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エッセイ263:林 泉忠「尖閣衝突は日中の『蜜月期』の終焉を早めた」

今回の尖閣諸島をめぐる紛争が予想外の展開を見せている。日本が初めて「法律に基づき」中国人船長を逮捕したのに対し、中国は日本に異例な圧力をかけ続けた。確かに、1970年代より、尖閣諸島をめぐる紛争が絶えず、日中関係の火種として認識されてきた。ところで、今回の紛争は、これまでにない特徴をもち、日中両国の政府は未曾有の試練に直面している。

新しい尖閣問題の特徴

まず日本サイドを見てみよう。この度の漁船衝突事故は、日本で昨年7月に施行された「領海外国船舶航行法」に基づき、「違法的」に領海に進入した中国船を拘留し船員を逮捕し、初めて事件を日本の司法の枠内に収めたのである。そして、この度の事件は日本で政権交代が実現した後、民主党が政権をとった時期に起こったものである。この一年あまり、民主党によるいわゆる「離米親中」政策は、国内の保守勢力に猛烈に批判されたばかりか、世論も国益を守るという点における民主党の言動に疑わしい視線を向けていた。このような情勢の中、国家を統治する能力と正当性をアピールするため、民主党は尖閣問題および東シナ海ガス田問題において強硬な姿勢を示さなければならなかったのである。

一方で、90年代以来、中国本土においてナショナリズムを絡んだ「釣魚島(尖閣諸島)防衛運動」が高まり、中国政府も民間からの圧力に直面しなければならなくなった。いままでは、日中関係に関わる事件によって火をつけられたナショナリズムに対処する際、政府は慎重な態度をとりながら、大体うまくやりこなしてきた。この度台北で行なわれた民間主催の「中華圏釣魚島(尖閣諸島)防衛フォーラム」への中国本土代表の出席を阻止したことを含め、中国は、いままで通りに民間の活動を厳しくコントロールしてきた。これは、民間の運動が極端に走ってしまうのを回避するためだけでなく、この問題を取り扱う際に政府がしっかりと主導権を握ろうとしたためでもある。しかし、今回の事件において、日本が中国人を逮捕したので事件が直ちに外交問題に発展したため、中国政府は深く介入せざるを得なくなった。そこで、中国政府は自らの立場を守るため、漁業監視船を尖閣領域に派遣し、六度にわたって駐中国日本大使を呼びだした。日本が船長の釈放を拒否するうちに、中国の抗議のレベルも次第にエスカレートした。

一瞬だけの日中<蜜月期>

この度の尖閣事件が日中関係に与えた直接的影響は、久しぶりの日中の<蜜月期>の終焉を早めたことである。

1978年の日中平和友好条約以来、日中両国は二度の<蜜月期>を経験した。一度目は80年代であった。当時、中国は改革開放の初期にあったため、アジア一の経済大国日本は中国にとって協力を求める重要な対象であった。当時中国は「歴史問題」を熱く語らず、「日本の国民も軍国主義の被害者である」を唱えた。そして80年代の日中関係は<蜜月期>に入った。日本では、上野動物園のパンダが全国でブームになった。中国では、日本の映画『君よ憤怒の河を渉れ』が、その世代の人々にとって消せない良い思い出となった。

しかし、このような良い状況が長続きはしなかった。90年代に入ってから、「愛国主義」を謳歌する中、「右翼教科書」問題、日本政治の右傾化、そして小泉首相の靖国神社参拝などが中国ナショナリズムを刺激する重要な契機となった。昨年、民主党政権の登場によって日中関係がようやく二度目の春を迎えるようになった。鳩山首相が「離米親中」のスローガンを高く掲げ、歴史問題でこれまでの自民党政権のできなかった譲歩を率先して行ない、中国からの厚い信頼を得た。これは、今年7月に鳩山前首相が訪中の際に受けた破格の待遇から窺うことができる。

転換期の日中関係への事件の影響

しかしながら、普天間移転問題において鳩山首相がアメリカに疑念を抱かせたことや、オバマ大統領が今年に入ってから対中政策を調整し始めたことなどは、就任した後の菅直人首相に日中関係を改めて考え直させるようになった。菅首相がいろいろ思索している最中に、尖閣問題が再燃した。加えて、鳩山路線の継続を強調する小沢氏が党首選挙で敗北したことなどによって、二度目の日中<蜜月期>が早くも終わりを迎えることになった。

先月、中国の国内総生産が初めて日本を超えた事実は、日中の国力に歴史的な逆転が生じたことを象徴している。この度の事件における中国政府の高飛車な態度も、台頭した後の中国が国益にかかわる問題を取り扱う際に、新しい思考を模索していることを示唆している。と同時に、今回の「日本の主権を守る」ことへの日本側の執着も、台頭しつつある中国への警戒感を隠しきれないことの表れである。

中国が日本に代わって世界第二位の経済大国になった今、日本がどのように東アジアの新盟主となった中国と付き合っていくのか、そして、どういうふうにアジアのナンバーツーに転落した事実を受け止めるのか。同様に、中国がいかにして日本を含む周辺各国から信頼される盟主になるのかという問題に関して、この度の尖閣事件は、日中両国の政府および国民に日中の新しい関係を考え直す契機を与えたのである。

林泉忠 2010年9月15日 カナダのトロントにて

(本稿は9月17日『明報』(香港)に掲載された記事「中日「蜜月期」提早終結」を本人の承諾を得て日本語に訳しました。原文は中国語。朱琳訳。同記事の抄訳はRecord Chinaのウェブサイトにも掲載されています。

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<林 泉忠(リム・チュアンティオン)☆ John Chuan-Tiong. Lim>
国際政治専攻。中国で初等教育、香港で中等教育、そして日本で高等教育を受け、2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。
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2010年10月6日配信