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エッセイ353:マックス・マキト「マニラ・レポート2012夏」

Essay in English

 

8月のマニラ訪問で、フィリピン大学の先生たちと大きな論点になったのは、SHARED GROWTH(僕は「共有型成長」と訳している)とINCLUSIVE GROWTH(包括的な成長)という2つの概念である。1993年に世界銀行が発表した「東アジアの奇跡」という報告書では、1950~80年代までに急成長しながらも所得分配も改善した東アジアの8つの国や地域の経済実績がSHARED GROWTHという言葉でまとめられた。丁度、経済大学院生だった僕はその現象に惹かれて、機会ある毎に研究し続けてきた。一方、INCLUSIVE GROWTHは、2010年に日本がAPECの議長国になったときに策定された、この地域の開発戦略の1つの柱で、最近、開発経済の分野で流行語になっている。両方の概念の推進に日本が重要な役割を果たしていることがわかる。

 

この2つの概念は、両方とも経済格差を無くす成長を目指しているので、一見、違いがないと思うかもしれない。そして、日本は自国の独自性を大事にすべきだと長年強調し続けている僕が、日本がこのようにして、効率+公平を両立させる開発戦略を改めて唱えることを喜ぶはずだと思うかもしれないが、なかなかその気持ちになれない。フィリピン政府の経済企画庁の中期計画にも、INCLUSIVE GROWTHという言葉が盛り込まれたのだが、僕は、フィリピン大学の先生たちにその使い方に注意を促した。2つの概念は、微妙だが根本的に異なるからである。

 

共有型成長と包括的成長との違いは次のようになる。

 

1.共有型成長という言葉は包括的成長より古いが、現代にも当てはまる。つまり、効率+公平という考え方は、日本が今思いついたばかりのものではない。

 

2.共有型成長という可能性は、日本の経験に基づくものであるが、それは、主流の経済学の考え方と違っており、日本が積極的に世界銀行に働きかけて「東アジアの奇跡」報告となった。

 

3.共有型成長という開発戦略は、主流の経済学が唱える市場主義とは違い、一国の産業の競争力を向上するために、政府の役割が重要とされる。一方、包括的成長は、どちらかというと市場主義に偏る立場とされている。

 

以上のような違いを踏まえて、共有型成長は、包括的成長より有力な開発戦略であることが確認できる。共有型成長戦略が「東アジアの奇跡」で発表された時は、日本が資金的に強い立場にあったので、開発思想の主流に逆らう力があった。当時、日本は「金を出せ、口を出すな」と言われたが、お金(ODA)も出すが口も出すという立派な姿勢をとった。しかし、今は、日本は資金的に有利な立場にいないので、日本独自の開発戦略を世界に提言しても軽視される可能性が高い。果たして、日本は開発戦略について、依然として有力な提言ができるであろうか。

 

僕は、「できる!」と答えたい。資金力は弱くなっても、日本経済は本来、共有型成長のDNAを持っているのだから、その点を強調して開発戦略を提言すればいいと思う。

 

共有型成長戦略は、1993年に世界銀行の報告で命名されたが、実施されたのはその前の数十年間である。つまり、共有型成長は、包括的成長より20年以上前から続いている概念である。これは、効率性+公平性という経済目標が日本にとっていかに自然で、重要なものであるかを物語っていると思う。包括的成長のような最近思いついた概念では決してない。世界人口の4分の3の人々の未来に関わっている開発戦略を、流行語大賞のように扱ってはならない。

 

共有型成長戦略は、日本独自の経験に基づいた概念である。経済学では、効率性+公平性は両立しにくいとされているが、日本はそれが可能であることを証明した。一方、包括的成長は、実際に実現されたものではなく、あくまでも理想、あるいは希望的なものである。より時代に合っていると言う人がいるかもしれないが、せいぜい、失われた数十年の間に効率性+公平性を失ってしまった今の日本経済の現状が指摘されるだけであろう。

 

包括的成長は、経済学で主流の市場主義に寄っているので、政府の役割はゲームの審判のようになる。政府は、市場におけるゲーム(競争)に対して、ルールを決めて実施する。ルール違反の選手(企業)に罰を与える。それに対して、共有型成長は、政府の選択的介入(selective intervention)を認めて、政府がゲームのコーチのような役割を果たす。政府は現場の企業と一緒に勝って喜び、負けて泣き、ゲームに燃える。実際、日本政府はこのように日本企業の競争力の向上に貢献した。

 

振り返ってみれば、このような日本は僕の人生をかけたくなるほど魅了的な姿であった。SGRAでの活動は、このような日本の独自性を尊重すべきだという訴えでやり始めたものだし、マニラの活動はその共有型成長を基本理念としている。「東アジアの奇跡」報告で取り上げられた共有型成長という開発概念・戦略をさらに解明する必要があり、僕はこの仕事をSGRAの活動を通じてやらせていただいている。

 

お陰様で、2013年2月8日にフィリピン大学で開催する第15回目のマニラ・セミナーの企画が進んでいる。テーマは、「人々と母なる自然を大切にする製造業」(Manufacturing as if People and Mother Nature Mattered)。このセミナーに、名古屋大学の平川均先生と行っている「人材育成と持続可能な共有型成長」の調査研究の成果を発表することになっている。平川先生と一緒に、フィリピン大学労働と産業連帯大学院のサレ学部長を訪問し、共有型成長という概念を積極的に支援するという心強い言葉をいただいた。

 

今ほど、日本がその良き独自性を堂々と訴えるべき時はないであろう。こんな大事な時期に、迷ってばかりではCOOL JAPANらしくないし、大きな混乱を招き続けるばかりだろう。

 

また、今回のマニラ訪問中、東京大学の中西徹先生にもご参加いただいて、2013年8月に開催する第16回マニラ・セミナーについて企画委員会を開催した。その時に、来年3月のアジア未来会議についても話し合った。今年の春、中国からフィリピンへの観光の中止、フィリピンからの一次産品の輸入阻止、中国へのフィリピン出稼ぎ者の虐め等の報道がフィリピンであったにも関わらず、「学者は、国家の対立を超えるように行動すべきであり、状況が許す限り、上海の会議に出席しよう」というみなさんの決意を確認できた。学者同士の交流のために行くのだという、フィリピンの仲間たちの熱い思いに感動した。

 

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>

SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。フィリピン大学の労働・産業連携大学院シニア講師。

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2012年10月10日配信