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エッセイ222:マックス・マキト「マニラ・レポート2009夏」

季節の移り変わりの象徴である桜の花びらのように、黄色いコンフェッティが葬送車に浴びせかけられた。ミサが終わると、別れを告げにきた大勢の人々に良く見えるように、フィリピンの雨季にも対応した棺を乗せた台車が、マニラの大聖堂から墓地を目指してゆっくりと動き始めた。通夜をマニラ聖堂で行ったのは初めてのことだという。普段は車で1時間の旅は、9時間ほどかかった。交代せずにずっと葬儀車に起立していた4人の兵隊に守られていたのは8月1日に他界されたコリー・アキノ元大統領の遺体であった。周知のように、コリーは1983年8月21日に暗殺されたニノイ・アキノ上議員の妻であった。1986年にマルコスの独裁政権を倒した「黄色い革命」(別名PEOPLE’S POWER革命)が引き起こされ、コリーはフィリピン大統領に就任した。この革命は、その後の世界各地で起きた市民による革命の震源地とも言われている

葬儀をテレビで見ながら、革命当時のフィリピン社会の熱気を思い出した。1984年と、急に行われた1986年の選挙に対する多くの市民の思い。選挙結果の尊さを守るために、いくら脅かされても僕も選挙箱の上にじっと座っていたこと。そして戦車が反政府軍の避難場所に行けないように生まれて初めて一晩を路上で過ごしたこと。「戦車がくるぞ!」という合図で人間鎖を作ったとき、僕よりその抵抗運動の深刻さを分かっていただろう、怖さで体が震えていた隣の人のこと。

あのときのことを思い出しながら、これから母国はどうなるか、このままでいいのか、という懸念も抱いた。
 
8月19日に、CENTER FOR RESEARCH AND COMMUNICATION(CRC)というマニラの研究所とSGRAの共同研究の一環として、教育、水道、医療における政府の支出の透明さを高めるための5年間プロジェクトについてのワークショップを開催した。SGRAフィリピンの研究員やCRCの母体であるアジア太平洋大学(UA&P)の協力者と一緒に現状報告をした。たまたま、東京大学の先輩でもある中西徹教授が参加し発言してくださった。そもそも、このようなプロジェクトは何のためにやるか、自分自身で考察する貴重な機会でもあった。僕は発表の中で、3つの対象分野のサービスにアクセスできないのはやはり貧しい人々であるから、プロジェクトの最終的な目的は貧困の撲滅であると強調した。フィリピンの政権の実績を調べたが、初めて貧困率の削減を明確な目標にしたのはアキノ大統領だった。その後、貧困率はさがってきていた。

しかしながら、現政権はこの目標をなぜか明確に取り上げず、その結果フィリピン大学の調査によると、フィリピンの経済が比較的上手く成長していた時期にも貧困率は高くなっていた。言い換えれば、僕の関心事である「共有型成長」を現政権は達成できていないのである。UA&Pは現政権をべつの角度から好意的に評価しているが、僕は賛同しがたい。
 
8月25日には、SGRAの第11回共有型成長セミナーをUA&Pで開催した。新型インフルエンザのために開催が一時危惧されていたのだが、東京に戻る3日目前にやっと実現できた。(重要人物が海外に頻繁に行かれたのだが、自己検疫の方針のために出られない状況だった。)政府や企業の自動車産業関係者が参加してくださって、これからのフィリピン自動車産業の産業政策をどうすればいいか、5時間にわたって議論し合った。新聞にも取り上げられたが、SGRAの名刺を記者たちに渡したのに所属先を間違えられたので、マスコミが常に何を企んでいるのか実感した。(これに関しては母校にお詫びを申し上げたい)。この会議では、「今年の12月までなんとか政策とその法的枠組みを設置しないといけない」ということにみんなが合意した。ここで日本企業の力を借りてフィリピンの本当の共有型成長の実現に貢献したい気持ちで一杯である。
 
上述のように、現政権の共有型成長の軽視は、アキノ大統領が引き起こした革命の逆戻しを象徴するものだと考えずにいられない。革命の熱意がフィリピン国民に復活しない限り、逆戻しはきっとさらに進んでいくだろう。あの葬儀で少しでも人々の心の中にピープル革命の火がともるように期待している。当時命がけでフィリピンの幼い民主主義を守ろうとした人々、そしてその後その恵みを体験した人々がまた運動を始めないといけない。アキノ大統領の息子で、僕の高校の同級生であるノイノイ・アキノ上議員は、お母さんが他界した後、来年5月の大統領選挙に出馬すると決意した。

ガバナンス・ワークショップの写真

第11回共有型成長セミナーの写真

セミナーについての新聞記事
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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA運営委員、SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師。
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2009年10月14日配信