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エッセイ687:カバ・メレキ「日本語教育学部3年生と『羅生門』の下人の行方」

私は今、トルコ西部に位置するチャナッカ市のチャナッカレ大学の日本語教育学部で教えています。この街にまつわる伝説は「トロイの木馬」です。

 

ここの学生は1年目に日本語予備クラスから始め、4年間の学部教育を経て、受かれば日本語教育の分野で修士課程に入学できます。私が担当している授業は学部3年生の「日本文学」です。

 

3年生の「日本文学」は、日本語教師として卒業が見込まれる学生にとっては「どうでもいい」授業だったようです。トルコでは日本文学の専門家は5本の指で数えたら、ちょうどの数になります。6人目は誰になるか待ち遠しいと言える状態がいつまで続くか分かりません。そのような環境ですから、3年生の「日本文学」は作家と作品の羅列で行われてきたようです。

 

チャナッカレ大学に転任して授業開始の週に3年生と初めて顔を合わせた日は忘れがたい思い出になりました。一昨年の秋でした。静かな教室、「はい、こんにちは!日本文学担当です」大きく目を開けた21歳前後の33人。「教育実習が忙しいから先生の話なんかどうでもいい」とは言わないが、言わなくてもそう言いたい顔です。しかし、こちらも負けるつもりはありません。

 

最初の授業から完全に日本語を使用。学生は驚く。後から聞いた話では「いつまで日本語で話すのかな」と、授業が終わったら「メレキ先生」のうわさ話をたっぷりしたようです。実際、1年目の日本語予備クラスが終わってからは日本語を使うことは少なくなり、3年生になると日本語教師になるための教育関係の授業が多く、日本語は勉強しなくなってきて、そのうち、日本語は一部の理論的な授業でしか使わない「死んだ言語」として認識されるようになっていたようです。それはクラスの雰囲気でも分かりました。

 

しかしながら、21歳の33人が「面白いこともなき世を面白く」生きるために日本文学は丁度良かったです。

 

一般的な日本文学の授業は一切行いませんでした。作家論だとか、自然主義の代表作家とか、平安朝の女流作家の名前を並べることもなかったです。芭蕉がいつ生まれたかも覚えさせませんでした。

 

『吾輩は猫である』は漫画バージョンを配り、「くしゃみ先生」の真似をしました。日本語で聞いた授業内容に笑う学生。それこそが「日本文学」という授業のゴールでした。漱石の話は主人公の「猫」で盛り上がりました。「猫の視線で教室を見て、それを日本語で表現しなさい」と言うと、学生は少し動きました。「猫になって見る日本文学の授業」のことを夜宿舎で話し合ったり、おかしくて笑ったりしたようです。

 

その後、『蜘蛛の糸』を読むときは女子大生のアイチャさんに「自分がカンダタだったら」の文の続きを考えてくださいと指示すると、「もしかしたら、自分も他の人を蹴って地獄の底に落として、自分だけ助かりたいと思ったかも」と発言します。芥川ファンが増えました。『鼻』を読む時は、「仲間の欠点に喜ぶ、見下すことで喜びを得た経験がありますか」と議論を始めたら、いつの間にか盛り上がります。騒動まで行かないですが、緊張感たっぷりの議論が続きます。

 

『羅生門』の下に来てびしょ濡れになった「下人」は善と悪の行動のどちらに走るかはかなり迷います。死体の髪の毛を抜くという場面設定。グロテスクで生臭い人間の内面を話し合いました。あなたは飢え死にするか、死体の髪の毛を抜いて鬘(かつら)を作るために売るか。このような質問をしたら、人間の気持ちと心の底の話が、「日本語でできるんだ」という実感が湧いてきました。登場人物の「下人」の心の闇が21歳の中東の若者にとって、なぜか身近な気持ちを抱かせたのかもしれません。海外とか、遠いどこかを夢見ていることもよく授業中に学生から持ち出される話題です。トルコの若者たちにとって、「下人」と彼がずっと気にするニキビのニュアンスも面白かったです。「ニキビ」は生物学的なものではなかった、テキスト分析をする時に、「主人公の体の動きも意味を持つ」と教えたら、「人生のこれからに対して抱く不安を芥川は「下人」のニキビを媒介に描いている」という結論に至りました。

 

驚くことに学生はそのうち「大宰派」と「芥川派」に分かれてしまいました。内気で恥ずかしがり屋グループは「太宰」でした。『人間失格』はトルコ語訳と日本語漫画バージョンを共に読む課題を出しました。「芥川」は比較的に話好きな学生のアイドルでした。現在、その時の3年生と芥川龍之介の短編集をトルコ語に訳しています。

 

3年生の「日本文学」の授業は人間の心の底に、日本語で話せるようになった科目でした。羅生門から出た下人の行方は分かりませんが、3年生は日本文学を通して日本語で人間を眺めることは少しできるようになったかもしれません。

 

 

英語版はこちら

 

 

<カバ・メレキ KABA Melek>
2009年度渥美奨学生。トルコ共和国チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学日本語教育学部助教授。2011年11月筑波大学人文社会研究科文芸言語専攻の博士号(文学)取得。白百合女子大学、獨協大学、文京学院大学、早稲田大学非常勤講師、トルコ大使館文化部/ユヌス・エムレ・インスティトゥート講師、トルコ共和国ネヴシェル・ハジュ・ベクタシュ・ヴェリ大学東洋言語東洋文学部助教授を経て2018年10月より現職。

 

 

2021年11月18日配信