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エッセイ398:小林聡明「尖閣海域を再び「生活の海」にするために-沖縄と向きあう」
今、東アジアがきな臭い。その一つが、尖閣諸島をめぐる領有権問題であることには言を俟たない。2012年9月、野田政権は尖閣諸島を構成する魚釣島、南小島、北小島の国有化方針を固めた。これら3島は、1932年まで日本政府が所有し、その後、民間人に払い下げられた。「尖閣国有化」は、ふたたび民間から政府へと所有権を移転させるものであった。だが、中国は、現状変更を目的とする「領土化」とみなし、激しく反発した。以後、日中関係は急速に冷却化し、日中国交正常化以来、最悪の状態に陥っている。現在、日中双方は、尖閣の領有権をめぐって、激しい神経戦/宣伝戦を繰り広げると同時に、海上では、日中のにらみ合いが続いている。尖閣海域は、物理的な衝突可能性も孕んだ緊張の海となっている。
もともと尖閣の海は、海洋資源の豊かな平和な海であった。1960年代まで、尖閣海域では、沖縄・八重山の漁民や台湾・宜蘭県蘇澳の漁民たちによるマグロやカツオ漁などが行われ、両漁民の交流も盛んに行われていた。また、彼らは魚釣島などで、アホウドリの卵や羽毛を採取していた。尖閣海域は、緊張の海とはほど遠い沖縄・台湾漁民たちにとって生活の海となっていたのである。
1960年代末、ECAFE(アジア極東経済委員会)が尖閣周辺海域における石油埋蔵の可能性を明らかにするや、尖閣の海は、にわかに波立つことになる。70年12月、中国は、新華社通信を通じて、尖閣諸島に対する領有権を対外的に初めて主張した。これに続いて71年6月、台湾外交部も尖閣諸島の領有権を公式に主張した。それまで地元の人々だけが関心をむけていた「生活の海」は、一転して、国家がせめぎ合う「対立の海」へと変化した。重要なことは、ECAFEの報告が、尖閣諸島に対して、中国や台湾だけでなく、日本の関心も呼び起こしたことである。折しも沖縄の本土復帰が確実となり、尖閣諸島に対する日本本土の関心は益々高まっていった。そこには、沖縄と日本本土との経済一体化を基本的前提とする「沖縄開発計画」の推進が目標としてたたみ込まれていた。1950年から沖縄の研究者らを中心として、尖閣諸島の生物学・植物学的調査がたびたび実施されていた。沖縄の研究者らによる尖閣調査に、本土側が参加するようになったことは、尖閣諸島に対する本土の関心の高まりを如実に示していた。
ECAFE報告に加え、沖縄と日本本土との「合同」の尖閣調査が実施された1969年から70年にかけて、沖縄では、「尖閣列島の石油資源は沖縄のもの」「県民の資源を守ろう」という声が日増しに強まっていった。そこには領有権を主張する中国や台湾だけでなく、本土側に対する警戒感も含まれていた。「沖縄開発計画」の名の下に、尖閣海域の石油資源が、沖縄には利益をもたらさず、本土側の利益にされてしまうのではないかという不安と懸念が、沖縄で広がっていた。尖閣問題の登場は、日本・中国・台湾の間での緊張関係だけでなく、沖縄から日本本土への不信感も呼び起こした。
こうした不信感は、いまや完全に一掃されたと言えるだろうか。2013年4月に締結された日台漁業協定は、尖閣問題を打開する一つの方法であった。だが、それは事実上、沖縄漁民に大幅な譲歩を迫るものであった。にもかかわらず、沖縄の頭越しに東京と台北で交渉がまとめらたことに、沖縄市民の間では不満が渦巻いている。本土への不信感は、普天間移設や辺野古移転などの基地問題などにおいても、しばしば姿をあらわす。尖閣問題が浮上したときに見られた沖縄から本土への不信感は、形を変えながら、重奏低音のように、現在も継続しているように思われる。
こうした点を念頭に置くならば、「尖閣問題」を克服するためには、日中関係、日台関係だけでなく、本土と沖縄との関係も考えていかなければならない。尖閣の海は、いまはもう地元の人々が、近づくことすらできない世界でも有数の「危険な海」となってしまった。私は、本土の人間の一人として、尖閣を再び「生活の海」にするために、中国や台湾との対話をすすめるだけでなく、沖縄と向き合い、これまでの数百年にわたる本土と沖縄との関係を考えることが、何よりも重要であると思っている。
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<小林聡明(こばやし・そうめい) Somei Kobayashi> 一橋大学社会学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。ソウル大学や米シンクタンクなどで研究を行ったのち、現在、慶煕大学哲学科International Scholar. 専攻は、東アジア冷戦史/メディア史、朝鮮半島地域研究。単著に『在日朝鮮人のメディア空間』、主な共著に『原子力と冷戦』『日米同盟論』などがある。日本マス・コミュニケーション学会優秀論文賞(2010年)。
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2014年2月12日配信