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エッセイ716:謝志海「ゲルニカから戦争と平和を考える」

小中高生は夏休みも終わり、ランドセルや制服姿の児童や生徒を再びたくさん見かけるようになった。毎年8月になると日本では8月6日、9日の広島と長崎に投下された原爆を思い出し、8月15日に終戦記念日を迎え、平和の尊さをかみしめる。しかし第2次世界大戦の終結から77年たつ今も、地球上で戦争が起きているとは信じがたいと誰もが思う8月だったのではないだろうか。

 

旅行も遠出もないまま8月を終えた我が家だったが、心に残る夏休みを過ごせたと思えるのは子どもたちと戦争と平和について話す機会を持てたことだ。現在住んでいる市にある群馬県立近代美術館ではパーマネントコレクションである、ピカソの有名な絵「ゲルニカ」のタピスリ(タペストリー)が展示された。妻が子どもたちに見せたいというので私はついていった。ちょうどその日は美術館スタッフがタピスリの前で「ゲルニカ(タピスリ)を見ながらお話をしよう」という企画をしていた。ほぼ原寸大で圧巻のタピスリを前に、美術館スタッフは子どもに「戦争」や「戦い」という言葉を伏せて、ゲルニカの見どころを丁寧に教えてくれた。子どもからはゲルニカを見ても「戦い」という言葉は引き出せず、むしろ「なんで人や動物がこんな風に描かれているの?」という感じだったが、それでも子供たちは「これはピカソという画家が描いた戦いへの怒りなんだ」ということをインプットされた。

 

美術館スタッフは大人の参加者には、このゲルニカのタピスリは世界に3枚しかないこと、うち1枚はニューヨークの国連本部にあること、このタピスリ制作にあたりピカソ自身も使用する糸や色などの監修に加わったことを教えてくれた。また1学期には美術館近くの小学校に出張授業に行き、生徒たちとゲルニカをしっかり観察し、何を感じたかなど話し合ったということだった。

 

数日後、家でまたゲルニカが話題になった時、小学生の息子が、「せんそうしない」という、字がすごく少ない絵本について小学校の先生が話をしてくれたと言った。調べてみると、それは谷川俊太郎さんの本だった。彼については紹介するまでもないが、以前テレビのインタビューか何かで、第2次世界大戦の東京大空襲の頃、中学生だったと話しておられたことを思い出した。

 

こうして絵や絵本を用いて戦争を語り継ぐことで、戦争の歴史を胸に刻み平和へつないでいこうとするのは素晴らしいと思う。そういえば「日本では小学6年生で「ゲルニカ」を学ぶんだよ」と美術館スタッフは息子に伝えていた。妻に「『ゲルニカ』を知ったのは6年生だった?」と聞いたら「7歳」。「小1の誕生日プレゼントの本がかこさとしさんの『美しい絵』で、そのなかで『ゲルニカ』が紹介されていた」とのこと。谷川俊太郎さんにかこさとしさん、国際関係の学者に出る幕はないように思われてきた。広い世代にわたって、わかりやすく物事を伝えるだけでなく、彼らの伝えたいことは読者の心に長く残り続けるのだから。

 

思えば、春学期では「国際関係論」と「国際関係の歴史を知る」等の授業で戦争と平和の難しい話をしていた。学生と一緒に20世紀の戦争と平和を振り返り、ロシアのウクライナ侵攻についても考えてもらった。21世紀のいまでも戦争が起こっていることは、いまこそ戦争を考える必要があると伝えた。私も戦争と平和について難しい学術本ばかりを読んできたが、もっと一般の方や子ども向けの本を読んでみたいと感じた。秋学期になったら、もっとわかりやすく学生に戦争と平和の話ができるように心がけようと考えた。

 

 

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<謝志海(しゃ・しかい)XIE Zhihai>

共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2022年9月8日配信