SGRAかわらばん

エッセイ278:李 鋼哲「米中の実利外交と日本の『失われた10年』」

新年早々の1月19日から21日まで、胡錦濤国家主席が訪米し、オバマ大統領との首脳会談が行われ「米中共同声明」も発表された。日本のマスコミ報道では米中関係の問題点ばかりに焦点が当てられ、如何にも偏っており、苦笑いしか出てこなかった。米中は見事な実利外交を行っているのに、日本は第三者のように評論ばかりしていていいのか、筆者は憂慮せざるをえない。

「日本の国益」を口癖のように唱えている日本の一部の政治家やマスコミ、「有識者」などは冷静に、かつ真剣に「本当の日本の国益は何か」を考えるべきであり、米中の「実利外交」から学ぶことを勧めたい。中国に対する「一党独裁」、「覇権」、「人権」、「価値観外交」という脅威論的な思考経路から脱却できない日本の対中関係は「失われた10年」と呼ぶのが適切なように思う。

今回の米中首脳会談は、中国にとって画期的な外交成果と言えるだろう。数年前から米国で言い出した「G2」(中国は「受け入れない」と言っている)が、中国のGDPが昨年末に日本を超え世界第二位(購買力平価では日本を二倍以上超え米国に匹敵するとの試算もある)となったことを踏まえ、実質的には世界の二つの超大国が手を結ぶ第一歩を踏み出した。

米国は一方では「価値観外交」で中国に文句を言いながらも、他方では「国益優先」の実利外交を巧みに、そして戦略的に進めている。それはブッシュ前政権でもオバマ現政権でも変わらない。今度の胡氏の訪米で、450億米ドルのボーイングも含めた大型買付、対米投資32.4億米ドルも合意された。これは米国で20~30万人の雇用創出に繋がるという。対中投資でも2010年末までの累積で5.9万件(投資金額652億米ドル)に達し、米国は中国経済成長の果実を着実に享受している。今後もしばらくは米中の実利外交は両国に大きな利益を生み続けるに違いない。

これとは対照的に、日本は79年から08年まで対中ODA最大の供与国(2008年までの累計約3兆6千億円)で中国経済発展を支えたという有利な立場にありながら、それに見合う果実を十分に享受できただろうか。答えはNOである。この10年間は対中実利を応分に獲得できなかった「失われた10年」と言っても過言ではないだろう。日中関係は「政冷経熱」という言葉がよく使われているが、筆者はかつて「政冷経涼」という用語で日中関係の現実を分析したことがある。つまり、政治関係も冷たければ、経済関係も涼しくなりつつあるということ。反日デモやマスコミの過剰な嫌中報道で日本企業の対中国戦略は大きな圧力を受けていることも見逃せない。

例えば、日中両国の貿易や投資の数字だけみれば確かに「経熱」といえるだろう。1999-2009年までの10年間、日本の対中国貿易は輸出が234億米ドルから1,096億米ドル、4.7倍増加、輸入が323億米ドルから1,045億米ドル、3.2倍増加した。この倍率をみると日本の対中国貿易は日本と他の国との貿易に比べると急成長したのは間違いない。しかし、同時期に米国の対中国貿易は輸出が129億米ドルから695億米ドル、5.4倍増加、輸入が420億米ドルから2,517億米ドル、6.0倍に増加した。また、同時期にEUの対中国貿易は輸出が209億米ドルから1,143億米ドル、5.5倍増加、輸入が320億米ドルから2,518億米ドル、7.8倍増加した。また隣の韓国は対中国経済関係が最も緊密になった。対中国貿易では輸出が172億米ドルから1,003億米ドル、5.8倍増加、輸入では78億米ドルから537億米ドル、6.8倍増加した。対中国投資でも、米国、EU、韓国などは中国市場に官民共同で乗り込み、巨大な「実利」を得ている。

中国という畑を耕すのに最も貢献した日本は、収穫時期に来ているはずなのに他国がより多く収穫しているのではないか。小泉政権の「靖国外交」から安倍政権の「価値観外交」、そして現在の菅政権の「対米基軸外交」などが、日中間の距離を大きく引き離したことと無関係ではない。

もちろん中国の対日外交も成功したとは言えない。しかし、中国からみると、日本との経済関係で得る利益は欧米やその他の地域と比べると著しく低下している。現状の日中関係のままだと、今後の10年も「経涼」がさらに進むかも知れない。なぜかというと2008年以降、日本の対中国ODAの9割を占める円借款が終了したからである。それでも中国にとって日本が重要な経済的なパートナーであることは間違いないが、欧米やアジアの他の地域に比べて、その存在感が引き続き低下するかも知れない。

———————————
<李 鋼哲(り・こうてつ)☆ Li Kotetsu>
1985年中央民族学院(中国)哲学科卒業。91年来日、立教大学経済学部博士課程修了。東北アジア地域経済を専門に政策研究に従事し、東京財団、名古屋大学などで研究、総合研究開発機構(NIRA)主任研究員を経て、現在、北陸大学教授。日中韓3カ国を舞台に国際的な研究交流活動の架け橋の役割を果たしている。SGRA研究員。著書に『東アジア共同体に向けて―新しいアジア人意識の確立』(2005日本講演)、その他論文やコラム多数。
———————————

2011年2月2日配信