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エッセイ227: ガンバガナ「自由の鐘」

これはアメリカでの小さな出来事だ。

今年の5月から8月にかけて、ニューヨークに滞在していた私は、ナイアガラの滝、ワシントンDC、フィラデルフィアを二泊三日でまわるという、相当ハードなスケジュールの旅をした。その最後の目的地となったのは「自由の鐘」であった。「自由の鐘」は、ペンシルベニア州フィラデルフイアに保存されている、ひとつのごく普通の鐘のことであるが、アメリカの独立宣言、奴隷制度の廃止など一連の歴史事件と大きなかかわりをもっていることから、長い間、アメリカの国民に自由のシンボルとして親しまれてきたという。

私たちも、この意義ある鐘を一目見てみようと思い、その施設へ足を運んだ。建物の一番奥の方に一台の鐘が置かれていた以外は、壁に数枚の写真やポスターが貼られてあるぐらいで、厳しいセキュリティチェックを通って入ってきた割にはシンプルに感じた。

私はニューヨークのマンハッタンにある自由の女神を見に行ったときのことを思い出した。そのときも相当厳しいセキュリティチェックがあった。「アメリカでは自由にかかわるものが大切にされているんだな」と、私は思った。ガイドさんの話によれば、毎日、世界中から多くの観光客がここを訪れるという。「何がこんなにたくさんの人を惹き付けるんだろう。意味の重さから?それとも他にも原因があるのかな?やっぱり人間は、自由というものに憧れているから?そういえば動物だって同じじゃないの?」このように自問自答しながら観賞を続けているうちに、いつの間か自分の想いに入り込み、今まで自分で仮想してきた自由の世界と、実際に存在する自由の空間の境がなくなってしまって、経験したことのない不思議な心の癒しを味わっていた。

ところが、残念ながら、それは一瞬の妄想にすぎなかった。私の想いは一人のお客さんの思いもかけぬ行動にことごとく砕かれてしまったのである。というのも、私の前を歩いていた人が、突然、「ダライ・ラマ!!!」と大声で叫びながら、壁に向かって、力強く空中パンチとキックを浴びさせ、多くの人を大変驚かせたからである。

私は本能的にそのパンチを向かわせた方向に目を移した。そこにはダライ・ラマ法王のポスターと南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領のポスターが並んで貼ってあった。彼の怒りの理由は明らかだった。同時に、彼がどこの国からきた人であるかもほぼ断定できたのである。しかしながら、私は彼のこのような行動には、疑問を感じざるを得なかった。この人はこの二日間の旅でアメリカという国をまったく理解していなかったか、あるいは理解しようとも思っていなかったからである。

私は彼をゆっくりと眺めてみた。興奮しすぎたのか、顔が相当固くなっていた。ちょっと話をしてみようかなと思ったが、途中であきらめた。喧嘩を売られるのが怖かったから。私は、その日の午前中にワシントンの蝋人形館を訪れたときのことを思い起こした。二人のお客さん(どこの国の人であるかわからないが、中東系の顔をしていた)が、ブッシュ元大統領の人形の前に行って、平手をあげたり、靴を脱いで叩いたりするような格好で写真を撮っていた。私には、ダライ・ラマ法王のポスターに空中パンチをあびせたのも、同様な行動パターンに見えた。二日間行動を共にした私はちょっと恥ずかしくなった。

その部屋には、何人かのスタッフがいたが、何の反応も示さなかった。それもそのはず。「表現の自由」という原則がこの国にあるのだから。そういえば、われわれのこの主人公も、この時点で、知らないうちに、すでにその恩恵を受けているのではないか。私は彼の顔をあらためて眺めてみた。彼はそこまで考えていないようだった。もしかして彼は今自分がどこにいるのか、その居場所について考えていないかもしれない。もしかしてこの「自由の鐘」は、彼には単なる罅だらけの鐘として映っているかもしれない。もしかして彼は今まで「自由の空気」さえ吸ったことがないかもしれない。私は彼への理解に苦しんだ。

その後、私は彼と行動を共にしていた人との話から、彼は約一ヶ月前に中国からアメリカに遊びに来た若者であるということを知った。ついでに「あなたのお仕事は?」と聞いてみたら、二年前からここにきて、ある研究所で医学の研究をしていると答えてくれた。いわゆるエリート層だった。私はさらに彼のアメリカについての感想を尋ねてみた。返ってきたのは「ごく普通」という返事だった。それ以上私は何も話さなかった。

この「ごく普通」の国を多くの中国人が一生の夢として目指していることは事実であり、しかも一回国境を越え、この国の土を踏んだら、なかなか帰国しないのも事実ではないか。この「言」と「動」の関係がいったいどのようにはたらいているのか、正直なところ私にはわからない。いずれにしろ、アメリカが「魅力的」だったから目指したわけではなさそうだ。

アメリカは、「自由」と「民主主義」を国家理念としてまつりあげてきた。アメリカ人にとって自由は聖なる領域だ。ワシントンではリンカーン記念館に立ち寄った。リンカーンといえば、奴隷制度の廃止で知られている。その階段は、キング牧師の有名な「私には夢がある」という演説の舞台であった。その後、私たちは、蝋人形館に行った。そこには、黒人運動のもう一人のシンボルである、ローザ・バークス氏の肖像があった。そして、フィラデルフイアにあるこの「自由の鐘」。中国では権力を象徴するものが観光スポットになっているのに対し、アメリカでは自由を象徴するものがスポットになっているようだった。私はさらに考えた。「キング牧師は白人ではない。ネルソン・マンデラ氏はアフリカ人だ。では、ダライ・ラマは何人なんだろう。」

私の思いはまるで鎖から解放された鳥のように自由の空を飛んでいたが、それに待ったをかけたのは、ガイドさんの「時間ですよ、みんなバスに乗ってくださ~い」というアナウンスだった。いよいよ旅の終わりだ。私は複雑な気持ちを抱えたまま案内に従ってバスに乗り込んだ。バスは人々のさまざまな思いを乗せて、ニューヨークに向かって走り出した。

やがて、マンハッタンの街が見えてきた。自由の女神が手を振りながら私たちを迎えていた。またも「自由」のテーマ、そうか、ここはアメリカだから。

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<ガンバガナ ☆ Gangbagana>
中国内モンゴル出身、2008年に東京外国語大学大学院地域文化研究科から博士号取得、専攻は内モンゴル近現代史。現在東京外国語大学外国人研究者、秋田国際教養大学非常勤講師
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2009年12月9日配信