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エッセイ735:オリガ・ホメンコ「この状況で経営者はどうしているのか?」

ウクライナ西部でイースト(発酵剤)とペットフードの会社を兄弟で経営している友人がいる。ロシアに侵攻された後もさまざまな問題を乗り越えて頑張っている姿を見るのは嬉しい。しかしながら、新聞に出ないような辛い話もたくさんある。

 

戦争が始まって自社の商品が生活必需品であることをさらに実感した。最初の3カ月間、家でパンを焼くためにイーストを買う人が激増した。危機感があるとイーストが売れる。コロナ時代の2020年3~4月もそうだった。トイレットペーパーと同じようにイーストが売れた。不思議な傾向だが、危機感を感じる時にパンの消費が伸びる。逆に安心して平和な時代には健康を気にしてパンの消費が減るようだ。

 

最後まで戦争になるとは信じたくなかったが、国際メディアが騒ぎ始めた2021年12月ごろから少しずつ備え始めた。パラノイック(偏執病)だと思いながらも、300人も働いている会社だから、万が一のためにシェルターを準備した。万が一のために空襲警報のシミュレーションと避難訓練をした。本当は「カイゼン」が好きで在庫を持たないが、念のために2カ月分の材料を備蓄した。ウクライナで買えるものは全部そろえた。その中には、東部で製造している硝酸、硫酸、パッケージなどもあった。戦争の影響を受けずに2カ月間は製造できるので、とりあえず安心と思った。侵攻が始まっても2、3人しか避難しなかった。

 

その頃ポーランドの物流と販売の関係者から「従業員の子供たちを保護者と一緒に引き受けましょうか」と言われた。最初は誰も行く気がなかったが、空襲警報が増えて、ミサイルも飛んで来るようになると希望者が出てきた。結局数百人をポーランドに避難させてもらった。ポーランドの取引会社の社長も自分の家に6人住ませてくれた。ポーランドの小さな田舎町だったが、子供は学校で勉強し、週末には観光もさせてくれた。自然な形で助けてくれたので、皆とても感謝している。

 

会社の敷地内にもミサイルが飛んできた。運良くオーストリア・ハンガリー時代の頑丈な塀の間に落ちて爆発しなかった。ソ連製のミサイルだった。

 

ウクライナ各地に工場を3つ持っている。西ウクライナ以外の2つはハルキフとクリビーイ・リーグにある。最初の1カ月間は西部にある工場しか稼働できずに大変だったが、残りの2つの工場も再稼働できた。商品の5割は海外輸出用である。1年前にウクライナの通貨が下落した時に外貨を得て、新しい工場施設を建てたことも役立った。大変な状況の中で輸出先の海外関係者は一人も減らなかった。もちろん、万が一製造が止まった時の「プランB」も考えていたが、誰も戦争だから取引をやめますとは言わなかった。特にクロアチアとドイツの取引先の人々は素晴らしく、輸出量も伸びた。クロアチアのバイヤーは「我々も戦争を経験している。平和の時によくやっている会社は戦争の時も大丈夫だ」と勇気づけてくれた。

 

実はロシアにも工場があったが2015年にカナダの合弁会社に譲った。3月10日に残っていたもの全部をカナダの関係者に100ドルくらいで売った。ロシアに資産を持ったらいけないと思った。とにかく手放したかった。購入したカナダの関係者からは「これからの5年間、利益の5割をあなたたちが好きな方に回してもいい」と言われた。

 

友人はトレンドに敏感な女性の社長で、数年前に健康志向によってパンの消費が減り始めたことに気づき、イーストを他に利用する方法を考えてバイオビジネスにも進み始めていた。バイオテクノロジーの研究開発(R&D)部門も持っている。侵攻が始まった時、ターゲットになりやすいかもしれないので会社のウェブサイトを閉じた。そして密かに軍隊に寄付した。「1年に1回、イーストのひとつのブランドの売り上げの2割を軍隊に寄付する」と告げて、その春に400万~500万グリブナを寄付した。

 

侵攻が始まる1年前から新しい工場を建てるために建設費の半分を借金した。侵攻後数週間は工事が止まった。2022年の夏にオープンする計画だったので、3月半ばに工事再開を決めた。工事を止める意味がないと思った。ウクライナの将来を強く信じるし、それが会社の方針でもあるので続けることにした。2023年2月末のオープンが決まり、海外関係者を招いたが誰も来なかった。それでもオープンした。新しい工場が作っているものは2つある。

 

1つ目は日本の「味の素」みたいな調味料。イーストで出来たもので、うま味を自然に引き出す。最初の宣伝用商品は海外に送った。2022年秋には侵攻後最初の海外展示会でパリに行った。そこでは「ウクライナだから関わりたくない」という反応はなく、逆に「ウクライナ製」というブランドがプラスに働いた。もちろんブランド性だけでは長続きできず、商品の質が良くなければいけない。2015年から欧州連合(EU)内で関税がなくなっただけで、今回何か特別なものが得られたわけでもない。ヨーロッパでプロバイオティクスのイーストとイーストで出来た家畜用のサプリメントを売るためには許可が必要だが、それは既に取ってあった。新しい施設を作るために借りたお金も予定通りに返している。400人の従業員に給料も払い続けている。一人も辞めてない。ただ空襲警報によって仕事効率が落ちる。イーストは空気と接触したら発酵するので、時間通りにパッケージ化しないといけない。警報でシェルターへ降りないといけないので、それができない時もある。だがこの1年間、売上高もEBITDA(編者注:グローバル企業の業績や多国間の業績を比較・分析する際に用いる指標)も伸びた。

 

もう1つは家畜用のサプリメント。パンの売り上げが減った時に、いろいろ探して見つけたビジネスアイディアである。畜産業に目を向けて、イーストから鳥、豚、牛が自然に体重を増やすサプリメントを作った。今では国内だけではなく24カ国に輸出している。アジアにも販売網を広げようとしている。日本では北海道の農家に話を持っていこうと考えている。

 

20年前、ビジネスを拡大するために、イーストと似ている製造ラインで何をできるかと考え、ペットフードの会社も設立した。コロナ時代には、家に長時間居るのは寂しいし、散歩の理由が欲しいので犬や猫を飼う人が増えた。ペットフードの消費も増えた。2014年以降はロシアのメーカーがウクライナ市場からほぼ撤退したので、シェアを拡大するチャンスになった。設備投資、新技術の導入、新商品開発もしていたので大きく発展した。ペットフードを32カ国に売り、1300人の従業員が働いている大きな会社だ。

 

コロナの最中にリトアニアで大きな工場をオープンし、ウクライナからの輸出ではなく、EUで作って直接ヨーロッパ市場で売ることにした。動物に優しい食べ物と環境を作る会社のために努力し続けた。ペットの世話や心理を説明しているラジオ番組まで立ち上げていた。従業員は会社に飼い犬や猫を連れてくる。ウクライナ全国で「自分のペットを会社に連れて来よう」というキャンペーンもした。とても興味深いイノバティブな会社だ。戦争が始まった時、捨てられた犬や猫を会社に連れて来て世話をして、新しい飼い主探しまでしてあげた。

 

国内避難者が西ウクライナに多く来ているし、それまでは自分で犬の食事を作ってあげていた人も市販のペットフードを使うようになったので、ペットフードの売り上げが伸びた。戦争だから犬や猫も避難生活をしなければいけないので、かわいそうだと思う飼主が多い。もう少し良いものを買おうとするので、プレミアムセグメントの商品を増やし、米国やヨーロッパの国々にも輸出している。戦争の時も前向きで頑張っているこの兄弟からは見習うことが多い。

 

子供は海外にいる。時々会いに行く。「この状況下でビジネスをするのはどんな感じ?」と聞くと、「もう慣れた」という返事がくる。ミサイルもどちらから飛んできているか区別できるようになった。ベラルーシからドローンが飛んで来ている時と、カスピ海から飛んでくる危険物の区別は音でできるそうだ。「今どこから元気をもらっているの?」と聞くと、毎朝7時からジムかプールでパーソナルトレーナーと運動しているので、そこから元気をもらえるという。ピラテスと水泳をやっている。「家にもジムがあるのに、どうして?」と聞くと「シェルターとして使っている」と笑いながら言う。「一人で運動してもつまらないし」って。

 

一番大変だったのは、停電でインターネットが落ちた時だった。情報が入らない時は本当に不安になる。電池式ラジオを買って少し安心した。最初の数カ月間は読書や映画を見ることが全然できなかったが、今はネットフリックスで映画も見ている。小学生の子供も時々海外から遊びに来る。「ウクライナに居る時、子供はどんな感じで反応する?」と聞くと、「前と違ってぼんやりしてない。戦争だとわかっているので集中力が自然に上がる」という。

 

去年の10月にインフラをやられて停電が始まった時、非常に大きな2メガワットの発電機をトルコから買った。大きなトラックのサイズのもので、停電になっても工場の電気を保つ。

 

侵攻後初めて海外に出た時に、たまたま海の近くの街で、海岸沿いの通りに出ている喫茶店で、平和にリラックスしてほほ笑んでお酒を飲んでいる人々を見た時に大きなショックを受けた。辛かった。どうして自分の国は今苦しい目に遭わなければいけないのかと問い続けた。従業員から最初の9カ月間休みは要らないと言われて、休暇なしで働いた。最初に連休をもらって休んだのはクリスマスだったかもしれない。「アドレナリンで走っている」と分かっているので、自分の部下のことを、特に感情を出さない男性従業員のことを心配している。

 

<オリガ・ホメンコ Olga_KHOMENKO>
オックスフォード大学日産研究所所属英国アカデミー研究員。キーウ生まれ。キーウ国立大学文学部卒業。東京大学大学院の地域文化研究科で博士号取得。2004年度渥美奨学生。歴史研究者・作家・コーディネーターやコンサルタントとして活動中。藤井悦子と共訳『現代ウクライナ短編集』(2005)、単著『ウクライナから愛をこめて』(2014)、『国境を超えたウクライナ人』(2022)を群像社から刊行。

 

※留学生の活動を知っていただくためSGRAエッセイは通常、転載自由としていますが、オリガさんは文筆活動もしていますので、今回は転載をご遠慮ください。

 

※昨年4月から毎月オリガさんにエッセイを執筆していただきましたが、この号をもって終了します。ご購読ありがとうございました。

 

 

2023年3月30日配信