SGRAかわらばん
エッセイ316:宋 剛「真夜中の復習と楽しいデモ」
数年前、日本有数の貿易会社で中国語の講義をした経験がある。受講生たちは筆者と同じく、みんな20代後半だった。初日のレッスンで、既習の単語と文法、および当日習う新出単語を内容とする小テストを毎回最初の15分間に行うので復習と予習は不可欠だ、と受講生たちに伝えた。質問がある人のために、自分の携帯電話のメールアドレスをホワイトボードに記した。
その日の真夜中、携帯のメール着信音が急に響いた。昏睡していた筆者は、脳に伝達されずに、単なる体のストレス反応で飛び起きた。目が覚めたら、すでに立っている状態だった。着信メロディがB’zの「love phantom」だったせいか、衝撃は実に強かった。
誰だよ!夜中に!
携帯を取って見たら、こんな内容だった。「今、今日の授業の復習をしているのですが、質問があります。覚える、の意味で「背下来/記下来」という熟語を教わりましたが、辞書を調べても「背」には覚えるの意味が載っていません。何故でしょうか?」
真夜中の2時だった。でも、こんな時間にメールを送ってくる無礼な人への怒りの感情より、こんな時間に復習に励んでいる教え子に対する喜びないし尊敬の念のほうがずっと大きかった。次の日、その受講生から聞いた。「仕事で毎日10時半過ぎに会社を出て、だいたい12時近くに家に着き、普段は1時に寝るが、中国語の復習で昨日は2時に寝た。失礼だと分かってはいたが、答えが知りたくて、つい送信ボタンを押した」ということを。
その後、たびたび真夜中に彼から送られてくる質問のメールを楽しみにしていた筆者は彼と友達になった。現在、30代前半の彼は中国にある数百人規模の子会社の副社長になっている。勤勉で現地の部下や取引先の人々と中国語で上手にコミュニケーションが取れるため、ビジネスも順調で、人望もかなり厚いそうだ。
ところで、2~3日前、夕方の料理番組に飽きてチャンネルを煩瑣に変えていたら、「東京を占拠せよ!」という、この時間帯としては異例の、新鮮感かつ緊迫感が伝わり、いかにも好奇心を掻き立てるスローガンに目を奪われた。アメリカ発の格差是正を求める「ウォール街占拠」デモがついに日本にも飛び火したか、と思わず画面に釘付けになった。
ピンク色に包まれた可愛らしい部屋の中で、ひとりの中年の女性がパソコンの前に座り、「誰でも気軽に参加できるデモにしたいの。そのために、デモのハードルを下げて、楽しいデモにしなければならない」と、穏やかに語っている。次の画面は、別の女性がバラの花を持って行進しているものだった。記者の質問に対して、「バラの花は愛情を意味して、愛情を持って戦いたい」と理由を答えた。
「キャー―――」。
刑事ドラマでしか聞いたことのない、女子学生が変死体を見た際の悲鳴が、男性の筆者の心の底から聞こえてきた。ハチマキに横断幕、時にはデモ隊と警察の衝突の場面、投石と流血の場面も交えるという、デモの緊迫したイメージは完全に覆された。
このことを中国にいる例の副社長にメールで送った。「そんな暇があったら、もっとスキルを身につけてまじめに働いてほしいよな」という一言が返ってきた。このフレーズは、最近、どこかで聞いたことのあるような気がした。よく考えてみたら、「支援してもいいが、われわれのようにもっと働いてほしい」というドイツのある公務員がメディアのインタビューを受けたときに話した言葉が思い浮かんできた。もちろん、財政破綻に陥ったギリシアへの支援をユーロ圏諸国の政府が合意したというのがそのインタビューの背景だ。
アメリカでデモをしている路上生活者たち、ギリシアで就職難に追い込まれた貧困層、日本で不安定な生活を止むを得ず送っている低所得者層たちに物申すつもりは、筆者には一切ない。ただ、お祭り感覚で「楽しいデモ」をしようとする有閑者のみなさんに、「やりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのだ。なぜなら、日本では99%――その底辺に位置するかどうかは当然疑わしい――に属するかもしれないが、世界から見れば、You are 1%だからだ」と伝えたい。
努力すれば報われる、日本はそういう国だと筆者の目に映っている。そして、道のりがまだ長いようだが、中国も徐々にそうなりつつある。精を出して何かをやろうとするならば、楽しいデモより、真夜中の復習のほうが、個人にとっても、社会にとっても、場合によって世界にとっても、きっと意味のあることだと思う。
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<宋 剛 (そーごー)☆ Song Gang>
北京外国語大学日本語学部講師。SGRA会員。現在大東文化大学訪問研究員。
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2011年11月16日配信