SGRAかわらばん
エッセイ765:李貞善「世界遺産の時間は悠々と流れる」
「皆さん、この中で世界遺産はどれでしょう。当ててみてください。」
2024年4月13日(土)、世界遺産検定マイスターを対象にした公式認定研修に参加した。日本のNPO法人世界遺産アカデミーが主催する検定試験である。
東京大学大学院の研究生として入学試験の準備をしていた2015年夏、研究と関連があると思い、真剣な気持ち半分、好奇心半分で世界遺産検定2級と3級資格を取得したのが発端であった。2017年には1級に合格。その勢いで、翌年は博士課程に進学するとともにマイスター試験にも挑戦した。それまで習得した理論的知識を土台に、世界遺産に関する時事的なニュースや最新の争点を中心に確認していく構成にした。大学院入試以降の久しぶりに受けた2時間の論文試験で、準備不足であった私は少し心配したが、幸いに合格できた。
研修を受けたのは、2019年以来博士論文執筆に取り組み始めたことに加え、2020年からの長いコロナ禍による中断があったからである。世界中の人々が類のない危機で苦しんでいる中、世界遺産へのアクセス自体が困難な時期もあった。文化遺産も、自然遺産も、複合遺産も人間とほとんど接触できない「アンタクト」(韓国の造語=UN+CONTACT)の時間を過ごした。立ち止まっているように感じられたあの4年間は、実は自然に順応しながらも危機と真正面から向き合う時間であった。
研修プログラムの内容は、プレゼンテーションスキルについての講義とグループワークだった。最初に講師がプレゼン方法や話すスキル、分かりやすく説明する方法などの講義を行った。その後、グループに分かれてプレゼン練習を繰り返した。4人が1つのグループになり、自己紹介の後、リーダーを選ぶように言われた。私のグループは男性3人と女性の私。リーダーを希望する者はなく、じゃんけんで勝った人がリーダーになることにした。今までじゃんけんで勝ったことはないので安心していたが、なぜかその日は優勝を勝ち取ったのは私で、リーダーになってしまった。
各グループは世界遺産検定の3級ガイダンスを聞いた後、講義の練習をした。秘密の封筒が配布され、中には世界遺産に関する知識のテーマが入っていた。3分程度でプレゼンができる分量のスライドも同封されていた。最後に各グループの代表が前に出て、3分にまとめた模擬講義を担当した。メンバー全員の指名により私が発表をすることになった。その後、講師によるフィードバックと意見交換が行われた。最後に参加者たちに公式認定証が交付され、ひとりずつ写真撮影して認定研修は終了した。これを以て、私は外国人としては初めての日本の世界遺産検定マイスターとともに認定講師になった。
研修を受けながら、これまで身につけてきた世界遺産に関する想念が頭をよぎった。それまでしばらくの間立ち止まっていたような私の世界遺産の時間が、この研修を機に再び流れ始めた。世界遺産とは、人類にとって「顕著な普遍的価値」を有する文化遺産や自然遺産、複合遺産などの不動産であり、1972年に成立した世界遺産条約に基づいて世界遺産リストに登録された物件である。「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」の構成資産として世界遺産として登録されている上野の国立西洋美術館のように、国境を超える「トランスバウンダリー・サイト」も少なくない。世界遺産は、登録前もその後も、国や自治体レベルの持続的な管理と保全、また必要に応じて適切な修復を要する。時間の経過による劣化や破壊などの変化への対応、つまり「時間とどう向き合っていくのか」が肝心なのである。
世界遺産公式講師になった私は、4月付けで東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センターに特任助教として赴任した。9年前から私の日本留学生活を共にしてきた世界遺産は、研究者として成長させるとともにコロナ禍を乗り越えるためのレジリエンスを鍛えてくれた。ウィズコロナ禍であろうが、ポストコロナ禍であろうが、平和の時代であろうが、戦争中であろうが、どのご時世であっても変化へ対応していく世界遺産のように、自然に順応しながらも危機と真正面から向き合うことが重要であろう。これからも世界遺産と関わりながら研究を続けていきたい。世界遺産の時間も、私の時間も、そしてこの世の時間も悠々と流れている。
<李貞善(イ・ジョンソン)LEE Chung-sun>
東京大学大学院人文社会系研究科附属次世代人文学開発センターの特任助教。2021年度渥美奨学生として2023年2月に東京大学で博士号取得。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2022年国際軍史事学会・新進研究者賞等、様々な研究賞受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、国連教育科学文化機関(ユネスコ)関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスター取得後、公式講師としても活動。
2024年5月16日配信