SGRAかわらばん

エッセイ265:マックス・マキト「マニラレポート2010年夏」

今回は、以前マニラのセミナーで取り上げたことがある「田舎のねずみと都会のねずみ」という童話から始めたい。

「都会に住むねずみと田舎に住むねずみは、互いに友達どうし。ある日、田舎のねずみに招待された都会のねずみが、彼の家へ出かけていきます。都会のねずみは、まず田舎の家を見てびっくり、自分の都会の家のほうがずっといいよ、と言います。夕食のときも同様です。質素なメニューにあきれて、都会の食事のほうがずっといいよ、と言います。そして、田舎のねずみに、都会へおいで、と招きます。招きを受けて都会へ出てきたねずみは、にぎやかな街に驚いてしまいます。都会のねずみの大きな家にも行きます。そこで都会のねずみは、いろいろなごちそうを、田舎のねずみにふるまいます。」(つづく)

Happy Talk☆いなかのねずみとまちのねずみ

今回のマニラ滞在中に、ほんの少しではあるが、マニラ首都圏やその周辺地方の貧困階層の人々を訪ねる機会があった。彼らはれっきとした人間たちだが、自分のモノをあまり持っていないので、彼らはねずみのような生活をしているという人もいるかもしれない。

SGRAのマニラ・プロジェクトの顧問になっていただいた東京大学の中西徹教授は、8月半ばに東大の学生たちを16人ほど連れて、僕が教えているテンプル大学ジャパンの先生と学生2人とその友達3人と合流して、スモーキー・マウンテンというマニラのゴミ集積所の周辺に住んでいる人々を訪問した。その殆どは、子供も含めて、いわゆるゴミのスカベンジャー(廃品回収業者)である。

発展途上国の都会に住んでいる貧困者は、その大部分が田舎から流れてきたという。スモーキー・マウンテンの人々もきっとそうである。先に都会に移民した友人・親戚・知り合いの都会生活を聞いて魅了されて、都会に旅立った。しかし、スモーキー・マウンテンに辿り着いた人々は、あの童話の田舎ねずみと同じような気持ちになったに違いない。

(童話のつづき)
「ところが、その時ねこが入ってきます。ねこが立ち去った後、再び食べようとすると、今度は人間に見つかりそうになって大あわて。都会の生活にこりごりした田舎のねずみは、やっぱり田舎がいい、と言って帰っていきます。」

しかしながら、中西先生の長年の研究からもわかるように、マニラの貧困者は、すでに罠に落ちてしまっていてそこからなかなか抜け出せない。(実はこのような話をスモーキー・マウンテンのお婆さんにも聞いた。)

滞在中に、田舎ねずみの世界を訪問した。行くのは便利ではないが、着いたらスモーキー・マウンテンと全く違う世界が目の前に広がった。スモーキー・マウンテンの不毛な黒い土地と違って、田舎の土地は緑に溢れていた。死を思い出させる腐敗臭ではなく、命を育む匂いが漂っていた。

僕は田舎のねずみかもしれない。だって、リゾートなどではない、あの田舎に行くとワクワクするのだから。

この興奮は家族にも分かち合うようにしている。日本の子供たちが夏休みにする自由研究からヒントを得て、甥や姪たちにそれを体験させた。フィリピンの「夏休み」は4月から5月までだが、およそ2日間でできる「夏休みの宿題」を子供たちに出した。2班に分けて田舎の訪問先の土と水の質を調べること。検査道具は僕がインターネットで注文したパック・テストのキットである。テレビで見かけたのだが、日本の子供たちが理科の授業で使っている簡単な検査キットである。土や水のサンプルに検査用のパックをつけて科学反応をさせて、その色の変わり方によってある成分の有無をその場で把握できる。どのような成分が足りないか、その成分は何のためであるか、子供たちと一緒に調べた。そして、フィリピン・マンゴに適した土地であることがわかった。

田舎のねずみちゃんの気持ち、十分わかる気がする。

7月に蓼科で開催したSGRAフォーラムでも、都市化について少し議論した。確かに、現代社会の重要な課題の一つである。今、世界の人口の半分が都会に住んでいるといわれている。人口が1000万人以上を「メガ・シティー」と呼ぶが、最近の調査によると、上位20は、人口の多い順に、東京、広州、ソウル、メキシコ、デリー、ムンバイ、ニューヨーク、サンパウロ、マニラ、上海、ロサンゼルス、大阪、カルカッタ、カラチ、ジャカルタ、カイロ、北京、ダッカ、ブエノスアイレスだという。

Th. Brinkhoff: The Principal Agglomerations of the World, 2010-01-23

規模の経済により、あらゆるものの生産コストを下げるためにも、メガ・シティー、つまり都市化が必要であろう。ただ、やりすぎると、公害、渋滞、スラム化などの問題を引き起こす。

その一つの対策として、田舎から都会への移民を減らすことがあると思う。そのために人々は田舎の生活についての考え方を改める必要があるという気がする。以前、友達に誘われて東大で開催されたメガ・シティーをテーマにした建築の国際学会に参加したことがある。欧州からの学者が「欧州にはメガ・シティーがあまりないですね。」とコメントした。その理由を聞かれたら、「ヨーロッパ人は田舎生活について抵抗感があまりないですから。」と答えた。あの童話の作者のイソップは欧州の人だが、数百年を経た今でもヨーロッパでは田舎に好意的な考え方は生きているようである。

日本に帰る前に、フィリピン大学のSchool of Labor and Industrial Relations (SOLAIR)で、中西先生と学生たちにもう一回会った。中西先生が学生たちをフィリピン大学に連れて行きたいということだったので、僕はSOLAIRのベンジ・テオドシオ教授に、彼女の研究テーマの農業協同組合について話していただくようにお願いしたところ、スライドなどを丁寧に準備してくださった。発表後の活発な議論の後、皆で近くの食べ放題の店に行った。

その場で、中西先生とテオドシオ先生を発表者として、12月にフィリピン大学で第13回SGRA共有型セミナーを開催することになった。テーマは暫定的に「地方と都会の貧困コミュニティー」にしている。皆さん、お時間があればぜひご参加ください。

※この機会を借りて、2010年8月23日にマニラで発生したバスジャックの被害者のご冥福をお祈りします。香港の方々と同様、この悲劇について怒りや悲しみを感じます。

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。
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2010年10月15日配信