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エッセイ285:李 軍「揺れるもの、揺るぎないもの」

例年3月下旬になると、桜の開花前線のニュースや卒業式の鮮やかな袴姿が春の到来を告げる。しかし、今年はM9.0という日本国内観測史上最大の東北関東大震災に見舞われた。東日本では、津波に飲み込まれた後の無残な瓦礫、福島第一原子力発電所の爆発によって出てきた灰色の煙、寒さにじっと耐えている避難所の被災者…真冬の暗い色に染められていた。

大地震が発生した3月11日から十日間が過ぎて、ヤフーのHPのバック・カラーが暗い色から徐々に明るくなってきているが、この大震災を体験した人々の心はいつ春らしく明るくなるのであろうか。地震、津波、原発事故、これらの災害は尊い命を奪い、人間の身体、心を傷つけ、多くの家屋や建物を破壊しただけではなく、普段目立たない人間の本性をも容赦なく曝け出していた。もちろん、どんなことがあっても揺るぎない敬服すべき良い部分も見せてくれた。

大地震の二日後、スーパーに食材を買いに行ったら、トイレットペーパーやティシュペーパーを買い占める長蛇の列に出会いびっくりした。食材を買い占める人もたくさんいたが、生きていくために紙がそんなに重要なのかと不思議に思った。周りの人が買うと、必要かどうかとは関係なく自分だけが買わないと不安だという日本人の心理が作用しているのではないかと思う。一昨日から、各店舗に買占め防止ポスター「みんなで分け合えば、できること」が貼られ始め、一番上の絵はトイレットペーパーであった。

買占めと言えば、いま中国では塩(特にヨウ素が含まれる塩)の買いだめが激しくなっている。理由は日本の原発事故で、放射線汚染が生じるのではないかというデマであった。中国の国内の塩供給量は十分足りているにも関わらず、そんなに塩を使わないにも関わらず、である。また、香港における日本産の粉ミルクの買占めブームも物議の種になっている。

地震後、私の周りの多くの中国人が相次ぎ帰国した。余震や放射線汚染など不安な要素が多い環境から離脱したい、中国にいる家族を安心させたいという気持ちは痛いほど分かっている。しかし、自分でちゃんと情報を収集し、それに基づき状況を判断したほうが自分も家族ももっと安心できるのではないかと思う。

周りに流されやすいというのは日本、中国といった東アジアの人々に共通しているのであろうか。

一方で、大地震を体験しても揺るぎないものもあった。地震が発生した後、全世界のメディアが一斉に東日本の災害状況に目を向けた。巨大な津波に飲み込まれていく村落、多数の犠牲者、悲惨な光景に全世界の人々が心を痛めたが、日本人の国民性や美徳も地球人を驚かせた。

中国のある新聞に、中国駐在の日本人に地震後の日本人の行動についてのインタビュー記事が報道されている。「何百人の避難者が同じ広場に長時間いたにも関わらず、ゴミ一つも出てこないというのは本当に素晴らしい。あんな大地震が発生したのに、日本人はなぜ列を作って待つことができるのか、どうして冷静に対応できるのか」という質問に対し、「これは素晴らしいかどうか分かりませんが、当たり前のことだと思います。みんな普通に行動しているだけです」との返事が返ってきた。

福島第一原子力発電所の事故による影響の拡大を防ぐために、50人ほどの作業員は命懸けで回復作業を続けている。匂いもない、形もない、短時間で命を蝕んでしまう放射線との戦いはその危険性を十二分に熟知している従業員たち自身の恐怖との戦いでもある。中国のメディアではこれらの勇士を「50死士」と称して、命を捨ててまで人類を守っている彼らの勇往邁進な姿を大々的に報道しているが、日本ではそれに関する情報はとても少ない。それはなぜであろうか。
地震後、義捐金を送金したり物資を郵送したりする個人や企業が多くあった。中国ではボール紙に寄付金の額を書いて誇示するような風景をよく見かけるが、日本では誰がどのぐらいのお金を寄付したか、どのぐらいのお金を使ったかという報道も少なかった。

余震がまだ続いており、福島第一原子力発電所の事故処理も時間がかかりそうである。大震災から立ち直り、復興に至るまでの戦いが長期戦になるかもしれないが、頑張っている人々のことを思うと、元気づけられる。

昨日の夕方に久しぶりに散歩に出かけた。美しい満月であった。中国では、満月の日は「一家団欒」の日と言われている。生まれ育った故郷を離れ、遠くに避難している方々のことや、いまだに家族の安否情報を把握できていない方々のことを思うと心が痛むが、早く元通りの生活に回復してほしいとお月さまにお願いしたら、微笑んでくれたような気がした。

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<李軍(リ ジュン)☆ Li Jun>
中国瀋陽市出身。瀋陽市同澤高等学校で日本語教師を務めた後、2003年に来日。福岡教育大学大学院教育学研究科より修士号を取得。現在早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程に在籍。主に日中漢字文化を生かした漢字指導法の開発に取り組んでいる。ビジュアル化が進んでいる今日、絵図を漢字教育に取り組む新たな試みを模索している。
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2011年3月28日