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エッセイ495:李龢書「台湾の日本に対する歴史認識」

 

歴史認識とは、簡単にいえば人間が歴史をどう理解し、現状と将来をどう捉えるかということである。一方、歴史は人間によって作られたものであるために、歴史認識も常に変化している。台湾のような住民構成が極めて複雑な地域では、それぞれの民族や世代によって日本に対する歴史認識も異なる。本稿のタイトルには「台湾」と書いてあるが、内容はあくまで筆者の家族及び筆者自身の見聞を中心に語るものに過ぎない。

 

まず、台湾近代の歴史を簡潔に紹介しておきたい。17世紀から19世紀までの二百年間、中国の東南沿海部の福建と広東両省の漢民族が大量に台湾に移住してきた。しかしそれ以前より、台湾には様々な民族が既に居住しており、現在これらの住民は「先住民」または「原住民」と呼ばれる。そして、日清戦争で日本に負けた清国は1895年に下関で日本と日清講和条約を締結し、台湾などの領土を日本に割譲した。それから第二次世界大戦が終わった1945年までの五十年間、台湾は当時の大日本帝国の初めての植民地として、日本帝国政府の統治を受けていた。

 

戦後、1945年から4年間にわたって、中国大陸では国民党と共産党による全面的な内戦が起こった。この間、1947年2月28日、のちの台湾史に多大な影響を与えることになる歴史的事件、いわゆる2・28事件が起こった。この事件に巻き込まれた犠牲者の数は二万人近くに上り、その中には数多くの台湾エリートや学生も含まれた。1949年末、国民党政府は内戦に敗北し、百万余りの軍民を率いて、当時総人口がまだ六百万人未満だった台湾に撤退する。同年5月、これに先立ち、共産党との内戦状態が続く中、国民党政府は戒厳令を布告した。以来1987年7月に解除されるまで、ほぼ40年間にわたり、台湾は戒厳状態、即ち国民党の一党独裁の状態に陥ってしまった。

 

次に、筆者の家族を例にして、世代間で日本に対する歴史認識の相違について話したい。筆者の祖父は1922年、ちょうど日本統治中期に台南で生まれた。祖母は祖父より一歳下であり、筆者の覚えている限り、祖父母は家族と喋るときは大体台湾語を操るが、二人きりのときは日本語しか話さない。収賄などの不祥事を暴かれた国民党政府を、しばしば日本統治時代を比較対象にして非難していた。祖父母が日本に好感を抱いていることは明らかであろう。

 

しかし、同世代の台湾人が必ずしもこのようなわけではない。筆者は2014年2月に帰国した際、日本に対する歴史認識について、高校時代の恩師、呉淑娥先生に訊ねた。先生は自分の祖父の話を教えてくれた。文盲であった先生の祖父は、日本統治初期に政治犯として警察に反乱の疑いで逮捕され、1945年に国民党政府が来るまで冤罪によって収監されていた。それゆえ、彼は刑務所から出た後、日本への憎しみが噴出し、家族全員に日本人との婚姻を絶対許さないと伝えたそうである。日本統治時代に生まれ育った筆者の祖父母のように、日本に親近感を持つ台湾人は恐らく多数派だが、呉先生の祖父のようなケースにも注目すべきだろう。

 

親日派の祖父母に対して、戦後に生まれ、戒厳状況下でかつ国民党の歴史教育を受けて育った父になると、日本に対する態度が一変する。父の書斎には大量の古典漢籍が並んでおり、本には朱墨で書き込んだり折ったりした痕跡が随所にある。祖父母に反して、父は日本が行った近代以降の領土拡張や、植民地における幾度の武力鎮圧や残酷な手段による資源の搾取などの行為を強く批判していた。だが、中国と同じように欧米列強に開国させられ、明治維新で近代化に成功した点では絶えず賞賛する。一方、母の頭の中に浮かび上がる日本人のイメージは凶暴な警察しかなさそうであるが、母が日常生活によく使っている家電製品は大体日本製であり、また常に友達にも日本製品を勧める。父に比べ、母は日本に対して肯定的な態度をとっているというより、むしろ歴史認識を欠いているように思われる。

 

筆者は、なぜ自分の家族の中で日本に対する歴史認識がこんなに違うのかを常に自分に問いかけている。筆者は歴史学科出身のため、この課題に臨むとき台湾と日本を近代史の流れの中で捉えている。そうしてみると、現在の台湾における対日の歴史認識は、中国を外在する他者として対抗的に捉え、一方で日本というイメージのなかに自己を投影することによって自己の主体性を主張する過程で成立したものではないかと考えられる。

 

九州とほぼ同じ面積の台湾では、16世紀から現在にわたり、オランダ、清王朝、大日本帝国、国民党政府などの統治者が次々と入れ替わり、この土地の住民に様々な影響を与えてきた。それゆえ、このような小さい土地でありながら、人々は自分なりの歴史認識や歴史課題を抱えている。これは台湾の歴史に収まらず、近代のヨーロッパから発生したグローバル化という動き、また東アジア諸国がこの動きにそれぞれどう向き合ってきたかなど、様々な複雑な課題に深く関わるので、筆者の知識や学力ではまだ完全に掌握することができていない。冒頭で述べたように、これは一つの例として、ただ筆者の家庭および周囲の人たちとの交流を通して考えてみた台湾の日本に対する歴史認識を述べたに過ぎない。しかし、これを端緒として台湾の歴史の複雑さを改めて考え直せるのではないかと思う。

 

<李龢書(り・わしょ)Li, He-Shu>

2015年度渥美奨学生。2011年10月に東京大学大学院人文社会系研究科外国人研究生として来日。2012年4月に同研究科博士課程に入学。2016年3月に単位取得退学。現在、東京大学大学院人文社会系研究科助教。専門は中国中世思想史、道教史。

 

 

2016年6月30日配信