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.SATO Yuna “In solidarity with #SPRING4all”
2025年7月3日 13:05:06
********************************************** SGRAかわらばん1070号(2025年7月3日) 【1】SGRAエッセイ:佐藤祐菜「#SPRING4allに連帯する―文科省の「日本人限定」方針に対する反対意見―」 【2】SGRAレポート紹介:「パレスチナを知ろう」 【3】SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?」(7月26日、東京およびオンライン)へのお誘い(再送) *********************************************** 【1】SGRAエッセイ#796 ◆佐藤祐菜「#SPRING4allに連帯する―文科省の「日本人限定」方針に対する反対意見―」 6月下旬、日本の博士後期課程の大学院生向け主要支援制度である「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(Support_for_Pioneering_Research Initiated_by_the_Next_Generation、通称SPRING)のうち、生活費の支給を日本国籍者のみに限定するという文部科学省の見直し方針が、複数メディアで報じられた。文科省所管の国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が2021年度より主要大学を通じて実施してきた制度で、2023年版のSPRING公式パンフレットによれば、博士課程の学生を「我が国の科学技術・イノベーションの将来の担い手」と位置づけ、「挑戦的・融合的な研究を支援し、優秀な博士人材が様々なキャリアで活躍できるように研究向上力や研究者能力の開発を促す」ことを目的としている。これまでは国籍を問わなかったが、今年3月ごろから一部の国会議員が「受給者の3割が中国籍」といった点を国会で問題視し、東京大学の大学院における留学生比率の高さなどとあわせて議論されたことを受け、文科省が見直し方針を固めたと見られる。 この方針転換に対し、大学関係者を中心に反対の声が上がった。新潟大学職員組合中央執行委員会は報道直後の6月26日付で「博士課程学生支援制度の国籍差別的見直しに断固反対します」との声明を発表し、教職員を対象に署名活動を開始した。また、有志による「JST-SPRING国籍要件反対アクション」も立ち上がり、市民を含めた署名活動がchange.org上で展開され、複数の大学教員が連帯コメントを寄せている。私自身も今年3月に大学院を修了し、複数の大学で研究員や非常勤講師を務めている立場として、今回の見直し方針に強く反対する。 このエッセイでは、これまで上がっている反対意見を四つ取り上げたい。①留学生に責任を帰属させることで、日本における博士課程学生の地位の低さという本質的な問題から目を逸らすものであること、②日本の研究力および研究環境の低下を招くこと、③文科省の方針が一貫性を欠いていること、④国籍による差別であること、の4点である。 第1に、今回の見直しは、日本の博士課程学生の社会・経済的地位の低さという本質的な課題に対する根本的な解決策を示さず、留学生に責任を転嫁することで問題の矮小化を図るものだと指摘されている。日本の大学院における留学生比率の高さは、「日本人」学生が博士課程に進学しにくい環境に起因しており、その背景には、博士課程の地位の低さがあると考えられる。日本では長らくジョブ型雇用が一般的ではなかったため、博士号取得者が専門性を活かして産業界で活躍する道は限られてきた。実際、産業界における博士号取得者の割合が諸外国に比べて著しく低いことは、文科省自身のデータからも明らかだ。 そのためか、アカデミアの外からは、大学院生が「勉強好き」「学歴ロンダリング」「働きもせず何をしているかわからない存在」と見なされがちかもしれない。しかし、実態として彼らは「研究」という名の労働に従事している。朝から晩(あるいは夜中)まで研究室や自宅にこもっての論文執筆、実験、フィールドワークなどに取り組んでいる。講義を受けることが中心の学部生とは異なり、博士後期課程の学生は、実質的には大学教員と同様に、新たな知見の創出を通じて社会に貢献する存在である。 欧米諸国では、博士課程の学生は「一人前の研究者・労働者」として認められている。欧州では博士後期課程の学生の多くがプロジェクトベースで雇用されており、給与が支払われるのが一般的だ。米国でもティーチングアシスタントやリサーチアシスタントとして生活費を得ている場合が多い。これに対し日本では、逆に授業料を支払う立場にあり、生活費や研究費は自己負担が基本である。日本学術振興会の特別研究員制度やSPRINGのような支援は拡充されつつあるが、社会的には勉学に対する奨学金としてしか理解されていない節もある。「日本人」学生が博士課程への進学をためらうのは当然の帰結とも言える。こうした根本的な課題を解決することなく、留学生比率の高さを問題視するのは、本質を見誤っていないだろうか。 第2に、留学生にとって日本の大学院進学への魅力が薄れることで、日本の研究力と研究環境が低下する可能性が指摘されている。日本の学生が博士課程になかなか進学しない状況では、留学生は日本の教育研究活動の多くを担う人材である。反対声明を発表した新潟大学職員組合中央執行委員会は声明で、留学生を「教育研究活動を維持するための生命線」と位置付けている。研究室の成果はチームの成果にもなる。人文・社会科学分野では日本に関するテーマを選ぶ留学生は少なくなく、将来は日本社会の中・長期的な利益をもたらすかもしれない。 日本国籍の学生が、日本以外の地域を研究していることもあり、国籍によって支援の対象者を選ぶことは不当である。母国に関するテーマを選ぶ学生も、母国では政治的に問題で研究できないテーマを日本で扱う場合があり、日本社会がそうした人々の研究環境として機能しているという点も指摘されている。学問の場では、多様性が多角的な知見を産み、「日本人」学生にも大きなプラスになるとも言われている。人文・社会科学では、国際比較によって日本社会の状況が浮き彫りになるケースがある留学生の存在は日本の研究力を高めており、生活費支援から排除することは、中長期的に日本の可能性を狭める結果を招きかねない。 第3に、大学に対して「国際化」を要求してきた文科省の一貫しない姿勢も批判されている。国際化は世界の大学ランキングでも指標となるもので、文科省は「留学生30万人計画」や「スーパーグローバル大学創成支援事業」などを推進してきた。SPRING制度でも、令和7年度の公募要領で、以下のような文言が明記されている。 ---------------- 留学生を支援する場合は、科学技術・イノベーションを創出し、日本の国際競争力強化に貢献するなど、如何にして「我が国の科学技術・イノベーション」に貢献するか十分に説明してください。また、その際には、多様な文化的背景に基づいた価値観を学び理解し合う環境創出のために、より多様な国・地域からの受入れを進めるよう検討ください。特に、日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議の成果文書等に基づき、当該諸国からの受入れを積極的に図ることとしてください。(p.2~3) ---------------- このように、文科省自身も、留学生が日本社会に貢献しうる人材であることを認識しており、積極的に受け入れを図ることを推進しているともとれる文言を残している。文科省は一貫した立場を貫くべきであり、今回の方針転換に関して説明責任を果たすべきである。 最後に、今回の見直し方針は、国籍差別と批判が寄せられている。博士課程の大学院生は研究という名の労働に日々従事している。特に理系の分野では研究室という集団に属し、チームとして一つの研究課題に取り組むことが一般的だ。国籍によってある学生は経済的支援を受けられ、別の学生は受けられないとなれば、明確な差別と言わざるを得ない。 日本社会は日本国籍を有する人々だけで構成されているわけではない。国籍を基準に受給資格を区別することは、日本で生まれ育った外国籍の人々を不可視化し、制度から排除することにつながるという反対意見も上がっている。今回の見直しは日本の歴史的事情と国籍法を鑑みれば、より問題である。かつて日本は朝鮮半島や台湾出身の人々に日本国籍を付与し、敗戦後には奪った。その結果、日本に残った人々とその子孫は、国籍という基準によって社会保障の対象から外されていた歴史がある。しかも、日本は国籍法において血統主義を採用しており、日本で生まれたとしても、親が日本国籍を持っていなければ自動的に日本国籍を取得することはできない。この制度のもとでは2世、3世、4世となっても外国籍のまま育つ人が少なくない。一部には「他国でも国籍を要件とする支援制度がある」として、今回の方針を擁護する声もある。しかし、日本社会において国籍は中立的な属性ではなく、歴史的文脈と日本の国籍法を踏まえれば、国籍による区別は人種・民族的差別、すなわちレイシズムに極めて近い性質を帯びているといえる。 SPRINGを日本国籍者に限定する文科省の方針転換に対する主な意見をまとめてきた。「日本人ファースト」や反中を掲げるような排外主義的な雰囲気があるが、日本がグローバル化の中で競争力をつけていくために欠かせない高等教育の国際化について、文科省は現場の声を聴きながら丁寧に対応してほしい。私自身は日本国籍だけを有するが、大学院時代に切磋琢磨してきた中国人留学生を含む先輩や後輩に顔向けできないと感じ、筆を執った。この文章を読み、反対意見に同意してくださる方は、ぜひ、change.orgの署名活動で署名していただきたい( https://chng.it/KkcVmwDxxb )。最後に、これを読んでくださった留学生や外国籍の方には、皆さんの味方はここに確かにいるということをお伝えしたい。 <佐藤祐菜(さとう・ゆな)SATO Yuna> 神奈川県平塚市出身。2024年度渥美国際交流財団奨学生。専門は国際社会学および人種・エスニシティ研究。2025年4月より特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD)として東京大学社会科学研究所に所属。慶應義塾大学社会学研究科後期博士課程在学中に南オーストラリア大学とのダブルディグリー制度に参加し、2023年3月から1年間、オーストラリア・アデレードに留学。2025年3月に慶應義塾大学で博士号(社会学)を取得し、2025年5月に南オーストラリア大学からも博士号を取得。 ------------------------------------------ 【2】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第110号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。SGRA賛助会員と特別会員の皆様には冊子本をお送りしました。会員以外でご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。 SGRAレポート第110号 ◆第20回SGRAカフェ/第73回SGRAフォーラム/第22回SGRAカフェ 連続3回シリーズ 「パレスチナを知ろう」 2025年6月20日発行 https://www.aisf.or.jp/sgra/active/report/2025/20454/ ※英語版は近日発行予定です。 <各シリーズ開催の趣旨> ◇シリーズ1:第20回SGRAカフェ 「パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために」 パレスチナは中東の重要な地域であり、イスラエルとの紛争や国際社会との関係が注目されています。しかし、多くの人はパレスチナの実情や人々の声を知らないまま、偏った情報や先入観に基づいて判断してしまうことがあります。シリーズ1では、パレスチナの歴史的背景やメディアの表現方法を分析し、現在の問題に対する多様な視点や意見を紹介しました。パレスチナについて知ることで、平和的な解決に向けた理解と共感を深めることを目的としています。大切なのは、同じ地球市民の一員として、この問題がこのままでいいのか、どうあるべきなのかを考えること、そしてそれに基づいて、何ができるか考え、実際に行動することではないでしょうか。シリーズ1はその出発点となるように、パレスチナ問題の歴史や現状、メディアとの向き合い方などについて、皆さんと一緒に考えました。 ◇シリーズ2:第73回SGRAフォーラム 「パレスチナの壁:「わたし」との関係は?」 シリーズ2では専門家、パレスチナ出身者、パレスチナ支持の活動を行っている学生の声を取り上げ、なぜこの問題が全ての人にとって重要なのか、そしてその問題を取り上げようとするときに直面する壁について話し合いました。 「壁」という言葉には複数の意味が込められています。一つは、パレスチナ問題について公然と話すことを阻む見えない壁であり、タブーと言論の自由への抑圧を象徴しています。もう一つは、パレスチナ領土での継続的なアパルトヘイト(人種隔離)と植民地化の結果として存在する物理的な分離の壁です。世界中での学生の抗議活動は、これらの見えない壁を取り壊す試みであり、パレスチナ問題に対する公開討論を促進する力となっています。これはパレスチナ問題に対する新たな視点を提供すると同時に、世代間の意識の違いとその変化を示唆しています。 このフォーラムを通じて、参加者がパレスチナ問題に対する多面的な理解を深め、グローバルおよびローカル、マクロとミクロな視点からアプローチする機会になることを期待しています。 ◇シリーズ3:第22回SGRAカフェ 「逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ」 これまでは国際政治やパレスチナ問題の現状に焦点を当ててきたことを踏まえ、シリーズ3では文化、文学、芸術にスポットライトを当てました。 パレスチナに関するニュースは戦争や紛争に偏りがちですが、パレスチナ人には逆境の中で形成された独自で多様な文化的アイデンティティがあります。パレスチナの文学や芸術は民族が国家を奪われ、自決権を認められず、土地や文化の喪失を経験してきた中で、「故郷」をどのように捉えているかを映し出しています。 パレスチナの芸術や文学がいかにして平和的な抵抗の手段となり、抑圧や占領に対抗する一つの形となっているのかについても探求しました。メディアでは語られることのないパレスチナの別の側面をご紹介し、このシリーズがポジティブな視点で終わることを目指しました。 ------------------------------------------ 【3】SGRAフォーラムへのお誘い 下記の通り第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は事前に参加登録をお願いします。 テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」 日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00 会 場:早稲田大学大隈記念講堂小講堂およびオンライン(Zoomウェビナー) 言 語:日本語・中国語(同時通訳) 参 加:無料/会場参加の方も、オンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。 https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_u5_wRtx1T6uAYZFIMhMe3w#/registration ※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。 お問い合わせ:SGRA事務局( [email protected] ) ◇フォーラムの趣旨 80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。 2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。 ◇プログラム 14:00 開会 ※基調講演の順番が変わりました 14:20 基調講演Ⅰ 「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」 沈志華(華東師範大学資深教授) 14:50 基調講演Ⅱ 「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」 藤原帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授) 15:40 オープンフォーラム [若手研究者による討論] 権南希(関西大学政策創造学部教授) ラクスミワタナ・モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科) 野﨑雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手) 李彦銘(南山大学総合政策学部教授) [フロアからの質問] 16:50 総括・閉会挨拶 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) プログラム(日本語) https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/SGRAForum77Program_J.pdf 中国語ウェブサイト https://www.aisf.or.jp/sgra/chinese/2025/06/19/77thsgraforum_c/ 皆さまのご参加をお待ちしております。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ◇SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」 SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ 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SATO Yuna “In solidarity with #SPRING4all”
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この方針転換に対し、大学関係者を中心に反対の声が上がった。新潟大学職員組合中央執行委員会は報道直後の6月26日付で「博士課程学生支援制度の国籍差別的見直しに断固反対します」との声明を発表し、教職員を対象に署名活動を開始した。また、有志による「JST-SPRING国籍要件反対アクション」も立ち上がり、市民を含めた署名活動がchange.org上で展開され、複数の大学教員が連帯コメントを寄せている。私自身も今年3月に大学院を修了し、複数の大学で研究員や非常勤講師を務めている立場として、今回の見直し方針に強く反対する。 このエッセイでは、これまで上がっている反対意見を四つ取り上げたい。①留学生に責任を帰属させることで、日本における博士課程学生の地位の低さという本質的な問題から目を逸らすものであること、②日本の研究力および研究環境の低下を招くこと、③文科省の方針が一貫性を欠いていること、④国籍による差別であること、の4点である。 第1に、今回の見直しは、日本の博士課程学生の社会・経済的地位の低さという本質的な課題に対する根本的な解決策を示さず、留学生に責任を転嫁することで問題の矮小化を図るものだと指摘されている。日本の大学院における留学生比率の高さは、「日本人」学生が博士課程に進学しにくい環境に起因しており、その背景には、博士課程の地位の低さがあると考えられる。日本では長らくジョブ型雇用が一般的ではなかったため、博士号取得者が専門性を活かして産業界で活躍する道は限られてきた。実際、産業界における博士号取得者の割合が諸外国に比べて著しく低いことは、文科省自身のデータからも明らかだ。 そのためか、アカデミアの外からは、大学院生が「勉強好き」「学歴ロンダリング」「働きもせず何をしているかわからない存在」と見なされがちかもしれない。しかし、実態として彼らは「研究」という名の労働に従事している。朝から晩(あるいは夜中)まで研究室や自宅にこもっての論文執筆、実験、フィールドワークなどに取り組んでいる。講義を受けることが中心の学部生とは異なり、博士後期課程の学生は、実質的には大学教員と同様に、新たな知見の創出を通じて社会に貢献する存在である。 欧米諸国では、博士課程の学生は「一人前の研究者・労働者」として認められている。欧州では博士後期課程の学生の多くがプロジェクトベースで雇用されており、給与が支払われるのが一般的だ。米国でもティーチングアシスタントやリサーチアシスタントとして生活費を得ている場合が多い。これに対し日本では、逆に授業料を支払う立場にあり、生活費や研究費は自己負担が基本である。日本学術振興会の特別研究員制度やSPRINGのような支援は拡充されつつあるが、社会的には勉学に対する奨学金としてしか理解されていない節もある。「日本人」学生が博士課程への進学をためらうのは当然の帰結とも言える。こうした根本的な課題を解決することなく、留学生比率の高さを問題視するのは、本質を見誤っていないだろうか。 第2に、留学生にとって日本の大学院進学への魅力が薄れることで、日本の研究力と研究環境が低下する可能性が指摘されている。日本の学生が博士課程になかなか進学しない状況では、留学生は日本の教育研究活動の多くを担う人材である。反対声明を発表した新潟大学職員組合中央執行委員会は声明で、留学生を「教育研究活動を維持するための生命線」と位置付けている。研究室の成果はチームの成果にもなる。人文・社会科学分野では日本に関するテーマを選ぶ留学生は少なくなく、将来は日本社会の中・長期的な利益をもたらすかもしれない。 日本国籍の学生が、日本以外の地域を研究していることもあり、国籍によって支援の対象者を選ぶことは不当である。母国に関するテーマを選ぶ学生も、母国では政治的に問題で研究できないテーマを日本で扱う場合があり、日本社会がそうした人々の研究環境として機能しているという点も指摘されている。学問の場では、多様性が多角的な知見を産み、「日本人」学生にも大きなプラスになるとも言われている。人文・社会科学では、国際比較によって日本社会の状況が浮き彫りになるケースがある留学生の存在は日本の研究力を高めており、生活費支援から排除することは、中長期的に日本の可能性を狭める結果を招きかねない。 第3に、大学に対して「国際化」を要求してきた文科省の一貫しない姿勢も批判されている。国際化は世界の大学ランキングでも指標となるもので、文科省は「留学生30万人計画」や「スーパーグローバル大学創成支援事業」などを推進してきた。SPRING制度でも、令和7年度の公募要領で、以下のような文言が明記されている。 ---------------- 留学生を支援する場合は、科学技術・イノベーションを創出し、日本の国際競争力強化に貢献するなど、如何にして「我が国の科学技術・イノベーション」に貢献するか十分に説明してください。また、その際には、多様な文化的背景に基づいた価値観を学び理解し合う環境創出のために、より多様な国・地域からの受入れを進めるよう検討ください。特に、日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議の成果文書等に基づき、当該諸国からの受入れを積極的に図ることとしてください。(p.2~3) ---------------- このように、文科省自身も、留学生が日本社会に貢献しうる人材であることを認識しており、積極的に受け入れを図ることを推進しているともとれる文言を残している。文科省は一貫した立場を貫くべきであり、今回の方針転換に関して説明責任を果たすべきである。 最後に、今回の見直し方針は、国籍差別と批判が寄せられている。博士課程の大学院生は研究という名の労働に日々従事している。特に理系の分野では研究室という集団に属し、チームとして一つの研究課題に取り組むことが一般的だ。国籍によってある学生は経済的支援を受けられ、別の学生は受けられないとなれば、明確な差別と言わざるを得ない。 日本社会は日本国籍を有する人々だけで構成されているわけではない。国籍を基準に受給資格を区別することは、日本で生まれ育った外国籍の人々を不可視化し、制度から排除することにつながるという反対意見も上がっている。今回の見直しは日本の歴史的事情と国籍法を鑑みれば、より問題である。かつて日本は朝鮮半島や台湾出身の人々に日本国籍を付与し、敗戦後には奪った。その結果、日本に残った人々とその子孫は、国籍という基準によって社会保障の対象から外されていた歴史がある。しかも、日本は国籍法において血統主義を採用しており、日本で生まれたとしても、親が日本国籍を持っていなければ自動的に日本国籍を取得することはできない。この制度のもとでは2世、3世、4世となっても外国籍のまま育つ人が少なくない。一部には「他国でも国籍を要件とする支援制度がある」として、今回の方針を擁護する声もある。しかし、日本社会において国籍は中立的な属性ではなく、歴史的文脈と日本の国籍法を踏まえれば、国籍による区別は人種・民族的差別、すなわちレイシズムに極めて近い性質を帯びているといえる。 SPRINGを日本国籍者に限定する文科省の方針転換に対する主な意見をまとめてきた。「日本人ファースト」や反中を掲げるような排外主義的な雰囲気があるが、日本がグローバル化の中で競争力をつけていくために欠かせない高等教育の国際化について、文科省は現場の声を聴きながら丁寧に対応してほしい。私自身は日本国籍だけを有するが、大学院時代に切磋琢磨してきた中国人留学生を含む先輩や後輩に顔向けできないと感じ、筆を執った。この文章を読み、反対意見に同意してくださる方は、ぜひ、change.orgの署名活動で署名していただきたい(https://chng.it/KkcVmwDxxb)。最後に、これを読んでくださった留学生や外国籍の方には、皆さんの味方はここに確かにいるということをお伝えしたい。 <佐藤祐菜(さとう・ゆな)SATO Yuna> 神奈川県平塚市出身。2024年度渥美国際交流財団奨学生。専門は国際社会学および人種・エスニシティ研究。2025年4月より特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD)として東京大学社会科学研究所に所属。慶應義塾大学社会学研究科後期博士課程在学中に南オーストラリア大学とのダブルディグリー制度に参加し、2023年3月から1年間、オーストラリア・アデレードに留学。2025年3月に慶應義塾大学で博士号(社会学)を取得し、2025年5月に南オーストラリア大学からも博士号を取得。 ------------------------------------------ 【2】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第110号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。SGRA賛助会員と特別会員の皆様には冊子本をお送りしました。会員以外でご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。 SGRAレポート第110号 ◆第20回SGRAカフェ/第73回SGRAフォーラム/第22回SGRAカフェ 連続3回シリーズ 「パレスチナを知ろう」 2025年6月20日発行 https://www.aisf.or.jp/sgra/active/report/2025/20454/ ※英語版は近日発行予定です。 <各シリーズ開催の趣旨> ◇シリーズ1:第20回SGRAカフェ 「パレスチナについて知ろう:歴史、メディア、現在の問題を理解するために」 パレスチナは中東の重要な地域であり、イスラエルとの紛争や国際社会との関係が注目されています。しかし、多くの人はパレスチナの実情や人々の声を知らないまま、偏った情報や先入観に基づいて判断してしまうことがあります。シリーズ1では、パレスチナの歴史的背景やメディアの表現方法を分析し、現在の問題に対する多様な視点や意見を紹介しました。パレスチナについて知ることで、平和的な解決に向けた理解と共感を深めることを目的としています。大切なのは、同じ地球市民の一員として、この問題がこのままでいいのか、どうあるべきなのかを考えること、そしてそれに基づいて、何ができるか考え、実際に行動することではないでしょうか。シリーズ1はその出発点となるように、パレスチナ問題の歴史や現状、メディアとの向き合い方などについて、皆さんと一緒に考えました。 ◇シリーズ2:第73回SGRAフォーラム 「パレスチナの壁:「わたし」との関係は?」 シリーズ2では専門家、パレスチナ出身者、パレスチナ支持の活動を行っている学生の声を取り上げ、なぜこの問題が全ての人にとって重要なのか、そしてその問題を取り上げようとするときに直面する壁について話し合いました。 「壁」という言葉には複数の意味が込められています。一つは、パレスチナ問題について公然と話すことを阻む見えない壁であり、タブーと言論の自由への抑圧を象徴しています。もう一つは、パレスチナ領土での継続的なアパルトヘイト(人種隔離)と植民地化の結果として存在する物理的な分離の壁です。世界中での学生の抗議活動は、これらの見えない壁を取り壊す試みであり、パレスチナ問題に対する公開討論を促進する力となっています。これはパレスチナ問題に対する新たな視点を提供すると同時に、世代間の意識の違いとその変化を示唆しています。 このフォーラムを通じて、参加者がパレスチナ問題に対する多面的な理解を深め、グローバルおよびローカル、マクロとミクロな視点からアプローチする機会になることを期待しています。 ◇シリーズ3:第22回SGRAカフェ 「逆境を超えて:パレスチナの文化的アイデンティティ」 これまでは国際政治やパレスチナ問題の現状に焦点を当ててきたことを踏まえ、シリーズ3では文化、文学、芸術にスポットライトを当てました。 パレスチナに関するニュースは戦争や紛争に偏りがちですが、パレスチナ人には逆境の中で形成された独自で多様な文化的アイデンティティがあります。パレスチナの文学や芸術は民族が国家を奪われ、自決権を認められず、土地や文化の喪失を経験してきた中で、「故郷」をどのように捉えているかを映し出しています。 パレスチナの芸術や文学がいかにして平和的な抵抗の手段となり、抑圧や占領に対抗する一つの形となっているのかについても探求しました。メディアでは語られることのないパレスチナの別の側面をご紹介し、このシリーズがポジティブな視点で終わることを目指しました。 ------------------------------------------ 【3】SGRAフォーラムへのお誘い 下記の通り第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は事前に参加登録をお願いします。 テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」 日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00 会 場:早稲田大学大隈記念講堂小講堂およびオンライン(Zoomウェビナー) 言 語:日本語・中国語(同時通訳) 参 加:無料/会場参加の方も、オンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。 https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_u5_wRtx1T6uAYZFIMhMe3w#/registration ※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。 お問い合わせ:SGRA事務局( [email protected] ) ◇フォーラムの趣旨 80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。 2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。 ◇プログラム 14:00 開会 ※基調講演の順番が変わりました 14:20 基調講演Ⅰ 「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」 沈志華(華東師範大学資深教授) 14:50 基調講演Ⅱ 「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」 藤原帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授) 15:40 オープンフォーラム [若手研究者による討論] 権南希(関西大学政策創造学部教授) ラクスミワタナ・モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科) 野﨑雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手) 李彦銘(南山大学総合政策学部教授) [フロアからの質問] 16:50 総括・閉会挨拶 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) プログラム(日本語) https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/SGRAForum77Program_J.pdf 中国語ウェブサイト https://www.aisf.or.jp/sgra/chinese/2025/06/19/77thsgraforum_c/ 皆さまのご参加をお待ちしております。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ◇SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」 SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
ZHANG Jun “Research and Reading”
2025年6月26日 14:30:27
********************************************** SGRAかわらばん1069号(2025年6月26日) 【1】SGRAエッセイ:張クン「研究と読書」 【2】SGRAレポート紹介:「東アジアの『国史』と東南アジア」 【3】SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?」へのお誘い *********************************************** 【1】SGRAエッセイ#795 ◆張クン「研究と読書」 3月の渥美国際交流財団研究報告会の後、みんなでお弁当を食べながら研究の話をしていた。すると、生物学を研究している後輩が、「毎日実験室で試薬をいじってばかりいるけれど、文系の研究者は普段どんなことをしているのか、まったく想像がつかない」と問いかけた。 文系の研究者がすることといえば、論文を書くことを除けば、一言で言うなら「読書」に尽きる。ただし、研究のための読書は一般的な読書とは異なる。そこには探究の志があり、一つの問い、例えば博士論文の課題を解明するために、膨大な文字の海から手掛かりを探し求める営みがある。 中国の学者・王国維は、読書には三つの境地があると述べている。研究とは、おそらくその第3の境地、「衆里尋他千百度、驀然回首、那人却在灯火闌珊處(幾度も人混みの中を探し求め、ふと振り返ると、その人はほのかな灯火の下に佇んでいた)」に通じるものだろう。千ページもの史料をめくっても、何の収穫もないことは日常茶飯事であり、たとえ3行でも有用な記録に出会えたなら、それは幸運とすら言える。だからこそ、史料との出会いには宿命めいたものを感じずにはいられない。幾千万の文字の中から、自分が求めるただ1節とめぐり逢う。それは、果てしなく流れる時のなかで、吉光片羽(きっこうへんう:わずかに残る昔の文物、優れた遺品)をすくい取る瞬間。ただその一瞬に、ただ静かに呟くのだ。「ああ、あなたはここにいたのか」と。 しかし、もし文系の研究者に「最近、通読した本はありますか?」と尋ねたら、多くの人はしばらく考え込んでしまうだろう。著者の労苦には申し訳ないがまず序文をざっと眺め、自分の研究に関係のある部分を探し出し、必要な箇所を読み終えたら、本をそっと脇に置く。そんな読み方がほとんどだ。 研究のための読書は、どこかお見合いに似ている。理想の相手を探すとき、多くの人は身長や容姿、性格、趣味といった条件を思い描く。そして、いざ実際に会ってみて、少しでも理想と違うと感じれば、あっさりと手を引いてしまう。研究者が本に向き合う姿勢も似ているのかもしれない。 研究に宿る運命の重みとは異なり、読書にはもっとロマンチックな魅力がある。それはまるで、「春色満園関不住、一枝紅杏出墻来(庭いっぱいに満ちた春の色は閉じ込められず、一枝の紅杏が垣根を越えて顔をのぞかせる)」ように、思いがけない邂逅に満ちている。 1冊の本と出会うのは、偶然の積み重ねによるものだ。誰かの薦めかもしれないし、流行に影響されたのかもしれない。ふと目にした紹介文に惹かれたのか、本のタイトルに心を奪われたのか、装丁の美しさに魅了されたのかもしれない。私が聞いた最も奇抜な本の選び方は、あるドラマのワンシーンにあった。目を閉じて古本の山に手を伸ばし、無作為に1冊を引き抜くというのだ。そうすることで、自分の興味の枠にとらわれることなく、新しい世界へと踏み出せる。偶然がもたらす出会いの妙。そこには思いもよらぬ発見と、ときめきが詰まっている。 大学時代の親友と昔からよく本の話をしていた。彼女は老舎や谷崎潤一郎、ドストエフスキー、イタロ・カルヴィーノについて語る。会社勤めの彼女はウェーバーの『職業としての学問』を読んでも、それが「研究」とは何かを深く考える必要はない。ただ純粋に本を読むことを楽しんでいる。私は、そんな彼女の読書の自由を羨ましく思う。私の想像力は、研究課題にすり減らされていく。彼女が知の海を自由に泳ぐ一方で、研究者である私は「弱水三千、只取一瓢飲(果てしなく広がる流れの中から、たった一瓢の水をすくい取る)」ことを求められる。 しかし、博士論文を書いている間、不思議なことに研究とは無関係の読書がどんどん増えていった。夜明け前の数時間、背徳的な喜びを感じながら夢中にページをめくる。食レポ動画やかわいい動物の映像を見ても、一瞬の気晴らしにすぎない。一つ見終われば次へ、また次へと無限に手が伸びる。しかし、それでは決して満たされない。いくら摂取しても、精神はまだ飢えたままだ。 研究によって得られるのは、謎を解き明かすような達成感であり、突破の瞬間だ。それは、読書がもたらす精神の滋養とは異なる。人は読書を必要とする。たとえ私たちの仕事が、日々本を読むことであったとしても。なぜだろうか。私の好きな(米)俳優、エイドリアン・ブロディが主演した映画『デタッチメント優しい無関心』(編注:日本では未公開、DVDのみ)には、こんな言葉がある。「僕たちは残された人生のすべての時間、24時間ずっと働け、努力しろと駆り立てられ、やがて沈黙の中に消えていく。だからこそ、退屈と虚無が心に入り込むのを防ぐために、僕たちは想像力を刺激する術を学び、読書を通じて自分自身の信念を守らなければならない。僕たちは皆、この力を必要としている。あらがうために、そして純粋な精神世界を失わないために」 <張●(王+君)(ちょう・くん)ZHANG Jun> 廈門大学歴史与文化遺産学院助理教授。中国海南省海口市出身。2024年度渥美財団奨学生。2018年9月来日。2025年3月東京大学大学院人文社会系研究科を修了し博士号を取得。専門は中国近代史、特に日中貿易史に興味を持っている。 ------------------------------------------ 【2】SGRAレポート紹介 SGRAレポート第109号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。SGRA賛助会員と特別会員の皆様には冊子本をお送りしました。会員以外でご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。 SGRAレポート第109号(第74回SGRAフォーラム講演録) ◆第9回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性 「東アジアの『国史』と東南アジア」 2025年6月20日発行 https://www.aisf.or.jp/sgra/active/report/2025/20286/ ※中国語版と韓国語版は近日発行予定です。 <フォーラムの趣旨> 「国史たちの対話」企画は、日中韓「国史」研究者の交流を深めることによって、知のプラットフォームを構築し、3カ国間に存在する歴史認識問題の克服に知恵を提供することを目的に対話を重ねてきた。第1回で日中韓各国の国史研究と歴史教育の状況を確認することからスタートし、その後13世紀から時代を下りながらテーマを設け、対話を深めてきた。新型コロナ下でもオンラインでの対話を実施し、その特性を考慮して、歴史学を取り巻くタイムリーなテーマを取り上げてきた。 2023年は対面型での再開が可能となったことを受け、「国史たちの対話」企画当時から構想されていた、20世紀の戦争と植民地支配をめぐる国民の歴史認識をテーマに掲げた。多様な切り口から豊かな対話がなされ、「国史たちの対話」企画の目標の一つが達成された。今後はこれまでの対話で培った日中韓の国史研究者のネットワークをいかに発展させていくか、またそのためにどのような方針で対話を継続していくかが課題となるだろう。 こうした新たな段階を迎えて、第9回となる今回は、開催地にちなみ、「東南アジア」と各国の国史の関係をテーマとして掲げた。日本・中国・韓国における国史研究は、過去から現在に至るまで、なぜ、どのように、東南アジアに注目してきたのだろうか。過去の様々な段階で、様々な政治、経済、文化における交流や「進出」があった。それらは政府間の関係であったり、それにとどまらない人やモノの移動であったりもした。こうした諸関係や、それらへの関心のあり方は、各国ではかなり事情が異なってきた。こうした直接・間接の関係の解明に加え、比較的条件の近い事例として、自国の歩みとの比較も行われてきた。そもそも「東南アジア」という枠組み自体も、国民国家や「東アジア」といった枠組みと同様、世界の激動のなかで生み出されたものであり、歴史学の考察対象となってきた。 本シンポジウムでは、各国の気鋭の論者により、過去の研究動向と最先端の成果が紹介された。これらの研究は、どのような社会的・歴史的な背景のもとで進められてきたのか。こうした手法・視座を用いることで、自国史にいかなる影響があり、また今後はどのような展望が描かれるのか。議論と対話を通じて3カ国の国史の対話を、より多元的な文脈のうちに位置づけ、さらに開いたものとし、発展の方向性をも考える機会としたい。 ------------------------------------------ 【3】SGRAフォーラムへのお誘い 下記の通り第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は事前に参加登録をお願いします。 テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」 日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00 会 場:早稲田大学大隈記念講堂小講堂およびオンライン(Zoomウェビナー) 言 語:日本語・中国語(同時通訳) 参 加:無料/会場参加の方も、オンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。 https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_u5_wRtx1T6uAYZFIMhMe3w#/registration ※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。 お問い合わせ:SGRA事務局( [email protected] ) ◇フォーラムの趣旨 80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。 2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。 ◇プログラム 14:00 開会 14:20 基調講演Ⅰ 「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」 藤原帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授) 14:50 基調講演Ⅱ 「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」 沈志華(華東師範大学資深教授) 15:40 オープンフォーラム [若手研究者による討論] 権南希(関西大学政策創造学部教授) ラクスミワタナ・モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科) 野﨑雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手) 李彦銘(南山大学総合政策学部教授) [フロアからの質問] 16:50 総括・閉会挨拶 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) プログラム(日本語) https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/SGRAForum77Program_J.pdf 中国語ウェブサイト https://www.aisf.or.jp/sgra/chinese/2025/06/19/77thsgraforum_c/ 皆さまのご参加をお待ちしております。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ◇SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」 SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ *********************** -
Invitation to the 77th SGRA Forum: “Why Commemorate the 80th Anniversary of the End of the War?”
2025年6月19日 16:33:26
********************************************** SGRAかわらばん1068号(2025年6月19日) *********************************************** ◆第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?」へのお誘い 下記の通り第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は事前に参加登録をお願いします。 テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」 日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00 会 場:早稲田大学大隈記念講堂小講堂およびオンライン(Zoomウェビナー) 言 語:日本語・中国語(同時通訳) 参 加:無料/会場参加の方も、オンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。 https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_u5_wRtx1T6uAYZFIMhMe3w#/registration ※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。 お問い合わせ:SGRA事務局( [email protected] ) ◇フォーラムの趣旨 80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。 2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。 ◇プログラム 14:00 総合司会:李恩民(桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群長) 開会挨拶:今西淳子(渥美国際交流財団関口グローバル研究会代表) 歓迎挨拶:鷲津明由(早稲田大学次世代科学技術経済分析研究所長) 14:20 基調講演Ⅰ 「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」 藤原帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授) かつて世界を分断した冷戦は今復活したように見える。日本の第2次世界大戦敗戦は連合国による日本占領の元で武装解除と民主化をもたらしたが、米ソ冷戦の開始とともに日本を拠点とした米国のアジア戦略が展開され、米中の緊張は1960年代にいっそう強まった。米中接近後には冷戦を基軸とした日中関係は変貌し、日中国交と経済関係の回復が実現する。冷戦は終わったはずだった。しかし少なくとも2008年以後には米中関係の緊張が再び広がり、同盟体制の再編を経て、冷戦と呼んでも誇張とは言えない国際政治の分断が生まれた。ではなぜ米中の新たな緊張は生まれたのか。これは一時的な緊張なのか、それとも長期的な対立と見るべきなのか。この報告では、大戦後から第2次トランプ政権に至るアメリカの対中政策を跡づけるとともに、その変化をどこまで権力移行論によって説明できるのかについて検討したい。さらに、日本の対中政策はどこまでアメリカの影響、主導権によって説明できるのか、そこに相違、ズレは存在しないのかについても、福田赳夫政権と石破茂政権を手がかりとして考察を試みたい。 14:50 基調講演Ⅱ 「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」 沈志華(華東師範大学資深教授) 冷戦期において、中華人民共和国の外交戦略は三つの段階と2度の大きな転換を経て、「革命外交」から「実務重視の外交」への転換を実現した。同時に、東北アジアの安全保障構造も根本的な変化を遂げ、当初の二つの三角同盟間の対立構造から、緊張緩和および交差的な国家承認へと推移し、和平交渉のプロセスへと移行した。 まず1949年から1969年にかけての第1段階では、中国は「向ソ一辺倒」政策を採用し、ソ連と連携してアメリカに対抗した。これにより中国は冷戦構造に参入し、社会主義陣営の急先鋒となり、東北アジアは南北に分かれた二つの三角同盟が対立する局面に突入した。 続く1970年から1984年にかけての第2段階では、中国は「向米一辺倒」へと方針を転換し、アメリカと連携してソ連に対抗した。この過程で、最終的に中国は米ソ冷戦の二極構造から脱却し、東北アジアは緊張緩和期へと移行した。 最後の1985年から1991年にかけての第3段階では、イデオロギー上の対立および台湾問題により中米対立が激化したが、一方で中ソ関係は正常化された。中国の改革開放政策の実施に伴い、外交理念も大きく変化し、非同盟の全方位外交へと転換した。中米ソの「大三角」構造が形成され、東北アジア地域においては交差的な国家承認が進行し、二つの三角同盟が対立する局面は完全に解消され、和平交渉のプロセスが始動した。 以上を踏まえ、今後の中国外交においては、鄧小平が確立した実務重視の外交と非同盟政策を堅持しつつ、中米露の三国関係を冷静かつ慎重に処理し、とりわけ中日および中韓関係の発展を、東北アジアの平和と発展の基盤とすべきである。 15:40 オープンフォーラム ◇若手研究者による討論 権南希(関西大学政策創造学部教授) ラクスミワタナ・モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科) 野﨑雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手) 李彦銘(南山大学総合政策学部教授) ◇フロアからの質問 16:50 総括・閉会挨拶 劉 傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授) プログラム(日本語)の詳細は下記リンクよりご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/SGRAForum77Program_J.pdf 中国語ウェブサイトは下記リンクよりご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/chinese/2025/06/19/77thsgraforum_c/ 皆さまのご参加をお待ちしております。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ◇SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」 SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
CELIK Melek “Report of the SGRA Forum #76 in Canakkale, Turkey”
2025年6月12日 15:05:33
********************************************** SGRAかわらばん1067号(2025年6月12日) 【1】チェリッキ・メレキ「第76回SGRAフォーラム@トルコ・チャナッカレ報告」 「中近東・東南アジアからみる日本と暮らす日本:それぞれの視点で考える」 【2】SGRAラーニング紹介:動画「日本の歴史教育は戦争と植民地支配をどう伝えてきたか」 ※SGRAの新規プロジェクトです!是非ご覧ください。 *********************************************** 【1】チェリッキ・メレキ「第76回SGRAフォーラム『中近東・東南アジアからみる日本と暮らす日本:それぞれの視点で考える』報告」 2025年5月2日(金)、日本からかなり離れたトルコ西部のトロイ遺跡のあるチャナッカレ市で、第76回SGRAフォーラム「中近東・東南アジアからみる日本と暮らす日本:それぞれの視点で考える」を開催した。 会場はチャナッカレ大学教育学部。日本語教育学科の学生およそ200人のトルコの若者たちにとっては日本や中国、インドネシア、カザフスタン、イラン、モロッコからこんなに多くの日本研究者が「現れた!」ことに居ても立っても居られない緊張感があった。2日前に日本文化室で交流会を開催したので、一部の学生はトルコ料理を食べながら、訪れてきた先生方と言葉を交わす機会もあった。学生たちが日本語でこれだけの多くの国の先生方と同じ空間で話せるチャンスは、学科30年の歴史で初めてだ。孫建軍先生(北京大学)の周りに集まった学生は、中国の日本語学科に留学できるか質問し、「中国人とも日本語で話せる」という自慢気な顔が新鮮だった。翻訳好きで哲学青年の3年生たちは、オスマントルコ史が専門の岩田和馬先生(東京外国語大学)と日本語で話したり、トルコ語で話したりと、授業では見られない達成感が見え見えだった。 交流会のおかげで親しみも生まれ、学生たちはフォーラムが開始するや否や、目を大きく開けて熱心に聞き始めた。何よりも中近東のどこかで、「日本語仲間」が本当に多くいることが確認できたことが大きかったようだ。 第一部が始まるとレベント・トクソズ先生(NKU大学)が、「トルコに於ける日本語教育と学習者の最初の混乱:カタカナ」という題目で、トルコの若者がカタカナ、特に外来語に対して抱く距離感を取り上げた。中近東の若者は漢字が好きなのだ。漢詩でも書きたいのかなと微笑みながら、学生時代に同じ気持ちを抱いたことを思い出した。次に私が「トルコの若者のアニメとマンガ関心:現実逃避、別世界とアイデンティティー」について話した。トルコの若者にとっての日本のアニメやマンガはもはやロラン・バルトの「表象の帝国」ではなく、「想像の帝国」として中近東的な摩擦から逃避できる新たな場であることを主張した。 3人目の登壇者はイランのアーヤット・ホセイニ先生(テヘラン大学)で、「イランの若者と日本語・日本文化:メディア、教育、就職、そして未来展望」だった。イラン人には日本語が使える仕事がもっと必要だということは明らかだった。すぐ隣の国の同じ「日本語仲間」の業績と活動を意識していなかった反省が浮上してきた。イランの日本語仲間は、イラン的ともいうべき美術と芸術への関心が強く、日本語学科では新見南吉の『手袋を買いに』を上演していることや、チャナッカレ大学と同じ日本語教育修士課程があることを初めて知った。 第二部では日本社会で生活する外国人を取り上げた。中近東では日常生活が太古より多人種、多文化、多言語的、多宗教的である。それに対して、日本で暮らすインドネシアと中近東のイスラム文化圏出身者は生活の中で自分の位置づけを考え、最近は自文化へUターンしようとしていることが議論された。アキバリ・フーリエ先生(神田外国語大学)は「在日の中東出身者における日本語習得過程の変容と影響要因に関する考察」の中で、特にイラン人コミュニティーの日本語学習は持続性が欠如していると指摘した。次にミヤ・ロスティカ先生(大東文化大学)が「在日インドネシアコミュニティーと多文化共生:イスラム教育を中心に」と題した発表で、彼らが抱く非イスラム文化圏での育児と親が懸念する宗教教育問題に焦点を当てた。多文化共生は、受け入れ側との相互の努力が欠かせないことを感じた。 初めてトルコで開催したSGRAフォーラムの議論の内容は多様だったが、会場に集まった中近東と東南アジア出身の日本研究者と、トルコの大学生たちは「日本と日本語」という一つの価値観を共有しているのではないかと感じた。「アジア人」というアイデンティティーは私が日常的に思っている以上に大きい共同体である。「西洋文化は理性、東洋文化は感性と結びつく」と良く言われる。今回のフォーラムに理性が欠如していたわけではないが、参加者ひとりひとりの顔に「一期一会」を大事に思う気持ちが現れていることを確認できたことが、私にとって最も大きな「リアル(現実)」だった。それは「アジア的な世界市民もいいな」という一つの安心感だった。 この安心感は、宿泊施設の駐車場でバスから降りてきた前・渥美財団事務局長の角田英一さんに「おお、メレキさん、久しぶり!」と声を掛けられた時の嬉しさと同一かもしれない。 写真 https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/sgraforum76photos-small.pdf フィードバック https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/forum76survey.pdf <チェリッキ・メレキ CELIK_Melek> 渥美国際交流財団2009年度奨学生トルコ共和国チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学日本語教育学部助教授。2011年11月筑波大学人文社会研究科文芸言語専攻の博士号(文学)取得。白百合女子大学、獨協大学、文京学院大学、早稲田大学非常勤講師、トルコ大使館文化部/ユヌス・エムレ・インスティトゥート講師、トルコ共和国ネヴシェル・ハジュ・ベクタシュ・ヴェリ大学東洋言語東洋文学部助教授を経て2018年10月より現職。 ------------------------------------------ 【2】SGRAラーニング紹介 SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」は、SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、どなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 ◆動画「日本の歴史教育は戦争と植民地支配をどう伝えてきたか―教科書と教育現場から考える」 「日本の歴史教育」について考えてみましょう。 歴史教育の中で、日本の戦争と植民地支配はどのように伝えられているのでしょうか? 下記リンクよりご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/research/kokushi/2025/20332/ この動画は、2023年8月に開催された「第8回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」フォーラムの塩出浩之教授の発表「日本の歴史教育は戦争と植民地支配をどう伝えてきたか―教科書と教育現場から考える」をまとめたものです。このフォーラムのレポートは日本語、韓国語、中国語で発行されていますので、興味のある方は各言語のレポートをSGRAのウェブサイトからご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/active/report/2024/19303/ SGRAラーニングの動画へのリンクは、SGRAホームページからアクセスしていただけますので、先生方はご授業等でご利用いただけますと幸いです。どなたでも無料で視聴いただけますので、広くご宣伝いただきますようお願いいたします。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
MA Geyang “What I Have Learned from My Studies”
2025年6月5日 11:41:05
********************************************** SGRAかわらばん1066号(2025年6月5日) 【1】馬歌陽「『学問』から学んできたこと」 【2】国史対話エッセイ紹介:青山治世「歴史と私~北京をめぐる奇縁と機縁~」 【3】SGRAラーニング紹介:動画「アジアの発明―19世紀におけるリージョンの生成」 ※SGRAの新規プロジェクトです!是非ご覧ください。 *********************************************** 【1】SGRAエッセイ#794 ◆馬歌陽「『学問』から学んできたこと」 2017年10月に来日して6年半、24年の春に念願の博士号を取得した。この出来事は私の人生においてまさに重要な節目といえよう。ただ、「いつ目指すべき道を見出したのか」、あるいは「いかなる必然がこの学問の森へと導いたのか」と問われても、まだ霧の中を手探りでいるような心境だ。この文章を綴る機会に答えを探してみたい。 幼少期の私にとって「学び」とは、「やるべきこと」に過ぎなかった。クラスの中ではあまり目立たず、成績もごく普通だった。鮮明に覚えているのは、毎日食事の前に必ず本を読んでいたこと。当時、共働きの母は私の健康のために昼と夜のご飯を作ってくれたので、帰宅してから食事が始まるまでの時間が、私の読書の時間となった。『中国少年児童百科全書』や『十万個のなぜ』などの分厚くて重たい本を抱えながら、無心にページをめくっていた記憶がある。当時の私は「本が好きな子供」と周りから言われて育ったが、まだ「知の悦び」は知らなかった。高校時代、友人たちが将来の夢を語り合う輪の中で、いつも奇妙な疎外感にさいなまれた。学部への進学も、「就職に有利」や「大学の所在地に親戚がいる」という周りからの助言に従ったに過ぎない。 転機は大学院受験で現れた。専攻変更を決断した時には、自分でも明確な動機を説明できなかった。しかし、受験勉強に費やした1年半の毎日5~7時間に及ぶ読書は、泉を求めて乾いた砂漠をさまようかのような飢餓感を伴っていた。知識を摂取する快楽は、草原を吹き渡る風のように私の精神をどこまでも駆け巡った。 振り返れば、この時期は「学問」の本質を捉えていなかったと言わざるを得ない。様々な思想体系を無秩序にのみ込む海綿のような状態で、確かに知的興奮に満ちていたが、単なる情報収集の段階を脱し得ていなかった。真の学問の営みが始まったのは大学院へ進学してからのことだ。 修士から博士課程にかけて、私は徐々に知の吸収者から生産者へと変わり、学問の扉を開けたかのような感覚を覚えるようになった。ある研究課題の終着点に近づいたと思いきや、新たな課題がやってくる。山頂に立つたびに、さらにより高く遠い風景が広がっていることに気付く。この繰り返しが、学問への畏敬の念を幾度となく私の胸によみがえらせてきた。ある頂上にたどり着いた時に振り返ると、道程に潜んでいた数々の危険や過ちが鮮やかに浮かび上がる。これらの誤謬を認識することが、再び山頂を目指す際の迂回路を照らす灯火となる。この気付きは、己の執着心を静かに手放すことを余儀なくさせた。研究にも生活にも、慎重かつ緻密な姿勢で臨まねばならない。思考の襞を絶えず研ぎ澄ますことで、不毛な混乱を避けながら歩みを進めていきたい。 <馬歌陽(ま・かよう)MA Geyang> 中国新疆ウイグル自治区烏魯木斉市出身。2023年度渥美国際交流財団奨学生。早稲田大学文学研究科美術史学コース博士課程を経て、博士号を取得。現在中国復旦大学文史研究院PD。専門は仏教美術史。 ------------------------------------------ 【2】国史対話エッセイ紹介 5月26日に配信した国史対話メールマガジン第66号のエッセイをご紹介します。 ◆青山治世「歴史と私~北京をめぐる奇縁と機縁~」 1976年9月9日、現代中国に多大な影響を与えた毛沢東が北京でこの世を去った。私はその1か月半ほど前の7月25日に岐阜県大垣市というところで生まれた。4年前に北京を訪れて日中国交正常化を成し遂げた田中角栄がロッキード事件によって逮捕されたのは、2日後の7月27日のことである。のちに私は以下で述べるようないきさつで、中国に関係する人たちに自己紹介をする時には「北京は第二の故郷です」とよく言うようになるが、研究はもちろん色々な場面で北京との奇縁を感じている。 最近はあまり言わなくなったが、10数年ほど前までは、「八〇後(バーリンホウ)」とよばれる1980年以降に生まれた中国人と初対面で話をする時に、私はよく「毛主席と1か月半同じ時代を生きた」と言って話を始めていた。毛沢東は海外への留学経験はないが、毛に次ぐナンバー2の位置にあった周恩来が20歳前後に日本に留学していたことはよく知られている。国交正常化に際して田中角栄と固い握手を交わした周総理は1976年1月に亡くなっており、残念ながら同じ時代を生きていない。 私は中国の近現代史、とくに政治外交史を専門にしている。私が中国に興味をもつようになったきっかけは、物心ついた頃から、満洲事変から日中戦争にかけて召集で中国に3度出征した祖父(1904~1996)からくり返し中国の話、戦争の話を聞いたことだった。日本の隣には中国という大きな国があり、身近な存在である祖父も関わって日本はその中国と戦争していた……。なぜそんなことになってしまったのか、そもそも中国とはどんな国なのか。そんな漠然とした疑問から、中国、そしてその近現代史への関心が深まっていった。 全文は下記リンクよりお読みください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/kokushi/J_Kokushi2025AoyamaEssay.pdf ※SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。国史メルマガは隔月で配信しています。SGRAかわらばんとは別にお送りしますので、ご興味のある方はSGRA事務局にご連絡ください。3言語対応ですので、中国語、韓国語の方々にもご宣伝いただけますと幸いです。 ------------------------------------------ 【3】SGRAラーニング紹介 SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」は、SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、どなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 ◆動画「アジアの発明―19世紀におけるリージョンの生成」 東アジアの歴史に足を踏み入れ、「アジア」という概念がどのように生まれ、どのように展開したのか見てみましょう。 アジアの国々は人種も言語も宗教も多様ですが、そこに共通することは何なのでしょうか? それは19世紀のアジアとどう違うのでしょうか? 下記リンクよりご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/research/kokushi/2025/20303/ この動画は、2020年1月にフィリピンで開催された「第4回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」フォーラムにおける三谷博先生の講演「アジアの発明」をまとめたものです。このフォーラムのレポートは日本語、韓国語、中国語で発行されていますので、興味のある方は各言語のレポートをSGRAのウェブサイトからご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/active/report/2020/15991/ SGRAラーニングの動画へのリンクは、SGRAホームページからアクセスしていただけますので、先生方はご授業等でご利用いただけますと幸いです。どなたでも無料で視聴いただけますので、広くご宣伝いただきますようお願いいたします。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
Khin Maung Htwe “Support Activities for Victims of the Myanmar Earthquake (Part 2)”
2025年5月29日 12:58:57
********************************************** SGRAかわらばん1065号(2025年5月29日) 【1】SGRAエッセイ:キン・マウン・トウエ「ミャンマー大地震被災者支援活動(その2)」 【2】SGRAラーニング紹介:動画「『歴史大衆化』と東アジアの歴史学」 ※SGRAの新規プロジェクトです!是非ご覧ください。 【3】第8回アジア未来会議(2026年8月、仙台)論文募集のお知らせ(再送) *********************************************** 【1】SGRAエッセイ#793 ◆キン・マウン・トウエ「ミャンマー大地震被災者支援活動(その2)」 2025年3月28日のミャンマー大地震から2カ月。マンダレーの町は瓦礫もだいぶ撤去され、生活も徐々に日常に戻ってきました。しかしあちこちで重機が作業をしており、交通機関にも影響が残っています。構造まで被害を受けた建物は取り壊して空き地になりますが、放置されている建物もたくさんあります。大半の建物は復旧していませんが、工事中でも開店する店があります。私が経営する居酒屋「秋籾」が入る「イビススタイルホテル」は大きな被害を受けなかったのですが、内装工事に時間がかかっており、来月に営業が再開出来ることを祈っています。 毎日余震があるので、建物の2階へ上がるのが怖いと言う人がたくさんいます。ミャンマーの新学年は6月に始まるため、学校の復旧が急がれています。私立の学校や病院はともかく、公立施設は予算的なこともあってか、なかなか工事が進んでいません。被害が大きかった首都ネピィドー管区では、政府が国会議事堂などの復旧に注力しています。 これまでに26カ国から災害支援活動の専門家、医療関係者が訪れ、ミャンマー政府を通して寄付金も届きました。非政府組織(NGO)や民間の仲介で外国の支援団体も来て活動しています。私もこの「SGRAかわらばん」を通して支援金を頂戴し、被害者の復興のためのお手伝いをすることができました。 前回のエッセイ(SGRAかわらばん1058号、2025年4月10日)で報告したように、地震直後はまず、私が経営するホテルに滞在していた時に自宅が被災した方々に対して一緒に話したり、無料で食事を提供したりしました。次に病院やお寺などで、お弁当と飲料水を配りました。家族を亡くした方々、家を無くした方々、自分の財産が大地震で無くなり、一瞬で生活基盤を失ってしまった方々に対して、お弁当一食だけでも心を休ませる大きな力があることを感じました。実は、お弁当より「応援していますよ!」という笑顔が、皆さんに大きな力を与えることができるのです。「これから、頑張ろう」「立ち直りましょう」と気力が湧いてきたようでした。私たちも「何か力になりたい」という気持ちで一杯になりました。 SGRAの皆様のお力をお借りしながら、夜は入院中の父親の世話をしながら、支援する場所や予算内で可能な支援物資を検討しました。その結果、震源地サガイー市の1か所と決めました。支援物資は、地震1ヵ月後に必要な医療品や米、食用油、塩、卵などとソーラーランプ250家族分を調達しました。 5月5日、私は家族とボランティアと一緒に、支援物資をお届けするためにサガイー市に向かいました。事前に知り合いのボランティア団体を通じて大きな被害を受けた方々に番号が書かれたクーポン券を配布してもらっており、券を持って来た方たちに直接物資を手渡しました。予算が限られているので、多くの被災者が押し寄せたら対応できないためです。 この日はとても暑く、大汗をかきながらも笑顔で対応しました。被災者のみなさんの喜ぶ顔が忘れられません。2007年にミャンマーを襲った「ナルギス大台風」から、私は子どもたちに「必要な時には人々に自分の力を貸す」「自分でできることを支援する」と教えてきたので、今回も家族は喜んで活動を手伝ってくれました。 サガイー市は有名な観光地です。多くのお寺や僧院、老人ホームなどがあり、大きな被害を受けました。活動の翌日、ある僧院に「復興のために使ってください」と、残りの支援予算を寄付しました。今回の復興支援活動の募金にご協力してくださった一人一人の皆様への感謝は、言葉で書き尽くせません。「地球の平和を考える地球市民の行動」であると心から敬意を表します。 これからは、単なる「復旧」ではなく、災害に強い街づくりを考えた「復興」を重視しなくてはならないでしょう。民間企業は建設基準を守り、政府は監督を厳しくすることが重要になるでしょう。地震に対応できる最新の建設技術や資材なども導入しなければならないでしょう。 4カ月間入院し、今回の地震も乗り切った父が5月15日に92歳で亡くなりました。9歳の時から聞かされ続けてきた「努力」「自分に頼らなければならない」「国民に出来ることは精一杯に」という「言葉の宝」を頭と心の中に据えて、ひとりの民間人として微力ながらも、ミャンマーのために出来ることを続けていくつもりです。 活動の写真 https://www.aisf.or.jp/sgra/plan/photo-gallery/2025/20365/ 4月10日に配信したキン・マウン・トウエさんのエッセイ https://www.aisf.or.jp/sgra/combination/sgra/2025/20224/ <キン・マウン・トウエ Khin Maung Htwe> ミャンマーで「小さな日本人村」と評価されている「ホテル秋籾(AKIMOMI)」の創設者、オーナー。マンダレー大学理学部応用物理学科を卒業後、1988年に日本へ留学、千葉大学工学部画像工学科研究生終了、東京工芸大学大学院工学研究科画像工学専攻修士、早稲田大学大学院理工学研究科物理学および応用物理学専攻博士、順天堂大学医学部眼科学科研究生終了、早稲田大学理工学部物理学および応用物理学科助手を経て、AKIMOMI_COMPANY_LTD.社長。「ホテル秋籾」「居酒屋秋籾」を経営。SGRA会員。 ※4月10日にSGRAかわらばん1058号で配信したキン・マウン・トウエさんのエッセイで支援活動募金にご協力をお願いしたところ、16名と1団体より、目標額を超える総計417,000円のご寄付をいただきました。皆さんから寄せられた暖かいメッセージを添えて、バンコクに留学中の長女リサさんを通じて全額をキンさんにお届けしました。ご支援をありがとうございました。 SGRA代表 今西淳子 ------------------------------------------ 【2】SGRAラーニング紹介 SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」は、SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学生低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、どなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。 ◆動画「『歴史大衆化』と東アジアの歴史学」 「『歴史の大衆化』と東アジアの歴史学」について考えてみましょう。 皆さんは、歴史学とは何だと思いますか? 歴史学者は何をする人でしょうか? 下記リンクよりご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/research/kokushi/2025/20329/ この動画は、2022年8月に開催された「第7回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」フォーラムの一部をまとめたものです。このフォーラムのレポートは日本語、韓国語、中国語で発行されていますので、興味のある方は各言語のレポートを下記リンクよりご覧ください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/active/report/2023/18258/ SGRAラーニングの動画へのリンクは、SGRAホームページからアクセスしていただけますので、先生方はご授業等でご利用いただけますと幸いです。どなたでも無料で視聴いただけますので、広くご宣伝いただきますようお願いいたします。 https://www.aisf.or.jp/sgra/ ------------------------------------------ 【3】第8回アジア未来会議論文募集のお知らせ(再送) アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を重視しており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。第8回アジア未来会議(AFC#8)は、論文、小論文の発表要旨を下記の通り募集します。 第8回アジア未来会議 テーマ「空間と距離:こえる、縮める、つくる」 会期: 2026年8月25日(火)~ 29日(土)(到着日、出発日を含む) 会場: 東北学院大学五橋キャンパス(仙台市) 発表要旨の投稿締切: ・奨学金/優秀賞に応募する場合 2025年9月20日(土) ・奨学金/優秀賞に応募しない場合 2026年2月28日(土) 募集要項は下記リンクをご覧ください。 画面上のタブで言語(英語、日本語)を選んでください。 https://www.aisf.or.jp/AFC/2026/call-for-papers/ 皆様のご参加をお待ちしています。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
HE Xingyu “Is it Inappropriate to Speak to Children You Don’t Know in Public?”
2025年5月22日 16:21:18
********************************************** SGRAかわらばん1064号(2025年5月22日) 【1】SGRAエッセイ:何星雨「公共空間では、見知らぬ子どもに声をかけてはいけない?」 【2】国史対話エッセイ紹介:平山昇「大震災の副産物?」 【3】第8回アジア未来会議(2026年8月、仙台)論文募集のお知らせ(再送) *********************************************** 【1】SGRAエッセイ#792 ◆何星雨「公共空間では、見知らぬ子どもに声をかけてはいけない?」 休日のショッピングモール、私はふとしたことで一人の子どもと出会った。クレーンゲームの前の8歳くらいの男の子。取り出し口に詰まった小さなおもちゃを見つめて困っていて泣きそうだった。「もう一回やれば出てくるよ」と声をかけると、男の子は「コインがもうない。パパとママはあっちの喫茶店で働いている」と小声で言った。私がコインを購入してあげて、おもちゃを取り出すことができた。おもちゃを受け取った男の子は「ありがとう」と笑った。その後、私は残りのコインでぬいぐるみを取ろうとしたが、何度も失敗。フラフラと他人のゲームを眺めていた男の子に再び出会った。「難しかったわ。手伝ってくれる?」その子はまるで重大な任務を受け取ったような表情で、機械選びを経てぬいぐるみを取ってくれた。「家に帰ったらスマホ見るだけだから、ここにいた方が楽しい」とつぶやいた男の子。その子の表情・言葉・行動―それらは、単なる「子どもの遊び」ではなく、社会の中で誰かと関わり、やりとりをし、自分の存在を肯定された瞬間だった。 ……だが、これは日本での出来事ではない。つい最近、母国の中国での出来事だった。これが日本であれば、見知らぬ子どもに声をかけていなかったかもしれない。 日本の公園で迷子になった子どもに気づいて声をかけようとしたら、一緒にいた日本人の友人に「不審者に思われるから、遠くから見守っていればいい」と言われ、登山している時に頑張っている小さな子どもの姿に感心して名前を聞いて褒めようとすると、「変な人と思われるからやめた方がいい」と止められた。このような経験が何度もあった。以来、「異文化理解」の姿勢を取り、見知らぬ子どもに声かけしたい気持ちを抑えるようにしている。 日本では、公共空間における子どもと他者の関係性が極めて制限されているように感じられる。大人と子どもが「適切」に関われるのは家庭・学校・児童施設など、厳密な制度に囲まれた空間の中だけだ。制度の外にある公共空間では子どもと出会い、関わり、お互いにケアを交わすことは、ときに「越えてはいけない線」のように扱われているのではないか。 私が経験した出来事は、まさに「制度外ケア」の実践だった。そこには管理者も教育者も両親もいない。あるのは困っている子どもと、それに気づいた大人との自然な応答だけだった。その時子どもはケアを受けた存在だけではなく、社会の中で「制度外の大人と関係性を築く主体者」として振る舞っていた。日本ではこうした「制度外の大人と関係性を築く主体者」としての子どもが、果たして容認されるのかとの素朴な疑問を抱えるようになった。 子どもの権利という視座からも考えてみよう。私は子どもの権利に強く関心を持っており、具体的な権利と実践について研究している。子どもの権利条約では「参加する権利」が一つの柱だ。「参加する権利」に関して第12条は、子どもが自分の意見を表明し、それが尊重される権利が保障されており、第15条は子どもが他者と集まり、自由に関わることが認められている。子どもが主体として権利を行使できる場は、本当に制度の内側に限られていいのか。私はむしろ、制度の外の公共空間こそが、子どもの「参加する権利」が日常的に試される、とても重要な実践の場だと考える。 公共空間において、目の前の子どもに関心を持っている大人を潜在的な不審者と疑い、「見知らぬ子どもに声をかけること」がリスクとみなす空気が日本社会でまん延している。子どもの「参加する権利」が公共空間では行使することが難しいと考えられる。この空気の背景には、制度依存的な安心志向と人間関係の希薄化、そして「子どもは所管されたもの」という、無意識のまなざしが潜んでいるのかもしれない。少子高齢化の中の「社会全体で子どもを育てる」というスローガンのもとで、かえって制度の外にいる子どもと大人の関係性が排除される危険性がある。 「制度に所管された子ども像」を問い直す時期に来ているのではないだろうか。子どもと知らぬ他者が自然につながれる空間をもっと寛容に受けとめられる社会。子どもに声をかけるという行為がケアとなり、他者との関係性の入り口となるような社会。それこそが、子どもが本当に「社会の一員」として生きられる参加の場なのだと思う。 目の前で困っている子どもに「大丈夫?」と、素晴らしいことをしている子どもに「すごいね」と、勇気を持って声をかけられる大人でありたい。日常のまなざしの中で、子どもと共に社会を編みなおしていく、そんな子ども研究者であり続けたい。 <何星雨(か・せいう)HE Xingyu> 中国・浙江省杭州市出身、2015年7月に来日。2023年度渥美財団奨学生。2024年3月に東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科を修了し、博士号を取得。日中両国の児童虐待予防に関心を持っている。現在は子どもの権利と保育に関する研究を続けながら東京家政大学、文教大学の非常勤講師として務めている。 ------------------------------------------ 【2】国史対話エッセイ紹介 3月26日に配信した国史対話メールマガジン第65号のエッセイをご紹介します。 ◆平山昇「大震災の副産物?」 私は2015年、博士論文をもとに執筆した『初詣の社会史 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム』という本を東京大学出版会から出版した。簡単に概要を述べると、副題が示す通り、明治期に鉄道の発達とともに庶民の娯楽として成立した初詣が、やがて皇室ナショナリズムともからみあいながら「国民」行事として定着していく過程を論じたものである。「上から」の強制ではなく、人々が自発的に楽しみながら毎年同じ行事を反復することで強固な持続性をもったナショナル・アイデンティティが形成されていく過程を、初詣の近代史から浮かび上がらせたと考えている。 もっとも、実を言えば、研究者を目指しはじめた頃は「初詣は鉄道が生んだ娯楽イヴェント!」という程度のことしか考えておらず、まさか自分の研究がこんなところにたどり着くとは夢にも思っていなかった。なぜナショナリズムなどという厄介な「怪物」と関わる方向へと迷い込んでいったのか。 学生当時、大学内では「ナショナリズムは時代遅れ」だとか「国民国家に捉われているのは愚か」といった類の言葉があふれかえっていた。私もその風潮にすっかり感化された。だが、その後(2000 年代)の日本社会は、国民国家が相対化されていくどころか、インターネットを通じて大衆ナショナリズムが戦後かつてない盛り上がりを見せていった。いったいこれはどういうことなのか、という「モヤモヤした違和感」がずっと頭にひっかかりながら大学院時代を過ごしたような気がする。 全文は下記リンクよりお読みください。 https://www.aisf.or.jp/sgra/kokushi/J_Kokushi2025HirayamaEssay.pdf ※SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。国史メルマガは毎月1回配信しています。SGRAかわらばんとは別にお送りしますので、ご興味のある方はSGRA事務局にご連絡ください。3言語対応ですので、中国語、韓国語の方々にもご宣伝いただけますと幸いです。 ◇国史メルマガのバックナンバー https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ◇購読登録ご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。 [email protected] ------------------------------------------ 【3】第8回アジア未来会議論文募集のお知らせ(再送) アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を重視しており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。第8回アジア未来会議(AFC#8)は、論文、小論文の発表要旨を下記の通り募集します。 第8回アジア未来会議 テーマ「空間と距離:こえる、縮める、つくる」 会期: 2026年8月25日(火)~ 29日(土)(到着日、出発日を含む) 会場: 東北学院大学五橋キャンパス(仙台市) 発表要旨の投稿締切: ・奨学金/優秀賞に応募する場合 2025年9月20日(土) ・奨学金/優秀賞に応募しない場合 2026年2月28日(土) 募集要項は下記リンクをご覧ください。 画面上のタブで言語(英語、日本語)を選んでください。 https://www.aisf.or.jp/AFC/2026/call-for-papers/ 皆様のご参加をお待ちしています。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
YUN Jaeun “The Sense of Defeat in ‘The Media Has Lost’ and Future Challenges”
2025年5月15日 15:27:07
********************************************** SGRAかわらばん1063号(2025年5月15日) 【1】SGRAエッセイ:尹在彦「『メディアが負けた』という挫折感と今後の課題」 【2】第8回アジア未来会議(2026年8月、仙台)論文募集のお知らせ *********************************************** 【1】SGRAエッセイ#791 ◆尹在彦「『メディアが負けた』という挫折感と今後の課題」 日本のメディア業界はこの1年間、前例のない激変を経験した。世論における、いわゆる「メディア不信」が表面化し、テレビ局や新聞社といった既存メディアが批判の的となった。直近では「フジテレビ問題」があり、その前には兵庫県知事選を巡って、SNS上のみならず有権者からも直接「新聞やテレビの報道は信用できない」という声が噴出した。メディアに対する攻撃は初めてではないが、今回注目すべきことは、多くのジャーナリストに対して直接的な誹謗中傷や脅迫が急速に広がった点だ。状況は憂慮すべきレベルに達している(もしくは危険水域を超えているかもしれない)。 2025年4月25日から3日間にわたって開かれた「報道実務家フォーラム2025」(会場:早稲田大学)は、それを改めて確認できる場だった。2年前、元朝日新聞記者の川崎剛さんの紹介で初めて足を運んで以来、今回が2回目の参加となった。所属に関係なく、日本の現職・元職のジャーナリストたちが集まり、取材の経験や業界の課題について語り合う数少ないフォーラムだ。恐らく私は、生まれも育ちも、さらに仕事の経験も外国という、ほぼ唯一の存在だったかもしれない。そのため、比較的一歩引いた視点で講演を聞くことができた。 今年度は、会場が重い空気に包まれているように感じた。メディア業界の明るい未来や、最新技術に関する新たな取り組みを紹介する講演もあるにはあったが、やはり最近のメディア環境の厳しさが色濃く反映され、「どうすればこの状況を打開できるか」を議論するセッションが目立った。その一つが、兵庫県知事選における「既存メディアの事実上の敗北」と「打つ手が見えない閉塞感」であり、多くの講演がこのテーマを扱った(残念ながら、フジテレビ問題を取り上げた講演はなかったため、ここでは割愛する)。 兵庫県政や斎藤元彦県知事をめぐる疑惑、県議会による辞職勧告、出直し選挙、選挙戦での既存メディアへの批判など、目まぐるしい急展開の中で、現場のジャーナリストたちは十分に対応できず、迷走を続けたという。斎藤県知事に対して激しく揺れ動く世論の行方を追いながらも、最終的には現場の有権者やSNS上の罵詈雑言、誹謗中傷にさらされ、精神的に疲弊していった。ある登壇者(新聞記者)は、会社からまともなサポートも受けられず「社内での孤立感」が極まったと証言した。選挙戦で見られた政治家の「嘘」に対する真偽検証も間に合わず、結果としてその拡散を止めることができなかった。 質疑応答の過程で頻繁に出た言葉が「メディアが負けた」だった。兵庫県政を取材する記者クラブ(記者が日常的に取材活動を行うスペース≒団体)で「会社と戦わなかった記者はいない」という。個人的に印象に残った証言は、選挙戦における「公平性への過度なこだわり」だった。片方の候補者の公約に問題があったとしても、相手側の候補者に対しても「公平に」検証を行わなければならず、結果として問題点を十分に批判的に取り上げることができなかったという。 そうした中で、既存メディアのジャーナリストたちは現場やSNSで絶えず攻撃され、精神的に極めて疲弊しているように見えた。これまで日本では、報道による被害――つまり、事件事故報道における被害者や被疑者への誹謗中傷や個人情報の漏出といった「報道される側の被害」に注目が集まってきたが、今回は「報道する側の被害」がより目立つ結果となった。 このような状況は、日本メディアだけの問題ではない。英ガーディアン紙は「世界中で報道の自由への攻撃が激化 調査結果から確認(Attacks_on_press_freedom around_the_world are_intensifying, index_reveals)」(2024年5月3日)という記事で、これが世界的な現象であることを指摘している。 韓国でも、2024年12月に尹錫悦が首謀したいわゆる違憲的な「内乱事態」以降、尹支持者による政権批判的なメディアやジャーナリストへの攻撃が激化した。尹氏への逮捕状を発行した裁判所では暴動事件が起き、ジャーナリストたちが直接暴力のターゲットとなった。負傷者まで出た。SNS上では、一部のジャーナリストに対する偽情報も拡散され、誹謗中傷が相次いだ。それでも、攻撃対象となったメディアは沈黙せず、批判報道(ファクトチェック報道も含む)を継続し、過度な偽情報には法的措置にも躊躇しなかった。尹氏が罷免されてからは一時期の熱狂的な支持も沈静化し、暴動事件への加担者に対する処罰も進んでいる。 韓国では、メディア支援を目的とする公共団体(韓国言論振興財団)が今年から、会員社のジャーナリストに対するメンタルケア支援事業(年間最大4万円)を開始した。自然災害や暴力事件の現場での「惨事ストレス」によるトラウマ(PTSD)解消を目的としているという。日本でも最低限、同様の支援事業は必要だろう。日本のジャーナリストたちが「敗北」からの巻き返しを図るためにも、業界全体として支える体制の構築が早急に求められている。それが、今年度の報道実務家フォーラムで痛感したことだった。 <尹在彦(ユン・ジェオン)YUN Jaeun> 東洋大学社会学部メディア・コミュニケーション学科准教授。延世大学(韓国)社会学科を卒業後、経済新聞社で記者として勤務。2015年に来日し、一橋大学大学院法学研究科にて博士号(法学)を取得。同大学特任講師、立教大学平和コミュニティ研究機構特任研究員、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師などを経て2025年から現職。専門は国際関係論およびメディア・ジャーナリズム研究(政治社会学)。 ------------------------------------------ 【2】第8回アジア未来会議論文募集のお知らせ アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を重視しており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。第8回アジア未来会議(AFC#8)は、論文、小論文の発表要旨を下記の通り募集します。 第8回アジア未来会議 テーマ「空間と距離:こえる、縮める、つくる」 会期: 2026年8月25日(火)~ 29日(土)(到着日、出発日を含む) 会場: 東北学院大学五橋キャンパス(仙台市) 発表要旨の投稿締切: ・奨学金・優秀賞に応募する場合 2025年9月20日(土) ・奨学金・優秀賞に応募しない場合 2026年2月28日(土) 募集要項は下記リンクをご覧ください。 画面上のタブで言語(英語、日本語)を選んでください。 https://www.aisf.or.jp/AFC/2026/call-for-papers/ 皆様のご参加をお待ちしています。 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ ********************************************* -
Ferdinand C. MAQUITO ”Manila Report @ Shinjuku Spring 2025”
2025年5月8日 18:23:47
********************************************** SGRAかわらばん1062号(2025年5月8日) 【1】第75回SGRAフォーラム/第45回持続可能な共有型セミナー報告: マックス・マキト「マニラ・レポート@新宿2025年春」 【2】寄贈本紹介:平川均、F.マキト『アジア経済発展のダイナミクス』(原文は英文) *********************************************** 【1】第75回SGRAフォーラム/第45回持続可能な共有型セミナー報告 ◆マックス・マキト「マニラ・レポート@新宿2025年春」 2025年4月12日に開催された「第75回SGRAフォーラム/第45回持続可能な共有型成長セミナー」の会場である桜美林大学新宿キャンパスはホテルから歩いて行ける距離だったが、道に迷って事前の打ち合わせに遅刻。動揺して既に集まっていた登壇者の先生方に謝罪もせずに自己紹介を始めてしまった。この場を借りてお詫びしたい。また、大学名にふさわしく八重桜が満開の素晴らしい会場を提供してくださったSGRA仲間の李恩民教授(桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群長)にお礼を申し上げる。 セミナーの詳細は後日のSGRAレポートをご覧いただき、ここでは私の感想を申し上げて報告とさせていただく。 私は基調講演を任されるとは思ってもいなかった。今西淳子SGRA代表に強く求められたので応ぜずにいられなかったのだ。大学教授の皆さんの前に基調講演をさせていただき大変恐縮だったが、私の定年退職のお祝いとしてお許しいただきたい。渥美国際交流財団のサポートを受けながら、私なりに頑張ってきた研究の成果を皆で話し合う良い機会だった。それは「持続可能な共有型成長」に他ならない。効率、公平、環境性(エコ)を追求しながら発展をめざすメカニズムで、3つの日本語の頭文字をとって「KKK」と呼ぶ。 「KKK」の中には様々なテーマがあるが、SGRAの仲間と一緒に議論できないかと聞かれたときに「国境を超える地方自治体・地域コミュニティ連携構想(Local-to-Local Across_Border_Scheme、LLABS/エルラブス)」が頭に浮んだ。「KKK」の基本原理は国内の地方分権化だが、LLABSではさらに国際的な地域統合と補完的に組み合わさっている。 基調講演の後、4名の先生からコメントをいただいた。桜美林大学の佐藤考一教授は「コミュニティ連携:成長のトライアングルと移民(中華街・カレー移民)に見る教訓」と題して、マクロとミクロの両方の観点からの分析、東南アジア諸国における経済拠点の設立と日本の協力、そして日本における東南アジアからの移民者コミュニティの形成について報告された。最後に「東アジアの発展を目指して頑張ってください」というエールを頂戴した。 東北亞未来構想研究所(INAF)の李鋼哲所長は「中国および東北アジア地域における越境開発協力と地方自治体国際協力の枠組み」と題し、北東アジアでは様々な越境的地域開発のプロジェクトが立ち上がり、自治体がリードする局地経済圏(サブリージョン・エコノミックゾーン)形成の動きが出現し、この地域の経済成長の大きな原動力となったと指摘。そして、「北と南の東アジアの繋がりを一緒に頑張りましょう」というお誘いを頂いた。 李先生の「お誘い」に同意してくださったソウル大学日本研究所の南基正所長は「韓国地方政府の国際レジーム形成の取り組み:日中韓地方政府交流会議を事例として」という話の中で、日中韓地方政府交流会議が始まったのはASEAN+3が発足した2年後の1999年で、韓国がASEANとの連携を大きく意識し始めた。金大中政権ではASEANへの接近が見られ、韓国の地方政府が地方外交を開始し、ASEAN方式に注目したのがこの頃であったと指摘した。 北東アジアから最後の討論者で、フィリピン人の血も流れている東京大学東洋文化研究所特任研究員の林泉忠先生は「政治的制約を超える台湾と東南アジアの『非政府間』の強い結びつき」において、台湾とASEAN10カ国とは正式の外交関係を有しておらず、またASEAN+3にも入っていないが、両者の関係は実に微妙ながら密接な状況にあると指摘。2016年には蔡英文・民進党政権が中国への経済依存を減らし「新南向政策」を打ち出した。台湾と東南アジアの結びつきはさらに深まり、人的・経済的な国境を超えたつながりが強化されていると報告した。 第3部「市民の意見」ではフィリピン、インドネシア、タイからの視点を発表した。 まず、共催のフィリピン大学オープンユニバーシティ(UPOU)のジョアン・セラノ学長が「LLABSの運用」というテーマで、2つのプロジェクトを紹介した。LAKBAY(Learning_Actively through_Knowledge-Based Appreciation for_Youth)はエデュコネクト台湾との共同プロジェクトで、UPOUに派遣された台湾の青少年が様々な開発分野で持続可能な取り組みに積極的に貢献することを目指している。2つ目は、ラグナ州ロスバニョスのコミュニティと日本の藤野町(神奈川県、現在は政令指定都市への移行により相模原市緑区の一部)を結ぶ「LLABSマアハス-藤野(Maahas-Fujino)イニシアチブ」で、UPOUのサステイナビリティ・イン・アクション・リビング・ラボラトリー・キャンパス(SiALLC)と藤野のトランジション・タウン運動という相互補的な構想に基づく、コミュニティの回復力と持続可能性に根ざした生態学的・社会的イノベーションの共同開発だ。両地域は相互訪問、パーマカルチャー講義、森林浴を参考にしたハイキング方法の研究、マッピング演習などの実践的な活動を行い、地域通貨や再生可能エネルギー、持続可能性、適応力(レジリエンス)に関する知識の共有を図る。共通の学びの体験は異文化間の連帯を強化するだけでなく、マアハスと藤野の両地域において持続可能な成功事例を適用し、現地化するための触発剤ともなっている。 国士舘大学21世紀学部専任講師のジャクファル・イドルス先生は「LLABSとインドネシアの視点」としてインドネシア市民の意見を共有。LLABS構想は大きなポテンシャルを持っていると共感し、地方レベルの国際協力における姉妹都市構想や環境分野中心のパートナーシップであるスラバヤー北九州の事例を紹介したが、ASEANにおける「成長のトライアングル」構想はインフラ、治安、資金源などの条件が整わないと成功しにくい点を指摘した。 早稲田大学アジア太平洋研究科のモトキ・ラクスミワタナさんは地方分権化は世界銀行レポートの評価よりも国家の力が強くて思ったほど進んでいないと指摘したが、タイ・ラオス国境でパンデミックへの共通対応が自発的にできた事例を紹介した。 長年にわたる研究協力者である平川均先生(名古屋大学名誉教授/渥美財団理事)は「総括に代えて」として、今回のセミナーの意義4点を取り上げた。広義の東アジア(東南アジアと東北アジア)におけるLLABSの経験の提供と意見交換ができたこと、学問的裏付けを持って知識が提供されたこと、新しい世代が積極的に参加して議論できたこと、そしてSGRAレポートにより、これからより広く深い議論の可能性が開かれること。このように素晴らしい評価をしていただき感謝したい。 セミナーについて誤解を招かないように、LLABSの幾つかの特徴を改めて強調したい。まずLLABSは「水平関係」に重心を置いていること。これには2つの意味合いがある。国内レベルではコミュニティが全てを決定して行動すること。つまり自治体や行政から何も言われずに行動すること。国際レベルでは経済的な豊かさとは関係なく、国同士は平等で、相互に対応すること。従来はより豊かな国がノブレス・オブリージュ(noblesse_oblige)の集団として相手国を支援したが、これでは相手国に自助努力ではなく、ドルアウト(doleout)、つまり「分け与えてもらう」精神が育ってしまう恐れがある。 改めて強調したいのは、LLABSについて北東アジアと東南アジアを同時に考える機会にしたかったことだ。SGRAでは北東アジア(日中韓)と東南アジア10カ国の議論が別々に行われることが多いが、今回はできるだけ伝統的な考え方に捕われず「北と南の東アジア」の視点で対話を進めたかった。 「KKK」の基本的な考え方は、1993年に世界銀行が出版した『東アジアの奇跡』という報告書に取り上げられた「shared_growth」(「共有型成長」と訳す)で、国民の所得が上がりながら、所得分配も良くなる珍しい経済発展のことだ。戦後にこのような経済発展を遂げたのは日本、韓国、台湾、香港、タイ、インドネシア、マレーシアで、残念ながらフィリピンは入っていなかった。『東アジアの奇跡』ではASEAN+3のような地域統合化と国内における中央分権化という2つの大きな流れは検討されていなかったが、近年は大きな関心が寄せられている。2013年に相次いで出版されたピケティの『21世紀の資本』とスティグリッツの『Price_of_Inequality(不平等の代償)』などが唱える「格差」だ。 懇親会では日本に住んでいる友人たちが「日本は格差社会になった」と言うのでびっくりした。『東アジアの奇跡』では、日本は一番のモデル国であり、経済のありかたに対する西洋、特に米国からのバッシングに堂々と対抗していた。むなしくも負けてしまったのか?「今でも格差は米国ほどではない」ことを私は強調した。 今回のイベントに駆けつけてくださったSGRAの仲間たちと、今まで「KKK」セミナーを支えてきた今西代表と渥美財団、そしてジョアン・セラノ学長とフィリピン大学オープンユニバーシティ(UPOU)の仲間たちに心から感謝を申し上げる。 当日の写真 https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/05/Forum75PhotosLITE.pdf フィードバック集計 https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/05/Forum75Questionnaire.pdf <フェルディナンド・マキト Ferdinand C. MAQUITO> SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学オープンユニバーシティ非常勤講師。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。 ------------------------------------------ 【2】寄贈本紹介 マキトさんから新刊書をご寄贈いただきましたのでご紹介します。 ◆平川均、F.マキト『アジア経済発展のダイナミクス』(原文は英文) H._Hirakawa Ferdinand_C._Maquito “The Dynamics of Asian Economic Development―Understanding Asia and Its Ways Forward” ・半世紀以上にわたって国家経済の枠組みを超えて進展してきたアジアの発展を紹介する ・アジアの発展モデルを提示する:新興工業経済から、より大規模な市場経済へ ・東アジアの経済発展における「共有型成長メカニズム」を説明する 発行所:Springer Singapore ハードカバーISBN:978-981-97-3105-3(2024年12月11日発行) ソフトカバーISBN:978-981-97-3108-4(2025年12月25日発行予定) 電子書籍ISBN:978-981-97-3106-0(2024年12月11日発行) 詳細は下記をご覧ください https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-97-3106-0 ***************************************** ★☆★お知らせ ◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応) SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。 https://www.aisf.or.jp/kokushi/ ●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。 ●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。 http://www.aisf.or.jp/mailmaga/entry/mailing_form/ ●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。 ●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。 ●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/ ●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 http://www.aisf.or.jp/sgra/kifu/ 関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局 〒112-0014 東京都文京区関口3-5-8 (公財)渥美国際交流財団事務局内 電話:03-3943-7612 FAX:03-3943-1512 Email:[email protected] Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/ *********************************************