SGRAかわらばん

エッセイ317:マックス・マキト「マニラ・レポート in 早稲田」

第42 回SGRAフォーラムは北九州大学等との共催で、2011年10月29日に早稲田大学で開催された。僕は、通訳のお手伝いと最後のパネルディスカッションの進行を担当した。ここでは、最後のディスカッションの内容をご紹介したい。

今回のフォーラムの中心課題は、アジア諸国において、環境を守りながらも、高度成長を支えるためのエネルギーをいかに確保するかということであった。そのため、エネルギー効率を向上させることが、発表者の皆さんに共通の論点となった。エネルギー効率が向上すれば、エネルギー供給の調整も可能になり、環境に対する負荷も軽減できる。

ところで、エネルギー分野では、3EといえばEnergy Security(エネルギー保証)、Economic Growth(経済成長)、Environmental Protection(環境保全)というキーワードが使われているらしい。僕が開発経済学の分野で唱えている、別の3Eについては、マニラ・レポート2010年春をご参照いただきたい。

これだけエネルギー効率が重要な論点となったので、フォーラムの前に、120ヶ国のエネルギー効率(=GDPを総合エネルギー消費で割る)と一人当たりGDPのグラフを準備した。

エネルギー効率は、貧しい諸国と豊かな諸国との間の差を平均的に扱うことができない。効率性を向上するための色々な面白い事例が発表に取り上げられた。タイのKritsanawonghong氏とオーストラリアのIreland氏は、建物や電気製品の環境評価という市場メカニズムを利用した省エネルギーについて発表した。このようなメカニズムを実際に導入したことによって、使用者の環境認識が高まり、エネルギー効率化に繋がった。しかし、市場中心と言っても、そのシステムを設置したり広く普及したりするためには政府が大きな役割を果たしている。

市場といえば、エネルギー資源や電力の正しい価格設定が重要である。フィリピンのBalbarona氏は、フィリピンの電力価格は最近、アジア第一位だった日本の電気代を抜いたことを報告。送電会社はすべてのコストを消費者に回す方針であるし、近隣国と違い、フィリピン政府は電力料金に補助金を出さないようにしていると説明した。そのために、Gilles氏が担当したマニラのあるビルの1日の電力消費をバランスのとれたものにするプロジェクトのように、フィリピンではあらゆる省エネルギーの動きが自然に行われてきたという。オーストラリアの石炭は政府が補助しているので皆が過剰に消費しているとIreland氏が付け加えた。

次に、低コストと低所得(=貧しい人々)の観点の重要性を訴えた、エネルギー効率の向上のためのいくつかの方法が報告された。インドネシアのParamita氏は都会の最適密度を取り上げた。効率性向上のために、あらゆる資源を都会に集中させるべきだという考えがあるが、都会の最適密度を超えるとスラムなどが深刻な問題となり、逆に効率を低下させるばかりだと考えてもいいだろう。Faisal氏は、インドネシアも例外ではなく、中央集中型の都市開発を進めてきたが、むしろ逆都市化<REVERSED URBANIZATION>をすべきだと主張した。ちなみに、昨年開催されたSGRAと北九州大学の最初の共同フォーラムで、僕はこの現象を農村化<RURALIZATION>と呼んだ。都会の問題を農村と分けて考えるべきではない。更に、フィリピンのDe Asis氏は、貨物コンテナやペット・ボトルを利用した建築の分野におけるリサイクル事業を紹介した。フィリピンでは大規模な風力発電(東南アジアでは初)や大手モール・チェーンの節水というエコ事業が行われているが、膨大なコストがかかる。果たしてこのような技術はフィリピンのような発展途上国にとって妥当かどうか疑問が残る。リサイクル建築も農村から始まったそうである。Ireland氏は、この都会と農村の格差はオーストラリアや日本のような先進国でも重要な問題であると指摘した。

エネルギー効率向上のために取り上げられたもう一つの方法は再生エネルギーの開発である。無限にあるエネルギー源に頼っているので、石油や石炭やウランなどと違い、再生エネルギーは資源コストが高くなる恐れが殆どない。むしろ、技術の進歩により、コストが下がる可能性が十分にある。「中長期的にみれば、再生エネルギーは原子力に取って替わるのか」という問いに対して、インドのIyadurai氏とフィリピンのBalbarona氏は、以前に建設された原子力発電所は使用禁止になった。今後も依然として原発に対する国民の反対は強いであろう。それ故に、両国では再生エネルギーの開発が推進されていると述べた。タイでも原子力発電所の建設が検討されたが、国民はずっと反対しているとKritsanawonghong氏がつけ加えた。といっても、原発が全くなくなることはないと強調した参加者もいた。

このように、エネルギー効率の向上についてアジア各国の事例を検討したが、一歩下がって、東アジア地域の観点から検討を進めるという意図で、フォーラムの最後に、僕は、発表者の皆さんにある日本の構想を紹介した。この数十年間、日本は説得力のある東アジア戦略をなかなか出せなかっただけに、これから紹介する構想が大変意義のあるものだと僕は見ている。それは、フジテレビのPRIME NEWS LIVEという番組で初めて聞いた構想であり、「アジア太平洋電力網(エネルギー版TPP)」と称されている。

この構想の背景には、東日本大震災に起因する不安定な電力供給の状況があるようである。構想を提案したのは、今年5月に創設された日本創成会議であり、元岩手県知事である増田寛也氏が座長として勤めている。

この構想が取り組んでいる課題には、エネルギー安全保障に加えて、産業の国際競争力の向上や持続可能性がある。その目標は再生エネルギー立国の実現とされている。この構想は大変野心的な構想であるが、東アジアとオセアニアをバランスよく統合し、日本の長年の閉塞感の打開策にもなりうると期待している。僕はこれを地域レベルの共有型成長と呼ぶが、その概念の源は日本から習った雁行形態発展にほかならない。この十数年間日本の企業の進出先が特定の国に集中する傾向があり、本来日本が進めてきた分散型に反するもので、僕はとてもがっかりし、数年前から警鐘を鳴らしてきた。グローバル化や気候変動による危機がいくら起こっても、誰もそこから学ぼうともしないように見えた。

今度の構想において、日本、フィリピン、インドネシアという東アジアの三つの列島国(多島国)を結んで、送電線が南方向に島から島へ渡って行き、西側のASEANパワーグリッドの姉妹送電網と合流する姿は実に美しく僕の目に写る。それはやっと日本から日本らしい東アジア戦略が出てきたからだと思う。

※フィリピン大学から、3名の大学院生を招聘してくださった北九州大学の黒木荘一郎教授と高偉俊教授に心からお礼を申し上げたい。

※中上英俊先生と高口洋人先生が基調講演で、長期的な観点かつ伝統を重んじるエネルギー政策の必要性を訴えていただいたことに感謝したい。

English Translation

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。
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2011年11月30日配信