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エッセイ287:趙 長祥「情報社会のDouble Edge Sword:日本の放射能漏洩から中国の塩買い占めパニックへ」

3月11日の東日本大地震と大津波による死者や行方不明数は増え続け、今や27000人に昇っている。さらに、福島原子力発電所からの放射能漏洩も加わり、歴史上前例のない巨大且つ複雑な災難は既に半月以上経つにもかかわらず一向に治まる気配もなく被害はますます拡大している。中国のテレビやネットでも、大地震と津波と福島原発は毎日トップニュースとして流れている。一刻も早く被害をくい止め国民生活を正常な軌道に乗せることが、日本政府の課題であり、国民全員の願いである。異国にいる私には何も出来ないが、日本にいる先生や友達の安否を確認し無事をお祈りする毎日である。しかし、悲観的なことばかり考えていても仕かたがない。今まで蓄積してきた地震対策の経験を活かし、国民の一人一人が気持ちを明るくして一生懸命に生きていく世界には、必ず明るい将来が訪れ、早期に回復できると信じている。

通信やIT技術の進歩により、我々は情報社会に生きている。今や、情報不足ではなく情報氾濫の世界に変わった。テレビやインターネットで流された情報を瞬時に受けて事情を把握できることからみると、かつては遠かった所が小さな世界となって近くなり、ビジネスや生活や交流などが便利になった。しかしながら、同時に、偏見や過剰報道や虚偽情報も流れるようになった。確認さえしない、或いは自分の知識範囲で情報の正確さを確認できない人々は、そのまま嘘の情報を次から次へと流すので、瞬時に世界中に広がり、社会不安やパニックに至る事例がしばしば起こる。いわゆる情報社会のDouble Edge Sword(諸刃の剣)現象である。哲学の視角からみても、ものごとはメリットがある一方、必ずデメリットを持っている。情報社会では、人間は大量の情報からの便宜を享受していると同時に、氾濫する情報の中でいかに正しい情報を識別判断できるかという大問題を抱えている。

情報社会のDouble Edge Sword現象の事例の中でも、つい最近中国各地で起こった塩の買い占め事件は典型的であった。その事件のプロセスは以下の通りである。

3月11日 東日本大地震津波発生

3月12日 福島原子力発電所で放射能漏洩発生

3月13日 放射能予防のため、日本でPotassium iodide(ヨウ素)を含んだ豆腐或いは錠剤の買い占め

3月15日 放射能予防のため、アメリカでPotassium iodideの買い占め

3月16日 中国のネット(SOUHU)上でアメリカのPotassium iodide買い占めブームの記事が掲載された。その後、「福島放射能漏洩によって海水が汚染されるので、海水による塩が不足する」という噂が携帯のSMやネット上の書き込みで中国全土へ広がった。

3月17日 沿海部の上海、浙江省からはじまり、中国全土40以上の都市部のスーパーで塩を買い占めるための長い列ができ、普段500グラム約2人民元の塩が瞬時に10元まで上昇、最高100元を超える値段となった。それにもかかわらず、多くのスーパーで塩が売り切れ状態。甘粛省蘭州市にいる郭氏は約6500キログロム(4人家族で500年でも食べきれない量)の塩を買い占めたという。

3月18日 中国中央政府をはじめ各地方政府は様々な手段で緊急に対応し、専門家による科学的な放射能予防の知識を宣伝し、放射能予防に塩は役に立たないこと、たとえ海水が汚染されても中国では60%以上の食塩が内陸部の塩鉱からのものであり、青海省にある多くの塩湖のなかの察卡塩湖一つだけでも中国全土の国民が400年かけても食べきれない量であること、塩不足の情報は完全に嘘であるということが、各メディアで一斉に報道された。

3月20日 塩の買い占めパニックが終了

3月21-22日 各地のスーパーには再び長い列。今度は買い占めた塩を返品するという。

以上の塩買い占め事件のプロセスをみると、少しでも科学的な常識を持つ方であれば、大きな笑い話と考えられるだろう。しかし、これは冗談ではなく、中国で発生した事実であった。笑えるどころか、悲しいことでもあり、なんともいえぬ重い気分となる。買い占め事件後の調査報告から分かったが、最初は確かに放射能漏洩による海水汚染で塩が不足するという噂が流された。ところが途中でビジネスになり、金儲けをしたい人々がさらに嘘を付け加え、どんどん塩が買い占められて塩不足のパニックに陥った。実際には、多くの人は塩が足りているはずだと思っても、また高い値段の塩を買いたくなくても、他の人が買っているので自分も買わなければいけないという盲目的な追随が実情だった。

中国では、このように情報の信憑性を確認しないで盲目的な買い占めになった事件が過去にも多く発生した。2003 年には、SARS型肺炎の予防に役立つといわれた板藍根(Indigowoad Root)やお酢の買い占めがあった。その後、コメの買い占めや2009年にはインフルエンザ予防のため大蒜の買い占め、2010年の緑豆、苹果などの跳ね上がり、そして、塩の買い占めの後、つい最近には、リビア戦争によるオイル価格上昇のためシャンプーや洗剤など石油化学製品の生活用品の値上がり説が流布した後、3月26日からスーパーでこういった商品の買い占めが発生した。今後も……

商品や情報が豊富で買い手市場となった今になって、皮肉にも、それが不足していた時代よりも買い占めが多く発生していることは、我々の社会へ多くの示唆を与えている。そもそもなぜこのような非常識なことがしばしば発生し、社会パニックにまで至るのかということを我々一人一人が深く反省しなければいけないという現実に至っているのだ。経済条件がよくなった現在、我々の社会風習、我々の考え方の伝統的なロジック、生活習慣、感性と理性、正しい情報の識別と意思決定、公共経営(Public Management System)など様々な面を、手直しする必要に迫られている。

情報社会のDouble Edge Sword現象をなくすための根本的な解決策のひとつは、一般大衆へ科学的な常識を普及することである。小学校から大学までのカリキュラムで、ユビキタス時代と情報社会に対応するための新しいコースを設ける必要性を考えなくてはいけない。すなわち、氾濫した情報の中から正しく且つ社会に適切な情報を判読できる力を養い、社会倫理、心理学、経済学、管理工学などを包括する新しい学問――“情報判読学”(仮)を創りだす必要があるのではないかと思っている。

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<趙 長祥 ☆ Zhao Changxiang>
2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。現在、中国海洋大学法政学院で準教授。専門分野はInnovation, Entrepreneurship, Cooperate Strategic。SGRA研究員。
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2011年4月1日配信