SGRAかわらばん

エッセイ739:曹有敬「美学的観点からみるAI音楽」

私の研究人生は2008年に来日した日本で、「美学(Aesthetics)」という学問と出会ったことから始まる。「美学」という学問を一言で定義するのは容易ではないが、端的に言うと人間はどのようにして「美しいもの」を知覚するのか、そしてその時に働く「感性」はどういうものなのかを考える学問である。それゆえ、人間が営むあらゆるものが対象となりうる。そして、範囲は無限に広がる。そのため、「美学」という学問は時代や国によって議論の中心が思想だったり、芸術だったりしている。また「芸術」の定義が多様化されつつある中で、本エッセイで紹介するような研究も可能なのである。例として人工知能(AI)音楽を美学的観点から見てみよう。

 

AI音楽とは既存の音楽を大量にAIシステムに入力し、AIがそのデータの分析を基に作り出す類似様式の音楽を指す。例えば、作曲家デイヴィッド・コープが創り出した「AI作曲家エミリー・ハウエル」はベートーヴェンやマーラーなど、昔の作曲家の様式に基づいて数多くの作品を短時間に作ることができる。また、大衆音楽の分野においても、韓国光州科学技術院のアン・チャンウク研究チームが開発した「AI作曲家EvoM」がアルゴリズムを通してKポップを含む様々な大衆音楽を作ってきた。このAIによるほとんどの作品に対して、学問・非学問の領域を問わず、世間はAIの歴史、科学的潜在力、そして商業的価値などといったAI自体の科学技術的側面や実用的価値に主な関心を寄せてきた。しかし、近年では環境哲学者による社会・倫理的問題や美学・哲学の領域におけるポストヒューマニズムの枠組みまで議論は拡張している。

 

AI音楽と人間との関係から、「美学」の主要概念の一つである「創造性」を再考することができる。西洋芸術音楽すなわちクラシック音楽におけるAI音楽への評価では、AIによる曲は偉大なクラシック作曲家の曲を単純に模倣した趣味の悪い曲だと批判されている。実際AIが作った曲を聞いてみると、確かに「人間作曲家」が作った曲に比べ、作品の質ははるかに劣っているかもしれない。しかし、こういった批判は実は18世紀後半以降問題にされてきた「人間作曲家」における独創性の問題にも繋がっている。18世紀後半に「天才」や「独創性」という概念が台頭したことにより、中世から綿々と行われてきた既存の音楽を用いて作曲する行為が、批判の的となった。

 

つまり、借用行為自体がオリジナリティーのないものとされたのである。例えば、後期ロマン派作曲家のグスタフ・マーラーの引用技法は彼の生前において「ユダヤ性」――否定的意味として――と結び付けられ、オリジナリティーが疑われたのである。このような傾向は1950~1960年代のモダニズムまで続いていた。常に新しさを求めたこの時期の進歩主義作曲家及び批評家にとっては、調性音楽の使用は「過去への回帰」を象徴するもので、既存の音楽を引用する作法はある種の「汚れた音楽」だった。

 

AI音楽における「創造性」への熟考は、この問題を再び考えさせるきっかけになるだろう。AI音楽にまつわる1)創造性とは何か2)作曲家の役割は何か3)作品とは何か4)聞き手はどう受け止めるのかといった様々な美学的問いに対して、次のように答えられるだろう。AIに情報を入力する際にその情報を選択するのは「人間作曲家」である一方で、そこから実際に一つの新たな曲を作り出すのはAIである。上述のコープが示しているように、たとえ「人間作曲家」が情報を収集・選択し入力するとしても、AIは予想外の結果物を作り上げることができる。

 

この原理からAIは「創造性」を有することができる。コープによれば「創造性」は人間の霊感のみに依存するものではなく、機械という他の要因によっても発生する。そして「創造性」はそれを巡る文脈において成立し、また無から生まれるものではなく、他者の作品の合成から生まれるものである。さらに重要なのは「創造性」の有無は美的なものを受容するか、拒否するかを判断する他者の判断に依拠するということだ。こういったコープの主張は「創造性」を完成した作品という結果物ではなく、創造のプロセスから見いだすものである。このAIの「創造性」に関連する議論は、人間の「創造性」をより深く理解するための重要な端緒を提供している。またこのことは、無から新しいものを創造するという近代的神話に縛られたわれわれの鑑賞態度を見直すために、大きな示唆を提供する。

 

英語版はこちら

 

<曹有敬(チョー ユーキョン)CHO You Kyung>
東京大学大学院人文社会系研究科に在籍中。2021年度渥美奨学生。日本学術振興会特別研究員DC2(2019年4月?2021年3月)。研究領域は戦後西ドイツ音楽文化、音楽とテクノロジー、現代音楽美学、グスタフ・マーラー研究など、音楽学、美学、文化史学にまつわる学際的研究を行なっている。刊行物としては共著『テクノロジーと音楽の新しい出会い』(2023、韓国語)、「B.A.ツィンマーマンの時間哲学の再考――哲学、文学、音楽の結節点に注目して」『美学』261号(2022、日本語)、共訳『デジタル革命と音楽』(2021、韓国語、2022年度セジョン優秀学術図書に選定)、“Reading Mahler: György Ligeti’s Music Criticism in the 1970s”(2019、英語) 他多数。

 

 

2023年6月8日配信