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エッセイ451:李 鋼哲「西に向かう『中国の夢』と未来のアジア(その1)」

去る27日、第48SGRAフォーラム(第14回日韓アジア未来フォーラム)が東京代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで開催された。このフォーラムはSGRA構想アジア研究チームと日韓アジア未来フォーラムが共催したもので、アジアの急速な経済成長のダイナミズムを物流システム構築の側面から、その現状と課題について議論した。

 

筆者は「アジア・ハイウェイと地域統合-その現状と課題-」をテーマに、アジアの未来に向けた夢と現実について報告した。10年前、筆者は日本の国策シンクタンクNIRA(総合研究開発機構)で日中韓3カ国の国策シンクタンク(韓国のKRIHS(国土研究院)、中国のDNRC(国土研究所))による共同プロジェクト「北東アジア・グランド・デザイン」の研究と政策提言に携わり、そこで北東アジア地域の物流統合の未来ビジョンと現状や課題について数年間研究した。その中で、「アジア・ハイウェイ構想」、「日韓海底トンネル構想」、「北東アジア物流ネットワーク構築」などについて検討した。

 

アジアを一つに結びつける「アジア・ハイウェイ構想」は国連ESCAP1950年代に提唱し推進している。2004年の時点でアジアやヨーロッパ32カ国が参加し、政府間協定に署名した。東は東京日本橋(AH1)が出発点で西はイスタンブールまで道路を繋ぎ、アジア諸国が協力して共に発展し、平和・繁栄の夢を実現しようとするものである。「アジア・ハイウェイ構想」の総延長141,714㎞のなか、中国本土だけで26,699㎞が指定され、中国大陸を経由して東南アジア、西アジア、中央アジア、北アジアやロシアまでその交通網が広がる構図である。

 

この「アジア・ハイウェイ構想」の実現に大きなインパクトを与える重要な構想が中国から提案されている。習近平主席の「一帯一路」構想である。中国は「一帯一路」構想をアジア諸国と進めることにより、新しい成長ベルトとして開発し、それを「新常態」に突入した中国経済の新しい成長軸とすることを目論んでいる。

 

中国では、2014年春より経済成長が鈍化へ向っている現状を「新常態」という言葉で表し、新しい中国経済の状態を認識し、受容するように習指導部が呼びかけ、それに基づいた経済戦略や改革ビジョンを打ち出した。そして、対外経済関係・外交においては、「一帯一路」という「新しいアジア・グランド・デザイン構想」(筆者造語)を発表し、実行に移しつつある。いずれも、習近平政権の新しい経済戦略と外交戦略構想である。もし、この構想通りに進むのであれば、アジアの勢力構図は大きく変わるだろう。

 

「新常態」は、中国の経済成長の鈍化を前提としたソフト・ランディングを目指す新しい成長パターンを示す用語として提起されたが、昨年後半の経済外交や政治外交を観察すると、それは単純な経済の新常態を表す言葉の領域を遙かに超え、新しい外交戦略の構想を示す国際関係の用語としても使われるようになった。それと共に、習近平主席は「一帯一路」構想を提案し、9月には中央アジアや南アジアの諸国を訪問し、その実現を訴えている。

 

「一帯一路」構想は、新しいアジア秩序において、今までの「ルック・イースト」戦略から、「ルック・ウェスト」(西に向かう)の戦略的な転換を意味するものと見られている。分かりやすく言えば、今まで中国が重視していた日本、韓国などアジアの先進国との関係や戦略的な価値は低下し、インドや東南アジア、中央アジアがこれからの中国の戦略的開発方向だという意味である。経済開発のみではなく、政治的・外交的にもインドと中国はアジアの二つの「象と龍」であり、「象と龍」が未来の世界の中枢になるという考え方である。

 

このような中国の外交政策や世界戦略とアジア戦略の転換は、東北アジアの国際関係や経済協力に大きなネガティブ・インパクトをもたらすと私は考えている。「東北アジア人」の私にとっては「夢と希望」に陰が落とされた重大な変化である。

 

日本の国際関係学者久保孝雄氏は「同時進行する南北逆転・東西逆転への胎動―加速する世界の地殻変動―」(メールマガジン「オルタ」第133号、2015.1.20)という論考で、「アメリカの覇権衰退が加速し、・・・世界経済における南北(先進国対新興国)逆転と、世界政治における東西(アジア対欧米)逆転への動きが複合しつつ進展している」と指摘する。(つづく)

 

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<李 鋼哲(り・こうてつ)Li Kotetsu

1985年中央民族学院(中国)哲学科卒業。91年来日、立教大学経済学部博士課程修了。東北アジア地域経済を専門に政策研究に従事し、東京財団、名古屋大学などで研究、総合研究開発機構(NIRA)主任研究員を経て、現在、北陸大学教授。日中韓3カ国を舞台に国際的な研究交流活動の架け橋の役割を果たしている。SGRA研究員。著書に『東アジア共同体に向けて――新しいアジア人意識の確立』(2005日本講演)、その他論文やコラム多数。

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2015年3月11日配信