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エッセイ759:謝志海「米大統領選で見る政治とエンターテインメント」

米国では今年の11月に大統領選挙が行われる。4年に一度のこの時期が近づくと、米国にはまだ自由が残っているなと思う。国内だけを見ても、人種問題、移民問題、度々起こる銃乱射事件、物価上昇に伴う経済格差が引き起こす強盗など実に様々な問題を抱えているようにしか見えないが、なにが自由かというと、まず一つはやはり国民が直接、大統領候補に投票できること。同じく民主主義の日本でも、国民が総理大臣を選ぶということがない。大統領制と議院内閣制の根本的な違いだ。もう一つは、俳優などの著名人が公に民主、共和どちらの党を支持するか、はたまた候補者の誰を支持するのか自由に発言できる環境があることだ。

 

国民と政治、広い意味でエンターテインメント業界と政治の近さには、中国と日本でしか暮らしたことのない私は驚いてしまう。「国のトップを決める選挙に国民が口を挟めるとは!」という感じだ。

 

最近では世界ツアーで来日し、4日間東京ドームを満席にした歌手、テイラー・スウィフトに、来たる大統領選を巡る「陰謀論」まで勃発、その火はまだ消えていない(陰謀論についての説明はここでは割愛させていただきたい)。あのような華やかな歌姫と政治?なにが接点?と思うが、米国では真剣に信じている人々がたくさんいるのだから不思議だ。なぜこの様な若い歌手に陰謀論がつきまとうのかといえば、やはり米大統領選は国民が参加できるからではないか。

 

実のところ、バイデン大統領よりもトランプ前大統領よりもテイラー・スウィフトの方が幅広い世代の支持者(ファン)を集めている。彼女の「つぶやき」が民主党を応援するものとなると、「スウィフティーズ(ファンはこう呼ばれている)」に少なからず影響を及ぼす。前回の大統領選では、テイラーはバイデン氏支持を公言した。そして大統領選の前は「みんな(選挙のための)登録に行こう!」とツイッター(現X)で呼びかけた。彼女が政治に関心を持っているのは明白だ。ゆえにテイラーをアンチ・ヒーローとする人々が彼女を危険視して、とんでもない陰謀論をでっち上げてしまうのも無理はない。

 

日本で言うところの都市伝説レベルの陰謀論がテレビニュースで論じられてしまうのもまた、皮肉の意味を込めて言う自由だ。歌手や俳優も自由に自分がどの党を支持するのか発言でき、ファンに「投票に行こうよ!」と呼びかける。これはテイラーに始まったことではない。これまでも多くの有名人がしていることだ。そしてそれらの意見に影響されようがされまいが国民は自分の権利を行使すべく、投票所に行く。若者の投票率も高い。

 

今回の大統領選に関して、テイラーはまだ何も発言していない。今は世界ツアーの真っ最中で、春には新しいアルバムがリリースされることも発表され、今は自身の評判(Reputation)を上げることに忙しいことだろう。政治的発言だけでなく、彼女の一挙手一投足に世界中が目を離せない状況はしばらく続く。一人の歌手がこれほど政治に影響を及ぼすとは!一方で民主党、共和党には厳しい夏(Cruel Summer)が待ち構えている。

 

<謝志海(しゃ・しかい)XIE Zhihai>
共愛学園前橋国際大学教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師、准教授を経て、2023年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2024年3月7日配信