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エッセイ609:ロヴェ・シンドストラン「グレタという社会現象」

「聞いてください」少女は不器用な手つきでマイクを握って、聴衆を見渡しながら話しだした。「今からあなたがたに、自分の家が燃えているかのように、パニックに陥ってもらいます。」そうやって今年のEU経済社会評議会で集まった政治家を脅かしたのは16歳のスウェーデン人、グレタ・トゥーンベリだった。たった1年で、凄まじい勢いで注目を集め、ある種の時代精神の象徴にもなったグレタさんは、いまやオバマ前米大統領やローマ教皇と面会し、今年のノーベル平和賞にも推薦されるに至った。

 

その突然の名声は昨夏、15歳のグレタさんが「気候変動問題のための学校ストライキ」を宣言するところから始まった。スウェーデン政府に温暖化対策の強化を求めて総選挙までの2週間、国会前で座り込みを行った。大勢の歩行者が通りかかる国会前で、石で押えたダンボールにその論拠を明記した。「大人は私達の未来を台無しにしている。だから私もそうさせてもらいます!」限られた資源を無駄にする「消費の世代」としてのオトナと、地球を受け継ぐその子孫――こんな対立を想起させるレトリックが大きな反響を呼んだ。3日もたたないうちにほとんどの国内マスメディアに絶賛する形で取り上げられ、海外でも報道されると、ヨーロッパ諸国をはじめ全世界の若者へ呼びかけたグレタさんに触発されてストライキに参戦した高校生たちは3万人以上であった。そして毎日新聞によると、2019年5月に日本を含む世界125カ国2350都市で開催されたデモには高校生以外も含めて約180万人が参加したという。

 

グレタさんはEUの経済社会評議会で欧州の排出量を10年間で80%削減する必要性を訴え、更に国連の第24回気候変動枠組条約締約国会議でもなお厳しい標準を立てて、先進国の排出量を毎年15%削減するよう要求した。また、気候変動をキーワードに世界中のグローバリストが毎年集まる世界経済フォーラムにも招待されて32時間の夜行列車で向かったグレタさんは、1500機以上の個人所有のジェット機に乗ってきたエリート層の常識を問うスピーチで、気候変動対策は左右ではなく上下の対立であるというスタンスをはっきりさせた。

 

選挙が終わった後も毎週金曜日だけ学校ストライキを続けているグレタさんは、そういった具体的な目標を立てながらも原子力などの難問に関しては長らく言葉を濁している。気候変動に対処するには、「大聖堂の思考(カテドラル・シンキング)」が必要だと彼女はいう。すなわち、巨大な聖堂の建築に例えると、入念な準備が必要な尖塔の建て方まであまり把握していなくても、その基礎の建設に大胆に挑むということだ。グレタさんによる新世界秩序としての気候変動対策は確かに反抗的な患者への荒療治のようなものである。しかしそれと同時に、起工から140年経ってもなかなか完成の姿を示さないバルセロナのサグラダ=ファミリア(聖家族教会)を連想させる包括的な取り組みでもある。「最善の方法はわからないが達成に向けてやるしかない。」スウェーデン国民の多くをうろたえさせる台詞だけがヒステリックに拡散される中、この2面性はあまり注目されない。

 

先進国で次々とグレタさんの名声が上がるものの、スウェーデン国内のマスコミは今年に入ると、少しずつではあるが、彼女のそのサクセスストーリーの隅にある闇に焦点を合わせるようになった。座り込みの初日に「偶然出くわした」イングマール・レンツホグというスピンドクター(広報活動などを通じて情報操作に長けた人)が同日投稿したユーチューブ動画が、いわゆる「アストロターフィング」(人工芝運動:団体・組織が背後に隠れ、自発的な草の根運動に見せかけて行う意見主張・説得・アドボカシーの手法)の証拠として注目され、その動画は間もなく撤回された。
その後、レンツホグ氏の運営する広告代理店がグレタさんの家族の知らないところでグレタ現象を「流行らせた」と自慢し、1億円の投資を呼び込んだことが朝刊紙にスクープされた。更に座り込みが始まった数日後にグレタさんの両親が発売した、娘の温暖化に燃やした情熱をアスペルガー症候群の診断と結び付けるプライバシー侵害の本がベストセラーになった不審なタイミングから、グレタさんの活動を「児童就労」或いは「少年兵」と風刺した作品も出回った。これを受けて、NHKに相当するスウェーデンの国営放送であるSVTまで、5月に「ピーク・グレタ現象」について報道し、彼女が象徴する思潮の限界を探った。

 

グレタさんの不信者に言わせると、プライベートジェットで世界を飛び回り神様のように振る舞う金持ちたちにとって本当に脅威になりうる人はそもそもダボスに呼ばれない。この招待はある意味グローバルな支配層による気候変動説とそれに従う終末論の容認をも意味する。マイカー所有者を象徴する黄色いベストをシンボルに、地方の人々により大きな影響を与える燃料税の引き上げに反対し、グレタさんのストとほぼ同時期に勃発したジレ・ジョーヌ運動のように、都会の富裕層を慰めるタテマエの温暖化対策が地方の持たざる者を苦しめる傾向を指摘する声も増えつつあった。

 

一方、ほとんどのマスコミを含むグレタさんを絶対正義とする信者が、従わない人々の魔女狩りを始めると、「傲慢なオトナvs地球を受け継ぐ子供」というグレタさんの対立構造が、むしろ(グレタさんに代表させる)「聖なる女性性」と(彼女を批評する声の)「毒々しい男性性」を競わせるお馴染みの修辞学に取って代わった。おまけにこのつまらない二元論自体を批評する論客まで後者の一員とされて一笑に付された。このように、最初から賛否両論を巻き起こしたグレタさんの活動にまつわる論争は少しずつ過激化し、分裂していく。
第62回SGRAフォーラムのふりかえり対談(SGRAレポート第89号、2019年11月発行予定)で渥美財団の角田英一氏が指摘する「再生可能エネルギーの『神話化』によって見逃されてしまっていること」があるとすれば、(かつて民主党に投票しない人を「嘆かわしい(デプロラブル)」と呼んだヒラリー・クリントン大統領候補者の失言にも示された)こういう「民衆への軽蔑」はその一つと言っても良いかもしれない。何れにせよ「大聖堂の思考」のかけらも無いし、本格的に温暖化という課題に立ち向かえる大衆運動の基盤になり得るとも思えない。

 

そういえば毎週金曜日だけ、政府の無関心を国会前で訴えた若者が日本にもいた。いわゆる2015年安保の時から「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs)」の集会は大人数の参加者を集めて「若者」の代弁者としてマスコミに書き立てられた。しかしながら、周りにいた多くのオトナ、特に団塊世代の活動家の夢を抱える形で活動を展開させられたのも事実だ。彼ら彼女らは若者にとって最悪の展開を防ぐには何をすればいいかわからない、でも“とりま”(とりあえず、まあ)何とかしなきゃいけない――グレタさんとの共通点は少なくない。

 

しかし被選挙権が18歳まで引き下げられてしまった日本でも反原発ムードが続くなか、「大聖堂の思考」に示されるような合意形成は進まず、選挙の議論も再稼働の是非にとどまってしまう。若者の中では温暖化に関する関心はほとんどない。この前の選挙で反原発の票を多く取った「れいわ新選組」でさえ「主力は火力」を公約に入れている。9月20日の「グローバル気候マーチ」まで、グレタさんの活動を積極的に報道するマスコミは毎日新聞だけだった。他の国々に比べて日本が盛り上がっているとは言えないが、興味のあるオトナは是非グレタさんのように動き出した若者の話を聞いてあげてください。

 

<ロヴェ・シンドストランド Love Kindstrand>
スウェーデン出身。シカゴ大学文化人類学博士後期課程。上智大学比較文化研究所客員研究員。研究テーマは現代日本における社会運動の倫理と美学。2017年度渥美奨学生。

 

 

2019年9月26日配信