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エッセイ219:林 泉忠「天山の麓の調和社会をどう構築するのか(その1)」

7月5日~7日、新疆自治区の区都ウルムチでウイグル族と漢民族との暴力衝突事件が起きた。それに対し、中国政府は、昨年のチベット事件などこれまで発生した類似事件と同様の手法で対応した。その特徴は主に次の3点が挙げられる。

第一に、中国政府は事件の性質を「殴打・破壊・略奪事件」と認定する。その背景には、自ら統治している地域に存在する民族間の矛盾を否認しその民族政策の失敗による責任追及を回避すると同時に、政府の武力による鎮圧の正当性を保つという思惑があると考えられる。第二に、事件の原因を国外勢力による企画に罪をなすりつける。これは、人々の視線を移すことにより新疆本土のウイグル族・漢族間の民族問題の重大さを薄めようとする狙いがあろう。第三に、インターネットや電話の切断を含む情報統制を厳密に行う。その目的は、事態のさらなる拡大を防ぐと同時に、事件に関する情報発信において主導権を握ることにあろう。しかし、これらの方法は果たして有効なのか?21世紀に入った今こそ、検討する余地があるのではないか。
 
まず、民族の矛盾と民族政策の責任回避という点については、政府のメディアは事件の過程を報道する際に、ウイグル族の暴力行為を強調するが、暴動化前の比較的平和なデモ行進および武装警察による厳しい取り締まりに関してはほとんど報道しなかった。また、事件の起因である広東韶関の旭日玩具工場においてウイグル族と漢族の間に生じた殴り合い事件でウイグル族の労働者が死亡した事件に関してもあっさりとしか言及しなかった。一方、政府のマスコミは、公開した写真と画像には、「7・5事件」におけるウイグル族の暴力行為を強調しているのがほとんどで、7月7日に憤怒した漢族が一斉に立ち上ってウイグル族に報復しようとした場面についてはなかった。

このような事件の対応はどうしてもバランスを欠いたと批判され、国際社会の世論を有効に導くことができなかった。更に重要なのは、ウイグル族の漢族に対する不信を取り除くには成功しなかったばかりか、さらに矛盾を激化させる新しい要因を作ってしまったとも考えられる。
 
● カーディル氏の勢いの助長
 
国外勢力の介入説に関しても、直ちに確実な証拠を提示できなかったため、国際社会の世論に対する影響力がいささか弱かったと言わざるを得ない。また、民族政策の失敗を謙虚に反省せず、ラビア・カーディル氏が画策者であることを一方的に強調するのは、問題の焦点をぼかす疑いが持たれるにとどまらず、更に逆効果をもたらしているようだ。周知のように、チベットと異なって、いままで新疆はダライラマのようなチベット社会内で凝集力を持ち、同時に国際社会においても影響力をもつ指導者が存在しなかった。しかし、今回、カーディル氏が主謀者であるという政府の非難を、中国のマスコミが大いに報道したのは、皮肉にも、カーディル氏の無料の宣伝となり、不本意ながらもカーディル氏をウイグル族の反体制派指導者とさせてしまったばかりか、これまでばらばらだったウイグル族の各反抗勢力を統合させる切っ掛けを作ってしまったのではないか。
 
新疆の騒乱発生後の7月6日と7日、政府は情報を全面的に統制するには至らなかった。そのため、新疆においても官制報道以外の情報を別のルートで獲得することができた。しかし8日以降、飯否網(fanfou)や、Facebook、またTwitterといった主要情報ネットおよび多くの海外メディアのウェブサイトが閉鎖された。情報封鎖は、もちろん、迅速に情勢を安定化させる一面もあるが、このような手法は、多くの漢民族にも支持されていない。事実、ここ数年、中国国内では群集事件が多発し、インターネット利用者は政府の使い慣れている情報封鎖に対して多くの不満を持っている。同時に、このような情報統制の手法は、国際世論において中国政府の事件処理の合理性に対する疑問を増大させるばかりだ。

● 経済発展優先政策の落とし穴

1980年代以前の中国の民族問題は、冷戦時期のユーゴスラビアのように、比較的安定していた。しかし、「改革・開放」が推進されてから、中国社会における諸矛盾が次第に表面化し、民族問題は注目される一つである。中国政府の少数民族地域の問題に関する考え方には、長期にわたり二つの盲点が存在している。

まず、経済発展優先政策の下で、辺境地域の少数民族に対する経済支援が安定維持の柱となった。政府は大量の資金と人力の投入を通して、ウルムチに高層ビルをそびえ立たせ、市の中心部は繁栄の光景を呈している。政府もまた多くの漢族の国民も、経済繁栄が民族問題を解決する有効な処方箋と考えている。「7・5事件」の翌日に、新華社通信は文章を発表し、いくつかの輝かしいデータを呈示した。すなわち、「30年以来、新疆の国民経済は年平均10.3%のスピードで増大した。去年、新疆の工業増加額は1790.7億元に達し、1952年に比べて274倍、また1978年に比べて16.6倍に増大した。食糧生産量も1000万トンを突破し、1949年の11倍、1978年の1.8倍となった。1人当たりの食糧の占有率も全国平均水準を上回った」。このような宣伝の仕方は、昨年のチベット事件後の中国メディアの行われたことと同じだった。

ところで、漢族のインターネット利用者の間では「私達はチベットや新疆に対してこんなに多く資金と人的支援を投入してきたにもかかわらず、どうして彼らは依然として喜んでくれないのか」ということがよく指摘されている。これはまさに政府と多くの人々の考え方の盲点を反映しているのである。また、経済が軌道に乗った後、漢民族社会も自由、人権、民主主義といったニーズに直面するようになったが、少数民族はさらに主要民族の漢族にない民族文化の危機感を抱えるようになった。(つづく)

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<林 泉忠(リム・チュアンティオン)☆ John Chuan-tiong Lim>
国際政治専攻。中国で初等教育、香港で中等教育、そして日本で高等教育を受け、東京大学大学院法学研究科より博士号を取得。琉球大学法文学部准教授。2008年4月より、ハーバード大学客員研究員としてボストン在住。
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★このエッセイは林泉忠さんの 「天山腳下的『和諧』如何構築?————看新疆騷亂的本質」『明報月刊 2009年8月号』(香港) をSGRA会員の張建さんが和訳したものです。後半は来週のかわらばんでお送りします。

2009年9月9日配信