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エッセイ783:チャン・ジュンシ「アカデミア研究者と社会人の道の岐路で」
2024年9月に博士号を取得する際、アカデミア研究者としてのキャリアを追求するか、あるいは企業の世界へ移行するか、という選択を迫られました。日本での留学経験を振り返ると、すべては9年前に名古屋大学の学部プログラムに入学したときから始まります。この経験が学問的に豊かになるだけでなく、個人的な成長や文化への没頭の貴重な機会を与えてくれたからです。
学部時代に私が参加したグローバル30というプログラムは、様々な国や背景からの学生を受け入れていました。多様なバックグラウンドを持つクラスメートとの交流は新しい文化や視点を学ぶ機会となり、ハイキングやジャズ音楽など多くの新しい興味を見出すこともできました。その後は東京大学大学院に進学し、修士課程を修了、博士課程に進みました。博士課程は私の人生において最も挑戦的で、かつ充実した経験の一つでした。
まず、博士課程は非常に時間とエネルギーを要するものであることを強く実感しました。研究や論文執筆に集中するためには、日々の時間管理と自己犠牲が欠かせませんが、このプロセスを通じて、自己管理能力や粘り強さを向上させることができました。また、数々の試練や挫折に直面しながらも、それらを乗り越える戦略を身につけることができました。「擬似天然チオペプチド創薬プラットフォームの開発」という研究テーマが異なる学問領域や専門知識の統合を必要とする複雑な問題に関連するため、様々な学際的なアプローチが求められました。さらに、博士課程は独自の研究を行い、その過程で自己表現と創造性を発揮する場でもあります。自分自身のアイデアや仮説を探求し、それらを実証するための研究を進めることは非常に豊かな体験でした。新しい知識や発見を生み出す喜びは、私の努力への報酬であり、研究への情熱をさらに燃やしました。
これらの9年間を通じて自分の強みや弱みを理解し、克服する方法を見つけたことは、私のキャリアと人生の中で非常に重要なスキルになると感じています。多様な学術的追求に参加し、最先端の研究に没頭し、同僚や指導者と意義深いつながりを築いてきたことで、学生として、そして学術研究者としての生活は充実していました。時折疲れることもありましたが、そのような困難にも関わらず、興味を追求し、情熱を存分に追求する自由を大切にしてきました。
いざ卒業、となった時に根本的な問いに直面しました。基礎研究や教育を通じて知識とイノベーションを推進するために学術の道を進むべきか、それとも企業や産業の環境で専門知識を活かすべきか。産業界でのキャリアはより快適で安定した生活を約束するかもしれませんが、個人的な興味に没頭する自由を手放すことが心に重くのしかかります。
自分の旅を振り返ると、私は常に社会に意味のある貢献をし、影響力のある発見をすることを志してきました。この志が学術的努力を通じて研究の機会を追求し、直面する課題に立ち向かうよう私を導き、実験室、教室、文化的浸透のいずれの経験でも私の視野を広げる原動力となっています。
私は幸運に恵まれ、博士課程で行った研究を続けることができるスタートアップに参加することになりました。ここで世界に意味のある貢献をし、イノベーションを起こし、積極的な変化をもたらすという強い使命感に駆られています。
<チャン・ジュンシ CHANG Jun-shi>
クアラルンプール出身。2015-2019:名古屋大学理学部化学科学士(阿部研究室)、2019-2021:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程 (菅研究室)、2021-2024:同博士課程。現在はDayra Therapeutics社勤務。
2025年2月20日配信