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エッセイ354:李 鋼哲「領土問題で試される日中韓の知恵、解決策は?(2)」

亜熱帯気候の東アジアの8 月は猛暑の季節であるが、今年はとりわけ暑かった。しかし、暑かったのは天候だけではない。67年前の2発の原爆が東アジアの地域を暑くしたのであろう。日本は原爆と空爆で国土が焦土化し、朝鮮半島や中国などアジア諸国は日帝から解放(光復)されて熱気が溢れた。67年の歴史が経っても、この暑さがいつも蒸し返す日は8月15日の前後である。

 

日本国民は8月6日と9日の原爆を忘れない。同じように朝鮮半島の国民も8月15日以前の植民地化と蹂躙された歴史を忘れない。中国国民も日本の侵略戦争開始を象徴する9月18日を忘れない。それぞれの国民が違う角度で心に深い傷を受けたからである。その傷を癒そうと、そして忘れようと多くの国民達が努力しているにも関わらず、一部の人間がその傷に塩をかけて痛みを甦らせている。とりわけ、日本の一部右翼的な政治家や言論人が侵略と支配で深い傷を受けた朝鮮半島や中国の国民に、「言論の自由」という道具を使って塩をかけるケースがたびたび発生する。

 

その一部の人間は偏狭で排外的な「ナショナリスト」に他ならない。日中韓3国とも、その「ナショナリスト」は少数であっても、その影響力は大きく、政治家や言論人、学者から一般国民まで巻き込まれてしまう。とりわけ、ナショナリストが「領土」問題で社会に向けて攻勢をかけると、どの国でも、どんな良識のある人でも、国内ではそれへの反論がほとんどできなくなるということが、今、日中韓で起っている「領土ナショナリズム」旋風である。その旋風が時代に逆行し、平和を愛する国民には迷惑であるにも関わらず。

 

周知のように、このようなナショナリズムの助長には、日中韓3国の経済力を基盤とした国力関係の相対的な変化がある。日本は長い間の経済の低迷で先進国の中での順位が下がっており、国内の閉塞感を打破するためにナショナリズムを煽りやすい環境にある。逆に韓国や中国は世界における経済的な地位が向上し、とりわけ中国はGDPで日本を超えて世界第二位の座に着いた。

 

ソウルのタクシー運転手との会話からでさえも、韓国では、「もう日本には負けないぞ」という雰囲気が強くなっていることを感じる。政治家も、国民からの支持を高めるために、日本にもっと強く臨んでもいいのだと判断する。その一番いい材料が「領土」問題である。2005年に筆者は盧武鉉大統領の国民向けのテレビ演説を生で見ながら、「これは日本に向けた宣戦布告」ではないか、なぜ大統領がこのような演説をするのか、理解に苦しんだことがある。さる8月の李明博大統領の独島(竹島)上陸や対日発言も、かつて語っていた「未来志向」の日韓関係を構築するとの方針とは全く逆行する言動ではなかろうか。

 

中国も同じような状況である。「もう日本には負けないぞ」、歴史や領土問題でも「日本に強く臨んでもいいのだ」と。
その背景には、韓国も中国も、日本との経済関係は大事だが、日本から援助を受けるような経済協力関係(ODA中心に)はすでに終わったということがある。さらに、韓国にとっても中国にとっても、貿易や投資関係での日本の相対的なボリュームがかなり下がっている。日本経済力への依存度とその重要性が下がっている、という事実と認識が両国にはある。

 

つまり、日中韓3国はそれぞれ違う立場でのナショナリズム高揚の環境が整えられている。そしてそれが一部の政治家やマスコミに利用されやすいような状況にある。利用されるということは、利用する側は何らかの自分たちの利益があるからではないか。3カ国の国内での受益者があるとともに、外部にも重要な受益者があるということを見逃してはいけない。戦後の東アジアの国際関係において、常にアメリカが重要なプレーヤーだったということを見逃してはいけない。

 

例えば、日中関係が緊張すれば誰が利益を得るのか。大局的に見れば、アメリカがその東アジア戦略において最大の受益者である。日本では国防予算とも関連して国防族や関連産業が一番大きな受益者であり、親米の政治家や官僚達も受益者だと言わざるを得ない。日米同盟というのは、アメリカが日本をコントロールして自国の世界戦略で利益を得る道具である。元日本外務省の国際情報局長で防衛大学教授をしていた孫崎亨氏は、2009年に出版した『日米同盟の正体――迷走する安全保障』で、日本が戦後から現在に至るまで、如何にアメリカに従属させられて、その戦略の道具になっているかを大胆に暴露している。

 

そのアメリカの東アジア戦略から逸脱しようとしたのは、民主党が政権の座に着いて当選した鳩山由紀夫元総理であった。鳩山は総理に就任すると、日米関係を見直す、普天間基地を県外または国外に移転する、東アジア共同体を目指す、という方針を打ち出した。日本という船が舵を切り替え、アメリカから離れて東アジアに向けば、それはアメリカの世界戦略から逸脱することになり、「国益」を損ねることになる。同時に、日本国内でも「日米同盟」に深く関係して利益を得ている受益者達の利益にも反するのである。鳩山が総理の座から追われたのは他の内政問題もあったが、根本的な要因はここにあったと見てよい。その後の民主党政権が、外交政策において明らかに自民党路線へと回帰したのがその証拠である。

 

朝鮮半島とアメリカ関係においても同じ構図が存在する。南北和解や統一を進めようとする韓国の大統領はアメリカからは警戒されるのである。南北間でたびたび衝突が起こっていることが、アメリカの韓国駐留軍の維持や韓国に対する軍事的な統制に利するのである。

 

つまり、日中韓3国の二国間関係または三国間の関係は、アメリカとの関係を抜きにして説明しきれないし、アメリカとの関係を無視しては解決できないと、筆者は見ている。(つづく)

 

 

李 鋼哲「領土問題で試される日中韓の知恵、解決策は?(1)」

 

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<李 鋼哲(り・こうてつ)
1985年中央民族学院(中国)哲学科卒業。91年来日、立教大学経済学部博士課程修了。東北アジア地域経済を専門に政策研究に従事し、東京財団、名古屋大学などで研究、総合研究開発機構(NIRA)主任研究員を経て、現在、北陸大学教授。日中韓3カ国を舞台に国際的な研究交流活動の架け橋の役割を果たしている。SGRA研究員。著書に『東アジア共同体に向けて―新しいアジア人意識の確立』(2005日本講演)、その他論文やコラム多数。
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2012年10月12日