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エッセイ253:シム チュン キャット「日本に『へえ~』その4:賞味期限を気にしすぎ?」

みなさんが日本のスーパーとかで買い物するとき、商品の値札に書かれている数字以外に、ついつい気にしてしまうのがその商品のどこかに必ず表示されている賞味期限、もしくは消費期限ではないでしょうか。当然ながら、衛生や清潔さにいつもピリピリしている僕の国シンガポールでも、同じような品質保持期限の表示はあります。賞味期限なら日付の前に「Best Before XXX」と、消費期限なら「Use By XXX」という英語で記されます。でも、そんなシンガポールでも日本には全然かないません。なぜなら、日本では日付ばかりでなく、「賞味時間」までが表示される場合があったりしますから。「X月X日午後4時まで」とか「X月X日午前2時まで」とかの表示は日本で暮らしている人なら誰でも見たことがあると思います。「本当かよ~。その時間からこのコーナーのものが一斉に腐り始めるというの?」と素直でない僕はいつも疑念を抱いてしまいます。それだけではありません。一番びっくりしたのは、多くのスーパーではなんと卵一個一個のうえに賞味期限が印刷されているシールが丁寧に貼られていたりすることです。印刷紙がもったいないという以前に、ここまでくるともう「まいりました」と脱帽するしかありませんね。

実は、屋台村の出店まで一軒一軒に「衛生ランク」をつけてしまうシンガポールでも、市井の庶民がお肉やお魚や野菜などの生鮮食品を買うときは、今でも品質保持期限が一切表示されない「ウェットマーケット」(Wet Market)に行くことが多いです。ウェットマーケットは要するに、日本の商店街などにときどき見かける個人経営の魚屋さんや肉屋さんや八百屋さんがたくさん集まっているバザール風の市場です。普通の肉類や魚介類のほかに、生きたままの鶏や鳩、または食用の蛙とかすっぽんや亀の卵まで揃っているので、まるで生鮮食品のディズニーランドのようで、料理をあまりしない僕でさえも帰国するたびに必ず一回ぐらいは足を向ける楽しい場所の一つです。売り手の掛け声や買い手との値引き交渉に加え、一頭の豚を頭から内臓まで無駄なく量り売りするために手際よく肉を裁く包丁がまな板を叩く音、もうみんな一生懸命生きている感じというか、これぞ庶民の生活感ぷんぷんという世界が広がります。そして言うまでもなく、この世界では「賞味期限」などの無機質な数字はありません。肉や魚が腐っているかどうかは自分の目と鼻で判断してくださいという感じです。もっとも、目と鼻が利かない人でも、万が一ダメな肉や魚を買ったときには、翌日同じ店に訴えに行けば済むことです。こういう人間臭いやりとりがまた面白くて、僕は大好きです。

翻って日本では近年、賞味期限の偽装問題が次々と発覚し、これまで偽装表示された食品を食べて何の問題もなかったのに、改ざんがいったん暴露されるや、みんな以前よりもついつい敏感になってしまい、「正確な」賞味期限表示をさらに求めるようになり、生活がいっそう数字に左右されてしまいます。考えてみれば、賞味期限の「期限」がよくない気がします。なぜなら、「期限」は英語で「デッドライン」(Deadline)に訳されることもありますので、「死の線」だなんて恐ろしいったらありません。これではみんながナーバスになるのも無理はありません。例えばシンガポールのように「Best Before XXX」であれば、「XXXの前なら、ベストだよ、一番美味しいよ、でも期日を少し過ぎても大丈夫だよ、死にませんよ」というニュアンスを含んだほうが何倍も優しく聞こえるのは僕だけでしょうか。せめて「賞味期間」とか「一番美味しくいただける時期」とか、もっとポジティブな表示はできないものでしょうか。日本での僕の生活がより大らかな人間臭さを取り戻すためにも、誰か良い案がありませんかね。

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<シム チュン キャット☆ Sim Choon Kiat☆ 沈 俊傑>
シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。日本学術振興会の外国人特別研究員として研究に従事した後、現在は日本大学と日本女子大学の非常勤講師。SGRA研究員。著作に、「リーディングス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司編)『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年。
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2010年7月21日配信

【読者の声】

楽しく読ませていただきました。食品については、冷蔵庫で期限切れになっても自分も自己判断で賞味しています。これもエコです。しかもお腹壊しても死ぬものじゃないし、ダイエットしたい方にもいい方向に作用するし。

それから予てより思っていることですが、食べ物というのは、指数関数[exp(-日数/期限定数)で質が落ちていくものです。レジシステムが情報化されている現在、この変化を即時に価格に反映させるのはいかがかと思っています。例えば一パック200円の牛乳で、期限定数を8日だとすると、入荷日は200円、日数が経つにつれて176、155、137、121、107、94、83(7日目)と値段が自然と下がって行きます。賞味期限が1日と短いおにぎり等でも、時間単位の設定が可能。

これなら新しい物から買われていって古いのが廃棄されることはなくなります。貧乏学生にとっても、日数の経ったものだけを頼りにすれば格安で生活できるし。値段表示ですが、間もなく普及するであろう電子紙、もしくは現段階でも携帯電話によるスキャンで価格表示は可能です。

ますますドライな世界になっていくようですが.....

(葉 文昌 2010年7月21日)