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エッセイ505:林泉忠「南シナ海仲裁と脆弱な中台関係」

 

国際裁判所による南シナ海仲裁案の裁決結果は、ほぼ中国の「全面敗訴」と見なされた。これに対し中国政府は全てのメディアを用いて反論に出ると同時に、中国国民の新たなナショナリズムに火を付けた。「米日菲韓」に対する排外感情はネット上で急速に拡大しており、その影響がケンタッキーやマクドナルドといったアメリカ資本の企業にまで及んでいる。奇妙なことは、台湾の蔡英文新政権が中国が求めている1992年に中台が「一つの中国」をめぐり「合意した」という「92年コンセンサス」を認めなかった結果、台湾に対し「地が動き、山が揺れる」と態度を表明したばかりの北京が、今回は「台湾を見逃した」ということである。その原因は明らかで、蔡英文政権の今回の南シナ海仲裁結果に対する回答が北京を「ほぼ満足」させるものであったためである。それはいったいどのような理由だったのだろうか?台北と北京が南シナ海の問題で「対外的に一致する」ことは珍しいが、これが双方の関係を真に雪解けさせる契機となるのだろうか?

 

◇台北の2度の表明で中国ナショナリズムの標的回避に成功

 

実際、どのように南シナ海仲裁案に対応するかは、蔡英文政権発足後、最初の対外関係処理の智慧を試される難題でもあった。

 

蔡英文総統は南シナ海問題を処理する上で4つの要素を考える必要があった。それは、台湾自身の利益だけではなく、米国、中国大陸、東南アジア諸国との関係維持である。言い換えれば、発足したばかりの蔡政権が南シナ海仲裁判決に対する声明を如何に作成するか、その鍵となるのは台湾が如何に自身の立場を明らかにするのかということと同時に、他の三者との関係にも配慮することであった。外交の場において北京の制約を強く受ける台湾は、この点に智慧を絞らざるを得なかった。これに対し、7月12日の仲裁結果が出る前、総統府内では連日レーンと南シナ海の専門家が招集され話し合いが開かれていた。また、机上演習での多くの対策案が作成された。デン・ハーグ常設仲裁裁判所が、台北時間午後5時に仲裁結果を発表後、総統府は迅速にその内容に基づき連夜声明を発表した。その内容は2点に集約される:

 

1、中華民国は南シナ海の諸島及びその関連海域に対し、国際法及び海洋法上の権利を享有している。

2、仲裁に関連する裁判の判断は、特に太平島への認定に対して、我が南シナ海及びその関連海域の権利に重大な侵害を及ぼし……、我々は一切認めず、今回の仲裁判断は中華民国への法律的拘束力がないことを主張する。

 

北京は実際台湾が如何に表明するかということに対し関心を抱いていた。ゆえに、台北が「一切認めない」及び「この仲裁判断は法的拘束力を持たない」などの決して軽くない立場を表明した時は、ほっと一息ついて、喜んで受け入れた。

 

しかし、北京と異なり、裁決が出る前に台北が策定していた文案の中には、「一切認めない」という言葉はなかった。なぜなら裁決が公布される前は、結果が台湾に対して不利なものになるかどうかは全く予想することができなかったからである。よって、最終的に出てきた「一切認めない」という表現は、すべての人々を驚かせ、それは「太平島は島ではない」という予想だにしなかった結果の賜物であった。

 

裁決に対する台北の表明に関して、実際には総統府の声明発表は、第1歩に過ぎなかった。第2歩は、2日後の7月14日に行政院長の林全が自ら作成した比較的具体的な説明であった。主軸は仲裁案を批判し「3つの不適当」、更に「4つの主張」を行った。

 

いわゆる「3つの不適当」とは、一つ目に、仲裁裁判所が用いた「中国の台湾当局」(Taiwan_Authority_of_China)という不当な呼称は、中華民国の主権国家としての地位を矮小化していること。二つ目に、仲裁裁判所が勝手に権限を拡大し、仲裁の対象ではなかった太平島の法律地位を「岩」と認定したことは、わが国の権利を大きく損なったこと。三つ目に、審理の過程で台湾は裁判への参加や意見を求められなかったこと。

 

「4つの主張」に関してポイントとなるのは、「台湾は南シナ海の多角的な紛争解決メカニズムに欠くことのできないメンバーであり、多角的な紛争解決メカニズムに入るべきである」、「我が国は迅速に関係する各方面と多角的な対話を行い、南シナ海での環境保護、科学研究、海上犯罪取締り、人道支援及び災害救助などの非伝統安全保障問題での調整メカニズムを確立すること」である。

 

◇蔡英文はなぜ南シナ海U字線に関する発言しないのか?

 

もし12日の晩に総統府の声明が北京との南シナ海問題における立場の近さを表したものであるならば、林全は一方で中台の主張の差異を明らかにした。その4つの主張から見えてくるものは、中国大陸に対する呼びかけであり、それは台湾を対話メカニズムに入れる要求であると理解することができるだろう。

 

腑に落ちないことは、蔡英文政権が南シナ海の主張をするうえで、大陸との最大の差異が、政権が発表した2つの声明の中にはなかったことである。蔡が省略したものとはまさしく北京が最も気にしている、台湾のU字線の立場である(北京はこれを「九段線」、台北はこれを「十一段線」と呼んでいる)。U字線の起源は第二次世界大戦終結後、当時まだ大陸にあった中華民国政府が1947年に公布した「南海諸島位置図」である。中国共産党が政権を打ち立てた後は、周恩来がベトナムとの関係に基づき、1953年、自発的に「十一段線」のベトナムに近い北部湾、東京湾の二段を取り除いた結果、現在の俗に言う「九段線」が出来上がった。その後北京は「九段線」内の東沙、西沙、中沙、南沙の四大群島を固有の領土だと公に言明した。

 

馬英九政権時、早くもアメリカは台北に「十一段線」の根拠を明らかにするよう要求しており、これらの線が一体国境線なのか、海の島の帰属線なのか、それともその他の属性の境界線なのかを明確化するよう求めている。しかしながら、ワシントンはこの件に関して馬英九政権にはっきりと断られた。

 

では実際には、中華民国内政部は1947年にどのような根拠を基にして「南海諸島位置図」を描いたのか、台湾の各档案館に所蔵されている膨大な南海史料からはその答えに関する文献や説明は見つかっていない。当初この図を作成した重要な背景には抗日戦争勝利があり、中華民国には日本撤退後に「新南諸島」接収の計画があった。「南海諸島位置図」内のU字「十一段線」は経緯度がはっきりと示されておらず、もし歴史的経験を軽視した国際法へU字線内すべての島嶼の主権を主張してもその帰属確定は容易ではなく、更にはすべての海域の権利の所属は言うまでもないだろう。加えて日米と国際社会の圧力及び自身の実力を考慮に入れると、蔡英文政権が北京の「九段線」の主張が仲裁裁判所で否決された後、U字線に関する発言をすることが躊躇されたのであろう。

 

◇南シナ海裁決 中台関係の脆弱さが露呈

 

仲裁裁判所判決の際に、中台政権の「デュエット」的現象が見られた。しかしながら、それは民進党政権の南シナ海における政策が北京を「安心」させることを意味するものでは決してない。

 

台湾は、釣魚台(尖閣諸島)と南シナ海の主権を有していると主張している。しかし前者の口頭のみの主張と異なるは、台湾は今まで太平島(中洲島も含め)を有効管理してきたと言う事実である。南沙最大の天然島嶼を有しているゆえに、台湾の未来はどのようにこの島を経営していくのか、中国とアメリカの先の見えない南シナ海のシーソーゲーム及び東南アジア国家の発展と友好関係が進んでいる中で、一挙手一投足が全局面に影響する「弱者の鍵」の役割をどのように演じるのかということで、非常に多くの操作可能な空間を台湾は確保している。もし将来アメリカがある時太平島の使用を要求してきたら、台湾は許可するだろうか、どのような条件と範囲内において許可するのだろうか、裁量できる幅は決して小さくない。よって台北の戦略としては、「完全にアメリカに傾かない」という条件との交換で、南シナ海に関連する国際対話メカニズムの既定政策へ台北の参加を認めさせるため、北京の譲歩を引き出すことも含まれている。

 

確かに、台湾にある「中華民国」の存在に関し、中国は一切承認しないという基本的立場を有しており、「主権」にかかわる南シナ海問題において、台北の登場を中南海が承諾し、中国とASEANの南シナ海対話の舞台へ、台湾が上ることは決して容易ではない。しかしながら、台湾を排除し続けることで生じる損得を、北京は慎重に考慮する必要もあるだろう。

 

一時的に蔡英文政権を見逃した北京が、南シナ海裁決の対応に追われ疲れ果てている時、中国ナショナリズムの怒りの炎が「意外にも」台湾にも及んだ。台湾の俳優のレオン・ダイ(戴立忍)はかつて「ひまわり運動」や香港の「雨傘革命」などの社会運動を支持したために、中国大陸映画の「沒有別的愛」から降板させられ、彼はその事件後お詫びの声明を発表し、さらに「自分は昔から台湾独立分子ではない」と表明させられた。この事件は本来南シナ海裁決案で静まっていた中台関係に、再び齟齬をもたらした。

 

台湾社会で今年一月の台湾総統選前夜に起こった、台湾出身アイドルが韓国のTV番組で台湾の国旗を振った結果、中国から猛烈なクレームが入り謝罪を強要させられた「周子瑜事件」は記憶に新しい。一部の青陣営と緑陣営の支持者は、「戴立忍事件」の背後には中国ネチズン(ネット市民)が大陸の強大な経済力を梃に、台湾民衆の価値やアイデンティティに対して正しいとは思えない「いじめ」的行為を行っているとした。台湾社会活動家の王奕凱は、フェイスブックで「第1回中国への謝罪大会」を立ち上げ、ユーモアで風刺する方法で大陸のナショナリズムの波に対抗し、連日数万人もの参加を記録した。

 

南シナ海仲裁案にかかわる国際法の理解と解釈は、複雑な国際関係にまで影響を及ぼし、その背景としての「台頭」する中国は、少しずつ鄧小平が唱えた自らの力を隠し蓄える「韜光養晦」的外交方針から遠ざかり「筋肉を見せる」方針へと動いている。蔡英文新政権は「太平島は島ではない」という驚きから強硬な態度を発表し、それが意外にも台湾が直接中国のナショナリズムの洗礼を受けることを防止した。しかしながら、「戴立忍事件」は中台関係の一時的な「穏やかな」雰囲気を元に戻し、「中国台頭」下の中台関係の脆弱さを露呈したと言える。

 

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<林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim>

国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、2014年より国立台湾大学兼任副教授。

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2016年9月15日配信