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エッセイ245:エリック シッケタンツ「日本式喫茶店」

私は日本に留学したことによって、異文化の中で暮らしはじめた。日本での生活にともなって、たくさんの新しい体験が出来た。いわゆる「異文化体験」だ。日本に来る前から、私は日本で異文化に接することをとても楽しみにしていた。来日前からすでに日本の文化について、本やテレビを通じて得た知識をたくさん持っていた。畳の上の暮らしも期待していたし、お箸で食事することもわかっていた。これらは、ドイツでよく知られている日本文化のシンボルである。だが、このような私が期待していた異文化体験に加えて、予想外の場所での異文化も私を待っていた。この予想外の場所の一つが、日本の喫茶店だ。こんな所で異文化体験ができるとは予想していなかった。つまり、日本の喫茶店はドイツの喫茶店とは異なる文化空間になっているのである。さて、ではこの「日本式喫茶店」とはどのような場所だろうか。

日本の喫茶店が提供するサービスは、ドイツと異なっている。もちろん、飲み物と軽食を売るという点では似ている。しかし、日本の喫茶店はそれ以上の機能を持っている。それに気づいたのは、上智大学に一年間留学した時だった。当時はお金があまりなく、エアコンとお風呂が付いていないアパートの部屋で暮らしていた。扇風機があったとはいえ、夏は暑い。それで、近くのドトールに行って、店のエアコンで涼みながら読書をしようと考えた。店に入ると、私と同じアパートの隣の部屋に住んでいた人も同じ発想で来ていた。なるほど、喫茶店にはこんな便利な機能があったのだ。安い部屋に住んでいた私はあの夏、大いにドトールの世話になった。確かにエアコンは喫茶店の正式なサービスではないかもしれないが、あの夏は喫茶店のエアコンのおかげで何とか生き延びることが出来た。

しかし、喫茶店をより本格的に利用することになったのは、東京大学に留学することになってからである。今のアパートの部屋はエアコンを装備してはいるけれども、部屋が狭く、一人だとなかなか集中できない。私は周りに人がいる場所で勉強することが好きだ。普段は図書館で勉強するのだが、図書館が閉まっている日もよくある。最初はたしかに、図書館が閉まっていたので仕方なく喫茶店で勉強しようと思った。ところが入ってみると、勉強目的で来ているのは僕だけではなかった。これには驚いた。ドイツではよく友達と喫茶店で待ち合わせして、コーヒーやお茶を飲みながらおしゃべりをしていたけれども、喫茶店を勉強する場所としては認識していなかった。ドイツであれば、コーヒー一杯をずるずると飲んで長時間そこにいれば、お店の人に怒られるだろう。しかし、日本では、コーヒー一杯を飲みながら、喫茶店を長時間利用してもいいということが暗黙の了解になっているようだ。多くの人々が狭い部屋に住んでいるという原因もあるのかもしれない。しかし、僕からすると、私的な空間が喫茶店に忍び込んでいるように見える。読書している人ももちろんいるし、友達と会話する人も多い。だが、それ以上に、ドイツでは考えられないのは、喫茶店が職場の延長になっていることである。私のよく行く喫茶店では、隣のテーブルでテストの採点をする学校の先生や、ノートパソコンで洋服やグラフィックのデザインの仕事をする人をよく見かける。時々、どこかの会社の会議室に間違って入ってしまったような気がすることもある。

もちろん、すべての喫茶店がそうであるというわけではない。私の近所にある喫茶店から判断すると、ある程度、喫茶店の使い分けがあるようだ。この喫茶店では主に友達同士で会ったりすることが多いのに、あの喫茶店は勉強と仕事をする場所として知られている。多くの人が仕事場として利用する近所のスターバックスのスタッフもそれを意識しているようで、「14:00時-17:00時の間は勉強と仕事をしないようにお願いします」という看板を立てて、店にとって経済的に重要な時間帯を指定している。このことから、この店が仕事場として使われている姿が伺える。

日本にある喫茶店が日本社会の一部として、その特徴を現していることは当然なのかもしれないが、こうして喫茶店によく通ってみると、日本的な社会空間に入りこんで、ドイツで馴染んでいた場所をまた新しい目で見ることができた。これも日本ですることができた重要な文化体験の一つだと思う。
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<エリック シッケタンツ ☆ Erik Schicketanz>
1974年、ドイツ(プフォルツハイム)生まれ。2001年、ロンドン大学東洋アフリカ学院(日本学)修士。2006年、東京大学人文社会系研究科(宗教学宗教史学)修士。同年、東京大学人文社会系研究科宗教学宗教史学博士過程入学。現在、東京大学人文社会系研究科・特任研究員。趣味は、旅行と映画・音楽鑑賞。
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2010年5月5日配信