(2003年、五月書房)▼半藤一利「十二月八日と八月十五日」(2015年、文春文庫)▼山田侑平監修「『ポツダム宣言』を読んだことがありますか?」(2015年、共同通信社)、などを参考にしました。 ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • The Third Asia Future Conference Report

    ************************************************ SGRAかわらばん641号(2016年10月6日) ************************************************ ◆第3回アジア未来会議「環境と共生」報告 2016年9月30日(金)~10月2日(日)、北九州市において、20ヵ国から397名の登録参加者を得て、第3回アジア未来会議が開催されました。総合テーマは「環境と共生」。北九州市は製鉄業をはじめとする工業都市として発展しましたが、1960年代には大気や水の汚染により、ひどい公害が発生しました。その後、市民の努力により環境はめざましく改善され、2011年には、アジアで初めて、経済協力開発機構(OECD)のグリーン成長モデル都市に認定されました。第3回アジア未来会議では、このような自然環境と人間の共生はもとより、さまざまな社会環境や文化環境の中で、いかに共に生きていくかという視点から、広範な領域における課題に取り組み、基調講演とシンポジウム、招待講師によるフォーラムや円卓会議、そして数多くの研究論文の発表が行われ、国際的かつ学際的な議論が繰り広げられました。 開会に先立つ9月29日(木)午後7時、北九州国際会議場において、第10回SGRAチャイナフォーラム「東アジア広域文化史の試み」が開催されました。SGRAが毎年秋に北京を始め中国各地で開催しているフォーラムを、今回はアジア未来会議にあわせて日本で実施したもので、過去2回のフォーラムの論点に沿ってさらなる研究成果が報告され、今後の展開に繋げました。(日中同時通訳) 翌、9月30日(金)午前9時から12時半まで、北九州国際会議場では4つのフォーラムと円卓会議が同時に開催されました。どの会場も大入り満員で、グローバルな課題に取り組む活発な議論が展開されました。 ◇円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」(助成:東京倶楽部) この円卓会議では、東アジアの歴史和解を実現するとともに、国民同士の信頼を回復し、安定した協力関係を構築するためには歴史を乗り越えることが一つの課題であると捉え、中国の「国史」、日本の「国史」、韓国の「国史」を対話させることが大事であることを確認しました。将来的には「国史」研究者同士の交流によって共有する東アジア史に繋がっていくことが期待されます。今回は今後5回程度のシリーズの初回と位置づけられ、日本、中国、韓国の歴史研究者が集まって「国史たちの対話」の可能性を検討しました。(日中韓同時通訳) ◇円卓会議「東南アジアの社会環境の変化と宗教の役割」(助成:国際交流基金アジアセンター) この円卓会議では、宗教が本来人間や社会を幸福にするために生まれたものであるにもかかわらず、近年は対立や衝突の原因と見なされがちである現状を踏まえ、民族と宗教のモザイクで構成され、各国で固有の宗教と社会の関係が見られる東南アジア各国の事例を基にして、この地域から招待する研究者、日本で研究活動を行う外国人及び日本人研究者が共に、宗教と社会のかかわり、社会変化と宗教の役割などの普遍的なテーマを議論しました。(使用言語:英語) ◇円卓会議「人とロボットの共生社会をめざして」(助成:鹿島学術振興財団) この円卓会議では、(1)ロボットが日常生活の中に入る時、どのように人々とかかわり合い、どんな働きをすべきか、(2)人々とロボットが信頼関係を作り、共生できる社会は実現できるか、(3)ロボットは、従来の「人を模した相互作用対象」という限られた役割を超え、人間社会の中で、高度に知的で創造的な協調活動を誘発し、人々の間の相互作用の質を向上させる新たな役割を担うようになるか、等の問題意識に基づき、理工系研究者の発表の後、若手の哲学、デザインの研究者を交えて、人とロボットが共生する近未来の社会を構想しました。(使用言語:英語) ◇AGI経済フォーラム「アジアの人口問題と対策」(主催:アジア成長研究所主催) 北九州市に本拠を置くアジア成長研究所主催の本フォーラムは、「アジア諸国は目下、少子高齢化、人口減少、人口移動、人口の都市化、外国人労働者の流入、性差などのような多くの人口問題を抱えており、これらの問題について網羅的に吟味し、対策を打ち出すことが急務となっている」という問題意識に基づき、アジア成長研究所の4名の専門家が、アジア諸国が直面している様々な人口問題を取り上げ、その実態、経済社会に与える影響、対策、他のアジア諸国への教訓などについて検証しました。(使用言語:英語) 昼食休憩の後、午後3時、北九州国際会議場メインホールにて開会式が始まり、第3回アジア未来会議を共催する北九州市立大学の近藤倫明学長の歓迎の挨拶の後、明石康大会会長が開会を宣言しました。引き続き、トヨタ自動車のMIRAIチーフエンジニア田中義和氏による「燃料電池自動車MIRAIの開発と水素社会の実現に向けたチャレンジ」と題した基調講演がありました。その後、北九州市立大学創立70周年記念シンポジウム「持続可能な発展とアジア市民社会-水素エネルギー社会の実現を目指して-」が開催され、北九州市で環境問題に取り組む市民活動について、研究員、NPO、起業家からの活動報告がありました。(日英同時通訳) フォーラム等の講演一覧は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/conference-program/ 最後に、松元照仁北九州副市長の祝辞をいただいた後、北九州市立大学創立70周年を祝して、大学の研究成果の麹と地域民間企業のコラボが醸造する日本酒「ひびきのの杜」で鏡開きが執り行われました。参加者がホールを出ると、奇跡的に雨が止んだ中庭で、ジャズ演奏を聴きながら、そのお酒が300名を超える参加者に振る舞われてウェルカムパーティーが始まりました。アジアを中心に各国から集まった参加者が小倉名物の屋台によるB級グルメを楽しんだ後、小倉祇園太鼓の演奏に続いて、いよいよ今回の目玉イベントであるプロジェクションマッピングで、北九州の1500年の歴史を3分で纏めた影像が国際会議場中庭の大壁面に放映されました。 10月1日(土)、参加者は全員、小倉駅からモノレールで北九州市立大学北方キャンパスに移動し、8つの自主セションを含む58の分科会セッションに分かれて225本の論文発表が行われました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しているので、各セッションは、発表者が投稿時に選んだ「平和」「幸福」「イノベーション」などのトピックに基づいて調整され、学術学会とは違った、多角的で活発な議論が展開されました。前日の招待フォーラムの講師を含む延べ109名の方に多様性に富んだセッションの座長をお引き受けいただきました。ポスター発表は地下一階の休憩所に隣接して行われました。休憩時間には北九州市立大学の学生やボランティアによるピアノの演奏やお茶のお点前があり、国際交流の雰囲気を盛り上げました。 各セッションでは、2名の座長の推薦により優秀発表賞が選ばれました。優秀発表賞の受賞者リストは下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/files/2015/04/best-presentation.pdf また、本会議では10本のポスターが掲示されましたが、AFC学術委員会により2本の優秀ポスター賞が決定しました。優秀ポスター賞の受賞者リストは下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/files/2015/04/best-poster.pdf 優秀論文は学術委員会によって事前に選考されました。2015年8月31日までに発表要旨、2016年2月28日までにフルペーパーがオンライン投稿された115本の論文を13のグループに分け、ひとつのグループを4名の審査員が、(1)論文のテーマが会議のテーマ「環境と共生」と適合しているか、(2)わかりやすく説得力があるか、(3)独自性と革新性があるか、(4)国際性があるか、(5)学際性があるか、という指針によって審査しました。各審査員は、グループの中の9~10本の論文から2本を推薦し、集計の結果、上位20本を優秀論文と決定しました。優秀論文リストは下記リンクからご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/files/2016/06/AFC3-BEST-PAPERS.pdf フェアウェルパーティーは、同日午後7時から、ステーションホテル小倉において開催され、今西淳子AFC実行委員長の会議報告のあと、北九州市立大学の漆原朗子副大学長による乾杯で始まりました。食事が終わる頃、AFC学術委員長の平川均国士舘大学教授から選考報告があり、優秀賞の授賞式が行われました。授賞式では、優秀論文の著者20名が壇上に上がり、明石康大会委員長から賞状の授与がありました。続いて、優秀ポスター賞2名、優秀発表賞50名が表彰されました。パーティーの最後に、韓国未来人力研究院院長の李鎮奎高麗大学教授から第4回アジア未来会議の概要の発表がありました。 10月2日(日)参加者は、それぞれ、水俣スタディツアー、秋吉台・萩観光、北九州市内観光、北九州環境スタディツアー、温泉体験などに参加しました。 第3回アジア未来会議「環境と共生」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)主催、北九州市立大学と北九州市の共催、外務省と文部科学省の後援、国際交流基金アジアセンター、東京倶楽部、鹿島学術振興財団、北九州市の助成、九州経済連合会、アジア成長研究所の協力、そして、麻生セメント、カジマ・オーバーシーズ・アジア、鹿島建設、鹿島道路、九州電力、九州旅客鉄道、九電工、コクヨ、スナヤン開発、ゼンリン、第一交通産業、中外製薬、テノ・コーポレーション、TOTO、西日本産業貿易コンベンション協会、本庄国際奨学財団、三井住友銀行、米良電機産業、門司港運、安川電機、山口銀行からのご協賛をいただきました。 運営にあたっては、元渥美奨学生を中心に実行委員会、学術委員会が組織され、フォーラムの企画から、ホームページの維持管理、優秀賞の選考、当日の受付まであらゆる業務を担当しました。また、北九州市立大学にも実行委員会が開設され、延べ120名を超える教員、職員、学生ボランティアのご協力をいただきました。 400名を超える参加者のみなさん、開催のためにご支援くださったみなさん、さまざまな面でボランティアでご協力くださったみなさんのおかげで、第3回アジア未来会議を成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。 アジア未来会議は、国際的かつ学際的なアプローチを基本として、グローバル化に伴う様々な問題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化など、社会のあらゆる次元において多面的に検討する場を提供することを目指しています。SGRA会員だけでなく、日本に留学し現在世界各地の大学等で教鞭をとっている研究者、その学生、そして日本に興味のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、知識・情報・意見・文化等の交流・発表の場を提供するために、趣旨に賛同してくださる諸機関のご支援とご協力を得て開催するものです。 本会議は2013年から始めた新しいプロジェクトで、当初10年間で5回の開催を計画しましたが、既に3回の会議を成功裡に終えることができたので、2020年以後も開催を続けることになりました。第4回アジア未来会議は、2018年8月24日から28日まで、韓国ソウル市で開催します。皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。 第3回アジア未来会議の写真(ハイライト)は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/active/photo-gallery/2016/7596/ フェアウェルパーティーの時に映写した写真(動画)は下記リンクよりご覧いただけます。 https://youtu.be/EAk_M934JmM 第4回アジア未来会議チラシ http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/files/2016/10/AFC4_Chirashi_light.pdf (文責:SGRA代表 今西淳子) ************************************************** ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 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  • Hong Sungmin “Thinking about Global Citizen in Tateshina”

    ************************************************ SGRAかわらばん640号(2016年9月22日) ************************************************ 第5回SGRA蓼科ワークショップ報告 ◆洪性珉「蓼科から地球市民を考える」 7月1日(金)朝、少し曇った天気の中、2016年度渥美奨学生たちは、新宿から蓼科へ向かった。バスで移動している途中は雨が降っていたが、諏訪に着いたらすっかり晴れていた。今回のワークショップのテーマは、「地球市民」であった。 プログラムの中でもっとも印象に残ったのは、グループワークである。参加者は4つのグループに分かれて課題を行うことになった。僕らのチームの名前は「虹の橋」と決めた。そして、与えられた課題は2つ。第1は、与えられた状況について演劇を行うこと、そして第2はより良い世界を作るために地球市民として行うべきことについてプレゼンテーションをすることである。 我がチームの演劇の内容は、グローバル企業の進出によって、ある家庭にも影響が及び、お父さんは職を失い、その代わりに子供が家庭の生計のために学校に行かず工場で働いている、という状況をどう解決すればいいのかについてである。ところで、僕が最後に演劇をやったのは何時だったのだろう。中学生、いや小学生だったかもしれない。余りにも慣れない演劇をするのは少し恥ずかしかった。幸いに、元奨学生の方々の熱演のお蔭で演劇は盛り上がり、無事に終わった。 その後、演劇の時に浮かび上がった問題点について解決策を講じ、それについてプレゼンテーションをした。課題としてポスターの制作もあったが、残念ながら僕は絵が得意ではない。ところが、チームのメンバーの中には、いいアイデアを出せる人、様々な意見をよくまとめる人、絵の演出が得意な人など、様々な人がいた。各自の長所をもって人の短所を補う作業は順調に進められた。我がチームは、「虹の橋」という名前を生かして「絶望の輪」が地球市民の活躍によって「希望の虹」に変わる様子を見せながら発表を行った。このように課題を行う中で、世界各国で起きているグローバル化に伴う問題も個々の地球市民が力を合わせれば、問題を解決できる大きな力になれることを感じた。 しかし、疑問に感じたこともない訳ではない。それは、ワークショップの最初の先生の基調講演でのことである。先生は、欧州移民研究がご専門だが、我々のためにお話の内容を東アジア地域にも広げ、地球市民について考える話題を提供してくださった。その中、日本の地球市民の例として2人の日本人を挙げられたが、その一人は東郷茂徳であった。彼は、朝鮮陶工の末裔で、本名は朴茂徳である。しかし、帝国主義の理念が高まっていた当時の日本で、彼は朴茂徳ではなく東郷茂徳を名乗ることで日本の官僚、政治家として活動することが出来た。その時代に生きていた東郷茂徳は、果たしてワークショップで議論している「地球市民」として働けたのか、それとも「帝国主義日本の官僚」としてしか働けなかったのか。私にとっては、すぐに彼が「地球市民」として働いたという結論に達することはできなかった。 もう一つは、講演の中で接した「日本人は、終戦から70年代まで在日朝鮮人以外に外国人と接する機会がなかった」ということばである。在日朝鮮人は果たして外国人であると言い切れるのか。戦前及び戦中には、朝鮮人は日本人と同じく日本の国民と看做され、戦争に動員されている。ところが、戦後になると日本はこの朝鮮人を排除する論理で、外国人として扱ったのである。言い換えれば、在日朝鮮人という存在は、帝国主義日本の「負の遺産」であり、その問題は未だに進行形でもある。上記のことばにはその問題についての意識が充分読み取れないように思う。この問題について認識せず、排除する論理を踏襲したまま「地球市民」について議論を進めても、どれほど有意義な議論を導きだせるのだろうか。以上が私の疑問であった。 一方、ワークショップの他に印象に残ったことも多い。例えば、ご飯が美味しかったことが挙げられる。朝ご飯も、懇親会のバイキングも全て美味しかった。朝ご飯を食べるときは、勿論おかずも美味しかったが、特にご飯が美味しかったので、いつもご飯のお代わりを2~3回もした。バイキングの時に食べた料理の中では、蕎麦が最も印象に残った。程よく歯応えのある麺に汁が絡むと蕎麦の風味が増す。さすが信州の蕎麦は旨いと感じた。 そして、7月3日(日)には全てのプログラムが終わり、東京に戻ることになった。東京は、この3日間の間にだいぶ蒸し暑くなっていた。そして、私たちはその暑さの中に入り、各々の日常に戻った。 蓼科ワークショップの写真は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/active/photo-gallery/2016/7257/ <洪 性珉(ホン・ソンミン)Hong Sungmin> 2016年度渥美奨学生。2012年4月に早稲田大学文学研究科東洋史学専攻に入学、現在は博士論文を執筆中。専門は東洋史、特に遼宋関係史を中心に東アジアの歴史を研究している。 ************************************************** ★☆★SGRAカレンダー ◇第3回アジア未来会議「環境と共生」 (2016年9月29日~10月3日、北九州市) http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/ <参加申込みは締め切りました> ☆アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。 ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Two Essays Related to Taiwan

    ***************************************************** SGRAかわらばん639号(2016年9月15日) 【1】エッセイ:林泉忠「南シナ海仲裁と脆弱な中台関係」 【2】エッセイ:葉文昌「蓮舫の二重国籍」 ***************************************************** 【1】SGRAエッセイ#505 ◆林泉忠「南シナ海仲裁と脆弱な中台関係」  (原文は『明報』(2016年7月25日付)に掲載。比屋根亮太訳) 国際裁判所による南シナ海仲裁案の裁決結果は、ほぼ中国の「全面敗訴」と見なされた。これに対し中国政府は全てのメディアを用いて反論に出ると同時に、中国国民の新たなナショナリズムに火を付けた。「米日菲韓」に対する排外感情はネット上で急速に拡大しており、その影響がケンタッキーやマクドナルドといったアメリカ資本の企業にまで及んでいる。奇妙なことは、台湾の蔡英文新政権が中国が求めている1992年に中台が「一つの中国」をめぐり「合意した」という「92年コンセンサス」を認めなかった結果、台湾に対し「地が動き、山が揺れる」と態度を表明したばかりの北京が、今回は「台湾を見逃した」ということである。その原因は明らかで、蔡英文政権の今回の南シナ海仲裁結果に対する回答が北京を「ほぼ満足」させるものであったためである。それはいったいどのような理由だったのだろうか?台北と北京が南シナ海の問題で「対外的に一致する」ことは珍しいが、これが双方の関係を真に雪解けさせる契機となるのだろうか? ◇台北の2度の表明で中国ナショナリズムの標的回避に成功 実際、どのように南シナ海仲裁案に対応するかは、蔡英文政権発足後、最初の対外関係処理の智慧を試される難題でもあった。 蔡英文総統は南シナ海問題を処理する上で4つの要素を考える必要があった。それは、台湾自身の利益だけではなく、米国、中国大陸、東南アジア諸国との関係維持である。言い換えれば、発足したばかりの蔡政権が南シナ海仲裁判決に対する声明を如何に作成するか、その鍵となるのは台湾が如何に自身の立場を明らかにするのかということと同時に、他の三者との関係にも配慮することであった。外交の場において北京の制約を強く受ける台湾は、この点に智慧を絞らざるを得なかった。これに対し、7月12日の仲裁結果が出る前、総統府内では連日レーンと南シナ海の専門家が招集され話し合いが開かれていた。また、机上演習での多くの対策案が作成された。デン・ハーグ常設仲裁裁判所が、台北時間午後5時に仲裁結果を発表後、総統府は迅速にその内容に基づき連夜声明を発表した。その内容は2点に集約される: 1、中華民国は南シナ海の諸島及びその関連海域に対し、国際法及び海洋法上の権利を享有している。 2、仲裁に関連する裁判の判断は、特に太平島への認定に対して、我が南シナ海及びその関連海域の権利に重大な侵害を及ぼし……、我々は一切認めず、今回の仲裁判断は中華民国への法律的拘束力がないことを主張する。 北京は実際台湾が如何に表明するかということに対し関心を抱いていた。ゆえに、台北が「一切認めない」及び「この仲裁判断は法的拘束力を持たない」などの決して軽くない立場を表明した時は、ほっと一息ついて、喜んで受け入れた。 しかし、北京と異なり、裁決が出る前に台北が策定していた文案の中には、「一切認めない」という言葉はなかった。なぜなら裁決が公布される前は、結果が台湾に対して不利なものになるかどうかは全く予想することができなかったからである。よって、最終的に出てきた「一切認めない」という表現は、すべての人々を驚かせ、それは「太平島は島ではない」という予想だにしなかった結果の賜物であった。 裁決に対する台北の表明に関して、実際には総統府の声明発表は、第1歩に過ぎなかった。第2歩は、2日後の7月14日に行政院長の林全が自ら作成した比較的具体的な説明であった。主軸は仲裁案を批判し「3つの不適当」、更に「4つの主張」を行った。 いわゆる「3つの不適当」とは、一つ目に、仲裁裁判所が用いた「中国の台湾当局」(Taiwan_Authority_of_China)という不当な呼称は、中華民国の主権国家としての地位を矮小化していること。二つ目に、仲裁裁判所が勝手に権限を拡大し、仲裁の対象ではなかった太平島の法律地位を「岩」と認定したことは、わが国の権利を大きく損なったこと。三つ目に、審理の過程で台湾は裁判への参加や意見を求められなかったこと。 「4つの主張」に関してポイントとなるのは、「台湾は南シナ海の多角的な紛争解決メカニズムに欠くことのできないメンバーであり、多角的な紛争解決メカニズムに入るべきである」、「我が国は迅速に関係する各方面と多角的な対話を行い、南シナ海での環境保護、科学研究、海上犯罪取締り、人道支援及び災害救助などの非伝統安全保障問題での調整メカニズムを確立すること」である。 ◇蔡英文はなぜ南シナ海U字線に関する発言しないのか? もし12日の晩に総統府の声明が北京との南シナ海問題における立場の近さを表したものであるならば、林全は一方で中台の主張の差異を明らかにした。その4つの主張から見えてくるものは、中国大陸に対する呼びかけであり、それは台湾を対話メカニズムに入れる要求であると理解することができるだろう。 腑に落ちないことは、蔡英文政権が南シナ海の主張をするうえで、大陸との最大の差異が、政権が発表した2つの声明の中にはなかったことである。蔡が省略したものとはまさしく北京が最も気にしている、台湾のU字線の立場である(北京はこれを「九段線」、台北はこれを「十一段線」と呼んでいる)。U字線の起源は第二次世界大戦終結後、当時まだ大陸にあった中華民国政府が1947年に公布した「南海諸島位置図」である。中国共産党が政権を打ち立てた後は、周恩来がベトナムとの関係に基づき、1953年、自発的に「十一段線」のベトナムに近い北部湾、東京湾の二段を取り除いた結果、現在の俗に言う「九段線」が出来上がった。その後北京は「九段線」内の東沙、西沙、中沙、南沙の四大群島を固有の領土だと公に言明した。 馬英九政権時、早くもアメリカは台北に「十一段線」の根拠を明らかにするよう要求しており、これらの線が一体国境線なのか、海の島の帰属線なのか、それともその他の属性の境界線なのかを明確化するよう求めている。しかしながら、ワシントンはこの件に関して馬英九政権にはっきりと断られた。 では実際には、中華民国内政部は1947年にどのような根拠を基にして「南海諸島位置図」を描いたのか、台湾の各档案館に所蔵されている膨大な南海史料からはその答えに関する文献や説明は見つかっていない。当初この図を作成した重要な背景には抗日戦争勝利があり、中華民国には日本撤退後に「新南諸島」接収の計画があった。「南海諸島位置図」内のU字「十一段線」は経緯度がはっきりと示されておらず、もし歴史的経験を軽視した国際法へU字線内すべての島嶼の主権を主張してもその帰属確定は容易ではなく、更にはすべての海域の権利の所属は言うまでもないだろう。加えて日米と国際社会の圧力及び自身の実力を考慮に入れると、蔡英文政権が北京の「九段線」の主張が仲裁裁判所で否決された後、U字線に関する発言をすることが躊躇されたのであろう。 ◇南シナ海裁決 中台関係の脆弱さが露呈 仲裁裁判所判決の際に、中台政権の「デュエット」的現象が見られた。しかしながら、それは民進党政権の南シナ海における政策が北京を「安心」させることを意味するものでは決してない。 台湾は、釣魚台(尖閣諸島)と南シナ海の主権を有していると主張している。しかし前者の口頭のみの主張と異なるは、台湾は今まで太平島(中洲島も含め)を有効管理してきたと言う事実である。南沙最大の天然島嶼を有しているゆえに、台湾の未来はどのようにこの島を経営していくのか、中国とアメリカの先の見えない南シナ海のシーソーゲーム及び東南アジア国家の発展と友好関係が進んでいる中で、一挙手一投足が全局面に影響する「弱者の鍵」の役割をどのように演じるのかということで、非常に多くの操作可能な空間を台湾は確保している。もし将来アメリカがある時太平島の使用を要求してきたら、台湾は許可するだろうか、どのような条件と範囲内において許可するのだろうか、裁量できる幅は決して小さくない。よって台北の戦略としては、「完全にアメリカに傾かない」という条件との交換で、南シナ海に関連する国際対話メカニズムの既定政策へ台北の参加を認めさせるため、北京の譲歩を引き出すことも含まれている。 確かに、台湾にある「中華民国」の存在に関し、中国は一切承認しないという基本的立場を有しており、「主権」にかかわる南シナ海問題において、台北の登場を中南海が承諾し、中国とASEANの南シナ海対話の舞台へ、台湾が上ることは決して容易ではない。しかしながら、台湾を排除し続けることで生じる損得を、北京は慎重に考慮する必要もあるだろう。 一時的に蔡英文政権を見逃した北京が、南シナ海裁決の対応に追われ疲れ果てている時、中国ナショナリズムの怒りの炎が「意外にも」台湾にも及んだ。台湾の俳優のレオン・ダイ(戴立忍)はかつて「ひまわり運動」や香港の「雨傘革命」などの社会運動を支持したために、中国大陸映画の「沒有別的愛」から降板させられ、彼はその事件後お詫びの声明を発表し、さらに「自分は昔から台湾独立分子ではない」と表明させられた。この事件は本来南シナ海裁決案で静まっていた中台関係に、再び齟齬をもたらした。 台湾社会で今年一月の台湾総統選前夜に起こった、台湾出身アイドルが韓国のTV番組で台湾の国旗を振った結果、中国から猛烈なクレームが入り謝罪を強要させられた「周子瑜事件」は記憶に新しい。一部の青陣営と緑陣営の支持者は、「戴立忍事件」の背後には中国ネチズン(ネット市民)が大陸の強大な経済力を梃に、台湾民衆の価値やアイデンティティに対して正しいとは思えない「いじめ」的行為を行っているとした。台湾社会活動家の王奕凱は、フェイスブックで「第1回中国への謝罪大会」を立ち上げ、ユーモアで風刺する方法で大陸のナショナリズムの波に対抗し、連日数万人もの参加を記録した。 南シナ海仲裁案にかかわる国際法の理解と解釈は、複雑な国際関係にまで影響を及ぼし、その背景としての「台頭」する中国は、少しずつ鄧小平が唱えた自らの力を隠し蓄える「韜光養晦」的外交方針から遠ざかり「筋肉を見せる」方針へと動いている。蔡英文新政権は「太平島は島ではない」という驚きから強硬な態度を発表し、それが意外にも台湾が直接中国のナショナリズムの洗礼を受けることを防止した。しかしながら、「戴立忍事件」は中台関係の一時的な「穏やかな」雰囲気を元に戻し、「中国台頭」下の中台関係の脆弱さを露呈したと言える。 ---------------------------------- <林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、2014年より国立台湾大学兼任副教授。 ---------------------------------- 【2】SGRAエッセイ#506 ◆葉文昌「蓮舫の二重国籍」 本人が台湾国籍が残っていた事を知らない訳はないと思う。なぜならばそれは帰化した台湾人の中では常識のようなものだから。おそらく知らなかったと茶化していた。帰化した台湾人の多くは、法律的な抜け道をいい事に、台湾国籍を残している。その抜け道とは日本は台湾を国として認めてないので、台湾国籍は日本では意味を持たないという考えだ。でもそれは風見鶏的で潔くない。そのような考えの台湾人をたくさん見てきた。 私の父は帰化しているが、父は潔く台湾国籍は完全に捨てている。私にも早く帰化しなさいと言うが、私は日本ではまだ外国人のままでいたい。みんなと同じになってしまって村民の1人になるのが嫌だから。へそ曲がりなのかな。そして色々異論を言っても「外国人だから」と諦められる。でも正直、帰化しない不都合は多々ある。例えば将来私が退職して日本に住めなくなって帰国したら、それまで収めた年金を定年後はもらえなくなって無収入な老人になる。帰化についてはいつかするかもしれないし、しないかもしれない。でも外国人でありながら日本人に日本の社会に残って欲しいと思われる人でありたいと思って頑張っている。 一方で国籍は私にとって意味を持たない。国籍よりもその社会で生を得ているならその社会に忠誠を尽くすべきだから。野口英世もイチローも本田も、海外で活躍の場を求めて海外で給料をもらっている以上、お金を出してくれている社会に忠誠を尽くすべきである。「日本が好き、日本に忠誠」と言うならば、日本のスポーツの発展のために国へ戻ればいいのである。海外で活躍の場を求めた人より、この日本の地で働いている人の方が、たとえ外国人だとしてもこの地ではより尊いのである。今も海外で活躍している日本人は多くいるし、これからもっと増える。その人達にとっても、忠誠心を示すべきは国籍の国ではなく、生かしてもらっている国であるべきなのだ。そして彼らはその国に尽くしているのでその国では尊い存在であるはずだ。 蓮舫の件は擁護する気はないが、でもひどい二枚舌を持つずるい政治家は他にたくさんいる。日本の社会にとって、プラスになるかならないかが重要だ。日本の社会に風穴を開けて欲しい期待はある。また蓮舫は二重国籍だった訳だが、台湾で暮らした事もない事から、国籍の紙以外は完全に日本人である。それをスパイやら言うのなら、イチローも本田も野口英世も日本が送り込んだスパイになる。 ---------------------------------- <葉 文昌(よう・ぶんしょう)Yeh_Wenchang> SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、副教授。2010年4月より島根大学総合理工学研究科機械電気電子領域准教授。 ************************************************** ★☆★SGRAカレンダー ◇第3回アジア未来会議「環境と共生」 (2016年9月29日~10月3日、北九州市) http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/ <参加申込みは締め切りました> ☆アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。 ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • Jiang_Jianwei “Midsummer Night’s BBQ”

    ********************************************** SGRAかわらばん638号(2016年9月8日) ********************************************** SGRAエッセイ#504 ◆蒋建偉「真夏の夜のバーベキュー」 「盃盤狼藉」という言葉がある。中国古代の歴史書『史記』の言葉である。場所は田舎の酒宴、男女が入り交じって座り、飲み、酩酊し、遊戯をし――とうとう一面に杯や皿が散らかってしまったさまを言う。今でも大学の近所の居酒屋の座敷などでいくらでも繰り広げられる光景だ。今も昔も人は変わらない。こうして古代の人達も互いに語らい、ストレスを解消したのだろうか。 中国の古代にはもっと風雅な宴もあった。例えば「曲水の宴」――これは、流れる水に盃を流し、目の前を流れる前に詩歌を作らなければならないという遊戯である。詩歌ができなければ、罰としてその盃を飲み干す(なかには酒を飲むために初めから作らない不届者もいたかもしれない)。これは日本にも伝わり、広く行われたらしい。 雅にせよ俗にせよ、古来より人々の集まりに美食と美酒は欠かせない。いや人だけではない。日本の八百万の神も、美食や美酒に集まる。新嘗祭などはいい例だ。新しい収穫を人と神とが分け合い、ともに祝う。宴は神と人、陰と陽、雅と俗――そういったものが交錯し、混じり合い、溶け合う場でもある。 さて、去る7月22日の晩、私は渥美財団ホールの中庭にいた。バーベキューパーティーに参加するためである。集まってきたのは様々なる国籍の友人達――「朋遠方より来たる有り、亦た楽しからずや」なんて言葉もあるけれど、本当に遠方の人が多い。きっと孔子も遠方から来た友人を饗応したに違いない。「酒に量の制限は設けず、乱れない程度に飲んだ」という記録まで残っているけど、遠くから来た友人と一緒に酌み交わす光景を見た弟子がこっそり書き残したのだろう。 蓼科の合宿ですっかり仲良くなったみんなと挨拶を交わしながら、内心「うわぁ、やってしまった」と思った。自分で作った料理やお菓子を持ってきた人もいるのに、手ぶらで来てしまったからだ。「お国自慢料理」を募集していたのをすっかり忘れていたのだ。これは残念至極だった。 みんなの作ってきてくれた料理はどれもおいしかった。韓国の南さんのサラダはそれこそバーベキューの焼き肉にぴったりだったし、アメリカのリンジーさんのラタトゥイユはフランスパンとよくあった。ビカスさんのカレーを食べていると、ネパールを旅したくなった。料理を通じて人と通じ合うこと――そのことは、私に新鮮な驚きを与えてくれた。 私はとにかく好き嫌いが多い。まず肉が苦手、野菜も大人になるまであまり食べられず、子供の頃は海鮮や果物ばかり食べていた。 転機となったのは円覚寺で坐禅を経験した時のことだ。煩悩まみれで訪れた、寒風吹きすさぶ古刹で、ひたすら朝から晩まで坐り続け、心身共に疲れ果てた時、私の頭の中では好きな食べ物が回転寿司のように回り続けた。山を下りてただちに中華料理屋に駆け込んだことは言うまでもない。中国では古来より「民は食をもって天となす」という言葉が伝わっているけれども、私も血は争えなかったらしい。それ以来、食に興味を持った。とはいっても、相変わらず牛肉は食べられないし、口はやっぱり保守的だ。 しかし、遠い国から来た友人たちの心のこもった手料理を食べながら、世界の何処に行っても、きっと大丈夫だという希望が湧いてくる。そうだ、食は天下の人が共に楽しむものなのだ。友がいれば、世界のどこにでも食があるだろうし、食があれば世界のどこの人であれ、友を見つけられるに違いない。 さあ、主役のバーベキューだ。トウモロコシが美味しい。焼きたての貝を取ったら、となりの人は親切に美味しい食べ方を教えてくれた。火の上に並ぶ、多種多様な具材がみんなを結びつけてくれる。美食と美酒、居心地がよい空間――古来より人々を結びつけた宴は、いまでも私たちを結びつけてくれる。そして、未来においても、私たちや人々を結びつけてくれるに違いない。そんなことを思ったバーベキューパーティーであった。 「正月にはきっと、餃子を作ろう」 ―― そう誓いながら帰途に就いた。帰省したときに餃子の皮の作り方を習おう。そして皆に食べてもらいながら、また語り合いたい。 <蒋建偉(しょう・けんい)Jiang_Jianwei> 2016年度渥美奨学生。2013年4月に早稲田大学文学研究科東洋哲学コースに入学、現在は博士論文を執筆中。専門は日本近世思想史、特に水戸学を研究の中心としている。 ************************************************** ★☆★SGRAカレンダー ◇第3回アジア未来会議「環境と共生」 (2016年9月29日~10月3日、北九州市) http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/ <参加申込みは締め切りました> ☆アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。 ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
  • SGRA Forum #51 Report

    ********************************************** SGRAかわらばん637号(2016年9月1日) ********************************************** 第51回SGRAフォーラム「今、再び平和について」報告 ◆南基正「フォーラムを終えて」 2016年7月16日(土)の午後、東京国際フォーラムで「今、再び平和について」と題して、第51回SGRAフォーラムが開催された。タイトルには「平和のための東アジア知識人連帯を考える」と副題がつけられた。 「SGRA安全保障と世界平和」チームとしては7回目のフォーラムである。本チームは、2003年、第10回SGRAフォーラムとして「21世紀の世界安全保障と東アジア」をテーマに初めてのフォーラムを開催して以来、「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」(2005年、第16回)、「オリンピックと東アジアの平和繁栄」(2008年、第32回)、「東アジア共同体の現状と展望」(2012年、第41回)、「東アジア軍事同盟の課題と展望」(2012年、第43回、第16回フォーラムのリユニオン)、「紛争の海から平和の海へ」(2014年、第45回)などのテーマでフォーラムを開催してきた。14年間7回のフォーラムを開催したので、2年に一度のペースである。その14年間、東アジアの現実は、「世界平和」の希望と「安全保障」の困難の間を行き来しながら展開してきた。 「安全保障と世界平和」を名前に掲げている当チームとしては、この現実を敏捷に捉えて対応してきたつもりである。ただ、その対応は現実の流れとは逆の方向を向いていた。例えば、東アジア共同体議論が盛り上がり「世界平和」の希望が語られる状況においては、「安全保障」の厳しさを考える必要を訴え、この地域の「安全保障」をめぐる国際環境が不安定化する状況においては、「世界平和」の展望を切り開く可能性を探るような形で、常にバランスを取ることを念頭に置いてきた。今年のテーマは、そのような意図が克明に反映された形になった。 7月のフォーラム開催に向けテーマの調整を始めたのは2月中旬だった。折しも、朝鮮半島の情勢は危機の渦に入りつつあった。1月6日に北朝鮮は4回目の核実験を行い、それから一ヵ月経った2月7日には長距離ロケットを発射した。これを受け、韓国政府は南北協力の象徴である開城工業団地を閉鎖した。この韓国の自虐的措置に触発され、中国を含めて国際社会では、非常に強硬な制裁措置について議論が沸き立ち、北朝鮮はソウルやワシントンへの核攻撃シナリオをちらつかせながら強烈に反発していた。平和の危機に際し、平和の構想力が切に望まれていた。「安全保障と世界平和」チームの名で行われるフォーラムはこのような情勢に対応すべきであると思われた。そして、それを有効に行うためには、この地域に住む知識人としての役割についての自覚が必要であるように思われた。「核とミサイルの国際政治」、「東アジアにおける冷戦研究のあり方」、「東アジア自治体共同体に託す平和の可能性」などのテーマが浮かび上がった。 しかし、まだこの段階では、いずれのテーマも明白な会議の目標がイメージとして描けない状況であった。この時、研究チームの連絡を束ねていた角田英一さん(渥美国際交流財団事務局長)からいただいた一言に触発されて出てきたのが今回のテーマである。角田さんは、昨年の「日本研究」フォーラムの末尾で、私が司会としてのまとめの発言のなかに「東アジアの知識人の連帯」を呼びかけたことを覚えていてくださった。そこで私が提案したのが「今、再び平和について:東アジア平和問題談話会の立ち上げを呼びかける」であった。これは1950年、朝鮮戦争が勃発した状況の下で日本の知識人グループの平和問題談話会が発表して、第3声明として有名になった「三たび平和について」を意識したテーマであった。これについて今西淳子さん(SGRA代表・渥美国際交流財団常務理事)と朴栄濬さん(韓国国防大学校安全保障大学院教授)から大筋で賛同という意見を寄せていただいた。 ただ、「平和問題談話会」をあまり前面に出すと想像力を制限する恐れがある、「呼びかける」ということを掲げると、能力以上の課題を背負うことになるので控えめに調整したほうがいい、との助言があった。非常に適切な助言であり、これを受け入れた形で、最終的に設定されたのが今回のテーマであった。そして、フォーラムでは、「国際政治や安全保障の方向からの現状分析やシナリオの提示ではなく、平和研究または平和論という方向からの問題提起」とすること、「なによりも平和を優先する考え方が各個撃破されている現状を検証する」こと、こうした現状を克服するために「知識人として何ができるのかを議論する」ことを目標として設定した。 フォーラムの内容を構成するにあたっては、2つの方向から問題を提起する必要があった。1つ目は、戦後のアジアにおいて「平和への呼びかけ」が知識人の連帯運動として出てきた先例を確認しておくこと。その例として「平和問題談話会」の経験を東アジアのレベルでいかに生かすことができるか検証する。2つ目は、東アジアの危機の原因を見極め、平和の現状を確認し、そこで知識人が動ける空間がどのように存在しているのか確認しておくことである。私と木宮正史先生(東京大学大学院総合文化研究科教授)の問題提起は、それぞれこの必要に呼応するものであった。 次に、具体的な事例報告として、日本、中国、台湾、韓国、そしてアセアンにおける「平和」の現状を把握することが必要と思われた。台湾と韓国の現状については、本研究チームの林泉忠さん(台湾中央研究院近代史研究所副研究員)と朴栄濬さんが担当することになった。中国パートは、本研究チームの李成日さん(中国社会科学院アジア太平洋・グローバル研究院研究員)に中国の研究者の紹介を依頼し、二人が候補者として挙がった。宋均営さん(中国国際問題研究院アジア太平洋研究所副所長)と趙剛さん(中国社会科学院日本研究所副研究員)である。一人は政治学、もう一人は思想史が専門であったが、専門が異なっていた方が相互に補完が可能と思われ、両方に報告をお願いすることにした。アセアンの専門家は今西さんにこのテーマにピッタリな研究者を紹介していただいたのだが、日程を合わせることができず、報告者を出すことはできなかった。 そして、会議の直前に中国からの出席予定者であった趙剛さんが、研究所の事情で来られなくなった。もう一人の中国からの出席者である宋均営さんも連絡がとれにくく、フォーラム参加が危ぶまれたが、出国をわずか1日を残してビザが下りたということで無事に参加していただいた。最後に、日本パートであったが、今西さんから、以前にSGRAフォーラムで講演をお願いした都築勉先生(信州大学経済学部教授)を紹介していただいた。都築先生は、私が博論を書いていた時から書物を通してお世話になっていた先生であったので、是非とも話を聞きたかった。SGRAフォーラムを手伝いながら、得をしたという気持ちになるのは、このように平素会いたかったひとに会えることである。以上が、フォーラム開催の経緯である。 2つの問題提起と4つの報告の内容は、SGRAレポートに纏められる予定であるが、それぞれの国が置かれた状況によって、「平和」の現状と、「何を平和と認識するか」に至るまでの経緯が大きく異なっていることを確認することができた。時に報告者たちの発言は、お互いに衝突し兼ねない際どいところまで及ぶこともあったが、報告者たちの「平和」な性格のおかげで、生産的な議論になった。「平和」の条件は違っても「平和」の観念には、底で通じるものがあることを確認したことは収穫であった。 総合討論で、劉傑さん(早稲田大学社会科学総合学術院教授)が強調されたことは、そのことであったように思われる。中国にも、特殊な政治状況から生まれていながらも、理念の違いや国の境を超えて訴えることのある「平和テキスト」があり、時を超えてこれを学習する人がいるという。劉傑さんの討論を通じて、このフォーラムの意義が新しく浮かび上がり、これからも引き続き、今回の趣旨を継承して続けていくべきであることが分かった。探してみると、この地域には「三たび平和について」だけでなく、多くの平和テキストがありそうである。これから当分、フォーラムでは、東アジアで共有し継承していくべき平和テキストを発掘し、一緒に読んでいきながら、それを今どう生かすべきか、考えてゆきたい。 その際、フォーラムの最後に谷野作太郎先生(元中国大使)から寄せていただいた論評は、議論が宙に浮かないようにフォーラムを進めていくために、肝に命じておくべきである。平和の理想を求めることは、平和でない現実を省みることから始めるべきである。そのような趣旨の論評であったと覚えている。 平和でない現実に身を置きながらも、現実に囲まれず、平和を想像することを止めないこと。そのため、東アジアの平和テキストを一緒に読んでいくこと。この地域の研究者たちが「知識人」としての役割を自覚し「平和」のため連帯を目指すのなら、このことから始めるのはどうだろうか、フォーラムを閉じながらそんな思いがした。 フォーラムのプログラムは下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/05/SGRA_Forum_51_Programrevised.pdf フォーラムの写真は下記リンクよりご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/active/photo-gallery/2016/7078/ <南_基正(ナム_キジョン)NAM_Kijeong> ソウル大学日本研究所副教授。韓国ソウル市生まれ。ソウル大学にて国際政治学を学び、2000年に東京大学で「朝鮮戦争と日本-‘基地国家’における戦争と平和」の研究で博士号を取得。2001年から2005年まで東北大学法学研究科の助教授、2005年から2009年まで韓国・国民大学国際学部の副教授などを経て現職。戦後日本の政治外交を専門とし、最近は日本の平和主義や平和運動にも関心を持って研究している。主著に『基地国家の誕生−日本が戦った朝鮮戦争(韓国文)』、『戦後日本と生活平和主義(編著・韓国文)』、『歴史としての日韓国交正常化II: 脱植民地化編(共著)』、「日本の反原発運動−起源としてのベトナム反戦運動と生活平和主義の展開(韓国文)」、「戦後日韓関係の展開—冷戦、ナショナリズム、リーダーシップの相互作用」、 “Similar_Conditions,_Differen_Paths?:_Japan`s_Normalization_of_Relations_with_Korea_and_Vietnam”, “The_Reality_of_Military_Base_and_the_Evolution_of_Pacifism:_Japan's_Korean_War_and_Peace”,_などがある。 ************************************************** ★☆★SGRAカレンダー ◇第3回アジア未来会議「環境と共生」 (2016年9月29日~10月3日、北九州市) http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/ <参加申込みは締め切りました> ☆アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。 ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。 ●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/date/2016/?cat=11 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:sgra-office@aisf.or.jp Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ **************************************************
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