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エッセイ425:マックス マキト「マニラレポート@シカゴ:資本主義の多様性」

SGRAの共有型成長セミナーとテンプル大学ジャパンから支援を受け、2014年7月10日から12日までシカゴ大学とノースウェスタン大学で開催された国際学会に参加した。この会議は、フランスに本拠を置く「社会経済学の推進協会(SASE)」という学際的な学会により「資本主義の基礎」というテーマで主催され、僕の研究やSGRAの学際的な方針と合いそうなので、大変忙しい日程にもかかわらず参加を決めた。大変というのは、テンプル大学ジャパンはまだ夏学期中だったので、その合間をぬって東京とシカゴを4日間で往復するというハードな日程のことだ。久しぶりのアメリカだし、長い空路では放射能を多めに浴びるし、移民した家族や、幼いころの友人たちに再会できるので、行くとしたらもう少しのんびりしたかったのだが、今回は無理だった。

 

僕の発表は、国士舘大学の平川均教授(名古屋大学名誉教授)と共同で2年前に実施したフィリピン企業の調査報告に基づいて、「共有型成長のDNAの追求:フィリピンの優れた製造企業の調査」というタイトルの論文だった。共有型成長というのは、経済が成長しながら格差が縮む発展パターンであり、1993年に世界銀行が発表した「東アジアの奇跡」という報告によれば、日本を含む8か国/地域の東アジア経済が戦後の数十年間に実現したものとされている。

 

SASEのシカゴ会議は、25を超える研究ネットワークに属する800人ぐらいの参加者で構成されていた。僕は「アジア資本主義」という研究ネットワークに参加することにした。発表の前半では、この研究のきっかけともなった「東アジアの奇跡」報告から僕が得た2つのビジョンを説明した。後半には、数年間をかけて共有型成長のDNAというべきものを追い求めた最新の研究結果を発表したが、長すぎるのでこのエッセイでは省略する。

 

第1のビジョンは、「共有型成長経済学」である。経済学では、2つのことを主な目標としている。効率性(EFFICIENCY)と公平性(EQUITY)である。その他にも目標とすべきものもあるが、今回は、共有型成長の話なので、この2つを取り上げる。共有型成長経済学は、今の主流とされている新古典派経済学(市場万能主義)と同様に、市場の大事な役割を否定してはいないが、新古典派より政府の戦略的な産業政策を重要としている。効率性を重視しがちの新古典派より、効率性と公平性を同等に重視しているといえるだろう。近代経済学でよく言われるように、効率性と公平性の間にはトレードオフがあり、一方を重視すると、もう一方が犠牲になる。(1回目の)冷戦中の国際対立国を事例とすれば、公平性を重んじた旧ソ連と中国の経済成長の方が最初はよかったが、結局低迷してしまい、市場経済への移行を決めた。一方、米国は効率性を重んじて、国として最大のGDPを生み出したが、格差が大きな課題になっている。

 

*1回目の冷戦が終結したのは1980年代だったが、現在2回目の冷戦が発生しようとするところだと僕は思う。間違っていたら嬉しい。

 

第2のビジョンは、「共有型成長資本主義」である。こちらはもう少し政治的な色が濃い。(1回目の)冷戦終結後、国際的な対立は、市場経済VS中央計画経済から、資本主義VS資本主義という次元に焦点が転換した。そのバトルの1つは、アングロ・アメリカが強調するA型資本主義であり、もう1つは日本が強調したJ型資本主義であった。冷戦の勝利は資本主義にあるという宣言から、A型資本主義が津波のように世界中に襲来したが、防波堤で防ごうとした国の1つが日本だった。「東アジア奇跡」報告は、日本が自ら行った、資本主義の中に多様性を保全しようとする活動だったと見なしても過言ではない。

 

残念ながら、この「東アジアの奇跡」やその2つのビジョンは、この数年間忘れられている。経済成長または効率性が過剰に強調され、日本でさえも格差が広がって、OECD諸国のなかでも貧困率が高い国になってしまった。

 

これでは、日本経済への関心が更に薄れて行く。日本経済を研究する人がいなくなる。シカゴの学会の「アジア資本主義」研究ネットワークでも、名前を「中国資本主義」に変えてもいいぐらい中国の研究が支配的だった。日本の共有型成長の経験と違い、中国では、目覚ましい成長を遂げているが、格差が拡大している。それを幾ら僕が指摘しても、日本の研究者を含めて「西側」の研究者は中国の資本主義に魅了されており、日本の資本主義に比較的無関心だという印象を受けた。日本企業を含めて欧米の企業が、中国の市場に魅了されて、他の国に全く関心を向けなかったのと同様の光景だった。どちらかというと、中国の研究者のほうが、日本の資本主義に興味を見せていた。いずれにせよ、僕は、これからも、この学会で、日本の独自性を出来る限り発揮させていきたい。幸い、来年のSASE学会のテーマはまさに「公平性」であるので、今から作戦を練って準備しておきたい。

 

SGRA設立当初、「日本の独自性」という研究チームのリーダーを務めたことがある。狙いはもちろん「多様性の中の調和」である。A型資本主義にせよ、J型資本主義にせよ、C型資本主義にせよ、それぞれに欠点があり、完璧なものではない。というか、完璧な資本主義はこの世の中にどこにもなく、これからも出てこない。ただ、多様性を無くすのは、自然界ではもちろん、社会システムでも危険な行為だと、僕たちは認識しなければならない。

 

第2回アジア未来会議のテーマ「多様性と調和」を達成するには、少なくとも2つの原理が不可欠であると思う。1つは、GDPや一人当たりGDPや人口などと関係なく、どんな小さな国でも、尊重すべきだという原理である。もう1つは、過剰な競争より国と国の間の協力を促す原理である。一見当たり前な原理だが、政府や企業や研究者などが意外と見落としているところである。僕は、SGRAのような民間の非営利・非政府団体に期待している。みなさん、しっかりと多様性の中の調和を実現させましょう。

 

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<マックス・マキト  Max Maquito>

SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学CRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。

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2014年10月8日配信