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エッセイ440:謝 志海「カジノ法案のゆくえ」
9月末に始まった国会は、開始早々から閣僚の相次ぐ辞任などにより、法案審議が遅れた。その中で、遂に審議を断念した案件に統合型リゾート(IR)推進法案(カジノ法案)がある。安倍首相も経済成長戦略の一環と考え、カジノを解禁にするかどうか、またカジノを含む総合エンターテイメント施設の建設と整備を進めるか、この審議については国会だけが盛り上がっていて、国民は冷ややか、もしくは興味を持っていないという見方をしているメディアや有識者が多い。
日本にはすでに公営賭博(公営競技すなわち、競馬、競輪、競艇、オートレース)やパチンコがさかんではないかというのが、日本在住の外国人ジャーナリストの視点で、日本に暮らす外国人も同じ見解だろう。特に、パチンコ•パチスロは約20兆円産業というのは有名な話だ。カジノ法案について議論する際、賛成派も反対派もこのすでにある公営競技については触れず、統合型リゾートの建設は外国からの観光客を呼び込める素晴らしい施設となり、日本国民の雇用も増えるなど、壮大だが具体性に欠けた内容で、経済効果うんぬんと言われても日本国民にはカジノの必要性は伝わらないのかもしれない。
ではカジノ合法化において、地域振興や経済効果などを試算する経済学者たちはどう予測しているかというと、カジノ収益は予測できても、ギャンブル依存症の程度、有害性における社会的費用は試算が困難であるとしている。ここでも公営競技とカジノ法案は切り離されている。日本には公営競技やパチンコの依存者がどのくらいいて、どのような犠牲があるか統計サンプルが取れそうなものなのに。カジノ法案を巡っては、カジノ利用に関し、シンガポールや韓国のように国民と観光客を区別するかどうかも論点だが、すでにいるギャンブル好きの日本人がどの程度、カジノに流入するのかさえも推計されていない。
日本政府としては一体どのようなカジノリゾートを目指しているのだろう?安倍首相は今年シンガポールのカジノへ視察に行かれたそうだし、国会議員らもマリーナ•ベイ•サンズへ押し掛けているということは、その辺りを目指しているのか。しかし、アジアにはすでにいくつものカジノリゾートがある。今更後追いしても日本にカジノ目当ての観光客は来るのだろうか。少なくともアジアに今あるカジノとは差別化した方が良い気がする。
もし日本が本気で持続可能なIRを目指すのなら、ハリウッド映画が参考になるかもしれない。近年、ラスベガスが舞台の映画では、ラスベガスはもはやカジノの為の場所として描かれていない。単に気晴らし、バカ騒ぎしに行く所という設定だ。現在のラスベガスはカジノ無しでも楽しめる仕組みが随所にちりばめられている。例えば、ラスベガスでしか観られない大物歌手のコンサートやショー。各ホテルは集客の為、部屋のインテリア、ビュッフェの食事に工夫をこらし、全米や世界で話題のレストランも出店させる。ニューヨークやロサンゼルスで有名なナイトクラブも入っている。これらのエンターテイメント目当てで来た人がカジノもちょっとしてみるかという流れになっている。コンベンション施設もしっかり整っているのでビジネスで来ている人も多い。多様な目的の人が集まり、一大ショービジネスタウンとなっている。無論、このようなオープンで安全なイメージを維持すべくラスベガスにはカジノ場だけでなく至る所に監視カメラが設置されていて、おそらくアメリカ人はその存在に気付いているから、無茶をしないのであるが。
日本にラスベガスを作ることを勧める訳では無いが、海外のカジノの好例、悪例をもっともっと研究し、日本に合う持続可能なカジノ施設を含むIRを具体的に示し、何より日本国民から同意を得られる施設を目指す事に注力すべきだ。国際観光業での経済利益を狙うだけではIR実現そのものがギャンブルになってしまう。
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<謝 志海(しゃ しかい)Xie Zhihai> 共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。
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2014年12月10日配信