SGRAかわらばん

エッセイ284:ヴィグル・マティアス「日本に居る私から見たフランスの報道とフランス政府の福島原発事故の危機管理」

3 月 11 日(金)午後 2 時 46 分、私は人生で初めてマグニチュード 9.0 を記録する地震を体験しました。その時、私は家で勉強していましたが、激しく揺れたのでビルが崩れ落ちないように祈りながら、机の下に避難しました。幸いにも棚から本が落ちた以外には何も被害はなく、地震に負けない優れた日本の建築技術に本当に感心しました。その後、今回の地震はどうも普通ではないと思いながら、すぐに嫁に連絡してみましたが、電話がつながらなかったのでとても不安でした。1時間半後、職場の周りの公園に避難していた彼女の無事を確認しようやく安心できました。また、日本の大震災は必ずすぐにフランスの朝のニュースに出ると思ったので、両親に連絡して安心させました。両親と話しながら、テレビで東北地方の町が津波で水没する恐ろしい映像を見ました。

金曜日、思った通り、フランスの全てのニュース番組は日本の大震災をとりあげました。地震と津波の映像の他には、被災して一番苦しんでいる東北地方の日本人より、当時東京にいたフランス人の留学生、日本の会社で働いているフランス人などを、生中継でインタビューしました。土曜日と日曜日、福島第一原発1号機で水素爆発が発生した後、福島原発の危機は一日中、フランスのテレビのブレイキング・ニュースになりました。しかし、フランスの報道は、現地の状況を詳しく知らないようで、フランスの原子力の専門家は「チェルノブイリ原子力発電所のような事故ではない」と最初から説明したにもかかわらず、福島原発の危機についてチェルノブイリと類似的な、あるいは正しくない情報ばかりを流しました。

来年フランスでは大統領選挙がありますから、フランスのエコロジー党は政治的な目的で、日本の原発の事故を利用して、パリなど大都市部で急速に原発抗議運動をしているようにも見えました。その頃日本では何千人もの人々が死亡して、行方不明の人も1万人以上あって、避難していた人は食料や水などの必需品がなかったということを知っていたのに、フランスのメデイアあるいはフランスの政党の一部は、被災者を無視して福島原発の危機とそのフランスにおける影響の方に重点を置いていたことは、情けない行動だと思いました。また、Facebookにも炉心が爆発する可能性あり、現地の作業者はあと2週間の命しかない、東京人を安心させるために日本政府が本当のことを隠しているというような噂が走りはじめました。このように「カタストローフ」の方に重点を置いた報道の結果、フランスの家族と友達から「日本政府からの情報を信じちゃダメ」「早く逃げろ」というような忠告ばかりが一日に何回も来ました。

一方、日曜日にフランス大使館が「放射線物質を含んだ風が東京に飛んできている可能性が高いので、直ちにフランスに帰国するか東京から離れた方がいい」という勧告を出した後、関東地方にいるフランス人は皆パニックになってしましました。私の友達の中で何人も、帰国を願う人のために政府が用意した特別便に乗ってフランスに帰りました。その頃、いつも会見で「不明」「確認中」を繰り返す東京電力の担当者から詳しい情報を得られないにもかかわらず、日本のメディア、日本の政府、また周りの日本人の友達を見ても、この危機に対して皆は慌てないで静かでした。このような情報の混乱と相違を見た私たちはどうすればいいか、全く迷いました。フランスか嫁の母国の中国に帰ろうと思いましたが、一旦日本から離れると、私たちの将来にもかなり影響があるので、結局簡単に逃げられませんでした。とりあえず、フランス大使館の勧告に従って、水曜日に東京から離れて名古屋に行きました。

そこで、海外のメデイアを無視して、もう一度冷静に原子力の専門家の分析をはじめ福島原発についての科学的な根拠に基づく情報を集めていろいろ読みました。理系ではない私は苦労しましたが、読めば読むほど東京で放射能率が通常より少し高くても全く体に影響がないし、日本政府は事実を隠していないことが分かりました。しかも読んだ報告の中には、イギリス政府の科学顧問長の報告のように、科学的な根拠に基づかないフランス政府の避難勧告を批判した声もありましたので、自分の考えを改めて土曜日に東京に戻りました。この原稿を書いている時点では、その危機がまだ終っていませんし、放射性物質が付いた野菜などのニュースも出たので、これを食べ続けると将来体に影響があるかどうかという不安感は今でも続いていますが、今後は慌てて行動するより、情報源をよく選んで冷静に考えることにしました。

では、なぜフランス政府は福島原発の危機にこのように対応したのでしょうか。実は、チェルノブイリ原子力発電所事故が起きた時、放射能物質を含んだ風はフランスの国境には届かないと言って放射能の本当のレベルをはっきり言わなかったなど、当時のフランス政府が厳しく批判されたことがありました。また、科学的な根拠に基づいていませんが、チェルノブイリの放射能によってフランスの甲状腺癌の患者数が増えたというフランス国民の疑いが今でもあります。ですから、チェルノブイリの事故以来、フランスの政治家とフランス国民の間では原子力発電は論争の的となる厄介な問題で、福島原発のような危機があると、フランスの政府はいつも最悪のシナリオを考えて念のため万全の対策を取るのです。しかも、今回、フランスのメデイアが、福島原発から放射線物質を含む風がヨーロッパにも来るようなことを言ってフランス社会に不安感を広めたので、フランス政府が一早く万全な対策を取らなかったら、フランス国民が許さなかったと思います。

この危機管理を見た私は、フランスのメデイアの態度は不適当で本当に情けないと思います。なぜなら、フランスのメデイアは、本当に苦しんでいる東北地方の日本人より、放射線を浴びる可能性があるかもしれないフランス人ばかりに注意を引きつけました。今でも、行方不明者の数が段々上がって、厳しい寒さで亡くなっていく被災者も増えて、まだちゃんと水や食料が届かない避難所もあるのに、リビアの危機によって福島原発の問題以外、日本の大震災の現場はフランスのメデイアから姿を消しました。それにもかかわらず、インターネットでは日本人に同情を示す多くのフランス人が見られます。フランスでも東北地方の日本人のためさまざまな募金活動が始まりました。私も、日本が大震災から早く復興するように祈ります。

———————
<ヴィグル・マティアス☆Vigouroux Mathias>
フランス、ロデーズ市出身。中国学専攻。リヨン第三大学文学研究科日本学専攻・修士。2007年3月二松学舎大学より博士号を取得(文学博士)。論文は「近世日本における鍼灸医学の形成とその普及:東アジアおよびヨーロッパの文化交流の一例として」。現在、北里研究所東洋医学総合研究所医学史研究所無給研究生と同時に二松学舎大学文学研究科中国専攻の非常勤助手。
———————

2011年3月25日