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エッセイ778:徐子焮「医療の架け橋を目指して」

中国で医学部を卒業し産婦人科医として働いていた時、臨床で解決できない症例に直面して、私たちができることはこれほど少ないのかという疑問を抱いた。最も印象的だったのは大学在学中に卵巣がんにかかってしまった20代の患者だった。従来の医療手段では彼女を救うことはできない。命を延ばすことができても生殖能力を失ってしまう。妊娠中に乳がんが検出された症例もあった。治療を受けると流産せざるをえない上に、治療を終えてもその後の妊娠は難しくなる。しかし、すぐに治療を受けなければ命に関わる可能性がある。中国社会では、子供は両親の絆の象徴と言われる。子供が生まれなければ夫婦関係を持続できないと考える人もいる。臨床医としての経験を積むにつれてこうした症例に多く直面し、ジレンマに陥った。そして、研究の力を借りれば問題を解決できるかもしれないと考えるようになった。人生において、そのような研究にチャレンジしないことはあり得ないと思い、日本にやってきた。

 

東京大学大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻に入学し、研究生活を始めた。テーマは抗がん剤による卵巣毒性における細胞老化の役割である。抗がん剤治療を受けることで生殖機能に与える影響や、その解決策を探す。例えば、まだ子供を持っていない30歳の女性が乳がんを発症した場合、抗がん剤治療は生殖機能に壊滅的な影響を与え、母親になることが難しくなる可能性がある。同時に彼女は同世代の人よりも早く更年期を迎え、骨粗鬆症や脂質代謝異常などの健康問題にもより早く直面する。私たちの研究は、このような患者に薬を投与し、抗がん剤治療を受けながらも生殖細胞への影響をできる限り減少させ、生殖機能を保存することを目指している。

 

既存の論文によると、抗がん剤治療を受けた乳がん患者の約70%が5年以内に早発卵巣機能不全(早めの更年期)を経験している。私たちが研究を進めている治療法では、少なくとも10年から15年後までは、更年期を迎える時期を迎える可能性は高まらないことが期待される。動物実験で効果が証明されており、臨床試験に進んで、より広範囲に適用されることが望まれる。もう1つの例を挙げたい。血液がんを患った5歳の女児の場合は治癒の見込みがあり、少なくとも70歳まで生存する可能性があるが、現在の治療法では早発卵巣機能不全になる可能性が高い。将来的に子供を持つためには彼女に選択肢を残す必要がある。現在の治療法には卵巣冷凍保存があるが、何度も手術を受ける必要があり、身体的および経済的な負担がかかる。私たちの研究で使用した薬は経口摂取可能であり、現在の治療法より負担の軽減が期待される。一日も早く研究の成果を実用化し、人々の健康と幸福に貢献したい。

 

東京大学での4年間の経験を通じて科学的な研究における思考力が鍛えられ、問題を客観的に分析し、解決策を考え出す能力が身についたので、今後の研究活動において有益な役割を果たすことができると確信している。私の指導教官は、研究は大学院でのみ行うものではなく、一生を通じて続けるべきだとよく述べていた。この言葉は、私の将来の研究生活をより意義深いものにしていくだろう。

 

現在は日本の医師免許取得に向けて努力しており、日本でも産婦人科医として活躍したいと考えている。将来的には日本と中国で産婦人科医として働き、両国の医療技術を習得し、患者に有益な治療法を提供できるようになりたい。同時に研究活動も続けて成果を臨床現場に活かすことで、医療の進歩に貢献し、日本と中国の医療の架け橋となることを目指している。

 

<徐 子焮(じょ・こしん) XU_Zixin>

淄博市出身。東京大学附属病院女性診療科特任研究員。渥美国際交流財団2023年度奨学生。2018年に臨床医学産婦人科専攻修士号取得。2020年に東京大学医学系研究科生殖専攻博士課程に進学し、女性妊孕能の温存について研究し始める。2024年3月に博士号取得。

 

 

2024年12月5日配信