SGRAかわらばん

エッセイ356:今西淳子「Y先生へ」

Y先生、

 

先日はわざわざご丁寧にお電話をありがとうございました。
勿論、こういう時にこそ中国で開催することに意義があるというご意見は全く正しいと思います。そして、上海で開催できなくなる確率はかなり低いと思いますし、国家主席が交代すれば、政治も落ち着くだろうという大方の予測も、おそらく正しいのでしょう。

 

しかしながら、95%の確率で開催できるとしても、日本やタイで中止せざるを得ない事態に陥る可能性は、それよりも遙かに低いです。たとえ、今後、政治情勢が落ち着いたと見えるようになったとしても、根本的な問題は何も解決されておらず、日本の政権が代わると状況が変わるかもしれませんし、もし何かを勘違いしている誰かが中国を刺激する発言をした時に、中国政府はまた強烈な攻撃を開始するでしょう。実際、複数の中国人の仲間から、9月の中国政府の対応や言説が文化革命当時を思い出させると聞きました。今までとは少し違うという印象を、私は持っています。

 

9月に北京とフフホトで開催するはずだったSGRAフォーラムをあっけなくドタキャンすることになってからは、いつ同じことが起きるかわからないと感じています。パートナーの開催大学の担当者は、大学が「幹部の勧告」を受けた時に、為す術がありません。「申し訳ありません」と言われた時に、私は何と答えればいいのかわかりませんでした。大きな流れに巻き込まれてしまった個人に迷惑がかからないことを最優先に対応する以外に何もできないのです。「勧告」は突然(前回は3日前)起こりえますし、起きてから対応するのでは遅すぎます。第一回アジア未来会議には、既に350名を越える方に登録していただいていますから、予定通りに確実に開催することが、私たちの責任だと思います。

 

実は、今回、早目に手を打ってアジア未来会議を上海からバンコクに移そうと思いついた時、解放感を感じました。もう政府の許可をとる必要がない、政治的な、あるいは歴史問題がテーマのセッションを開催しても、開催大学に迷惑がかからないだろうかと心配する必要がないと。そもそも、自分が信じた公益活動を遂行するために、自分で資金を工面して活動するのが、民間の公益法人です。日本政府の補助金を受けずに、政治や宗教から独立して自由に活動することを信条としているのに、時代錯誤の文化排除政策をとる中国政府の様子を伺いながら活動しなければならないのでしょうか。そのようにしてまで開催することが「日中友好」だとしたら、それは何を目指しているのでしょう。交流事業ができたことがニュースになること自体の滑稽さを皆が認識するようになるために、SGRAは何をすればいいのでしょう。

 

ここ数年、(日本人の中にも多くいますが)中国人の留学生たちから、「日本のメディアなどは言いたい放題で自由すぎる。もっと国が管理すべきだ」というような言説を聞くことがあり、ずっとひっかかっていました。もしかすると、欧米の過剰で乱暴な人権活動の反動があるのかもしれませんが、何か、世の中全体で、自由とか民主主義に対する感性が鈍ってきているようにも思います。しかしながら、中国版ツイッターでは、今回の反日デモに対して批判の声が圧倒的だということです。大勢の中国の人たちがもっと冷静に物事を見ていると想像するのは、それほど難しくないでしょう。今深刻なのは、民意の問題よりも、システムの問題なのではないかと思うようになりました。領土「問題」については、政治の場で時間をかけて議論すれば良いのではないですか。領土問題によって、関係国の国民の毎日の生活が左右される必要はないのです。増してや、情報を管理したり、人々の交流や自由な議論の場を制限したりしてはいけないのです。

 

アジア未来会議は、中国に限らず、アジア、あるいは世界各国から、日本で勉強した人、日本に関心がある人が集まり、アジアの未来を語る<場>を提供することを目的としています。中国政府の管理下でできることからやっていくよりは、もっと自由に開催できる場所で、勿論たくさんの中国人研究者にも参加していただいて開催したいと思います。

 

タイで開催する大きな理由は、地理的にも比較的アクセスが良いこと、ビザの手続きが非常に簡単であること、開催コストが安いことなどです。今回の移転を打診するとタイの皆さん全員が「それは良いアイディアだ!」と歓迎してくれました。

 

微笑みの国タイで、アジア未来会議をスタートすることをご理解いただき、引き続きご支援ご協力いただきますよう、お願い申し上げます。

 

渥美国際交流財団関口グローバル研究会
代表 今西淳子

 

2012年11月1日配信