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エッセイ748:廣田千恵子「宇宙の一部としての私―これまでの研究と財団での経験を振り返りつつ―」

先日、ご縁があってインド占星術というものを体験した。日本では日常的にテレビや雑誌で「占い」を目にするが、あれらはいわゆるライターによって書かれていると聞いてから、私は占いを「人生に対する上手なアドバイス」程度に捉えていた。そんな私がどうしてわざわざ自分を見てもらおうと思ったのか。それには2つの理由がある。

 

ひとつは、インド占星術そのものに関心を抱いたからだ。インド占星術とは、日本で一般的な西洋占星術よりも遥か以前に誕生していた星を読む方法である。インド占星術師は見る相手の生まれた時間の分数と場所を正確に知ることによって、その人が誕生したときにその人を中心とした空にあった星を調べ、この宇宙におけるその人の位置や人生の巡り方を示してくれる。それはまるで、私という人間がこの世に誕生した瞬間を覗くことのように思えた。

 

そして、もうひとつの理由は、ここ十数年程で目まぐるしく変化した私の人生が、自分の意思というよりはまるで何かに導かれているように感じていたことによる。

 

私の研究テーマは、モンゴル国にて少数民族として暮らすカザフ人の装飾・手芸文化の動態の解明である。具体的には、カザフ人が天幕型住居の内部を主な装飾の対象としている点に着目し、人々がなぜ住居内部を熱心に飾ろうとするのか、どのように装飾技法を継承してきたか、あるいはどのように変化してきたのかといったことを明らかにしてきた。

 

しかし、私は元々モンゴル好きだったから大学でモンゴル語専攻を選択したわけでもないし、ましてやモンゴルに行くまでカザフという人々の存在を全く知らなかった。とくに手芸に詳しかったわけでも、長けているわけでもない。つまり、この研究テーマを選んだのは、言ってしまえば不思議な偶然が重なった結果である。それでも、偶然の出会いは、今の私の人生を大きく動かしている。

 

振り返ってみると、私はある時期を境に、何かに導かれていると感じることが多々あった。今の研究テーマに出会うまでは、自分が研究者を志すとは夢にも思っていなかった。そうして調査や研究を進めていく中で、うまくいくときもあれば、困難に直面することもあった。しかし、その都度ぼんやりと、それぞれの出来事には何か理由があるように感じていた。

 

たとえば、渥美国際交流財団に採用されたことも、そう感じる出来事の一つだった。修業年限を超過していた私ははなから奨学金を受給することは無理だと思っていた。しかし、友人から渥美国際交流財団の募集要項を紹介され、まるで導かれるように面接を受けた。そして、この財団の奨学生として採用されたとき、「神様」が私に今が博士論文を終わらせる時期であることを教えてくれたように感じた。

 

神様からのメッセージは財団で出逢った人たちとのかかわりの中にも隠れていた。渥美財団で出逢った人たちは、所属も研究テーマもバラバラで、何一つ共通点はないようにみえる。でも「何かを深く探求する」という点において、私たちは皆同じだ。だからこそ、渥美財団で同期や他の奨学生に会って、それぞれの話を聞く時間は私にとっては楽しく、刺激的で、多くの学びを得た。良い同期に恵まれたことは偶然であり、しかし必然だったのかもしれない。

 

こうした中、博士論文の執筆が落ち着いて次の進路を意識し始めた頃から、公私共に明確に新しい変化が起こりだした。まるで何か大きな目にみえないものの動きの中で自分が流されているような感覚を覚えた。これがいわゆる「転機」というものなのだろう。そんな中で出逢ったのが、インド占星術だった。

 

占星術師から渡されたのは、私が生まれた時間に生まれた場所の空にあった星の位置を記号で示した紙数枚と、私が生まれてから120歳を迎えるまでの年月日が星の巡りごとに細かく分けられ示されたカレンダーだった。そして、その年月日の羅列こそが、私を最も驚かせた。カレンダーで示された私が生まれた時からの星の巡りの中で、「転換期」として示されていた時期は、いずれも私が初めて調査地を訪れた年、博士課程に進学した年、そして博士論文を提出した時期と一致していたのだ。私は人よりも時間をかけて得た博士号だったけれど、もしかしたらこれが私の星の巡りに合った時間の使い方だったのではと思うと、ふと笑いがこぼれた。私という人間の人生も、実は大きな宇宙の動きの一部に位置づけられているかもしれないと思えたからだ。

 

インド占星術ではその後の自分の行動に対して何か具体的な指針が示されることはない。けれども、私には十分すぎる体験だった。博士論文の執筆を終えた今、私は遂に一人の「研究者」としての道を歩いていくことになる。それは決して楽な道ではないかもしれない。しかし、自分の存在にこの宇宙の中で何かの使命が存在しているとするならば、私はただ恐れることなく、自分ができることにひたすら邁進して歩み続けるしかないのだ。

 

英語版はこちら

 

<廣田千恵子(ひろた・ちえこ)HIROTA Chieko>

2022年度渥美国際交流財団奨学生。2023年3月千葉大学博士後期課程修了。博士(学術)。2023年4月より日本学術振興会特別研究員PD(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)。専門は文化人類学、民族学、地域研究。主な調査対象は中央ユーラシアにおけるカザフの装飾文化動態および牧畜研究。

 

 

2023 年10月12日配信