SGRAメールマガジン バックナンバー

Maria PROKHOROVA “The Way You look at Your Own Country”

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SGRAかわらばん980号(2023年9月7日)

【1】エッセイ:マリア・プロホロワ「母国を見る目」

【2】寄贈本紹介:オリガ・ホメンコ『キーウの遠い空:戦争の中のウクライナ人』

【3】第10回日台アジア未来フォーラムへのお誘い(再送)
「日台の酒造りと文化:日本酒と紹興酒」(10月21日、島根県松江市)
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【1】SGRAエッセイ#745

◆マリア・プロホロワ「母国を見る目」

私はロシアで生まれ育ち、大学もモスクワで卒業した。日本語教育専攻で、大学生のうちから2回日本(秋田と福岡)に留学することができたし、卒業してからは勉強の続きとして本格的に日本に住むようになった(横浜と東京)。日本での留学期間は8年以上になる。この8年で私には様々な変化が起きた。何が一番大きく変わったかというと、「母国を見る目」だと思う。

高校生や大学生の頃、自分の生まれ育った国にはそれほど興味がなかった。高校生の頃、あるいはもう少し前から日本に夢中になっていた。常に日本のドラマを見たり、日本の曲を聞いたりして、頭の中が日本で出来ているような状態だった。高校の卒業式では着物を着た(着付けは問題ありだったが…)。大学入ると日本に興味を持ち、日本語を学ぶ仲間が増えて、さらに日本に集中することになった。自分の関心を共有してくれる人たち、それをさらに伸ばしてくれる環境があるのは幸せだ。その幸せを糧にして、今も役立っているスキルを取得していったし、人生で一番温かい思い出かもしれない。でも、今思うと、とても未熟で視野が狭かったようにも感じる。

日本に来てから、ロシアのことを色々と聞かれるようになった。ロシアにも「方言があるのか」、「食文化はどうなのか」、などなど。自分がロシア人であることを初めて認識したのはその時だったのかもしれない。成人するまでロシアで暮らしていても、ロシアのことをほぼ何も知らなかったこと、ロシアは思っていたより謎が多く、言ってみれば「知りにくい」ということに気づいた。どの国にも何か不思議な特性があるが、ロシアの場合、地理的な大きさが重要である。例えばモスクワに住んでいると、6千キロ以上離れているウラジオストクのことはよく分からない。自分から行ったり調べたり、そこの人たちと交流したりしないとずっと分からないままだ。

国内からロシアのことを考えると、実際には「内」として、すなわち「自分の中のロシア」として考えているのは、ロシアのごく一部に過ぎない。自分の周りの環境と、親戚や親友の暮らす環境くらいである。外から見たロシアは、もっともっと大きくて、複雑で、面白い。ロシア語を専門とする日本の学生たちの話を聞いて彼らの質問に答えていると、私の中のロシアはモスクワ近郊などに限らない、より立体的な存在になっていった。一時帰国のとき、国内旅行や街の探索に出かけることも多くなった。母国のことは、最初から自動的に知っているのではなく、自分から知る努力をして関係を深めていくものだということに気づいた。

最近は特に、「母国」という概念が疑問視されることが多くなってきた。「母国」への感情、いわゆる「愛国心」などは非常に悪用されやすいので、私もこの言葉を聞くたびに少し警戒する。しかし、「私には母国はない」と主張する友人たちにも賛成できない。母国が複数だったり、「義母国」や「父国」と言った方が正確だったり、国というよりも地域だったりして、形がそれぞれ異なるだけだと思う。「愛国心」も、国家にとって都合の良い発想だから頻繁に取り上げられるだけで、「母国」の定義では決してない。

自分の育った家族に対して皆それぞれ異なる気持ちを抱いているように、「母国」に対する見方や考え方、感じ方は無限にある。愛せないと感じていても、その行動や性格に反感を覚えていても全く問題ない。でも、どこで生まれて、どこで育ったのか――それは大切な縁だ。自分のルーツをたどってみることで案外心が満たされることがあるし、人間関係と同じように自分と「母国」の間の関係性を認識することで、ここまでの背景を考慮した自分だけの道が見えてくる。自分とロシアの関係に目をつむった方が断然楽である今の状況でも、母国に本格的な関心を持ったこと、そして自分にとっての大切な存在として「受け入れた」ことを全く後悔していない。どこで生まれるかは選べないし、それで人を評価する意味も評価される意味もない。しかし、「母国を見る目」は自分で選べる。見ないという選択より、見るという選択をして、ピンと来る見方を模索してみようと本気で思えば、きっと何かしらかけがえのない発見に恵まれる。

日本に一途な青春を過ごした私は、今では、日本とロシアの現代文学をめぐる比較研究に取り組んでいる。また、2023年度からは東京外国語大学で教鞭をとり、日本の大学生たちにロシア語を教えている。私と同じように遠いところにばかり目を輝かせている学生がたくさんいるのではないか。彼らに伝えたいことがいっぱいある。たとえば、こう伝えたい。「遠いところへの憧れを存分にかみしめながらも、自分の住んでいる国、自分の生まれた国もよく見ておこう」。

<マリア・プロホロワ Maria_PROKHOROVA>
2022年度渥美奨学生。モスクワ市立教育大学の日本語学科を卒業した後、東京外国語大学で修士号(文学)ならびに博士号(学術)を取得し、現在は同じ東京外国語大学で特定外国語教員としてロシア語を教えている。主な研究対象は日本とロシアの現代文学における動物表象だが、ほかにも、翻訳論やロシア語圏のお笑い文化など、言語・文化に関連するテーマを幅広く扱っている。文芸翻訳家としても活躍中で、川上弘美、多和田葉子やまどみちおの作品をロシア語に翻訳した実績がある。

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【2】寄贈本紹介

昨年度1年間SGRAかわらばんで配信したオリガ・ホメンコさんのエッセイが1冊の本に纏まりました。オリガさんから「渥美財団の皆さんへの深い感謝の気持ちでいっぱいです。エッセイのおかげで本が成り立っただけではなく、書くことによって少し心も安らぎました。いろいろどうもありがとうございました」というメッセージを添えてご寄贈いただきました。

◆オリガ・ホメンコ『キーウの遠い空:戦争の中のウクライナ人』

2022年2月24日。ロシアの侵攻が始まったあの日から私たちの生活は一変した。キーウに生まれ育ち、日本で博士号を取得したウクライナ人の著者が、戦争下で見たこと、考えたことを綴る。

発行:中央公論新社
初版刊行:2023/7/24
判型四六判 ページ数192ページ
定価1980円(10%税込)
ISBNコードISBN978-4-12-005675-8

詳細は下記リンクからご覧ください。
https://www.chuko.co.jp/tanko/2023/07/005675.html

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【3】第10回日台アジア未来フォーラム@島根へのお誘い(再送)

日台アジア未来フォーラムは、台湾出身のSGRAメンバーが中心となって企画し、2011年より毎年1回台湾の大学と共同で実施しています。コロナ禍で3年の空白期間がありましたが、今年は例外的に日本の島根県で開催することになりました。皆さんのご参加をお待ちしています。諸準備のため参加ご希望の方は早めにお申し込みいただけますと幸いです。

テーマ:「日台の酒造りと文化:日本酒と紹興酒」
日 時:2023年10月21日(土)14時~17時10分
会 場:JR松江駅前ビル・テルサ4階大会議室(島根県松江市朝日町478―18)
https://goo.gl/maps/2GB6p1bUwVAAkaiG8
言 語:日本語・中国語(同時通訳)

※参加申込(クリックして登録してください)
http://bit.ly/JTAFF10

お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

◆開催趣旨

東アジアの主食である米を発酵させた醸造酒は、各地でそれぞれ歴史を経て洗練されたが、原料が同じなだけに共通点も多い。代表的な醸造酒に日本では清酒(日本酒)、中国では黄酒(紹興酒)がある。島根は日本酒発祥の地とされ、日本最古の歴史書『古事記』にも登場する。一方、台湾では第二次世界大戦後に中国から来た紹興酒職人が、それまで清酒が作られていた埔里酒廠で紹興酒を開発し量産に成功した。台湾で酒の輸入が自由化されるまでは、国内でもっとも飲まれる醸造酒であった。中国の諺に「異中求同」(異なるものに共通点を見出す)があるが、今回は醸造酒をテーマに相互理解を深めたい。フォーラムでは島根の酒にまつわる漢詩を紹介していただいた後、日本と台湾の専門家からそれぞれの醸造技術と酒文化について、分かりやすく解説していただく。日中同時通訳付き。

◆プログラム

講演1:「近代山陰の酒と漢詩」要木純一(島根大学法文学部教授)
講演2:「島根県の日本酒について」土佐典照(島根県産業技術センター)
講演3:「台湾紹興酒のお話」江銘峻(台湾煙酒株式会社)
全体質疑応答

※詳細は下記リンクをご覧ください。

第10回日台アジア未来フォーラム「日台の酒造りと文化:日本酒と紹興酒」へのお誘い

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