SGRAかわらばん

エッセイ298:マックス・マキト「マニラ・レポート2011前期」

【冬】マニラ・レポート12月

2010年12月17日(金)、フィリピン大学の先生や学生、NPO関係者、フィリピンSGRAのメンバー等25名の参加者を得て、第13回SGRA日比共有型成長セミナーが開催された。フィリピン大学に留学・訪問している韓国人の学生や研究者がたくさん来てくれたのがうれしかった。あいにくフィリピンでは既にクリスマスのお祝いが始まっていたし、フィリピン大学恒例の行事であるLANTERN PARADEと重なってしまったので参加人数が少なかったが、それで今回のセミナーの意義を過小評価してはいけない。「農村と都市の貧困コミュニティー」をテーマとした今回のマニラ・セミナーは、初めて僕の母校(学部時代)でもあるフィリピン大学で開催された。(今までは僕のもう一つの母校(修士時代)であるアジア太平洋大学で開催した。)フィリピン大学で初開催だったので、SGRAの今西代表がわざわざマニラを訪れ開会の挨拶をした。

今回は、フィリピン大学のSchool of Labor and Industrial Relations(SOLAIR:労働・産業連帯大学院)のベンジ・テオドシオ教授の協力を得て、SGRA顧問の中西徹東京大学教授と僕に発表の場を設けていただいた。

中西先生はCommunity Dynamics Among the Urban Poor(都市の貧困者におけるコミュニティー・ダイナミックス)という論文に基づいて発表した。20年以上にわたるフィリピンのスラムにおけるフィールドワークの成果である。コミュニティーの進化について、3つの局面を特定した。第1局面は、スラムに住んでいる家族の間に決定的な結合(ネットワーク)が形成された瞬間であり、スラムのコミュニティーの誕生である。第2局面は、いくつかの中心家族(ハブ)が現れるコミュニティーの深化である。第3局面は同じ都市の別の場所にあるスラムと関係が結ばれるコミュニティーの拡大である。

僕の発表は、セミナーの数日前に出来上がったThe Dynamics of Social Networks in Philippine Poor Communities(フィリピンの貧困コミュニティーにおける社会ネットワークのダイナミックス)に基づいたもので、マニラ・セミナーの中心テーマである共有型成長と中西先生の研究を結びつけた。この論文は中西先生との共著でこれから発表したいと思っているが、そこで取り上げたのが「GLASS効果」である。これはGiant Leap And Small Step効果の頭文字で、地方から都市へ移住した貧困者が、その移住した時点ではGiant Leap(飛躍)に踏み出したが、都市ではスラムの生活からなかなか脱出せずにSmall Step(小さな一歩)しかできない状態に陥ることである。つまり、田舎のネズミが都会に行ったらガラスの天井にぶつかるということだ。

休憩の後、SOLAIRの学部長やNGOの参加者を囲んでオープン・フォーラムが行われた。学部長とベンジ先生は、僕たちの研究は彼らが現場で体験していることを体系的に整理していると評価し、いくつかの研究テーマを提案してくださった。難題の多い活動現場でエネルギーを使い果たしてしまったと訴えるNGOの参加者は、このような研究やアドボカシーの重要性を指摘し、SGRAやSOLAIRと関係を深めたいと語った。

SGRA日比共有型成長セミナーで貧困を取り上げたのは3回目であるが、今回のセミナーによって、ますます僕はフィリピンの農村の貧困についての研究へ魅かれていった。これは中西先生との共同研究のおかげであることは言うまでもないが、SOLAIRからの好意的な反応もひとつの要素である。ベンジ先生は推薦の手紙を添えて、僕たちの発表の要約をフィリピン大統領の事務室へ送ってくれたし、僕にSOLAIRのポストをオーファーしてくれた。

今回のマニラ訪問で更に高まった農村への関心を、SGRAを通してフィリピン以外にも広げるために、SGRA共有型成長の研究・アドボカシー活動を積極的に進めていきたい。研究テーマは昨年のSGRA蓼科フォーラムでも取り上げた「3つのK(効率・公平・環境)」を重視する農業(或いは地方開発)である。効率的な農業とは、利益を生み資金的な自立を図る農業である。公平な農業とは、貧富の格差削減に貢献できる農業である。環境を重視する農業とは、恩恵者である自然を守る農業である。

発展途上国の貧困者の多くは都会ではなく農村にいる。「地方開発」とは都市化(urbanization)ではなく、「農村化」(“ruralization”?) という意味合いがある。地方にいる貧困者とその主な収入源である農業、又は本来アイデンティティの源になるべき農業に直接焦点を当てたい。これは環境にやさしい持続可能な共有型成長につながると僕は期待している。ご関心のあるかたは是非ご一緒に!

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【春】マニラ・レポート in 名古屋 3月

2011年3月12月午後、名古屋大学大学院経済学研究科にて、SGRAと共催のワークショップ「アジアの産業の持続可能な共有型成長へ向けて」が開催された。SGRA顧問の平川均名古屋大学教授のプロジェクトの一環として、フィリピン大学のベンジ先生とボニ先生を招聘していただいた。参加者は、まず、東日本大地震で被災した方々のために黙祷をした。ワークショップの一番バッターの僕の発表は、第12回共有型成長セミナーとSGRA蓼科フォーラムで行った発表に基づいたもので、マニラのEDSA大通りを事例として、フィリピンの環境にやさしい交通システムの試みを紹介した。特に強調したのは、世界銀行が提案したハイブリッド体制(政府+市場)を、制度的かつ具体的にどのように取り込むかという構想を、SOLAIRと他の学部や研究所も含むオール・フィリピン大学で提案したことであった。引き続いてベンジ先生がフィリピンの再生エネルギーの産業や政府の待遇政策について発表した。フィリピンの電力コストはアジアの中で最高であるが、フィリピン政府は再生エネルギーの促進によりその問題にも取り組んでいる。その後、ボニ先生はSOLAIRの専門分野であるIR/HR(Industrial Relations/Human Resources産業関係・人材)という側面から貧困についての分析を発表した。この3つの発表の共通点は、社会の周辺にいる貧困者に対して特別の配慮が必要であり、この問題に取り組む時には政府+市場+大学を含む市民社会の連携プレイが重要であるということだ。最後に、平川先生が持論のPobME(Potentially Big Market Economy 潜在的に大きな市場経済)により、産業化の深化について「労働は資本の下へ、資本は労働の下へ、そして現在進行中とされる、資本は大きな市場の下へ移動するという局面」という説明をした。

【初夏】マニラ・レポート5月

5月の休み(フィリピンでは「夏休み」)を利用してマニラに帰国した。フィリピンで一番熱かったのはReproductive Health Bill(出産健康法案)だった。議論の中心は、人工的な人口計画の道が制度的に開かれるかどうかということである。第40回SGRAフォーラム「少子高齢化と福祉」でも発表したように、このような動きに対してフィリピンのカトリック教会は黙っていられない。法案に同情的な姿勢を見せたアキノ大統領に対して厳しい批判を浴びせた。テレビでも面白い議論があったし、家族団欒の話題にもなった。法案の賛成者は、フィリピンに貧困者が多いのは彼らが子供を沢山生むからであるという。一方、反対者は、フィリピンの貧困者が子供を沢山生むのは貧しいからであるという。つまり、貧困と出産率の因果関係をどうみるかで意見が違ってくる。開発経済学では、どちらかというと貧困者が合理的な判断で、大きい家族を好むとしている。いずれにせよ、この法案は社会の基本単位である家族に大きな影響を与えかねないので、これから見守る必要があると思う。

滞在中にフィリピン大学でゆっくりと構内を久しぶりに散歩できた。
足を止めて思わず黙祷させたもの
があった。 

【予告】

2011年8月24~25日に、フィリピン大学のSOLAIRで「The Philippine Employment Relations Initiatives: Carving a Niche in the Philippine and Asian Setting(フィリピン雇用関係におけるイニシアチブ:フィリピンやアジアの舞台で、隙間を切り開く)」というテーマの国際会議( http://pirs08.webs.com/ )が開催される。僕は平川先生と共著で、僕が展開してきた共有型成長の分析枠組みを、フィリピンに進出してくれた日系自動車企業に適用する論文「A Comparative Economic Analysis of Japanese-Style Labor Contracts from a Shared Growth Perspective(共有型成長の観点からみた日本型労働契約の比較経済学分析)」を提出する予定である。この日系企業が具体的にどのようにフィリピンの共有型成長に貢献しているかを明確化する。
ミャンマーのタンタン先生とベトナムのビックハ先生はIndustrial Grading and HR: The Case of Vietnam(産業向上化と人事管理:ベトナムの事例)という別のセッションで発表することになった。

自分の強いところを否定し、自分の弱いところでグローバル化競争に挑んだ日本は、失われた十数年間を生み出してしまった。僕は、日本システムの強いところを生かして競争し、弱いところは温かい目で改善方法を探っていくべきだという提言を、母国フィリピンや賛同する他の国々に伝えたい。今日本が経験しているこの大変な時代において、これが、日本の宝物を発掘してきた僕たち留学生にできることなのだと思う。

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。
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