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エッセイ694:李貞善「記憶の地、国連墓地が遺すもの」

こんにちは、先生。
私は韓国放送公社(KBS)プロデューサーのMと申します。当放送局では国連記念公園建設70周年を迎え、国連記念公園の意味に光を当てて、朝鮮戦争に参戦した国連軍兵士を振り返る特集ドキュメンタリーを制作しています。最近、国連記念公園が世界遺産に登録される可能性についての先生の論文を拝見してご連絡いたしました。(中略)
可能であれば、国連記念公園の変遷と意味、評価についてインタビューをお願いできますでしょうか?国連記念公園のY局長のお話では、先生は論文の最終作業中とのこと。お忙しいところ誠に恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

2021年夏、博士論文の執筆と将来の計画で頭がいっぱいになっていたある日、私に一通のEメールが届いた。得体の知れない力に引かれ、私はすんなりとメールの依頼を承諾した。これを以て、約4カ月にわたる短いながら運命的な道のりが始まった。私が学術顧問(監修)として参加したKBS釜山の特集ドキュメンタリー「記憶の地、国連墓地」との出会いだった。

 

後で分かったことだが、このドキュメンタリーは別のタイトルを持っていた。最初のタイトルは「忘れられた戦争、その後」。一見平凡に聞こえるこのドキュメンタリーの方向性を転じさせ、番組を貫く基本概念として「記憶」を提示したのは、私のささやかな貢献の一つである。執筆中の博論のタイトルが「記憶の場としての国連記念公園:戦争墓地の文化遺産化」であることを勘案すれば、タイトル間の密接な関連性がうかがえる。

 

学術顧問に委嘱された私は、8月から9月にかけてZOOMを用いて本格的なアドバイスを行った。担当のプロデューサーが国連記念公園に関する拙論を読んだ後、質問や気になる点をまとめて事前に送ってくる。ZOOMミーティングを通してそれに答えるとともに、必要に応じて補足資料となる歴史文書や写真を提供した。私が提供した1950年代の映像をKBSが原作者に問い合わせて使用許諾を得ただけでなく、著作権を購入したこともあった。

 

ドキュメンタリーは、朝鮮戦争が勃発して以来71年が経った今日も行われている戦没者遺骸の発掘と、韓国政府国防部遺骸鑑識団による個人識別の話から始まる。主人公の国連墓地に眠っている奉安者(国連軍兵士)のみならず、その奉安者を取り巻く多様な人物が登場して物語を紡いでいく。

 

戦争のさなかであった1951年、戦場に残された戦友(戦没者)たちの遺体を収集して国連墓地に埋葬した元国連軍兵士(James Grundy氏、90歳)、国際追悼式「ターン・トゥワード・プサン(釜山の方を向け)」の提案者であるカナダの元国連軍兵士(Vincent Courtenay氏、87歳)、英国の元国連軍兵士(Brian Hough氏、88歳)、20歳の若さで戦没したこの公園の奉安者(Michael Hockridge氏)、彼の生前の友達、朝鮮戦争での武功でヴィクトリア十字章(Victoria Cross、英国および英連邦の軍人に授与される最高の戦功章)を授与されたWilliam Speakman氏の遺族、等々。同時に、未だ名前を取り戻すことのできなかった無名勇士や数多い行方不明者など、戦争という巨大な暴力の装置に巻き込まれた名しらずの存在にも光を当てる。

 

ZOOMを通してアドバイスをしていた時、プロデューサーが私に「物語が(それを伝える)人を訪ねていくでしょう」と語ったことがあった。

 

この言葉が意味するのは、結局「必ず巡り合うものなら、この世の中で会える運命」ということなのだろう。博士課程を始める時に、博論テーマの探索でずいぶん頭を抱え込んでいた時期がふと頭をよぎった。「記憶の地、国連墓地」に宿っている数々の物語が、それを伝える語り部として自分を訪ねてきた今の状況と絶妙に重なるように思われた。その意味で、名前を取り戻して国連記念公園に眠っている奉安者たちや、まだ名前を取り戻すことのできなかった人たち、このドキュメンタリーのプロデューサー、そして渥美国際交流財団の奨学生たちは、もしかすると私がこの人生で会う運命であったかもしれない。

 

国連墓地が伝える話は、決して今・こことかけ離れた過去の戦争に限定されない。むしろ私たちは記憶の地であり、忘却の地でもある国連墓地という死者の居場所をめぐって、生と死、戦争と平和といった二項対立的な諸境界を行き来しつつ行われてきた戦没者及び存命の元兵士の身体と向き合う。これを以て、過去のイデオロギー対立がもたらした死の居所・戦争の痕跡は、21世紀地球社会を生きる私たちが目指すべき姿を提示してくれる。このような省察こそがドキュメンタリー「記憶の地、国連墓地」が生きた遺産として戦後世代に遺すレガシーなのではないか。

 

「記憶の地、国連墓地」(写真集)

 

YouTubeのリンク「記憶の地、国連墓地」(予告編)

 

英語版はこちら

 

 

<李貞善(イ・ジョンソン)LEE Chung-sun>

東京大学大学院人文社会系研究科博士課程に在学中。2021年度渥美奨学生。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2017年国際建築家連合等、様々な論文コンクールで受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、UNESCO関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスターを取得。

 

 

2022年1月27日配信