SGRAかわらばん

エッセイ655:謝志海「GoToトラベルよりもGoToスクール」

少し前のことだが、大学1年生のお子さんを持つ母親が書いたと思われるブログに遭遇した。全く知らない方のある日のつぶやきだが、私の心に重くのしかかり色々と考えることになってしまった。その大学生の娘さんはこの春に入学して、まだ一度もキャンパスの門をくぐったことがないという。そしてそのまま後期が始まり、大学に行かないことが当たり前のように過ごす娘。そんな中、家に届いたのは来年度の学費の振込票だった。お母さんは「GoToトラベルもいいけど、GoToスクールもなんとかしてほしいものだ」と締めくくっていた。

 

きっとこれが学校に通えないお子さんを持つ親のリアルな叫びなのだろう。私はなんとも言えない苦い気持ちになった。以前「かわらばん」で、「大学はなにがあっても学生に学びの機会を提供できる場でなければいけない」と書いたが、去年の今頃と今を比べて、学生の勉強時間は減っていないかと心配になる。全国の大学教員は、講義を前もって録画してシステムにアップロードするなど、むしろ去年より授業の準備に手間がかかっている方も多いだろう。しかし保護者をはじめとする、学費を払う者と、学ぶ学生にそれが伝わらなければ意味がない。オンライン授業の早期普及は助かるが、それでも限界がある。早稲田大学の田中愛治総長が2020年10月13日の「週刊エコノミスト」で「社会が求めている人材はたくましい知性としなやかな感性を兼ね備えた人物だ。たくましい知性はオンラインで7割ぐらい身につけることができるが、しなやかな感性はオンラインでは無理だ」と語っていた。

 

登校できないこと、勉強時間の損失は大学生に限ったことではない。義務教育の学生、高校生、そして世界中全ての学生にとって、今年の学習環境と勉強時間は憂慮される。英エコノミスト誌(2020年7月18日)でも、新型コロナウイルスによって子どもたちが学校に通えないことは、世界中の生徒に大きなダメージを生むことを憂いていた。例えば、(家庭で)虐待を被る可能性があること、栄養不良、心の健康の低下などに陥りやすいと警笛を鳴らしている。また学習機会の損失が未来の経済にどのように影響するかも指摘しており、同記事では「世界銀行によると(コロナウイルスの影響で)学校が5ヶ月間閉鎖した場合、生徒たちの生涯収入は現在の額で10兆ドルの減少になるだろう」と予測している。

 

この世界銀行の試算を聞いて真っ先に思い出されるのが、冒頭のお母さんのブログの最後「GoToトラベルよりもGoToスクール」だ。目先の経済をまかなうより、将来を見越して持続可能な経済政策を打ち立てなければならない。特に日本は少子化が止まらないというのに。今いる子どもたちの将来の年収が減ったら、誰でも容易にいくつもの心配事が浮かぶだろう。今年の春先、「GoToトラベル」なんて存在していなかった。それがいまでは、日本国民でこの言葉を知らない人は皆無に等しい。ならば同じぐらいのスピードで全ての学生の学びの機会が追いつく施策も作れるはずだ。

 

もちろん、文部科学省が大学生の支援策として学生支援緊急給付金を交付したり、大学が個別に支援金を配布したりしている。例えば東京大学と早稲田大学は、経済的に困窮した学生に対し、前者は1人5万円、後者は10万円を支給し学生の退学を防ごうとしている。経済的な理由で大学を離れるのを防ぐのは大事だが、登校する機会が減り、オンライン授業ばかりになっても、学生たちが退屈することのない授業やプログラムを提供し、このコロナ禍でも自身の大学を選んでよかったと思えれば、「退学」の2文字はよぎらないはずだ。これもまた経済の話になるが、大学卒と高校卒の年収は100万円ぐらい違うという調査もある。そういうことを考慮し、大学生が金銭を理由に退学して大学を去ったとしても、休学システムを寛容化させる、もしくは復学のチャンスを与えてあげる対策も必要であろう。

 

GoToトラベルと同じぐらいのスピードと熱量で学生の学びを停滞させない政策を作るべきだ。厳しい冬の到来は目の前だが、この冬コロナが増えようが減ろうが、来年度は2019年に戻るか追い越すぐらい、学校に通う全ての子どもたちに学びのチャンスが到来することを願うばかりだ。これからも身を引き締めて、教育現場の活性化に努めたい。

 

<謝志海(しゃ・しかい)XIE_Zhihai>
共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2020年12月17日配信