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エッセイ627:謝志海「新型コロナウイルスの流行で気づく大学授業のあり方」

世界中のほとんどの人が、2020年がこの様な年になるとは想像していなかっただろう。中国から広まった新型コロナウイルスはまたたく間に世界中に広まり、人々は、右肩上がりの自国と世界の感染推移から目が離せない上に、日々の生活になにかと制限がかかる。早くも「コロナ疲れ」なんて言葉も出てきている。誰もが皆、何かしらの予防と対策をしながら1日でも早い収束の兆しを待ちわびている。今日はアカデミック(大学)におけるコロナ対策について書いてみたいと思う。何故なら国によって、その対応が大きく違うと感じるからだ。

 

コロナウイルスの蔓延は収束への一途が見えないまま3月に突入し、感染者の多い国にある大学から徐々に休校を決断した。アメリカやイギリスの大学はちょうど3月半ばから月末にかけての春休みを前倒しにするかたちで休みに入った。そして春休み明けから学年末まではオンラインでの授業。6月の卒業式までもバーチャル(オンライン)卒業式とすると決定した大学もある。中国は春節の連休後から現在に至るまで授業はもうずっとオンラインで行っている。韓国も同様である。これらの国があっさりとオンラインでの授業に切り替えることができたのは、すでにそのインフラが整っていたこと、普段から活用していることの表れであろう。

 

では日本はどうだろう。オンライン授業にするかしないかというよりは、4月からの新学期の開始日をいつまで遅らせるかの議論に重きを置いている大学が多いように思う。そんななか、東京大学はオンライン授業で新学期をスタートすると決めた。その他の多くの私立大学も新入生オリエンテーションはオンラインで行うとする他、できることからオンライン体制を整えつつ、今後の状況を探るというスタイルも見えはじめた。留学生や遠方から来る学生を多く抱える立命館アジア太平洋大学(APU)や秋田県にある国際教養大学(AIU)は新学期からオンラインでの授業を宣言している。大学側としては、学生の健康を守ることが第一であり、同時にキャンパスを衛生的に守ることも大事だ。そのほかにも交換留学生の受け入れ送り出しなど、適宜対応せねばならないことは山積みである。

 

一つ考慮すべきは、大学側はなにがあっても学生に学びの機会を提供できる場でなければいけないということ。例えば、今回のことは新学期を遅らせる分だけ、後に補講したり、授業は夏休みまで少し後ろ倒しにしたりします、というよりはブランクを空けることのないようにすることも大事だと思う。すぐにオンライン授業に切り替えるべきとは言わないまでも、講義の代わりに学生に課題を与え、レポートをメールで提出してもらうなど、スマートフォンとインターネット環境があれば、学生と大学が、そして学びが途切れることなく繋がれると思うのだ。この時期、家から出られず、大学はいつ始まるかわからないようでは精神的孤立、孤独を招く可能性だってある。このエッセイを書くにあたり、欧米の大学のウェブサイトを見て回ったが、オンライン授業の案内のページには、自宅待機で孤独を感じた場合のホットラインの案内や、学生同士がオンライン上で助け合ってクラスを乗り切るコミュニティの情報も一緒に掲載されていた。単に授業をオンラインでするだけでなく、アフターケアまで用意されていることに感心した。

 

政府の緊急事態宣言に伴い、私の勤める大学と非常勤をしている大学もオンラインでの授業を検討し始めた。このコロナウイルスの広がりを教訓に、いつでもどこでも学生に授業や課題を提供できる状態を備えておこうと痛感する日々である。

 

<謝志海(しゃ・しかい)Xie_Zhihai>
共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

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2020年4月9日配信