SGRAかわらばん

エッセイ493:李志炯「ものづくりと珊瑚礁」

「珊瑚虫が作り出す珊瑚礁のように個体が作り上げたものもまたその個体と同様に遺伝子の表現型だった。」これは私が尊敬する押井守監督の作品である『攻殼機動隊-Innocence』の中に出てくるセリフである。この言葉が私の心に残っているのは珊瑚礁を作る仕事とかかわっているからかもしれない。特に、デザインという珊瑚礁は人間の生活に密接しているので、その形によって人間の人生が大きく変わる。そのため、デザインする際にはこのことをよく考えなければならない。

 

しかし、今までのデザイン、すなわちものづくりに問題はなかったのか。20世紀には国の成長のために国民(人間)が犠牲にされた部分もあったと思うが、ある程度の成長を成し遂げた21世紀に20世紀のものづくり方式は相応しいのか。最近、テレビのニュースを観ていると、珊瑚虫が作り出した珊瑚礁のせいで苦労している人間が多くみられる。特に、スマートフォンのような通信機器とかかわる産業でよくみられるようだ。

 

20年前に比べ、スマートフォンのような通信機器の発達によりコミュニケーションが一層とりやすくなった。しかし、いつも作用があるとその反作用もある。コミュニケーションがとりやすくなることにより人間関係にも変化が訪れた。連絡したいと思えばいつでもできることによって他人への思いが薄くなっている。また、昔は手紙を書く際には言葉のひとつひとつに思いを込めたが、今はあまり考えずにEメールを書いたり、ブログ等に書き込んで相手を傷つけることも多いという。

 

さらに、コミュニケーションのしやすさの反作用が大きいのが「LINE」のような無料通話アプリケーションである。現在最も注目されている事業分野である。これらの発達により国内電話だけではなく国際電話まで無料になり、多くの人にコミュニケーションの利便性を与えた。しかし、その一方でテレビのニュースで見かけるのが無料通話アプリケーションを通したイジメである。朝から晩まで、そして学校でも家でも無料通話アプリケーションでイジメられて、被害者が帰らぬ人になってしまう事件が増えている。

 

このような問題は誰の責任か。つくる側の責任なのか。それとも利用する側の責任なのか。私はデザインを専攻しているから、このような問題をつくる側の観点から考える。今までのものづくりを見ると、利便性を優先する傾向が強い。また、ものづくりの際に問題点が見えても、功利主義の立場からつくる側の利益ばかりを優先して、問題点が無視される場合もある。

 

しかし、すべての人間を満足させるものづくり、副作用がないものづくりは、そもそも存在しない。今のものづくりは社会に適合する形であるかもしれないが、人間の未来を考えた場合、本当にこれでよいのか。今のものづくりは社会には適しているかもしれないが、その社会に住んでいる人間には適していない可能性があるのではないか。

 

珊瑚虫が作り出す珊瑚礁のように、先祖がつくった珊瑚礁の中で私達は住んでいて、私達が作り出した珊瑚礁に私達の子供が住むはずだ。つまり、私たちの感情や思想、先入観を基に作り出した環境で次世代の人々が暮らすということである。つまり、私たちが作り出した環境により次世代の生活が大きく変わることになる。それならば、私たちの子供、また人間社会の未来のために私たちが珊瑚虫である今の時期にどんな珊瑚礁をつくり、世に残すべきなのか。これからはこのことをさらに深く考えなければならないと思う。

 

一例として私が2007年に日本に来たときと今の日本を比較してみたい。私が日本に来た2007年には電車に乗るとよく見かけたのは、本を読んでいる人や、友達と楽しく会話している人々であった。しかし、今はほとんどの人がスマートフォンでゲームをしている。特に、驚くのは、友達が一緒にいても各自にゲームをやっていることである。我々はスマートフォンゲームという珊瑚礁をつくったが、これによって若者たちの中で会話が少なくなるのではないかと心配になる。

 

特に、若者はスマートフォンゲームの文化に慣れてしまって、一人でも楽しむことができるから、友達と会うことをあまり重要ではないと思っている。そして、人間関係についてもあまり深く考えなくなり、学校や会社での人間関係でトラブルが発生するとそれに対応できずすぐやめてしまったりする。また、楽しさについての考え方もゲーム等が中心となり、それに邪魔になる恋人はいなくてもよいと思っている。これらは最後に孤独死、うつ病、人間不信、生命軽視による悪質な殺人、低出産などにつながるので、人間の生存を脅かすことになるかもしれない。

 

このような珊瑚礁の中で生活している珊瑚虫の若者達が、未来の珊瑚礁を作り出す立場になったらどんな社会になるのか、と考えると本当に夜も眠れないほど心配だ。私たちがまだ珊瑚虫である間に、人間の未来のためにどんなものづくりをするべきかについて深く考えなければならないと思う。

 

<李 志炯(イ・ジヒョン)Lee Ji-Hyeong>
2007年啓明大学(韓国)産業デザイン科卒業。2007年6月来日、千葉大学大学院工学研究科デザイン科学専攻修士課程終了。2011年~2013年、千葉大学発ベンチャー企業BBStoneデザイン心理学研究所で研究員として勤め、現在は千葉大学大学院工学研究科デザイン科学専攻博士課程在学。韓国室内建築技士・日本ユニバーサルデザイン検定の資格を保有。

 

 

 

2016年5月26日配信