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エッセイ269:李 軍「同根異枝の日中漢字(その1)数字篇」

自宅の近くにある新小岩香取神社の入り口に「厄祓・地鎮祭・初宮詣、その他祈願執行。電話:(3655)八九八〇」と書かれた看板が立てられており、電話番号の「八九八〇」に「ヤクバライ」というルビが付されている。その神社から3分ほど歩いたところにある八百健ストアーというお店の看板には電話番号「03-3680-8083」が書かれており、「8083」には「ヤオヤサン」というルビが付けられている。

日本語の数字には音読みや訓読みといった多様な読み方があるため、様々な読み方によって数字の羅列を文にしたり、また、場合によって「0(ゼロ)」をアルファベットの「O」に、「1(イチ)」をアルファベットの「I」に見立てたりすることができる。例えば、日本生命の「201021:ふれあいニッセイ」。このような語呂合わせは数字を覚えやすくするための工夫だけでなく、日本人の言葉に対する感覚を垣間見ることもできる。

今回は数字に対する日本と中国のイメージや語呂合わせを見てみよう。

ある日本人の先生から、中国人の先生に日中通訳を頼まれた時に、その謝礼として二万円を受け取ったが、もらった封筒の中に五千円札が四枚入っていてびっくりした、という話を聞いたことがある。日本人は「四」が「死」と同じ発音で、縁起が悪いということで、部屋番号や車のナンバーにはできるだけ使わないようにしている。しかし、中国では対を成すものを好み、結婚式などめでたいときに「家内安全、健康、幸福、発財(お金が儲かりますように)」といった四つの願いが込められ、必ずと言ってもいいほど「四喜丸子(四つの喜びの団子)」という料理が用意される。また、中国では二文字熟語や四字熟語が多く、「四季」「四方」「文房四宝(書斎に備える四つの宝物:筆・墨・紙・硯)」「五湖四海(全国各地)」といったように「四」が入っていることばも多い。「四」に対するマイナスなイメージはほとんど見られないようである。

しかし、紀元100年ごろ許慎によって著された『説文解字』には「四,陰数なり」と記されており、日本と同様に中国でも「四」を忌みはばかっていた。古代中国には、「音同義通(音が類似する漢字は意味が通じる)」という説があった。古音では、「四」は「死、私、絲」などの音に類似している。例えば、「絲」は、蚕が絹糸を吐いて繭を作り、中で脱皮して蛹となるが、羽化した蚕蛾(かいこが)が繭を破り外に出て、交尾、産卵したのち死ぬ、といった過程で生まれたものであるため、「死」に関連している。また、「私」に関しても、原始時代では、一人だけの利益を考える人は罰として死が与えられると言われている。

現代中国では、数字だけを見ると、「四」に対してマイナスなイメージをあまり感じないが、前後のことばと一緒に並べると、語呂合わせでとんでもないものになることがある。例えば、中国では「5月14日」や「514」というナンバーがたいへん嫌われている。それは「5(wu)」は「我(wo)」の発音に、「1(yao)」は「要(yao)」の発音に、「4(si)」は「死(si)」の発音に似ているため、「514=我要死(私は死にたい)」という意味になるからである。ちなみに中国では「5月18日」や「518」というナンバーは非常に人気が高くて、「518」は「我要発(私は儲かりそう)」に通じるからであろう。

また、結婚式に新郎新婦に渡すのし袋の中に、日本も中国も「四」を入れないようにしているそうである。(謝礼は別の話になるが…)日本では割れない数字のほうがよいと言われているが、中国では「二」は「成双成対(対になる)」、「五(wu)」は「福(fu)」で、「八(ba)」は「発(fa)(「発達、発財など」)に通じ、「九(jiu)」は「久(jiu)」と同音で、「天長地久(天地のようにとこしえに変わらない)」という意味を表し、「十」は「十全十美(完全無欠)」などの意味で縁起がよいと言われている。北京オリンピックの開会式が2008年8月8日午後8時8分に設定されたのも、縁起のよい数字が並ぶからであった。

中国では、「三(san)」は「散(san)」の発音に類似しているため、結婚式のようなめでたい時には使われないようだが、「三」は「三思」「三省」「再三」などの漢字熟語に見られるように、「たびたび、しばしば、数が多い」という意味を包含する数字でもある。「サントリー」の中国語名は「三得利sandeli」で、その発音が日本語に類似するだけでなく、「たくさんの利益を得ることができますように」という願いを込めて作られた名訳である。一方、日本では、1950年代以後普及した「三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)」、1960時代以後の「三ちゃん農業(日本が高度経済成長に入り、それまで農業を営んでいた働き盛りの男性の中には東京など街へ出稼ぎに出る者が増え、働き手を失った農村(農家)では残されたおじいちゃん、おばあちゃん、おかあちゃんが農業を行うことになる)」、そして、耐久消費財として登場した「3C(クーラー・カラーテレビ・カー)」、嫌われた職業「3K(危険、汚い、きつい)」、女性が結婚相手に求める条件「三高(高収入、高学歴、高身長)」など、「三」にまつわることばが実に多く存在している。ちなみに群馬県の名物としても「3K(空っ風、雷、かかあ天下)」と言われている。

日本では「三景:松島・天橋立・宮島」「三大名橋:眼鏡橋・錦帯橋・日本橋」「三大美人:秋田・京都・石川」というまとめ方が好まれるようだが、中国では「四大仏教名山:五台山・峨眉山・普陀山・九華山」「四大名著:『三国志演義』・『水滸伝』・『西遊記』・『紅楼夢』」「四大料理:魯菜(山東省)・川菜(四川省)・遼菜(遼寧省)・粤菜(広東省)」「四大美人:楊貴妃、王昭君、西施、貂蝉」といったように「四」でまとめる傾向が見られる。「四喜丸子」や「四」がつくことばから分かるように、中国では「四」の字音より「四」の字形の安定性を重視し、「四」ですべてを総括する認識が高いようである。ここまで読んでいただいたら、前述の中国の先生がわざわざ二万円を四枚に分けて謝礼として渡した理由も分かっていただけたであろう。これはたくさんの感謝の気持ちを込めた心遣いかもしれない。ちなみに中国では、お正月に目上や親族の家を訪ねる時にお酒や果物などだいたい四種類の品物を持っていくのが普通である。

最近、ある日本人の先生が高校生を対象として漢数字に関するアンケート調査を実施した。その中に「四」が好きな学生が何人かいて、その理由としては四つ葉のクローバーを見つけると幸せになるとか、野球の4番打者とか、F4(イケメンの漫画主人公4人)などが挙げられている。

中国においても日本においても、数字だけでなく、生きたことばはその時代、その社会、使用する人の感性や価値観などによってイメージが変わりつつある。

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<李軍(リ ジュン)☆ Li Jun>
中国瀋陽市出身。瀋陽市同澤高等学校で日本語教師を務めた後、2003年に来日。福岡教育大学大学院教育学研究科より修士号を取得。現在早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程に在籍。主に日中漢字文化を生かした漢字指導法の開発に取り組んでいる。ビジュアル化が進んでいる今日、絵図を漢字教育に取り組む新たな試みを模索している。
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2010年11月