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エッセイ696:尹在彦「有効期限切れの『ゼロ・コロナ』政策」 

コロナ禍の本格的な始まりから2年が経とうとしている。ちょうど2年前のこの時期、筆者は旧正月を迎え、タイと韓国で過ごしていた。タイで中国発のニュース(未確認の感染症が拡散中)に触れつつも、他人事にしか見られなかった。しかし、タイから韓国へ入国してからは潮目がやや変わっていた。武漢から入国した韓国人の感染者が次々と判明される一方で、政府は現地に輸送機を送り込んだ。「おそらくもうすぐ落ち着くだろう」と見て、筆者は同時期に仁川空港から日本へ発った。これが2年も続くとは夢にも思わなかった。

 

その間、世界は「コロナ前」には戻れずにいる。何年か先と考えられていた技術的かつ文化的な変化は早く訪れた。そこから見えてきた教訓も少なくない。特に国ごとに異なっているコロナ対策は、その国々の特徴を表していると同時に、これからの方向性も示してくれる。こういった状況を踏まえ、本稿ではオミクロン株の流行を受け、「ゼロ・コロナ政策はもはや有効ではない」ということを述べたい。

 

この2年間、全人類は世界各地で多岐にわたるコロナ対策を目の当たりにしてきた。ロックダウンという移動制限・隔離を中心とした国々もあれば、強制措置よりも市民の自発性に頼った国もある。制限を最小限にしつつもIT技術・個人情報を積極的に活用した国もあった。そうした中で、社会科学においてはコロナ対策をめぐり「民主主義VS権威主義」という図式が議論の対象になった。要するに、「感染症拡大を抑え込めるのは権威主義体制の方」という議論だ。実際に少なからぬ欧米諸国では移動制限という一種の人権侵害が相次ぎ、マスクやワクチンが過度に政治化している。一部では強制接種やマスク義務化のような措置さえ取られている。民主主義の後退ともとられる事象である。

 

「武漢封鎖」で世界に衝撃を与えた中国がそれ以降、地域的封鎖と大量検査のいわゆる「中国モデル(中国以外では不可能に近いためモデルにはなり得ていないが)」で「普通の生活」に戻ったことも大きい。米中関係の悪化の中であらわになった米国内のコロナ対応の問題点も影響した。米製薬会社(ファイザー社、モデルナ社)が新たな手法でワクチンを開発したとはいえ、国内的には依然として接種率が伸び悩んでいる(2回目が60%台、1月末現在)。米政府の途上国支援もなかなか進んでいない。感染者や死者の数からみると、明らかに欧米諸国は「敗者」に近いだろう。

 

しかし、こういった状況はオミクロン株の拡散により変わりつつある。これまでの「内向きの閉鎖的な政策」がもはや意味をなさなくなっているのだ。それは、オミクロン株の感染力が類例ないほど高いことと重症化率が低いことに起因している。そのため、オミクロン株の感染拡大を先んじて経験している欧米諸国では生活基盤を支える「エッセンシャルワーカー」に対し最小限の隔離を求め始めている。厳しい水際政策が批判されている日本ですら隔離機関が「7日間」に短縮された(ちなみに、日本ではなぜか感染拡大期なのに今でも入国者に対する施設隔離が続いている。これも日本特有の方向転換の遅さの一面だろう)。コロナを封じ込めることを既に諦めていた韓国でも2月以降、同様に短縮される予定だ。もはや「ゼロ・コロナではオミクロン株に太刀打ちできない」という世界的なコンセンサスが形成されつつある。

 

全般的に入院患者が増えたとはいえ以前のピーク時のレベルではないという事実も、慎重な中での方針転換の理由とされる。イギリス政府がその先頭に立っており、ワクチン2回接種者に対しては入国時検査を求めないことを始め、感染者・濃厚接触者に対する隔離措置も緩めていく方針だ。新しい変異の可能性も懸念されてはいるが、恐らく方向性としては大方の国がこのようにせざるを得ないだろう。

 

こうした中で、再び注目されるのが春節(旧正月)と冬季五輪を迎えた中国の対応だ。米有名調査会社、ユーラシア・グループ(Eurasia Group)は1月、「2022年の世界10大リスク(Top Risks 2022)」というタイトルのレポートを発表した。同レポートには興味深い内容が含まれている。中国の「ゼロ・コロナ政策」が持続可能でない点(「No Zero Corona」)が強調されているのだ。これがグローバル経済に対して最も大きなリスクとして挙げられている。

 

同社は多くの国でファイザーやモデルナの「mRNAワクチン」が普及しており、それがオミクロン株の危険性を引き下げていると指摘する。一方で、中国では同種のワクチンが使用されておらずゼロ・コロナ政策が続いてきたため、免疫力が低い可能性が高い(ただし、この点に関してはまだ科学的根拠は不十分のようにも考えられる)。

 

ところが、オミクロン株は、これまでの政策では封じ込めることがほぼ不可能に見える。その結果、同社は中国政府が政策転換を強いられるだろうと見込む。要するに、これまで信じられないほど成功を収めてきた中国だが、オミクロン株が政策の抜け穴をつき、逆説的にも中国現地人の低い免疫力が裏目に出るということだ。また、今後の政治日程を勘案すると、これまでの成功体験が政治指導者の方向転換を阻む足かせになり、ロックダウンの繰り返しにつながる可能性もあるとされる。

 

こういった状況下では、中国が一翼を担っているグローバル・サプライチェーンの乱れにより生じる悪影響も懸念される。その「前触れ」は実際に中国各地で既に目撃されている。西安では武漢以来最も長い33日間も封鎖が続き、食料品流通や医療体制にも問題が起きた。サムスン電子や米マイクロンの半導体工場も操業中止に追い込まれた。天津でも同様の措置でトヨタ工場が打撃を受けている。北京冬季五輪の開催地である北京市豊台区では感染者が次々と確認されている。オミクロン株を完全に抑え込んでいないにもかかわらず、春節(旧正月)を機に中国内では移動が活発になっている。一部の地方政府からは再び移動自粛が再び求められている状況だ。感染力がより高い「ステルス・オミクロン(PCR検査で他の変異と区別が困難な特徴を持つとされる)」も確認されており、ゼロ・コロナ政策は正念場を迎えている。

 

コロナ禍以降、様々な「政策モデル」の可能性が試されてきたが、次々と失敗(敗北)してきている。韓国しかり、日本しかり、オーストラリアしかり(ただしこの国々が他国に比べ死者が少ないのは事実である)で、次は中国がそれを経験する可能性が高まっている。結局は「どの形でコロナと共存するか」が課題であり、コロナそのものを封じ込めることは極めて困難になっている。これは人間が依然として自然を前にしては謙虚にならざるを得ないという、「当然の教訓」なのかもしれない。

 

 

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<尹在彦(ユン・ジェオン)YUN Jae-un>

一橋大学法学研究科特任講師。2020年度渥美国際交流財団奨学生。2021年、同大学院博士後期課程修了(法学博士)。延世大学卒業後、新聞記者(韓国、毎日経済新聞社)を経て2015年以後、一橋大学院へ正規留学。専門は東アジアの政治外交及びメディア・ジャーナリズム。現在、韓国のファクトチェック専門メディア、NEWSTOFの客員ファクトチェッカーとして定期的に解説記事(主に日本について)を投稿中。

 

 

2022年2月10日配信