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エッセイ221:趙 長祥「雨季のキャンパスの光景」(キャンパス生活シリーズ#2)

7月と8月は青島市の雨季である。この二ヶ月間の雨量はほかの季節より随分多くなり、4~5日ごとに降るようになる。雨の形もさまざまである。昼間に少しだけ降る小雨もあれば、午後に雷と一緒にくる夕立もある。一日中だけ降る日もあれば、2~3日連続で降ることもある。雨量が増すにつれて、湿度も高くなる。1階に住んでいると、連日の雨で床に水露ができ、クローゼットに掛けてある服にカビが生えるほどである(雨が続いて外に干せなかった時の自己体験<笑>)。1年中で1番気温が高い時期で、偶にとても蒸し暑い日もある。とはいえ、東京の蒸し暑さほどではない。

雨は暑さを緩めてくれるのでとても助かる。暑い日のお昼に、突然降ってきた雨が地上の熱気を一掃した時の、鬱陶しい気分を涼めるような清涼感。その心境は欧陽修氏(1007-1072年、北宋朝の大文豪であり、エッセイ・詩・詞などの造詣が深い史学家)の詞、「柳外軽雷池上雨、雨声滴砕荷声」に描かれた境界で喩えられる。この詞は、夏の日に突然降ってくる雨の景色を細かく、美しく描いている。「遠い雷の音が柳林の外から伝わり、池の中に茂っている蓮はザーザー雨に打たれている」雨音の音楽のようなリズムと、雷・柳林・池・蓮・雨、そして雨線に縫われた天幕、という詩的な境界が感じ取れる。暑い夏の日に、心を一新させる涼しさ。また、夜の雨は、正に柳永氏(987-1053年、北宋時代の大詩人)の詩に詠われた「空階夜雨頻滴」という意境である。「静かな夜、広々とした空間に、夜の雨が、時計の針のような音をたてて、石の階段を打つ、その音が静かな夜を通りぬいて耳に伝わってきて、逆に夜の静寂を映し出す。」

勿論、雨季はこのような詩的で好ましいことばかりではなく、マイナスもある。たとえば、上述のように、ビルの1階に住む人にとっては、湿度が高いので生活に大きな不便をもたらす。

雨季には、キャンパスにも新しい変化が生じる。まず、雨の量が増えるにつれて、キャンパスの一隅にある丘(前回エッセイ「キャンパスシリーズ#1」を参照)は大量の雨水に潤われて、二面の傾斜面から水がキャンパスの道路に流れ込み、小さな渓流となるほどである。雨のおかげで丘が完全に緑に覆われるようになり、緑溢れる木々・さまざまな草や花が、繁々とした生命力をこの世に自己表現している。雨の季節に恵まれたのは丘だけではなく、キャンパス全体も緑がいっぱいになり、人々の目を楽しませている。このキャンパスに来て、まもなく2年間となるが、この時期になると、雨のおかげで自然にこのような賞心悦目な変化が訪れる。

一方、自然の快い変化とは対照的に、今年は、このキャンパスで、人為的な鬱陶しい変化も生じた。例年は、学生たちの学期末試験の終了につれて、7月中旬から大学は夏休みとなる。学生の帰省によって普段賑やかなキャンパスがとても静かになる。だが、今年は例年と異なり、夏休みになっても、一向に静かにならなかった。昼も夜も人の騒ぎが絶たず、夏休みを利用して、相当ハードなスケジュールで論文や本を完成させるつもりの私にとって、大きな迷惑であった。その原因をよく観察してみると、騒ぎをしていた人たちは学生だけではなく、各地から青島へ出稼ぎの労働者たちもいるのである。規則では、学生や先生達が住むアパートに出稼ぎ者たちは住めない。しかし、今年は、なぜか院生以上の各アパートには出稼ぎ者たちが充満していた。学校当局が出稼ぎ者たちを入居させているのか、学生や先生たちが夏休みを利用して勝手にアパートを貸し出しているのか、具体的な原因は不明である。

しかしながら、ひとつわかってきたことがある。もともとこのキャンパスの中に日本人的な生活スタイルをしている人がいたのだが、その人が以前に雇われていた日系企業に依頼された調査会社に勝手に身元調査をされた。なぜ日系企業がもとの従業員の身元調査をしたかというと、その人がスパイであるかどうか、そしてその人が「レベルの低い人」であるかどうかを調べたのだという。そのうち地方からの出稼ぎ者たちがこのキャンパスの中に住みつきはじめた。なぜ彼らが住みついたのかというと、調査会社が、件の日本人的な生活スタイルをしている人を監視したり、邪魔したり、流言を伝播させるために、出稼ぎ者たちを利用したからだという。

ついでに、私のパソコンは勝手に誰かに攻撃され、システムを何回も再インストールしたが、なかなか元の状態にならないため、もともと夏休みの教学中止期間を利用して、自分の研究に頑張ろうとしていた私にとって痛手であった。この騒ぎとシステムのトラブルで、夏の計画が台無しになりそうである。

今年の雨季のキャンパスには、例年のように雨がもたらす情趣もあれば、昨年と異なる迷惑もある。いろいろな人や事象が、それぞれの色でキャンパスを彩り、多彩な社会になっている。高度成長の経済発展につれて、かつて「象牙の塔」と称された大学もすっかり市場経済の色に染められている。社会と同然で、いろんな人がいて、さまざまな色が混じり合っている。こうした混乱した社会もいつの日か収まる時があり、秩序よく調和したキャンパスが来るのであろうと待ち望んでいる。(8月16日 青島にて)

雨季のキャンパスと丘の写真

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<趙 長祥(ちょう・ちょうしょう)☆ Andy Zhao>
2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士取得。現在、中国海洋大学法政学院で講師を務め、専門分野はストラテジックマネジメントとイノベーション。SGRA研究員。
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2009年9月23日配信