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エッセイ441:奇 錦峰「憂慮すべき現在の中国大学生(その6)」
次は小、中、高校の責任 今の大学生達の著しい人間性の欠如の理由の一つは、人間社会での共存能力がとても低いことによると思われる。他の人とうまく交流できない。人間関係、つまり同級生、同寮生、同校生との関係が希薄なことは、恐らく史上まれなことと思われる。 今の大学生達が大学に入る前の12年間の小、中、高校教育の段階では、面倒を見てくれている両親や祖父祖母以外の他人と付き合うのは、たぶん講義中のクラスメートだけであり(例えば食事を一緒に作って食べるとか修学旅行など、講義以外の集団活動は、中国の小、中、高校では殆どない)、本当の社会的な人付き合いということをまだ知らないのだ。しかも唯一朝晩付き合ってきた親たちは世話、譲歩、溺愛……つまり子供にサービスするだけなので、いわば王子様、王女様ばかりを育成してきた。小、中、高校においては、このような人間で構成されたクラスを、責任を持って指導しなければならないのだが、問題に気づきながらも教科書を教えることのみに力を尽くす。責任を感じて躾をしようとした一部の教師は、生徒に罵倒され、殴られたり、酷いことに殺されたりすることもあったのだ。 大学で寮生活を始めると、高校時代まで続いていた試験の圧力がなくなり、教師や父母の監視からも遠く離れ、突然、彼らは人生の解放感を抱き、初めて束縛されない自由の楽しさを謳歌できることを知るのだ。しかし彼らが分かっていないのは、これは解放ではなく、大人になって自己コントロールが必要な人生が始まるということである。ここを理解せず、無秩序に行動し始める。丁度この時期に、いろいろな誘惑(唯物的な誘い、セクシュアリティ……)で溢れた現代社会の中に放り出され、彼らは人間の動物的本能の力に勝つことが出来ず、本能のまま生きる。そのため、小、中、高校の教育は子供に何を教えたのか?という疑問が生じる。この時期の教育は、生き残ることばかりを教え、真面目な人間になることを教えなかったと言える。
大学の責任
中国の大学には問題がたくさんあるけれど、大学教育と関係のあることについて列挙する。
1. 大学生募集の「大躍進」vs 学生の質の大暴落
4年間連続して大規模な大学生の募集拡大をした結果、2002年に中国の大学教育の大衆化(国連の定義では、大学の入学生数が、入学可能である年齢の人口の15%に達すると、大学レベルの教育が大衆化に達成したと言う)が、国家の「十・五」(第10回の5年経済目標)目標期日である2010年より8年も早く実現した(17%に到達した)。このスピードは、同じ期間中の国の経済成長率よりはるかに高いものであった。しかし逆に、この教育「大躍進」が国内外の厳しい批判を受けることになった、例えば「科学的合理性の欠如の大躍進」だとか、「人類文明の規律違反」「大学教育の軽蔑」などと言われている。 2006年の第3回中外大学学長フォーラムの際に、米国スタンフォード大学学長ジョン•ヘネシー博士は、「盲目的に大学募集人数を拡大することは、特にトップクラスの大学には、教育の質に影響を与える。なぜならば、短期間に優秀な教師を十分に確保することができないから」と率直に批判している。 この批判は事実と合致している。中国の大学が募集した学生数は爆発的に拡大したが、一方教師数をあまり増やさなかったため(学生の数が20~30倍も増加したのに、教員の数は平均2倍も増加しなかった)、教師と学生の比率が極端な数値になってしまった(一説には、教師1人に学生30人)。しかも教師の素質の向上に力を十分入れなかった結果、ハイレベルのエリートや、学術チームのリーダーとしての優秀な人材が著しく不足してしまったことは、誰でも知っている事実となった。また大学教員の国際化率も非常に低く、全国的に外国人教師の割合は1%未満となっている。 さらに、国全体のGDPを重んじる管理システムが大学教育管理にも流れ込み、大学教育が、あたかも前例のない産業化の道へ滑り込み、大学精神が衰退、学術的倫理観を失い、アカデミックな雰囲気を一変させ、商売重視の方向へ進み始めてしまった。 1998年から始まった大学の合併、昇格(専科大学が総合大学にアップグレード)、新設などの大学「大躍進」は、1950年代末にあった中国の経済「大躍進」とあまり変わらないと言われている。現在中国全土に2000校を超える大学があり、世界で大学数が一番多い国になっている。人口が多い上に大学への入学率が高いため、中国は今や2500万人以上の大学生を有し、毎年700万人以上の卒業生が大学から排出されている(統計年鑑によると、中国では、毎年1000万人近くの若者が大学受験をし、700万人が入学する)。今や中国は、何処もかしこも大学生の時代になった!中国の大学教育は質を犠牲にしてまで、数量を増やし、国民の教育レベルを高めることを目指したが、実際には逆の結果を得たと言われている。 中国の大学教育の質に対しては数多くの評価と解釈があるが、そのほとんどが、大学のハードウェア及びソフトウェアの建設の確立が、大学教育の規模の急速な拡大(大学生募集の大躍進と大学規模の無限の拡張)及び大学教育の資金調達問題の解決に追いつかないため、中国の高等教育の質の管理に大きな影響を与えたと指摘している。 2006年のオンライン世論調査では、35 %の回答者が「大学では、役に立つことをあまり学ぶことはできなかった」と遺憾の意を示した。面白いことに、これは「知識の低下」または「勉強無用」を意味するものではなく、大学は無くてはならないけれども、あっても役に立たない今日の大学教育を批判していることになる。 さらに学部学生だけではなく大学院生の募集も最近20年の間に11倍も増加し、毎年20万人が大学院に入学する(毎年100万人以上の大学生が受験する)。しかし高学歴の氾濫のため、「大学院生の質の低下」が顕著で、大学院生の雇用が著しく困難になっている。例えば2013年には、大学生の就職率が30%、大学院生の就職率が25%であった。一方、皮肉なことは数多くの企業の工場が非常に深刻な人手不足問題に直面しているが、労働者をいくら募集しても応募する人がいない状況にある。何故こんなことが発生するのか?その理由は単純だ。大学卒業生の多くは肉体労働をしたくない。工場での収入が少ないのももう一つの理由らしい。結局、これも高等教育の大衆化によるものと思う。そのため、今の大学生達がはっきり認識していることは、卒業はイコール失学、イコール失業ということだ。
2. 中国の大学の授業料は世界一高い?
中国の大学では、1988年から授業料の徴収を開始し(最初は試しとして200元/年)、1995年には800元になり、2005年には急に6000元まで上昇した。一方、同期間における都市住民の一人当たりの年間所得は、4倍増加、物価要因を控除した後では、2.3倍の実質の成長であった。すなわち、大学の授業料は20年間で、25倍も増加し、一人当たりの年間所得よりは10倍も伸びたことになる。中国はこの20年間、「世界レベル」の大学を構築しようとしてきたが、実際はまだ世界トップクラスの大学を作ることができず、一方で「世界トップクラス」授業料をすでに始めたと言える。 都市及び農村の一般住民が教育経費の激増に耐えられなくなり、教育の社会的格差調整の役割も果たせなくなってしまった。今は知識の時代で、教育が受けられないと貧乏な人はさらに貧しくなる。もし「貧困の罠」に落ちてしまうと、自分自身を救い出すことができなくなる。社会の各階級の間のコミュニケーションと相互連絡がブロックされると、階級対立及び衝突の可能性が高くなると危惧される。 高価か、安価かを判断するためには、相対的な購買力を配慮しなければ比較できない。2005年6月1日「オリエンタルモーニングポスト」に、中国系アメリカ人の学者薛涌氏が「一人当たりのGDP は中国、米国、日本でそれぞれ1,000ドル、36,000ドル、31,000ドル」であると書いている。つまり米国と日本は中国の36倍と31倍だった。薛氏によれば、日本の大学の授業料は、世界でも高い方らしい(日本の高い方を年間11万中国元に仮定し、一人当たりGDPの比でこの11万元を計算すると中国の3550元に相当すると書いている)が、この数字を「支払い能力」という観点から見ると、大学授業料が中国の方が日本よりも3倍高くなるという。さらに実際の費用を全部計算すると、授業料は6000元、宿泊代、食事代を合わせると10000元以上は普通である、8億人の農民の年間一人当たりの収入が3000元(2008年前後)であることを考えると、比較にならないと言う事実を忘れないでほしい(あるマスコミによると、2013年には農家年間一人当たりの収入が8896元まで上がったというが)。 昨今、このような各階級の間の目詰まりが発生した。中国「大学教育の公平問題についての研究」の報告は、「高学歴の増加に連れて、都市と農村との間のギャップが徐々に拡大している」と指摘している。都市では高等学校、専門学校、専科、大学、大学院の学歴を持っている人の割合は、農村の人口の3.5倍、16.5倍、55.5倍、281.55倍、323倍である。低投資、高授業料が引き起こした不正競争は、社会的紛争の発火点になりつつある。学費が高い、有用な知識が習得できない、卒業したら就職不可能……。こんな大学が若者たちに憎まれるのは当たり前だと言わざるを得ない。(つづく)
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<奇 錦峰(キ・キンホウ) Qi Jinfeng> 内モンゴル出身。2002年東京医科歯科大学より医学博士号を取得。専門は現代薬理学、現在は中国広州中医薬大学の薬理学教授。SGRA会員。
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2014年12月10日配信