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エッセイ736:謝志海「日中両国の空き家事情」

大学で教えているProblem Based Trainingという授業では、学生たちが自分で様々な社会問題について英語で提起し、みんなで解決策を考える。最近よく挙げられるテーマの一つは空き家問題である。少し調べてみると、これは地方の大学生たちが実感した問題であるだけでなく、マスメディアでもよく取り上げられていることがわかった。

 

昨年のフィナンシャルタイムズ電子版で、日本の空き家が多いことと中国の不動産バブルがかつてのように「日本化」するのではないかと危惧する記事を読んだ。日本の空き家と中国の空き家に類似点など無いように思えたし、日本の空き家から中国は一体なにを学べばいいのかと、特に気づきが生まれることもなく記事(Japan’s Empty Villages Are a Warning for China, Financial Times, October 30, 2022)を読み終えた。しかし、それからというもの両国の空き家について悶々と考えることになってしまった。

 

あくまでも自分の勝手なイメージだが、日本の空き家と言えば、かつて長い間人が住んでいた家屋が、住人が亡くなるなどで次の住み手がおらず、ずっと手付かずのままの状態の事である。実際、私の家から最寄り駅までの徒歩15分の間でもこの3年の間にそういう家が数軒現れて、今では立派な空き家地区と言える。

 

一方で中国の空き家のイメージとは、投機目的で高層の集合住宅をいくつも建てたものの、人が居住している様子が全くない建物とそういった建物が群立する地域である。どちらも人が住んでいない住居に変わりはないが、成り立ちは全く違う。私は日中の空き家をそう区別していたのだ。

 

実際のところ、中国はそういった高層住宅群が未入居のまま手付かずになっていて、そのようなエリアは「鬼城」と呼ばれている。これは日本でも結構知られていることだろう。一方、日本のゴーストタウンと言うと、かつて人々が居住していた痕跡だけが残り、住む人が消えた町を言う。日本にも住宅街にぽつりぽつりとある空き家の他にも、ごっそり人が居なくなったゴーストタウンは確かにある。そしてそれらの増加はしっかり数値にも現れていて、総務省の土地統計調査(5年ごと)によると、平成30年の空き家率は13.6%で過去最高であり、20年間ずっと右肩上がりだ。

 

日本でも中国でもない国から見れば、日中の空き家はただの空き家でしかないのだろうとにわかに思いはじめた。FTの記事では80年代の日本における不動産バブル崩壊からの経済回復がないまま現在に至ることを引き合いに、中国の現在の過剰なまでの住宅投資建設を懸念している。なるほど、日本のバブル期まで時を戻せば、中国の空き家事情と類似点は見出せる。

 

さらにFTの記事では、このままだと中国の不動産市場も日本の不動産バブル崩壊の二の舞になりかねないことに警鐘を鳴らしている。なぜなら中国もとうとう人口減少へ傾きはじめたからだ。一方、日本はとうに人口減少国であり、高齢者が多い。空き家が増えているのもこれが大きな原因で、そこには相続問題が大きく横たわる。土地家屋の相続がうまく片付かないと空き家は空き家のままであり続ける。このような誰も手をつけられない土地家屋は治安の悪化や都市開発の遅滞を招く。

 

中国だけでなく日本も不動産問題は多岐に渡っていると分かったところで、中国は日本から何を学べるのだろうか?中国恒大集団の過剰債務問題は記憶に新しく、過剰なまでの不動産向け融資や高騰するばかりの不動産価格が浮き彫りになった。これは日本の不動産バブルの崩壊前と似ている。恒大の規制後、実は資金繰りに困っていたり、負債を抱えたりする不動産会社がどんどんあらわになった。不信感を抱いた購入者が恒大の不動産の購入取り消しに動き出したりすると、混乱は一般市民にまで及んだ。日本総合研究所の関辰一主任研究員は「しかし、中国政府も十分に日本から学んでいる」としている。住宅ローン金利の引き下げや不動産会社向け融資規制の緩和措置などを行なっているためだ(週刊エコノミスト 2022年9月13日 毎日新聞出版)。これ以上問題が大きくなっていないと良いのだが。

 

日中両国にとって不動産がいかに尊い資産扱いされているかがわかる。(もちろんそれは日中だけにとどまらないが。)また、とにかく建てることで経済が活性化すると信じられているということも両国を見ていると痛感する。人口減少、少子化、高齢化社会、とにかく毎日それらのいずれかがニュースのトピックになっていると言っても過言ではない日本で、これらの重大問題を尻目に今も日々住宅は建設されている。実際のところ、2022年の新設住宅着工数は前年比の0.4%増と2年連続増加した(国土交通省データ)。中国はまだ高齢化社会とは言えないが、人口は昨年初めて減少に転じた。日中両国共に互いの不動産事情を俯瞰的に見て、自国の未来の人口予測と住宅供給のバランスを見直すことができたらと思う。

 

 

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<謝志海(しゃ・しかい)XIE Zhihai>
共愛学園前橋国際大学教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師、准教授を経て、2023年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2023年4月6日配信