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エッセイ670:趙沼振「『全共闘』を研究するという意味」

 

韓国で学部の時から現在まで一筋に「日本学」を専門として勉強してきた。中学2年生の時に初めてJ-POPを聞いたのがきっかけで、日本の文化に興味を持つようになった。音楽のメロディーから聞こえてくる日本語の歌詞はよく分からなかったけれど、韓国とは違う特有の雰囲気が良かったのかもしれない。そこから映画やドラマなども見るようになり、独学で日本語の勉強を始めた。そして高校生になり、趣味で終わらせたくなかったから、数多い外国語のなかで日本語の授業を選択した。おそらくあの時から、心のなかで決めていたのかもしれない。大学に行くなら専門は必ず「日本学」だと。私はJ-POPを聞く趣味を持つ中学生から、日本学専攻を選んだ大学生に成長した。

 

学部生活の間に東京へ交換留学したおかげで、頭のなかで想像していた「日本」の実際の姿に出会うことができた。ひたすら面白い日々を過ごしていた留学生活のなかで、韓国に戻って就職するより、大学院に進学してもっと「日本」を研究したいと思った。そこで、私の研究テーマである日本の学生運動史・社会運動史、「全共闘」に出会ってしまったのだ。

 

初めて全共闘という言葉を知ったのは、韓国で大学院のゼミを受けていた時だった。そもそもゼミのテーマが「1960年代の日本」で、私には見慣れない日本の歴史像であった。学部の時には、日本の近世・近現代史という科目があり、本格的に日本史を勉強した記憶はあった。だが、1960年代の「歴史」はなかなか扱われていなかった。1950年代までが「戦後日本史」という枠組みがはっきりと決まっていた。日本の1960年代は、「政治の季節」という表現で描かれながら、さまざまな事件の連続という印象が強かった。そのため、堅苦しく論述される「歴史」というよりは、熱く報道され続ける「過去」のニュースのようにみえる時期として感じてしまったのである。当時を生きていた学生たちは、大学の問題から発して社会と国家のことについてまで深く考え悩んでいた。そして、彼らの意見を表すために、闘争のかたちで異議を申し立てた。こういったところが非常に面白かった。1960年代後半に相次いで発生した各大学の全共闘運動に最も興味を惹かれたのである。

 

そのなかでも日大全共闘が最も面白いという印象を受けた。当時の日大全共闘は、左翼文化の系統を立ててきた東大全共闘とは異なっていた。集会が禁じられ、一般的な学生活動すらできなかった日大生は政治的にもナイーブであり、運動の戦略や戦術も分からない状態だったという。にもかかわらず、日大理事会の約20億円の使途不明金問題が引き金となり、セクト的対応から離れた日大全共闘ならではの運動スタイルが築かれたわけである。一連の日大闘争は予測不可能なマス(Mass)的存在が登場することによって、まさに想像がつかない「1968年」の同時代性を持つ「スチューデント・パワー」誕生の瞬間であった。そして、日大闘争は次第に大規模なスケールになり、「日大全共闘のバリケードは世界最強」だという評価を受けるようになった。彼らの姿から、今を生きている私にもその生々しい情熱がはっきり伝わったのだ。「これは面白い」。当時の日大全共闘の情熱に匹敵するものは、現在の日本においてはこれっぽっちもないだけに面白いと思った。

 

60年安保を皮切りに本格的に学生運動が活性化し、全共闘運動により「若者」または「学生」が民主主義を唱える自発的な役割に区切りをつけたといえる。その後、若者から大人に、学生から社会人になった彼らによって闘争体験の記憶を共有する世代層が固くつくられた。そのため、「1968年」という時代に対する記憶が一種のノスタルジーとして回顧され続けてきたともいえる。しかし、今日の若者は当時の記憶に対して常套的なイメージを描いているだけで、共感を覚えることはなかなかできない。そこからジェネレーション・ギャップが生じてしまったと考えられるのではないだろうか。さらに、メディアを通じて「団塊の世代」または「全共闘世代」とレッテルを貼られたことにより、世代間のコミュニケーションが断絶されたのかもしれない。

 

そのため、今の若者に「1968年」の時代背景と価値観をインプットすることより、同じ「若者」として同時代性を感じさせることが重要だと思う。今の若者は当時のことを振り返ってみて「記憶」することはできないけれど、想像して「理解」することはできるはずだ。そして「学ぶ」「若い」「学生」という枠組みから共感を覚え、徐々にパラダイムを転換させていく練習を積んでいく必要があると私は思っている。

 

 

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<趙沼振(チョ・ソジン)CHO Sojin>
2020年度渥美国際交流財団奨学生。韓国出身。東京外国語大学大学院総合国際学研究科国際社会専攻。淑明女子大学日本学科学士、修士。東京外国語大学大学院博士前期課程修了。研究テーマは「日大全共闘」「日本の学生運動史・社会運動史」。

 

 

2021年5月20日配信