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エッセイ633:林泉忠「日冷中熱??ポストコロナ時代における日中関係の新たな特徴」

 

(原文「感染症の流行による日中「疑似蜜月期」の早期の終焉」は『明報』(2020年5月11日付)に掲載。平井新訳)

 

世界を震撼させた2020年の新型コロナウイルスが世界システムをかく乱し、「ポストコロナ時代」の国際秩序は再建の課題に直面している。このプロセスのなかで最も注目を集めた点は、世界の各ブロックないし各国がいかに中国との関係を調整するかである。本稿ではまず、「ポストコロナ時代」の日中関係に焦点をあてる。

 

周知の通り、トランプが2017年に大統領に就任してから、アメリカは全面的な「中国封じ込め」の国家戦略を策定した。アメリカは貿易戦争や科学技術競争などを通じて、中国に一歩一歩詰めよっていき、米中関係は日増しに悪化していった。しかし、日中関係は奇しくも「全面的な関係回復」という逆向きの段階を進んだのである。ただし、通常考えられなかった日中の2年間にわたるこの「疑似蜜月期」も、感染症の流行によってもたらされた構造的な衝撃によって、早期の終焉が言い渡されたと言えよう。

 

○「蜜月期」から「疑似蜜月期」まで

 

1972年の日中国交正常化から半世紀近くにわたる日中関係を振り返ってみれば、「蜜月期」と呼べるのは、わずかに1980年代だけであることがわかる。1990年代に入り日中関係は「歴史問題」などの要因によって長年「時好時壊(良かったり悪かったり)」の段階にあった。2010年代には、特に2012年に日本が「尖閣諸島」(中国名:釣魚島)の「国有化」の措置を実施したことによって、日中関係は奈落の底へと転落し、一時期はすわ戦争かという一触即発の事態にまで及んだことすらあった。

 

そして、2014年11月、日中関係はようやく「雪解け」の契機を迎えた。両国は「4点の原則的共通認識」に達し、部分的な交流を再開させた。しかし、中国は遅々として両国首脳の相互訪問メカニズムを起動させようとはしなかった。2018年に至り、日本は中国に一歩譲って、中国の「一帯一路」に対する態度を軟化させる方向で調整した。その後、中国側も日中関係をようやく「正常軌道へと戻す」方針をとったのだった。

 

日中両国が全面的な関係回復に踏み出したことは、同年5月の李克強首相の訪日によって示されている。その後、安倍首相もまた10月に正式に訪中することができたのである。しかし、安倍首相側は、習近平国家主席の国賓待遇での正式な訪日が実現したのち、両国の指導者の相互訪問をもってようやく日中関係の「全面回復」と言うことができるという認識だった。そして中国側も、もともと予定されていた習近平国家主席の4月の訪日をより重要視しており、日中首脳会談で「日中新時代」の到来を共同で宣言できることを期待していた。同時に、中国側は、来るべき日中首脳会談の際に、日中双方が両国関係の新時代を象徴する「第五の政治文書」が発表できるよう強く促すことも希望していた。こうして、中国側が主導するこの「疑似蜜月期」の日中関係は、より最高潮に達したのである。

 

 

○「日中友好」における潜在的な脆弱性

 

両国関係の改善は双方の諸々の利害要素と戦略思考に関わっているが、日中関係がこの2年にわたって「疑似蜜月期」の状況を呈することができたのは、主に中国政府の一方的な新戦略によるものだった。実際、日本側は釣魚島の「国有化」措置をいまだに取り消したりしていないし、また釣魚島付近の「南西諸島」における自衛隊駐屯地の設置を含む日本の防衛力強化の動きを止めたりしていない。

 

日本側がいまだに重要な課題において譲歩していない状況のなか、中国側は依然として主体的に日本との関係修復を望んでいる。この背景には、まさに「中米新冷戦」の衝撃があり、それ以外の目的はないだろう。つまり、日米が連携して中国を封じ込めることを「分断」し、アメリカ政府の「中国抑制」能力を削るためということである。

 

要するに、1980年代以降の日中関係で稀にみる「疑似蜜月期」と呼べるこの2年間において、中国政府は「積極的対応」、日本政府は「成り行き任せ」という双方の基本姿勢が形成されたのである。しかし、この「擬似蜜月」が「一方向的」であったというその特徴からも明らかなように、この時期の「日中友好」は潜在的な脆弱性をはらんでいたと言える。こうした脆弱性は、両国関係に関する世論調査にも的確に反映されている。

 

日本の言論NPOと中国国際出版集団は2005年から日中関係に関する世論調査を共同で実施している。感染症流行前の昨年10月における世論調査の結果では、45.9%の中国人が日本に対して良い印象を持っていると示している。これは2005年の本調査開始以降、中国人の日本への好印象において最高の記録を更新した数字であった。しかし、日本人の中国に対する印象は、日中関係が「正常軌道」へと戻ったことで明らかに改善したとは言い難く、依然として中国に対して「良くない印象」を持つ人の割合は84.7%という高水準にあった。

 

実際、安倍政権は習近平国家主席の国賓待遇での正式な訪日を積極的に促しているものの、かたや日本国内では中国の最高指導者の訪日を歓迎する雰囲気は盛り上がっていない。

 

重要なのは、今年起こったこの予想外の新型コロナウイルスの大流行が、中国の対日戦略のあり方を徹底的に混乱させたと同時に、日本側がどうにか維持してきたものの元々脆弱だった「日中友好」の基盤をも動揺させたことである。

 

 

○感染症流行による「日中友好」の基盤の動揺

 

まず、安倍首相が同盟国アメリカの進める厳格かつ迅速な「制中戦略」の推進という圧力を前にして北京と共に「日中友好」を提唱したのは、自身の(訳者注:「戦後レジームからの脱却」というような)歴史的評価に関わるもの以外に、やはり一番大きな理由は日中間の経済的な緊密関係に基づいていただろう。

 

しかし、中国から始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、安倍政権に中国との経済関係を再考させることになった。4月7日、安倍政権は「緊急事態宣言」を発令し、同時に速やかに「緊急経済対策」の予算を通過させ、感染症流行の影響で危機に瀕しているサプライチェーンの再構築を呼びかけた。そのなかの一項目として、2,400億円もの予算が計上されていたのが、日本企業の生産ラインを中国などから日本国内に戻す、あるいはその生産拠点を東南アジアにまで多元化することを促すためのものであった。安倍政権におけるこうした動向は、明らかに「リスク分散」の考えに基づいたものである。

 

このほか、感染症流行後の中国経済に対する展望に関し、日本の世論のほとんどは比較的悲観的な見方を有しており、「V字回復」は起こらないと考えている。この点、中国世論の楽観的な態度とははっきりと異なっていると言えるだろう。経団連加盟の企業を含む日本の経済界は、慎重な立場を採っているようだが、こうした世論の雰囲気は、経済界が引き続き中国と緊密な貿易関係を維持するという従来の考え方には明らかな逆風となっている。

 

次に、中国の感染症への対応について、特に初期の「感染症流行の隠蔽」の疑いや、当局の「不作為」、そして李文亮医師らへの処分などは、日本社会の中国に対する見方をすでに悪化させていた。3月以降、中国がたびたび対外的に「大外宣(大プロパガンダ)」のメディア攻勢を発動したことは、日本メディアからは中国国内の感染症拡大における初動の失態の挽回を試みるものと解釈され、日本社会の中国に対する反感をいっそう増大させた。

 

さらに、3月以降に新型コロナウイルスが欧米などの西洋国家に広がると、パンデミックの衝撃はアメリカを直撃した。その後、ワシントンは、中国の「感染症の隠蔽」に対する責任追及や、中国への賠償要求などの「中国バッシング」の新政策を打ち出そうとしている。こうした中で「ポストコロナ時代」の米中関係がいっそう険悪なものになるのは想像に難くない。アメリカで「反中」の歩みが加速する情勢下で、日本の「親中」政策に対しワシントンがさらに圧力をかけてくるのは必定であり、ワシントンから日本に向けた銃の引き金に指がかけられたも同然だろう。

 

 

○「日冷中熱」??ポストコロナ時代の日中関係

 

このような感染症による世界情勢の新たな変化を受けてか、安倍首相もまた中国側と歩調を合わせた形で日中関係の友好局面を維持することが難しいことを悟ったようである。安倍首相は、自身本来のイデオロギー的立場を慎重に抑制するのをやめて、もともとすでに脆弱であった日中関係を維持しようとはしなくなった。中国に対する反感が拡大したのと対照的なのは、日本社会における台湾の防疫に対する高い評価である。1960年代以降、最も親台的であると言える安倍首相も、もはや北京に対する不満を隠そうとはせず、台湾がオブザーバーとして今年のWHO総会に参加することへの支持を機に乗じ高らかに表明した。

 

一方、北京も安倍首相の日中関係改善へ向けた決心がすでに揺らぎ始めていることを見透かしたようで、憚ることなく日本を牽制する強硬措置に出ている。5月8日、中国海警局の船4隻が尖閣諸島付近の海域に侵入し、操業していた日本の漁船2艘を追尾したため、これに対し日本側は中国に抗議している。日本政府は、5月24日までに尖閣諸島の周辺に41日連続で中国の公船が出現したと発表している。

 

以上をまとめれば、もともとすでに脆弱だった日中の「疑似蜜月期」は、新型コロナウイルスの感染拡大によって早期に終焉するだろうということである。この判断にもとづき、筆者は、たとえコロナ後の秋になっても、日本側には習近平国家主席がゆったりと訪日できるような友好的な環境はもはや存在しないだろうと考えている。

 

しかし、米中関係がさらに厳しい状況となれば、中国は「日本を抱き込む」ことで、「アメリカを牽制する」という戦略を維持し、短期的にはこの戦略を放棄しないだろう。したがって、たとえ日本社会の中国に対する「親近感」が新型コロナによって下落したとしても、中国はすでに定まっている「正常軌道に戻」っている対日政策を短期的に全面撤回することはない。したがって、「日冷中熱」を特徴とする「ポストコロナ時代」の日中関係は、比較的長い期間にわたって持続するだろう。

 

<林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim>
国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、中国武漢大学日本研究センター長を歴任。

 

 

2020年5月28日配信