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エッセイ276:シム チュン キャット「日本に「へえ~」その6:PISA調査における日本の最新結果、すごいじゃん?」

年末年始に向けての助走が本格的に始まった12月7日に、経済協力開発機構(OECD)が各国の15歳を対象に2009年に実施した国際学習到達度調査(PISA)の結果が、世界各地で続々と発表されました。2000年に始まって以来、三年ごとに行われてきたこの国際学力調査の結果を日本の主要新聞社もそろって翌日のトップニュースとして一面に掲載しました。今回の日本の結果が思いのほか(?)よかったためか、各記事の主題や副題には「日本学力、改善傾向」「低落傾向止まる」「読解力改善、理数持ち直す」などのような穏やかな文面が多く、三年前に日本の順位がすべての分野においてガクッと落ちたときとは打って変わって、テレビ局も含め今回のマスコミ報道にはことごとく師走の喧騒とは程遠い落ち着きが感じられました。そして二、三日も経つと、PISAのPも一切報じられなくなりました。でもちょっと待ってよ、これではなんかおかしくないですか。今回の結果を受けて、15歳の日本人の学力についてもっと褒めてあげてもよかったのではないですか。学校現場や教師たちのこれまでの改善努力に対しても、もっと認めてあげてもよかったのではないですか。

まず、今回の調査結果の順位表をみると、「読解力」「数学的リテラシー」と「科学的リテラシー」の全分野において三つとも平均点数がベストテンにランクインされているのは7ヶ国・地域だけです。上海、香港、韓国、シンガポール、フィンランド、カナダと日本だけです。やりましたね、日本!しかも、この中に人口が一億人を超える国・地域は日本だけです。すごいじゃないですか!日本の学校で学ぶ生徒がこれだけ多いのに、すべての学力分野において平均点がベストテンにオールランクインされているなんて、僕の国シンガポールだったらきっとすべての教師に年末特別ボーナスが支給されると思いますよ!(嘘です。笑。)もちろん、一回目の2000年調査における日本の順位(読解力8位、数学1位、科学2位)に比べると、今回の「読解力8位、数学9位、科学5位」の結果は少々見劣りするかもしれません。でも忘れてならないのは初回の参加国の数が32であったのに対し、今回の参加国・地域の数は65と倍以上にのぼったことです。したがって、初回の順位とは単純に比較することができません。参加した国と地域がこんなに増えたにもかかわらず、今回日本がそれでも全分野においてベストテンに食い込んでいることが、ある意味初回の調査よりもすごいと僕は言いたいのです。

それだけではありません。初回の2000年調査にはいわゆる「中華圏モーレツ教育型」の香港、上海、台湾とシンガポールが参加しませんでした。言い換えれば、もしこの四つの都市・地域が今回の調査にも参加しなければ、日本の順位はスリーランクアップ、もしくはフォーランクアップし、全学力分野においてすべてベストファイブ圏内に入るという輝かしい実績を残すことになります!同じ理由で、今回の新聞記事の中に「日本の学力、アジア内では地位低下」「アジアの中での地盤沈下」などの文面やコメントも必ずしも正しいとは言い切れません。なぜなら、「中華圏モーレツ教育型」の香港は二回目の調査から、台湾は三回目から、そして上海とシンガポールは今回の四回目から参戦してきたので、その都度たとえ日本の学力が低下しなくても順位が少しずつ下がっていくのは仕方のないことだからです。そして僕は聞きたいです。今さら日本がアジア諸国と学力競争をしてどうするのですか。経済や社会が成熟し、価値観が多様化するに伴って「良い学校→良い会社→良い人生」という方程式が魅力を失いつつある時代に、日本人の生徒にアジア型モーレツ勉強をさせるなんて多くの場合もう無理でしょう。実際に、2006年のPISA調査で各国の15歳にどれぐらい本気でテストを受けたかと尋ねたところ、日本人生徒の本気度は最下位だったそうです。でも今回の2009年調査では少しは本気を出したかもしれませんね(笑)。このような背景のもとで、今回の調査における日本の最新結果は実によかったと僕は思います。

言うまでもなく、日本では学力上位層と下位層とで差が開いていることや家庭の社会階層間の学力格差など、学校教育において一層の改善への取り組みが行われなければならないところがまだまだありますが、とかくハングリー精神に欠けると言われがちな日本人の少年少女の平均学力が今回のPISA調査の全分野においてさりげなくベストテンにランクインされていることはもっと賞賛されるべきであり、また学校現場の士気を高める意味でも縁の下の力持ちである日本の教師たちに対してもっと評価すべきだと僕は思い、さらに「悪いときは叩き、良いときは称えない」という日本マスコミの報道姿勢に対しても幾分疑問を感じたので、この「ちょい熱い」エッセイを書かせていただいた次第であります!

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<シム チュン キャット☆ Sim Choon Kiat☆ 沈 俊傑>
シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。日本学術振興会の外国人特別研究員として研究に従事した後、現在は日本大学と日本女子大学の非常勤講師。SGRA研究員。著作に、「リーディングス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司編)『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年。
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2011年1月12日配信