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エッセイ275:羅 仁淑「延坪島砲撃事件に際して韓半島を憂える」

延坪島は韓国戦争休戦1ヵ月後に引いた海上の境界線(NLL)によると韓国領であり、1999年に北朝鮮が引いた海上軍事境界線によると北朝鮮領である敏感な地域である。本年11月23日、その延坪島近海で朝鮮人民軍と韓国軍による砲撃戦があり、韓国の軍人と民間人を合わせて4人が亡くなり、19人が重軽傷を負う大惨事があった。心が痛い。さらに「これで終わり」というより、「これが始まり」という気がしてならないのは私だけだろうか。

北朝鮮の奇襲だとか、北朝鮮の蛮行だとかという意見もあるが、北朝鮮による奇襲という主張は疑わしい。韓国は「対北軍事演習」として11月22日(事件の前日)から30日までの予定で、「2010護国」と題した陸海空軍による全国的規模の軍事演習を実施していた。「護国訓練はわが国に対する攻撃だ。領海に砲射撃をした時は座視しない」という北朝鮮の電話通知文での停止要請を無視して続行していたので起こったという意見もある。しかし、筆者には何が事実なのかなど関心の外だ。韓国人に被害者が出たこと、韓国軍の80発の応戦砲撃で全く同じ私の同胞である北朝鮮にも被害が出たことだけに全神経が集まる。

ところで、この事件の背景は何であろうか?二度とこのようなことは起こらないであろうか?今年3月26日に起こった韓国海軍哨戒艦「天安」の爆沈事件や、9月7日に
中国や台湾との領有権問題がある沖縄県・尖閣諸島で起きた中国漁船と日本の海上保安庁の巡視船が衝突した事件、そして11月1日に日本との係争地である北方四島領土にソ連時代を含め最高指導者としては初めてのメドベージェフロシア大統領の訪問とは無関係であろうか?

1945年8月15日、第二次世界大戦終結後、世界はソ連を中心とする社会主義陣営とアメリカを中心とする資本主義陣営に二分され、冷戦時代に突入した。冷戦の間、アメリカとソ連の代わりに、両国につながりの深い国が戦い、それらの国をアメリカとソ連が支援するといういわゆる代理戦争が色々な国で起こり、多くの尊い命が失われた。その代表例が韓国戦争である。

韓国は第二次世界大戦終結により日本からの独立を果たしたが、不幸にして韓半島の南にはアメリカが支援する大韓民国(韓国)が、北にはソ連が支援する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が誕生し、韓半島は分断されてしまった。そして、1950年にはソ連の支援を受けた北朝鮮軍の奇襲攻撃により韓国戦争が勃発した。最初、不意をつかれた韓国は壊滅的な打撃を受けたが、アメリカ軍の救援により盛り返した。と思ったら今度は中国が大軍を派遣し北朝鮮軍を助ける・・・という北朝鮮と韓国だけでなくアメリカや中国が絡んだ大戦争は3年間も続いた。韓半島は血の海と化した。それが代理戦争の結果であり、骨肉争いの結果であった。

1985年、ソ連の最高指導者になったゴルバチョフの「新思考外交」の結果、1989年には東ヨーロッパの社会主義諸国が社会主義を放棄し、1991年12月にはソ連が崩壊し12の国に分かれた。これで冷戦時代が終わった。冷戦終結はアメリカとソ連の二極化時代の終焉を意味するとともにアメリカ(=資本主義)の勝利を意味する。敵のいなくなった世界はアメリカによる一極支配時代になった。イラク戦争のようにアメリカの利益のための戦争が正義としてまかり通るなど一極化=平和とは言えないものの、概して世界は平和であった。

しかし、昨今中国やロシアの成長とアメリカや日本の弱体化により、両極の勢力が近づき、再び二つのリーダが登場しつつある。そう考えると、韓国海軍哨戒艦「天安」の爆沈事件、延坪島砲撃事件、尖閣諸島事件、ロシア大統領の北方四島訪問など一連の事件は独立した問題でなく、中国とアメリカの覇権争いの始まりの兆候のような気がする。この理解が正しいのであれば、これから類似事件が親米国家で起こる可能性が見えてくる。

延坪島砲撃事件後、韓国は真っ先にアメリカの大統領に電話をした。11月28日から4日間、米韓合同軍事演習を行い、そして同月6日より8日間、北方境界線近くをふくめ全国29箇所で海上射撃訓練をおこなった。

米軍も北朝鮮による弾道ミサイル発射に備えて11月28日午前、沖縄・嘉手納基地から偵察機RC-135Sを発進させ警戒に当たったが、3日目の30日には事実上の海上封鎖など大量破壊兵器拡散防止構想に基づく訓練も実施した。この訓練につき北朝鮮のみならず中国も批判的意見を述べていた。そして、12月3日から8日間、日本各地の基地と周辺空海域で日米共同統合演習を行い、合わせて日米共同統合指揮所演習(キーンエッジ2010)を行った。キーンエッジ2010は1年前から計画され、今回の砲撃とは無関係に実施が決まっていたものだが、前記の米韓合同軍事演習に参加した空母ジョージ・ワシントンが加わる過去最大規模のものであった。さらに初めて韓国軍がオブザーバーとして参加したことも注目に値する。この演習は日米韓の結束をアピールし北朝鮮と中国を牽制する狙いがあるとみられている。6日午前、能登半島沖での演習中にロシアの哨戒機2機が飛来したため、一時的にこの空域での訓練を見合わせるということもあった。

韓国では11月26日、全国民主労働組合総連盟など28の民主団体の連名で、「航空母艦を動員した西海での韓米合同軍事演習を直ちに中止せよ」との声明を発表し、韓半島に戦争を呼び込むものだという憂慮を表明した。

巨大国の論理どおり生きていかなければならないのが、弱小国(韓国)の宿命であると投げ出さずに、ソ連と米国の代理戦争の痛い経験を活かし、中国と米国の覇権争いに巻き込まれないよう気をつけるべきだと思う。黒白を明らかにしようとすれば憎しみが生まれ、憎しみは喧嘩を生む。同じ民族ではないか。愛情と理解と抱擁の気持ちで話し合いをして通じないことがあるだろうか。こんな時こそ勇気を出して外勢の流入を阻止し、南北が手を握り、同じテーブルで額を合わせて難局を乗り越える知恵を絞るよう切に願いたい。

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<羅 仁淑(ら・いんすく)☆La Insook>
博士(経済学)。専門分野は社会保障・社会政策・社会福祉。SGRA会員。
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2010年12月22日配信